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カナンの砦攻略戦


 迷宮大乱立がおこり、人類の生存圏が都市の防壁と【太陽の結界】に囲まれた場所に限られるようになってからというもの、都市の外には光が失われた。

 かつて、迷宮が出現するよりも前は、大陸の全てが人工の光に満ちていたと言い伝えられているが、今は見る影も無い。衛星都市アルトにたどり着く道中で直接目にしたように、都市の外に人工物の痕跡は跡形も無い。僅かに名無し達が用意した“止まり木”くらいのものだ。


 だから、太陽神が身体を休ませる夜の都市の外は、真っ黒な闇に覆われている。

 太陽神の代わりに大地を見守る精霊達が、満天の星となって大地を照らすと言われているが、その光は太陽神のそれとは比べものにならないほど、儚い。

 夜の都市の外は、一歩先すら分からなくなるほどの闇が支配していた。


「じゃ、準備できたかな?ウル、シズク、アカネ」


 そこへと今から飛び出そうというのだから、中々正気じゃない。


《ガッテンダー!》

「出来ました……ですが」

「……マジで、行くのか?」


 ウルは自分が大分腰の引けた声を発している事を自覚していた。情けないとは思うが、仕方の無いだろうと誰に向けるでもなく言い訳する。名無しのウルは、夜の人類の生存圏外に出ることの危険性を十分に理解していた。


「……正気じゃない。今から貴様らがしようとしているのは、自殺だ」


 門兵を務める騎士もまた、ウルと同意見らしい。彼は酷く顔を顰めている。

 今はまだ門の入口だから灯りが漏れて僅かに足元を照らすが、ここから少しでも都市から離れると文字通り何も見えなくなる。足元、どころかすぐそばの自分の手の平すらも。

 魔術による照明にだって限度があるし、消耗する。そして魔物達はその灯りを導にして一斉に襲い掛かってくる。

 まさしく地獄だ。


「というか、島喰亀の時も危険だからってやめたんじゃないのか、夜の追跡」

「あの時は相手の拠点も何もかもさっぱりわからなかったからね。でも今は違う。ダール、スール」


 ディズは馬車を引く二頭の愛馬たちのもとに近づく。二頭は近づく主に首を垂れて頭を寄せ、ディズは二頭の耳元で言葉を告げる。


「ここから北東の山脈のふもと。かつての砦跡だ。行けるね?」


 馬達は小さく鳴き、そしてその瞳を真っ直ぐに、自分たちの目指す場所へと向けた。


「この子たちは闇夜でも自在に駆け回れる。手綱を操る必要すらない」

《かしこーい》

「夜魔の血も入ってるからね。むしろ独擅場さ」


 つまり、この二頭に完全に案内させる。という事らしい。ウルは少し安堵した。闇夜の中、馬車の操作など正直言って生きた心地がしない、どころか一歩だって前に進ませるのは御免だ。道だって都市の外は舗装されていないのだから。

 が、しかし、ウルの安堵に対して、ディズは微笑みを浮かべた。その笑みに、なんだから嫌な予感を覚えた。


「少し安心している所申し訳ないけれど、ちょっと覚悟してもらう必要があるんだ」

「……具体的には?」

「ダールとスールは闇夜でも全く問題なく動ける。そして今回、状況も状況だけに、全速力で走ってもらうつもりだ。この夜の都市の外を」

「つまり?」

「メッチャ怖い」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 移動中、何があったのかに関しては詳細は省く。


 端的に言えば、ダールとスールは名馬、を通り越した怪馬であり、いざ夜の闇夜を疾走するとなった瞬間、その筋肉は一回り大きくなり、額からは角が伸び、その嘶きは星空の下、轟いた。

 魔物達すらも置き去りにするほどの爆速で、一切何も見えない闇の中を瞬く間に駆けていくのだ。


 その間、馬車の中の乗客はどうなっていたかというと


「…………!!!!!!!」

「アッハッハッハッハッハ-」

《はやーい!!!》

「そうですねえ、すごいですねえ」


 以上。

 


              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 1時間後


「……死ぬ、かと、思った」

「ウル様大丈夫ですか?」

《だいじょーぶ?》


 ウルはぐるぐるに回った眼を伏せながら、シズクとアカネに背中をさすられていた。

 馬車の中で揺れを堪えるだけだといえばそうなのだが、窓の外を見ても何も見えない闇夜の中、激しい速度と揺れに身を晒し続けるのは苦痛で、恐怖だ。宝石人形と闘った時とは別種の恐怖である。


「まあ、慣れると楽しくもなるんだけどね」


 ディズは魔灯を掲げながら気楽に言った。


「慣れるまではどうなるんだ?」

「地獄」

「二度目が無いことを願う」


 この短くも恐ろしい高速の旅をプレゼントしてくれた、ダールとスールは流石に疲れたのか地べたに座り込み、荒くなった呼吸を整えている。闇夜の中、4つの眼光が魔灯の光を反射させていた。

 「おつかれ」といたわるように首を撫でると、スールはやさしくすりよってくれたが、ダールは生意気にフンと鼻をならした。後はそっちの仕事だぞ、とでもいうようだった。

 ともあれ、この二頭のおかげで、なんとか“此処”までたどり着いたのだ。


「眩いですね」

《まるいのね》


 シズクとアカネが眺めているのは山奥の“半球”だ。人工物の跡地、恐らくカナン砦を覆おうようにして結界が輝き、同時に内部を照らしている。神秘的な光にも見えるが、あの光は、浅ましく島喰亀から強奪した魔石を利用した結界だった。


「本当に、あっという間にたどり着いたな」

「さて、多分ここら辺に」


 ディズは小さなランタンで目を凝らしながら辺りを探り出す。自然のままに野放図に成長した木々の間を縫うように進む。そしてふと、行く先の闇の中から何かが動く気配がした。


「……魔物か?」


 ウルは身構えるが、ディズは手で押さえる。そして物音をした方へと顔を向け、口を開ける。


「火」

《水―――まさか本当に夜の間に来れるとは思わなかった》


 姿を現したのは小鳥だった。黄色の羽をもった小さな小鳥。しかしその愛らしい嘴からは囀りとは違う、男の声が聞こえてきた。


「これは……」

《アルト騎士団、魔術師のラノだ。使い魔を通して会話している》


 小鳥が男の声を続けて発する。騎士団。使い魔を放ち、盗賊を追い続けて敵拠点を発見したとそういえばディズが言っていた。その魔術師であるらしい。ウルは警戒を解いた。


「頼んだもの、見つけてくれた?」

《……こっちだ》


 小鳥が羽を広げ、飛ぶ。ウル達の歩調に合わせ、どこかへと案内するらしい。砦の結界の方角から若干それるように進む。慎重に、魔物との遭遇を警戒しながら歩を進めると、程なくして小鳥はピタリと小枝に止まった。


《此処だ》

「……迷宮か」


 山肌がはげ、晒され、ランタンに照らされる周囲の地面とは明らかに色が異なる硬質の石づくりの建造物。人工物を思わせる大地に今なおひしめく魔物達の巣窟、かつて平和な時代の【カナンの砦】の地下を侵食した迷宮の痕跡だ。


《魔物の気配は少ない。だがゼロではない》

「気を付けよう。砦には繋がっている?結界の影響は?」

《結界はない。砦の下まで続く道順は印を付けておいた。が、途中瓦礫で完全にふさがっていて出口は見当たらない》

「そこは準備があるから平気。探索ありがとう」


 ディズが礼を言うと、小鳥越しの魔術師は、表情こそまるで見えないが、少し硬い声音で、声を発した。


《奴ら、巨大死霊兵から取り出した人質の内、邪魔になる者はその場で殺していったらしい。真新しい死体が幾つか魔物に食われていた》


 感情を交えない声だった。しかしそれは意識して抑えようとしている声音だった。湧き出る怒りを押し殺そうとしているのが、使い魔を通してウル達へと伝わってきた。


《敵を討ってやってくれ。我々も急ぎ準備を整え、此方に向かう》


 そう言って、小鳥は再び結界の周囲を探るように闇夜を飛び立っていった。ただの小鳥、ただの使い魔であるはずのその姿に、拭いきれぬ無念さをウルは感じた。


「騎士団に、迷宮の位置を探っていただいたのですね」

「情報を聞き出したついでにね。協力してもらった」

「……手際が良いな」


 最初、ディズから砦への侵入経路を提案された時は荒唐無稽にも思えた。

 だが、宿屋で提案したその時には、ディズは盗賊団のアジトの情報を獲得し、アルト図書館で書類をそろえ、更にそれをもって騎士団に作戦を提案し軍の編成を急かし、協力を仰いで作戦を確固たるものとしていたのだ。


 戦闘能力とは全く別の、問題に対する“処理力”の高さ。

 見習おう。と、ウルは思った。事によっては剣や槍を振り魔術を放てるようになるよりも、遥かに強い力になる。

 そんなウルの決意を他所に、迷宮の入口の横に立つディズはウルとシズクの方に振り返る。


「さて、それじゃあこれから盗賊退治に突入する訳だけど、心構えは出来ている?」

「ここまで来て、今更すぎないか」

「安全な場所での決意表明なんて意味ないもの。目前にまで迫って初めて人間は自分でもわかっていなかった本音が出てくるってものさ。特に今回は通常の迷宮探索や魔物退治とは違う。要は―――」


 スイッとディズは自分の首を指で軽くなぞる。ウルは一瞬、島喰亀でディズが首を落とした盗賊の髭面が頭を過った。


「人を、殺すことになる。ほぼ確実にね。その覚悟はあるかな」

「相手は盗賊で、悪党だ」

「だから?悪党だろうが何だろうが彼らは同じヒトだ。殺人には相応の“負荷”が生まれる。どんな相手でもね」


 同族殺しに僅かだって感情を覚えない人間はそれはそれでお断りだけどね。

と彼女は付け足す。ともかくとして、殺人はそれだけ“重い”行いであり、故に改めて確認しておく必要がある。己がソレを行えるのか。

 

「私はできます」


ディズの問いかけに、真っ先に答えたのはやはりシズクだった。


「即答だね。思い込もうとして言ってるなら危険だよ?」

「いいえ―――確信です」


 シズクの声音に、瞳に、感情の揺らぎは一切なかった。凪の水面のようにただ静かで、事実をあるがままに告げるようにして彼女は宣告した。


「それが許されざる業であっても、私は殺人を行えます」


 その回答に、瞳に、ディズは満足したのか頷いた。そして次にウルを見る。ウルはシズクが答えている間もずっと考えを巡らせていたが、出てきた答えは一つだ。


「正直言えば、実際にそうなってみないと、わからん」


 虚勢を張る場面でもないので正直に回答した。ディズはその曖昧にも腰が引けたようにも聞こえる回答に、別に怒るでもなく、まあそうだろね、と頷いた。


「やったことが無いことを出来るかと問われて即答できる方が珍しいしね」

「……まあ、経験がないと言えばウソなんだが」


 そなの?と聞かれ、ウルは頷く。別に隠している事でもなかった。


「昔、自衛のため、盗賊を殺したことがある。恐らく」


 都市の外ではよくある話であるが、ウルは旅の途中盗賊たちに襲われた事がある。何度もあった内の一度。ウルは盗賊に襲われ、咄嗟に、偶然、そして幸運にも、盗賊たちの武器を奪い、そしてその武器で反撃した。

 結果、盗賊はウルに切り付けられた首を押さえ、血しぶきをあげながら倒れた。その後は知らない。ウルはその場からアカネを連れ逃げ出したのだ。多分死んだのだろう。しかしそれは自己防衛の果ての結果である。


「俺はそれに罪悪感を覚えていない。だけど、自分から殺しに行ったことはない。だからわからない。その結果どんな感情が生まれるか、不明だ。……ただ」

「ただ?」


 ウルは自身の内を見直し、自身の価値観を見直す。そして答えた。


「“自分”と名前も知らない“敵”との天秤を量り間違えるつもりは、ない」


 自分、自分の妹、自分の仲間達の命と畜生に落ちた悪党の命、その天秤をかけて迷うつもりはウルにはない。

 自分のため、生きるために闘うのだと、既にウルは“決めて”いる。

 ディズはシズクの時と同じく満足げに頷く。最後に自分の肩の周囲を飛び回るアカネに笑いかけた。


「アカネには残念ながら選択肢はない。私と一緒に行ってもらうよ」

《ひっどーい!》

「私の所有物だからね。ちゃんと仕事しなよ。しなきゃ死ぬよ」

《ディズが?》

「うんにゃウルが」

《しょーがないにーたんね》

「ごめんて」


 しゅるんと、アカネは妖精の姿から体を変化させる。対してディズは身にまとっていた薄手のドレスをあっさりと脱ぎ捨てる。ウルは黙って目をそらそうとしたが、その間もなくディズの頭上から“球体”のようになったアカネがそのままディズの身体に“落ちていった”。


「ぷは」


 アカネが弾け、そしてディズの素肌にまとわりつく。あっという間に、アカネは彼女の身体を完全に包み込んでいた。まるで皮膚の上に更にもう一枚薄く、そして紅の皮膚と金色の紋様で包まれているかのような彼女の姿は異様であり、艶めかしく、美しかった。


「……それ、鎧か?」


 うん、と紅の鎧のディズが頷く。頭もアカネによって守られており、丁度流線型の兜を身にまとっているかのようだった。覗き見える瞳と口元はいつも通り愉快気に笑っていた。


「アカネで色々試したけど、防具はこれがベストかな。君の方が詳しいのでは?」

「トラブルの時、アカネに顔にくっついてもらって老人に変身して逃げた時とかはあったけども」

「それもおもしろそうだね」


 笑いながら、ディズは砦の結界、そして目の前の迷宮の入り口へと順に視線を向ける。


「迷宮は恐らくこの辺りの地下一帯に広がっている。そして自然と一体化しているが故にここらの木々の根が侵食を続けているはずだ。侵入しやすい位置を探し出し、そこから迷宮の内部に侵入する。良いね?」

「はい」

「分かった」

《アイアイサー》


 かくして、カナンの砦の討伐作戦が始まった。


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