辛勝と契約、そして爆発
「勝った――」
咆吼によって穿たれた深い穴。
その先に、土竜のように隠れ潜んでいた巨大な頭蓋骨。餓者髑髏の頭部、その虚ろな眼孔部に輝く“核”に自身の竜牙槍を叩き込んだのを確認し、ウルは震える声で自身の勝利を宣言した。言葉にしなければ信じがたかったのだ。
勝利、勝利である。薄氷の上だったが、勝利は勝利だ。
土壇場で、悪霊樹が囮であると気づけたのが勝敗を分けた。
シズクの【足跡】で調査した。大悪霊樹に対してではなく、その周辺、隠れるようにしている何かが存在していないかを確認させた。
そして、悪霊樹達が這い出た地下迷宮に隠れ潜んでいた頭蓋骨と、その核を発見できた。
「【足跡】は、最高の買い物だったな……」
穴に降りて、骨を砕いた竜牙槍を引き抜きながら、シズクの買い物に心の底から感謝する。シズクの能力と魔導書の合わせ技。広域の探知が今回の戦いで貢献するところはかなり大きかった。
「金、準備、対策……大事、だ」
空けた穴を登りながら、ウルは噛み締める。
宝石人形との戦いで十分に自覚したつもりだったが、今回の件でより深く、確信した。それこそがすべてを左右すると言っても過言ではない。一つでも何かを怠っていれば、間違いなく死んでいただろう。
今後、ウルが生き残る上でこの理解は絶対不可欠だ。
「まあ、その前、に……!」
穴から手を出して、外に出て、周囲を見渡す。そしてウルは顔を顰めた。
『SIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!!』
「……ま、元気だわな。そりゃ」
眼前には、強引に土の中から引き抜かれた悪霊樹の大群が、怒りに任せ、暴れ狂っている。“核”が破壊され、支配から解かれたが、彼らは別に死霊兵のように魂を与えられた操り人形ではない。死霊術師本体を倒したところで、死ぬわけではないのだ。
「……逃げるしかないか」
ディズからの命令、死霊術師の核は破壊できた。これ以上は無理だ。体力も魔力も道具も使い果たした。この戦場に残るのはただの自殺だ。逃げるしかない。
幸いにして、悪霊樹はもともと地中に潜りこむ様にして存在する魔物だ。地上に引きずり出され、混乱し、此方を見失っている。逃げるくらいなら何とかなるだろう。
「ウル様、ご無事ですか」
穴から這い出たウルをシズクが出迎える。まだ顔色は悪いが回復薬が効いてきているのだろう。まだマシになっていた。未だフラつき、そのたびにニーナとラーウラに支えられている様子だが、それでも彼女は座り込んだりはしなかった。
「シズク、休んでなくていいのか」
「眠たいです。ですが、その前に。悪霊樹が気づく前に」
そういって、彼女はふらふらと歩いていく。悪霊樹とは反対側、崩壊したカナンの砦が小高く積まれた残骸の上で、“それ”が座り込んでいた。
『おう、小僧、生きとったか』
死霊騎士が手を上げる。
表情もわからないはずの骨の姿、だが、疲れているように見えた。魔力を供給する死霊術師が死に、魔力が尽きかけているのだとウルは理解した。即座に彼の姿が崩れないのは、特別製だからだろうか。
その死霊騎士にシズクは近づいていく。そして目の前でペコリと頭を下げた。
「約束を守ってくださってありがとうございます。騎士様」
死霊騎士はその礼に、ゆるゆると手を振った。
『なあに、魂まで外道に堕ちる前に引き戻してくれて感謝しとるよ乳のデカい娘』
「シズクと申します」
『ワシは、ロックと呼んでくれ。さて、どうするのかの?』
では、ロック様、と、シズクは彼の前に立つ。
「契約を致しましょう」
『死霊術、使えるのかの?』
「簡易の使役術なら概要は聞いていますので、応用します」
さらっとそんな事を言いながら、彼女は細やかに術を編む。
唄い、奏で、幾度か修正を繰り返しながら新たなる術を作り出す。シズクと死霊騎士の間に徐々に光のラインが結ばれ、ほつれ、再び結ばれるのを繰り返す。術の構築に悪戦苦闘している様子がはた目からでも分かった。
『きつそうじゃの』
「少し、つかれて、ます」
『ま、別に無理そうなら、それはそれで構わんぞ』
やれやれ、というように、戦ってる最中の元気な様子はどこへやら。疲れたようにありもしない肺からため息が一つ死霊騎士からもれた。
『なんも覚えとらん。この世にもあの世にも、何の未練も無い。消えて無くなろうとどうでもよいのじゃ』
そう言う死霊騎士、ロックは、頭蓋骨で読み取れないはずのその顔に、底知れぬ寂しさが垣間見えた。シズクが勧誘するまでの彼の投げやりな態度の理由が少し分かった。
誰一人知る者のいない時代にたった一人たたき起こされたことに対する自棄。未練も満足も失ったが故の虚無が、彼を包んでいた。
これでは、ここで消滅を逃れたとしても意味は―――
「では、私と家族になりましょうか」
『ほあ?』
死霊騎士は呆けた声を上げた。ウルは声を上げなかったが変な顔になった。
「生きる理由がないのならば、作ればよいでしょう?」
『だから家族になると?なんじゃあ母ちゃんにでもなってくれるんかの?』
「まあ、大きな息子ができましたねえ」
『娘とか?』
「頼りがいのありそうなお父様でございますね」
『恋人?』
「素敵な旦那様ですね」
死霊騎士はウルへと振り向き、シズクを指さした。
『おい、小僧、この娘ヤバいぞ』
「後で叱る」
「まあ」
シズクは困った顔になった。
「新たに関係を築けば、新たな生を歩む理由になるかと思ったのですが」
冗談のような提案だったが、彼女は心底までに本気だったらしい。だからこそ性質が悪い。自分を大事にしろ、というウルとの約束を違える彼女ではないが、要はこの程度の事ならば別に“蔑ろにしているつもりはない”らしい。
常識から教えた方が良いのか?という疑問と葛藤にウルが勝手に苛まれる間に、シズクは術を徐々に完成へと近づけていった。死霊騎士はその光景を眺め、先ほどのシズクの言葉に応じる。
『そうまでお前さんにしてもらう理由が全く思い浮かばんわい。なんだってワシにそうまで良くしようとする?それともなにか?』
死霊騎士の、カタカタと、肉の削げ切った頭蓋骨が揺れ、不気味に音を鳴らす。
『そうまでしてワシを使役したいのか?』
あの死霊術師と同じように 眼球を失った眼孔の闇が、シズクを睨んだ。
「
そしてシズクは、精霊すらも虜にするような満面の笑みを浮かべた。
怒りにも似たロックの暗く重く滾らせようとしていた誇りと情念は、その笑顔に飲み干された。ウルにはそう見えた。
「魔力さえあれば疲れ知らず、粉砕されても再生する身体、熟練の剣士としての技量と洞察力。貴方はとても素敵です。ロック様」
シズクは魔術を唄い奏でる。たった数度の試行錯誤で、彼女は新たなる己が為の使役術――――【死霊術】を完成させていた。周囲の魔力が光となって周囲で瞬く。精霊が躍るようなその幻想的な光景を、ニーナとラーウラはぽかんと口を開けて、魅了されていた。
「私の下僕となってくださいませ、ロック様。代わりに、貴方の望む主となりましょう」
シズクは何もかもを虜にする笑みのまま、手の甲を差し出す。その所作は妖しく、しかし同時に貴人の如く優雅でもあった。
ロックは、しばし呆然とするように身動きしなかったが、しかし、ふっと、カタカタカタと骨を鳴らした。笑っていた。心底までに楽しそうに腹を抱えながら。
『おい、小僧、この娘ヤバいぞ』
「後で叱る」
「まあ」
シズクは困った顔になった。
『成程?生き甲斐になるかはわからんが、
偽りの家族の関係などよりもよっぽど、彼女自身が面白そうであり、魅力的だ。
彼はそう言って、カカカと笑った。
死霊騎士はシズクの前で跪き、彼女の手を取った。途端、白銀の魔力のラインが輝き、シズクと死霊騎士を結んだ。
「【風よ導と唄え、我が魂への隷属を望む者への道を紡げ】」
魔術は完成した。弱弱しくあった死霊騎士の身体にシズクの魔力は巡り、精気を取り戻す。死霊騎士は姿勢を変えず、顔だけを上げ、そして骨を鳴らした。
『カカ、今後ともよろしく頼むぞ我が主よ』
「よろしくお願いいたします。私の騎士様」
闇夜の中、暴れ狂う悪霊樹と、荒廃したかつての守護の砦の中心。長く、美しく星々の光に煌めく銀の髪の絶世の美女。それに忠義を誓う、血肉を失った死霊の騎士。
その光景は一枚の名画のように美しかった―――得体のしれぬ悪寒を感じる程に。
何か、決定的な事態を傍観してはいまいか。
そんな悪寒をウルは振り払う。バカバカしい。疲れ果てた心が根拠のない猜疑を生み出している。深呼吸をして不安を吐き出し。腹に力を籠める。まだ何も終わってはいないのだから。
「……って、うっわ!!まずい!ウルさん!悪霊樹!こっちきてる!!」
「ニーナ、ラーウラ、シズクが人質たちを守るために結界を敷いた場所まで逃げてくれ。場所は覚えているよな」
「大丈夫です!逃げようニーナ!」
「お二人も急いで!!」
悪霊樹はいまだ暴れている。なによりディズとアカネにいまだ連絡が届かない。途切れたままなのだ。死霊術師を討ちとった後、幾度か交信を試みたが、未だ返事は来ない。
やはり撤退しかない。アカネを置いていくのは口惜しい思いだが――
「シズク、魔力補充薬余ってるなら飲みきってくれ。で、ロック、シズクを背負ってくれ。撤退する。砦の城壁の外に逃がした人質たちと合流する」
「わかり、ました」
『カカカ!任せよ!』
ウルの指示に対してロックもシズクも動き出す。ウルは最後に、崩壊していくカナンの砦の中で、唯一奇跡的に形を保っている建造物、ディズが侵入した司令塔を見つめ、唸った。
「大丈夫だろうな、二人とも」
そう呟いた直後、司令塔は爆散した。
「……大丈夫じゃあなさそうだな」
ウルは気が遠くなった。
「ええ!?なに!?」
少し先の方から、ラーウラの悲鳴が聞こえてくる。ウルも悲鳴を上げたかった。ちょっと前まで、奇跡的なまでに無傷だった司令塔が、本当に言葉の通りに砕け散ったのだ。冗談みたいなタイミングで、思わずウルは笑いそうになったが、顔が引きつるだけだった。
『SIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!』
無差別に暴れていた悪霊樹達もまた、一斉にそちらに意識を向ける。そして、振り落ちる瓦礫と、土煙の中から何かが飛び出してくる。二つ。
一つは黒い影、何か大きく、そして巨大だ。
そしてもう一方、小さな、紅の人型の、少女。
「ディズ!アカネ!!」
ウルは思わず叫んだ。
もう一つの戦いの決着もつこうとしていた。
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