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死霊の軍勢戦


 餓者髑髏と死霊騎士、両方と対峙したウルは、早くも帰りたくなっていた。


『GAGAGAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKA!!』

『さて、小僧。ちゃんと我らの遊び相手になってくれるのか?』


 宝石人形より更に一回り巨大な餓者髑髏、そして歴戦の雰囲気を漂わす強靭な死霊騎士、この二体と対峙し、確信した。この状況はウル一人の手には負えないと。

 自分の実力は知っている。素人に毛が生えているにすぎない凡人だ。“指輪”を獲得し一人前の冒険者として認められたが、実力も足りてない。

 故に、


「……断る」

『っむ?』


 ウルは懐から取り出した“モノ”を投げつけた。死霊騎士はそれを剣でもって叩き落とし―――


『カッ!?』


 途端、死霊騎士がバチリと弾かれる。そしてそのまま雷に打たれたようにその場から身動ぎしなくなった。


「【退魔符】」


 今回の討伐任務にあたり、死霊兵対策をしないわけがなかった。

 そのまんまな名の通り、効果は多くの死霊系の原動力となる魔力の霧散。魔力を血肉に変換した魔物には効果が薄いが、魔力そのもの、あるいは魔力で器を動かす死霊系への特効だ。

 ただし、効果的であるがゆえに今回の件で戦闘準備を始めた騎士団にほぼ全てを持っていかれたため、ウル達が手に出来たのは10枚ほどだ(これでもかなり融通してもらった結果である)


 だが、やはり効果は絶大だ。死霊騎士の動きを見事に封じた。


「遊びならあの世でやれ爺」

『ぬっ――――』


 そのままウルは竜牙槍で死霊騎士の胴を貫き、砕く。ぐらりと崩れる死霊騎士の身体を上から力任せに振り下ろした槍で叩きつけ、更に砕く。二度、三度、四度、跡形が完全になくなるまで繰り返し叩きつけ、そして小石のように粉々となった騎士の姿を見てウルは満足する。そして上を見上げた。


『GAGAGAAKAKAKAKAKKAA!!!!』

「まともにやってられるかこんなもん!」


 宝石人形よりもさらに巨大な餓者髑髏は此方に気づいてるのか、ぐらりと体を曲げ、そしてずるりとゆっくりこちらに手を伸ばしてくる。ウルは竜牙槍を構えた。


「咢開放、【咆哮】」


 ためらわず、竜牙砲を発射する。闇夜の中で輝く白い閃光が赤黒く脈動する巨大な死霊兵の、その胸元に吸い込まれるようにして叩き込まれる。


『GAGAKAKAKAKA!!』


 幾多の骨が砕け散る音。光はそのまま体の中心で輝く魔石の下へと届―――


「とど……かない!?」


 中心部、竜牙槍の“咆哮”が叩き込まれた中心部に骨が集まっていく。餓者髑髏は巨大な一体の人骨ではない。動物、人、問わず幾多もの骨を器とした集合体だ。それが一か所に集まり、塊り、まるで盾のようにして”咆哮”から魔石を守っている


『GAAGAGAGAGAAAAAAKAKAKAKKAKA!!!』


 エネルギーの放出が途切れ、徐々に光が細くなる。餓者髑髏の身体を構成する骨は次々焼け落ち、砕けていく。だが、中心の魔石には届かない。幾重に重ねられた骨の防壁が衝撃をかき消し続けた。


『GAGAGAGAGAAAAAA』


 咆哮の収束と同時に、餓者髑髏が膝をつく。正確には魔石を守るため骨が障壁となって削られ、失われたのだ。身体の彼方此方が欠落し、満身創痍のように見える。

 だが、


『KA――――――』


 赤い光が再び輝く。砕け散り、地面に散らばった骨が、その光に呼応するように再び動き出す。最初、死霊兵たちが魔石へと群がったのと同じように、欠落した部分に粉砕した骨が集まり、形を成していく。瞬く間に餓者髑髏は回復した。


「そんなんアリか……」


 ウルは心の底から呻いた。回復前に追撃、と言いたいが竜牙槍は連発は出来ない。放熱と魔力の充填をしなければいけない。しかも砦への侵入と、盗賊達を嵌める落とし穴の作成、そして今回の最大放出で計3回つかっている。恐らくあと一回が限界だ。

 と、考えているうちに、ウルへと向かって餓者髑髏の腕が大きく振りかぶられ、そして叩きつけられようとした。


『GAKAAAーーーーー!!!!!』

「……!!」


 ウルは全力で地面を蹴り、逃げる。背中に迫る巨大な破壊の音に振り返ることもなく、駆け抜けた。


「くそったれ……どうする?どうすればいい!!」


 泣き言のような疑問が口から零れ出すが、その疑問に対して答えてくれるものはいない。どうすればいいか、現状の打破と解決はウル自身が見出さなければ、死ぬだけだ。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 その頃、シズクは人質たちを連れ城壁の外へと移動していた。

 と、言っても、砦全体を護る結界の外に出るわけにはいかなかった。完全に出てしまえば魔物達の脅威があるし、内側から外へと出ることは叶うとしても、一方通行だ。シズクがウルを支援しに戻るにはまた地下迷宮を単独で潜る必要が出てくる。それは厳しい。

 故に、あくまでも砦と結界の狭間の、人目に付かないところに人質達をシズクは誘導し、そして結界を発動させた。


「【風よ唄え、悪しきの目を眩ませ、不可視結界(インビジブル)】」


 不可視の結界が救助された人質たちの身体を包む。更に携帯鞄から結界維持のための依り代となる魔石を一つ、中心に据えた。


「それでは皆様、ここに隠れていてくださいね」

「シズク“様”はどちらへ?」

「ウル様の手助けに」


 現在、砦の中ではウルがたった一人で奮闘している。彼を一人にすることは決してできない。急ぎ戻り、共に戦わねばならない。そのためにはどうしても人質たちが邪魔になる。

 その言葉に、人質の女達は顔を顰めた。

 それは、護ってくれていたシズクが居なくなる事への恐怖ではない。怒りだ。今も砦の中に居る、自分たちを悲惨な目に遭わせた連中に対する憎悪が彼等の表情に渦巻いている。しかしそれが自分たちだけでは行くだけ無駄だという無力感が、憎悪を膨らませている。


 その憎悪を煽ったのはシズクなのだが、このままでは少し危うい。どうするか、と考えていると、不意に人質達の中から二人、手が挙げられた。


「私たちも手伝えるよ」

「いけ、ます」


 二人組の女たちだ。人質達の例にもれず姿は痛々しく傷があちこちに残っている。が、見れば体つきがしっかりしている。魔物を殺し、魔力を獲得した闘う者の身体つきだ。

 同業者だ。シズクは理解した。


「貴方達は島喰亀の護衛の方々ですか?」

「うん……依頼人は守れたんだけど、私達の方が無様に捕まった。武器も何もかも奪われてさんざんやられた。やり返してやりたい」


 装備もあのクズどもから奪ったしね。と体格には若干合わないものの兜や鎧、剣を構えてみせる。隣で彼女の同行者も頷いた。顔色は悪いが目の色はしっかりしている。


「か、彼女はニーナ。け、剣士、です。私はラーウラ、魔術師。魔道具、杖、奪われてしまったけど、それでもいくつか魔法、使えます!」


 シズクはちらっと彼女らの指を見る。ウルやシズクのような指輪はない。銅の指輪すら持たぬという事は、まだ冒険者になって時間も経っていないのだろう。

 尤も、ウル達とて冒険者になって一月と少しだ。宝石人形撃破で魔力は大きく得たが、それほど極端に差があるわけではあるまい。

 人手は多い方がいい。シズクは頷いた。


「どうか、皆様の想いを背負っていただけますか」

「ああ、いいとも」


 シズクの“言い方”に対して、ニーナは強くうなずいた。他の人質の皆を納得させるためにも必要な言葉だった。彼女はシズクの意に沿うようにして他の人質たちの顔を見つめた。


「お前らの仇はきっととってやる。だから、じっとしてろよ」


 憎悪に染まっていた人質の女たちも納得したらしい。お願いします!と何人も震えるような声で願いを託していった。


「行きましょう」


 そうして助けを得たシズクは再び、死霊蔓延るカナンの砦へと突入した。



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