衛星都市アルト
【衛星都市国アルト】
大罪都市グリードから連なる衛星都市の一つ。都市としての規模は平均的。大罪都市のように都市内部ないし近隣に迷宮は存在しない。しかし都市外北部のアーパス山脈の森林地帯から取れる木材の生産、および加工品が有名。
精霊の力を授かっている神官の数は少ないが、大罪都市を経由として常に安定した量の魔石を確保できるため、魔導機による都市のインフラの整備は整っており、都市民の生活はとても安定している。つまり比較的平和な都市国だった。
しかしその日、彼らに激震が走った。
移動要塞、島喰亀の襲撃の報である。
大罪都市グリードを中心としたすべての都市の物流の要である島喰亀の襲撃は言うまでもなく一大事である。グリードで産出される魔石のみならず、食糧生産を担う【生産都市】の産出物の運搬も島喰い亀が行うのだ。
一度の交易で揺らぐ程、都市の蓄えが無いわけではなかったが、その情報を聞いた誰もが顔を青くし、そして襲ってきた盗賊たちに対して恐怖し、憤慨した。
一刻も早く!悪しき盗賊たちに鉄槌を!!
そんな声が沸きあがるのは必然だった。
捕まえろ!討伐せよ!!見つけて殺せ!!!
都市の中心、神殿に人々が殺到し、盗賊たちの殺戮を求む声が木霊する。異常な光景だった。だが、自分たちの生活が、命がかかっているのだからそれも当然の事。神官らもこのことを重く見て、ただちに討伐部隊の編成との布告をだした。さもなくば暴動でも起きかねないほどの熱が渦巻いていたのだ。
ひとまず神殿を都市民が取り囲むような事態は収まったが、しかし都市の内側はピリついていた。
「クソ……なんてことしやがる。」
その都市内部の空気に小さく悲鳴を上げる男が一人いた。
名はクシャルという。小人であり、この都市に住まう都市民の一人だ。
ものを売る商人だが、売る品物は胡散臭い魔道具や骨董品、また冒険者の遺品なんてものまで取り扱う事もある、真っ当でない商人だった。時に商品を仕入れる為か、迷宮に潜って盗賊紛いな真似までするものだから、冒険者ギルドにも目をつけられ、最近ではグリードへの立ち入りも禁じられていた。
しかしこの男、実はそれ以上の問題を密かに引き起こしていた。
「折角手引きしてやってたっつのに、アイツら勝手なことを……チクショウ……!」
アイツら、とは、島喰亀を襲った盗賊たちの事である。
この男は島喰亀を襲った盗賊者たちとひそかにつながっていたのだ。
都市外を生きる追放者たちにとって、都市内部でしか手に入らない物品や食料等は非常に希少である。それらをこの男は商人として仕入れ、盗賊たちに買い取らせ、金を得ていたのだ。
この都市国への、ひいてはこの周囲の全ての国に対する完全な背信行為である。だが彼は目先の金に釣られて、致命的な過ちを犯した。そのことに無自覚だった。
そしてその挙句がこの騒動である。彼は今、狂乱する都市民らに背を向けて逃げ出そうとしている。
もし彼が盗賊たちを手助けしている事に気づかれれば、彼は盗賊たちの仲間として捕まり、極刑は免れないだろう。法で裁かれるならまだマシかもしれない。ヘタすれば都市民達にリンチにあって殺される。
盗賊たちに心中で罵倒を繰り返しながら、彼はアルトの正門に近づいた。都市外に出るのは危険だが、今この都市の中にいるよりははるかにマシだ。そんな焦りを悟られないよう、正門の番兵に顔を出す。
「都市を出るのか?理由は」
「商売さ。新しい迷宮で面白い”遺物”が発掘されたらしいんでな」
「どんなもんか知らねえが、お前みたいなケチな商人にゃ買い取れねえよクシャル」
うるせえ、と門番の男と軽口を叩きながらも、内心でほくそ笑む。商人という立場は都市の外に出るのにも違和感がないので便利だった。外に出るのはこれまでと変わらずたやすい。
このままほとぼりが冷めるまで別の都市で静かに暮らしていよう。幸いにして盗賊たちとの取引で得た蓄えはあるのだ。いっそバカンスのようなものと考え「あ、ちょっと失礼」て楽しく……
「あ?なんだアンタ?」
「クシャルさん?」
「だからなんだよ」
次の瞬間、目の前の金髪の少女は笑顔になり、同時に彼の側頭部に衝撃が走り、クシャルは昏倒した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
予定から一日遅れ、そして非常に厄介な問題に巻き込まれながらもなんとかウル達一行は衛星都市アルトに到着した。到着して、そして正門前にて、
「じゃ、尋問よろしくね。あと吐いた情報は全部こちらにも寄越しておいてね」
”おおとりもの”が行われていた。
都市への入国のため正門前で手続きをしていたウルが、必要な書類を記入し戻ってくるとその時にはこうなっていた。騎士団の騎士たちは、ディズとシズクが捕らえた男を恐ろしい形相で睨みながら連行していく状態である。
ディズが亀の上で捕らえた捕虜から聞き出した衛星都市アルトのスパイの捕縛である。
「アレが捕まえた盗賊の言ってた内通者だったって、なんでわかったんだ?シズク」
「あの人の”音”、安心していましたから」
「都市の外に出ようとしているのに、か。なるほどな」
普通、都市の外に出るものはたとえどれだけの手練れであろうと緊張するものである。安心できる防壁も魔物を避ける結界も存在しない場所に身を投げ出すのだから。平然としている人間は手慣れているのではなく緊張感が足りていない。
もしくは、都市の外よりも都市の中の方に危険がある場合だ。
「しかし音か……声でも漏れていたのか?」
「最近どうやら”耳”がよくなったようでして」
「耳………………【その名を示せ】」
ウルは少し考えた後に、冒険者の指輪を装着した指先をシズクに向けた。詠唱の通り【解析】を行った指輪はウルの前にシズクの魔名を示す。すると
「増えてる。【二刻】だ」
「まあ」
グリードで確認したときと比べて、シズクの刻印数が一つ増えている。くねるような一筆に重なり巻き付くようにもう一刻印。これで【二刻】。魔力を獲得し、成長した証しだ。そして、その結果、肉体が強化され、五感が発達したのだろう。
「聴力が良くなったと……」
「ちなみにウル様は」
「【一刻】のままだよ。知ってたがな」
「まあそうほいほい刻印数は増えないさ。シズクが異常だね」
と、先ほどまで騎士団と交渉していたディズが此方に戻ってきた。
「既に襲撃の報は先にグリードに戻った島喰亀から各都市に伝達されている。となると情報は多かれ少なかれ都市を巡って、騒動になる」
故に、この状況で都市に出ようって輩はそう多くはない。外見的特徴と名前は生き残った盗賊から聞き出していたのであたりはある程度付けていた。
「でも、まさか入口で出くわすとはね。シズクもありがとうね」
「いえ、手早くディズ様が動いてくれたおかげです」
出来る女たちであった。ただ手続きをして戻ったら何もかもが終わっていただけにウルとしては少々肩身が狭いが、グレンにさんざんシズクと比較されて罵倒されたせいもあってか慣れていた。
「で、これからどうする。アルトの入国は問題ないと思うが」
警戒からか、都市外からの入国には時間がかかるのが殆どで、丸一日正門で待たされることもあるが、今のウル達には冒険者ギルド所属の証、”指輪”がある。最も位の低い銅の指輪だが、それを見せただけで門番たちの反応が露骨に緩和したため、効果は絶大だった。間もなく入国の許可はおりるだろう。
「ひとまずは宿を取ろう。」
「承知しましたお嬢様」
と、このような騒動を経て、ウル達は入国することと相成ったのだった。
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