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金色の勇者



 かつての話


「では、私にこれを授けると?【ファーラナン】様」

《そうなるな》


 初代ラックバード、ただの流れの商人であった彼は、ひょんな事から出会った火の精霊ファーラナンから、聖遺物【灼炎剣】を授かった。初代ラックバードは、授かった鮮烈な焔の意匠の刻まれた美しい長剣を両手で握りしめている。


《私を助けた礼だ》

「祈りを捧げただけなのですが」

《悪しき教えが蔓延り、私の力は落ちていた。お前の祈りは一助となった》


 当時、迷宮の出現の不安からか、精霊達への懐疑を叫ぶ怪しげな信仰が増えていた。

 後々、それが邪教徒の策謀であったと判明し一掃されるまで、精霊達の力はその策謀により衰えていた。初代ラックバードの祈りは、偶々偶然、四源の精霊の一角を助ける事と成った。


 最も、それはほぼ偶然で在り、偶然のためにこんな凄まじいものを授けられてもラックバードとしては困った。


 握りしめた柄から伝わる強大な炎の魔力の鼓動。人の手では決して作り出す事敵わないその圧倒的な力の波動を受け取りながら、雄々しくも美しい白い焔を纏ったヒト―――精霊に言葉を告げた。


「私は物売りですが」

《そのようだ》

「剣など、振り回せませぬ」


 初代ラックバードは本当に困っていた。なにせ己はしがない商人である。剣を振り、戦う能などない。まあ、精々盗賊たちや魔物から身を守る事もあるかも知れないが。明らかにこの剣は、過分だ

 しかし精霊からの授かりものを売り飛ばすわけにもいかないし、

 要は困る。こんなものを軽々しく与えられては。


《使わずとも、持っていればよい。いずれ、お主を助ける》

「この先の未来で、という事でしょうか……ちなみに、いつくらいかはわかります?」

《10年後か、50年後か、200年後》

「おおざっぱですな……」


 精霊の時間の尺度がヒトのそれと違うのは当然ではあった。獣人の自分は森人や鉱人のような長命族とは違う。しかし精霊も流石にそれは理解しているようだった。


《それは、何時か、何処かで、お主か、お主の連なる者に降りかかる定めを裂く剣よ。いずれ来る”決定的な末路”からお主を救う》


 例え、その途中剣が喪われたとしても。


 初代ラックバードが、聖遺物を授かった事の顛末はこのようなものだった。その後ラックバードは商人として成功を果たし、預かった【灼炎剣】はラックバードの象徴にして成功を導いた家宝となった。

 しかし、灼炎剣に商売成功の加護などなく、その真の意味を初代ラックバードはあえて子供らに教える事はなかった。商売繁盛のお守りのように、心のよりどころとするなら、それはそれで構わないと思ったからだ。


 そうして、時は流れ―――




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「―――はっ」


 ローズ・ラックバードは目を覚ました。

 ディズに掛けられていた昏睡の魔術が解けたのだ。うすぼんやりとした意識が急速に晴れていく。彼女は起き上がり、そして周囲の光景に絶句した。


 死霊術師によって作り出された、おぞましい研究室、なんてものは既になかった。文字通り、跡形もなく崩壊しきっていた。周囲にあるのは瓦礫と、崩れた壁、支えるべき天井を失い直立するだけになった柱のみ。上を見上げれば砦の崩壊と共に薄れかかった結界のその先で、星空が広がっている。


 何が……?


 見れば、足元の魔法陣も光を失いかけている。恐らく魔石が尽きかけているのだ。魔法陣の外に出ることは叶った。


「ディズはどこへ……?それに」


 あの、おぞましいバケモノは?

 彼女はふらつきながら周囲を見渡す。ロクに探索できる場所もないために、そのまま流れるように崩壊した壁から外を眺めた―――そして、彼女は視た


 はじめ見た時よりも数倍大きくなった、凶悪な翼を広げたあのバケモノと


 そのバケモノに相対する金色の戦士、ディズが対峙するのを。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 カナンの砦、上空


『GUGEGGEGEGGEGEGGEGGEGGE!!!!』


 最早その身丈5メートルほどに成長し凶悪な力を更に向上させた幼竜は、その禍々しくも歪に伸びた翼を羽ばたかせ、ただ獲物を貫き悶えさせるためだけに伸びた牙を鳴らし、哄笑していた。

 愉快だから笑っているのではない。急速な捕食と成長と変化に精神がまるで追いついてはいなかった。愉快だから笑っているのではなく、己が眼前に迫る敵に対して、嗤う事しかしらなかった。

 嗤いながら、舌を伸ばす。小さい固体だった頃と比べて、グロテスクに肥大化した空間を抉る捕食の刃だ。


「【極壊、金剛、雷速、万魔を束ね我が剣へ】


 対する紅の鎧を纏った金色の剣士、ディズは、緋色の剣を振るう。

 黒い暴食と緋色の剣が交差する。鈍い金属の擦れる音が連続で響き渡る。不快音が空間を支配し、連続して響き続けた。それは戦闘の拮抗を示していた。

 しかし、


『GUGEGEGEGE!!!』


 徐々に、拮抗が崩れていく。闇の中で緋色の剣閃の数が明らかに多くなる。醜い暴食の舌が徐々に弾き返されることが多くなる。

 そしてその攻撃と攻撃の隙を彼女は逃さず、前へ飛翔した。


『GI!?』

《んにぃ!!》


 根元から暴食の舌をつかみ取った。するとつかみ取った舌が変形し、鋭利な刺が幾本も伸び手を貫いた。アカネは驚き悲鳴を上げるが、ディズは握りしめた舌を離さず、剣を振る。


「【魔断】」


 一閃が奔り、長大な竜の舌が切断された。


『GAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 舌が引き千切れる。同時に、即座に再生が始まる。だが、その再生の隙を彼女は逃がさない。飛翔の魔術で懐に潜り込み、剣を空へと構え唱える。


「【星墜】」

『GI!?』


 空間が歪む。人を大地へと結ぶ星の力が数十倍に跳ね上がる。翼を羽ばたかせ宙を舞っていた竜は途端地面に叩き落とされた。しかも、墜とすだけにとどまらず、そのまま幼竜は体は押しつぶれようとしていた。


『G……!』


 逃れようと幼竜は動き、しかし翼は愚か指一本とて動かせぬ強大な重力の檻にとらわれているのだと気づく。そして理解したがゆえに、”攻撃の方針を変えた”


『SIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!』


 周囲で暴れていた悪霊樹達が、急に、一斉に動き出し、金色へと向かい手を伸ばす。地上に出ていた悪霊樹だけではない。砦の彼方此方から木の根の全てがディズへと突進した。


「悪霊樹、捕食したのか」


 地面に叩きつけた際に、地上に出現していた悪霊樹を全て、一瞬にして捕食したらしい。真っ黒な暴食の加護を得た木の根が、ディズを引き裂かんと四方八方から伸びてくる。


《ディズ!どーする!?》

「”権能”準備」

《あれするん!?ぶっつけで!?》

「する。鎧の7割は解除する。使って」


 ズルリ、と、紅の鎧が波を打ち、揺らめく。掌から彼女の頭上へとアカネの身体が集められる。白く細い、無防備な肢体をさらしながらもディズは揺らがず、頭上に掲げたアカネの身体に掌を向ける。


「【赤錆の権能・劣化創造開始】」


 悪霊樹が迫る。触れるだけですべてを喰らう【暴食】の権能を有した力が迫る。

 ディズは微動だにしない。その間アカネは幾度となく形を変える。赤錆の精霊の力、ヒトの力では決して届くことのない、理を超越した力が発揮される。


「【模倣・灼炎剣】」


 かつての四大精霊の一人から初代ラックバードが授かった焔の剣が形を成した。


「【×5】」


 それが”5つ”、ディズの周囲に展開する。


「【灼炎発動】」

『ZIIIIIIIIIIIIIIII?!?!!』


 五つとなった聖遺物が、眩い白の焔を発動する。闇夜の中、突如として出現した業火に悪霊樹達は燃え盛る。精霊の権能を有した聖なる焔はヒトを傷つけず、仇なす魔のみを焼き払う。一方的な蹂躙だった


『GEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!』

「【魂魄滅却・五葬】」


 そして、未だディズによって地面に押さえつけられていた竜を、五つの聖剣が貫き、


『GE――――――――――――――』


 その魂ごと 焼き尽くした。

 悲鳴を上げ、逃れようとしてもがき、奇声を上げる。抵抗すべく舌を伸ばすが、ディズに届く事も無く燃え尽きる。憎々しげにディズを睨んでいた濁った眼球も、彼女を映す事を許さず焼かれ―――


『―――――――――…………      』


 地上に出現した災厄の一端は、跡形もなく滅却された。


 天賢王の勅命は成った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







「……なんだ、あれ」


 ウルは眼前の戦闘の始終を呆然と眺める事しかできなかった。


 ディズと竜らしきものが出た所まではわかった。が、それ以降、ウルはディズを手伝う事は愚か近づくこともできなかった。天空でドス黒い竜がうごめき、同時に緋色の閃きが幾度となく交差する。悪霊樹の大群が集い、その全て襲われながら、ディズは全てを返り討ちにした。


 なんだアレは。


 最早、金貸しの娘などという肩書はどこぞへとすっ飛んでいった。

 彼女は、ディズは、このイスラリア大陸の”最上位”だ。

 元黄金級であるグレンとの戦いで、大陸最強の力の一端に触れることは出来たが、彼はあくまでも引退し一線を退いている。

 彼女の力は、アレこそが――――


「ウル様」

「……シズク?」


 シズクが声を上げた。

 そちらを見ると、ロックに背負われた彼女は、ひたすらにじっと、ディズを見つめていた。アカネが生みだした業火の中で、竜の肉体が焼け崩れる様子を見守るディズを、眩そうに見つめ続けていた。


「私は、彼女のようにならねばなりません」


 そして小さく、決意を口にした。


「そうか……そうだな……俺もだ」


 ウルは彼女の決意に頷く。ウル達が目指すもの、冒険者の頂点である金色とは、つまるところ”彼女のような存在になる”事なのだとウルは理解した。遠くから眺めて、凄いと感心している暇などウル達にはない。

 あれこそが、目指さねばならないものなのだ。


 そして次第に炎が消え去った。悪霊樹も、死霊兵も、カナンの砦そのものも跡形もない。


 そして、避難させていたのであろうローズを抱えたディズが、上空から降りてきた。飛翔魔術によってふわりと着地したディズは、ローズの身体をゆっくりと地上へと降ろし、大きく息を吐き出すと、


「……むう」


 ぐらりと後ろに倒れこんだ。


「ちょっ……ちょっと!ディズ?!」

「ディズ様?」

『おうちょっと、背中で動くな主』


 ローズが慌て彼女を引き起こし、シズクもロックの背中からもがく、そしてもちろんウルも駆け寄る。倒れこんだディズは、アカネの鎧が半ばまで剥がれ半裸の状態になりながらじっと空を睨んでいた。

 怪我でもしたのか?いや、調べるまでもなく身体の彼方此方傷だらけではあるのだが――


「……私はね」


 と、思った矢先、ディズが口を開いた。


「ひっさしぶりに休暇期間だったの。移動の間の僅かな時間だったけど、休みだったんだよ。最近ドタバタしてたからようやく休めると思ったの」

「……おう、それで?」


 突然、早口にまくしたてるディズに、ひとまず続きを促した。

 彼女のしゃべり方に覚えがあった。不満があって酒を飲んで悪酔いした酔っ払いだ。


「だからね」


 一言言って、そして大きく息を吸い込んで、彼女は叫んだ



「つーーーーかあーーれえーーーたあーーーーのーーーーーー!!!」



 それは咄嗟に耳を塞ぎそうになるくらいには大きな声で叫んだ。続けて、疲れた疲れたと喚きながら寝転がり、幼児のように暴れ始める。ウルは黙ってそれを見守った。こんな感じになったら放っておいて相手が落ち着くまで黙ってきいてやるしかない。口を挟んでも無駄だと理解していた。

 そしてひとしきり暴れたのち、彼女はむっすりとした顔になって、


「……ねる。おこさないで」


 寝た。一瞬である。あの睡眠技術を使ったのか、あるいは本当に疲れ果てていたのか、小さな寝息を立て始めた。


《おねむ?》

「……おーい、ディズ?」


 声をかけてみた。身動ぎすらしなかった。背中は砂と砂利と瓦礫の山で、背後では悪霊樹達が今だ燃やされているというのに、熟睡である。


「幸せそうな顔ですね」

「というか誰が運ぶんだよ。これ」

『わしゃ主背負っとる。お主しかおるまい。半裸の美少女なんぞ役得じゃの、カカ』

「アカネ、マントになってくれ」

《あたしもつかれたので、ねる》

「……着替えなんぞないぞこの瓦礫の山にゃ」


 ウルは嘆くが、さりとてディズが眠りから目覚めてくれることもなく、あの苛烈な戦いを繰り広げていた当人とは思えないほど、間抜けな寝顔で熟睡を続けた。


 さて、その後


 結界によって守られていた人質たちと、ウル達は合流を果たした。(その際人質たちを考慮し、ロックには兜などをかぶせ死霊兵とわからぬようにした)

 盗賊たちの撃破に成功したとはいえ、彼らが今いるのはいまだに都市の外、何時、どこで魔物達に襲われるか分かったものではない危険地帯だ。そして現状、怪我人が大量にいて、そもそも戦えない者が大勢居た。結果、一夜を過ごすことなる。


 カナンの砦の結界は既に崩れかかっており、魔物の襲撃を懸念したが、結界の効果がなくなると同時にダールとスールが二頭、砦の中に突入し、ウル達の元に来てくれたのが幸いだった。


 予備の回復薬等を馬車から取り出し、自分たちの回復と怪我人達の治療を行いながら警戒を続け、そして、夜が明けた。


「……まぶし、太陽神様様だ」

『良い朝日じゃのう』

「アンタ朝日浴びたら溶けて死ぬのかと思った」


 日が昇り、疲れ果て、眠りに落ちていた人質たちは目を覚まし、ほっと息をついた。ニーナにラーウラもそうだ。ディズはいまだアカネとと共に昏々と眠りつづけていたが、ダールらが彼女たちを守りつづけた


 そして、日が昇り初めてすぐ、アルトの騎士団たちが駆けつけてくれた。


 使い魔の魔術師が事の急変を騎士団に伝え、危険を顧みず日が昇る前にこちらに駆けつけてくれたらしい。途中、砦から逃げだした盗賊たちを捕らえつつの到着であり、使い魔に案内され真っ直ぐにウル達の下にたどり着いた彼らは、すぐさまウル達を保護してくれた。


 かくして、島喰亀の襲撃から始まったウル達の討伐依頼(クエスト)は成功と相成った。



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