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よくわからない女②



 あってはならない移動要塞への襲撃騒動から一夜を明けて、ディズの活躍もあり見事収束を果たした……とは言い難かった。


 最低限の薬品の備えこそあれど、怪我人の数があまりにも多く、そして騒動にまぎれ簒奪された貨物も少なからずあった。恐らくあの巨大な死霊兵が奪っていったのだろうと推測された。

 被害は甚大、怪我人多数。死者こそディズの尽力と幸運あってこそのもの。乗客たちの多くは一刻も早い都市への帰還を望むものが殆どだ。安全安心な旅とたかをくくっていた彼らにとってあまりにも酷な体験だった。


 結果、残り二日かかる次の都市への移動よりも、大罪都市グリードへの帰還に島喰亀の進路は変更と相成り、急ぎ出発するという事になった。


 が、当然ウル達は引き返す島喰亀に搭乗しない。


「あの巨大死霊兵が逃げたのはグリードの方角とは真逆だよ。島喰亀の頭部方面、つまり本来の島喰亀の目的地【衛生都市アルト】方面だ。途中で途切れたが追跡の魔術もそっちを示している」


 というディズの言葉により、別れる事となった。その際、ラックバードの面々はお供すると言ってきたが「怪我人は邪魔」と、いうディズに両断され、彼らは島喰亀と共に一時的なグリードへの帰還と相成った。


 島喰亀を降り、ダールとスール達の元へと戻った。彼らはディズの不在にもかかわらず、同じ場所でずっと待機していた。(その際彼らの足元には数体の”影狼”が頭を粉砕されて死んでいたのだが)。

 そして、ウル達は馬車の旅を再開した。

 とはいえ、昨夜の盗賊騒動から徹夜し、結局島喰亀と別れたのは昼頃だったこともあり、体力の回復も必要であるとして早々に野営を行い、そして更に一夜が明けた。


 そして都市外移動、二日目の朝


「……む」


 都市外における朝は早い。

 魔灯の無い都市外において陽光は貴重な光源だ。一時も無駄には出来ない。日の出と共に体を起こすのは当然だ。

 体調は良い。よく眠れた。それ自体がありがたい。なにせここは都市外、巨大な防壁も存在しない、魔物の跋扈する所だ。朝も昼も夜も、魔物たちにとっては何の関係もない。常に油断ならぬ状況が続く。

 寝ずの見張りを交代で行う等、様々な対策を取らなければ命はない。その点において、魔術の結界による守りは、ウルの知る野営とは比較にならない快適さを与えてくれた。


「……シズクに感謝だな」


 睡眠をとれる、という事実に感謝をしながら、ウルは体を起こした。

 旅を繰り返してきたウルだが、夜の見張りというのは慣れることのない苦行だった。移動もままならない真っ暗闇の中、焚火を絶やさぬよう薪を足しながら、眠気と疲労に襲われながらじっと耐え続ける時間。暗闇を魔物と勘違いしたことも数えきれないほどある。

 その苦労が結界の魔術一つで大幅に減るのだから、ありがたい事だった。少なくとも昨晩は2回”しか”魔物の襲撃に起こされてはいない。しかも結界に驚き逃げ出したため戦闘になることもなかったのだ。


「浄化の魔術は覚えたが、俺も一つくらい結界魔術は覚えた方が良いかな……」


 旅布の温もりを名残惜しく放り捨てる。馬車から顔を出すとイスラリア大陸は年中温暖な気候であり、水平線から登り始めた朝日の温もりが頬をさし心地よかった。


 朝食の準備、そしてもはや習慣となってる朝の鍛錬を少しでも……


 と、そう思い馬車から降りると、シズクも既に外に出ていた。挨拶の為にウルが近づく。が、彼女はウルに気づかず、ずっと平原を見つめている。


「シズク?」

「……」


 問われても返事のないシズクに首を傾げつつ、前を見る。彼女の視線の先に、彼女が目を奪われているソレが舞い踊っていた。


「――――」


 ディズだった。

 彼女は紅の刃を、アカネを片手に舞っている。剣技を振るっている。


 魅せる為の曲芸の様な真似ではない。誰かを相手取り、そしてその命運を断ち切ることに心血の注がれた剣の舞。軽やかにステップを踏むたび、幾重もの風が鳴る。不用意に近づけば、風ではなく自身の首が刎ね跳ぶだろう鋭どい剣技だった。


 で、あるにもかかわらず、彼女の所作にウルも目を奪われた。


 綺麗だった。昇り始めた陽光に金色の髪が照らされ輝く。流れる汗が陶器のような肌を滑り、跳ねる。所作の一つ一つに目を奪われた。洗練し続けた技と、そこに至るまでに積み上げ続けた努力が、ウルに敬意を抱かせた。


 最後の一閃を振り下ろし、ディズは剣舞を終える。そして紅の刃、アカネを自身の前に掲げ、一言。


「アカネ、遅い」


 罵倒した。


《うー》

「これなら変化できなくても、上等な剣持ってた方がましだよ。」

《ディズはやすぎー》

「鍛錬を重ねないと強くなれない私と違って、君は理を超越してるんだからもうあとは感覚の問題だよ。ほら、頑張って」

《うー》


 淡々とアカネの欠点を指摘するディズは容赦がなかった。最も、それで腹を立てるほどウルは過保護ではない、が、気になる事はある。


「ディズ」

「おや、ウル。シズクも。おはよう、良い朝だね」

「おはようございます。ディズ様」


 二人の視線にも気づいていたのだろう。特に驚くこともなく手を上げた。ならばとウルはさっそく一つ質問を投げた。


「ひょっとしなくても、これまでも結構アカネを”使ってた”のか。ディズ」

「そだよ」


 あっさりと、ディズは認める。ウルは唸った。

 盗賊を撃退した時のディズのアカネの使いこなしよう。あの戦いっぷりは手慣れていた。あれは一朝一夕で出来る動きではなかった。


「君との契約はあくまで君が買い戻すまでの間アカネを所持し続けておくという契約だけ。破壊し彼女を損なうのはともかくとして、通常通り”使用する”分には文句は言わせないよ」


 もし彼女を大事にしておきたいというのなら、契約は正確に行うべきだったね。と今更な指摘を受け、ウルは頭を掻いた。文字通り人生を賭けた契約だったのだ。当たり前だがあの時の自分は正気ではなかった。半ば勢い任せの契約だったのだから、そんな詳細に約束事を詰めておくなんて真似は土台無理な話だった。


「……出来ればアカネには物騒な真似はさせてほしくないのだが」

「誤解してほしくはないのだけど、彼女の扱いに関しては同意をとってるからね?」

「同意?」

「もし、彼女が私に、”彼女のままである事の価値と意味”を示すことができたなら、その時は例え君が失敗したとしても、分解は見送ろうっていう約束」


 それはウルの失敗を見越しての契約だった。失敗してもいいように、と用意された保険である。アカネはアカネで、ウルが無茶をしなくてもいいように、自分で考えていたのだ。


「ごめんな、アカネ」

《にーたんはがんばってるのだから、わたしもがんばるわ》


 アカネは剣の状態のまま答える。その声は笑っている。頼もしさと大人びたその声音に、成長しているのだなあ、とウルは思い、不覚にも少し泣きそうになった。


「ま、今の状態だとダーメダメなんだけどね」

「台無しだ」

「実用には足りない。便利ではあるけれど代用は可能。これじゃあ意味がない。バラして研究した方が圧倒的に得るものが多そうだ。って結論になっちゃう。のーで、頑張ってねアカネ」

《うーなー》


 ディズの掲げた紅の魔剣がぐねぐねと唸った。


「……というか、なんでアンタがそんな戦闘力に拘るんだ?」

「仕事が大変だからねえ……」


 しみじみと語りながらも、アカネをヒュンヒュンと軽く振るう彼女の剣速は、やはりウルの目にも止まらぬモノであった。アカネという特異な武器を使っているのとはまた別に、彼女は異常だった。

 昨夜、瞬く間に盗賊たちを始末し、さらにその後の混乱を瞬く間にまとめ上げた彼女が何者か。とはいえ、進んで彼女が答えるつもりもないものをあえて問いただす気にもならなかった。それよりも、


「ディズ様、ご一緒させてもらってもよろしいですか?」


 シズクが杖握り、尋ねる。ウルもまた竜牙槍を握りしめた。彼女が実力者であるのなら、彼女との鍛錬に得る物はあるだろう。


「いーよ。ま、かるく遊んであげよう」


 二人を前に、ディズは不敵に微笑んだ。


 結論から言って、本当に言葉の通り、ウルとシズクはディズに遊ばれることとなった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「「なんでそんなに強いの」でしょう?」

「練習」

「もうお前がよくわからん」


 シズクは感嘆としながら、ウルは自信喪失に呻きながら、朝食を貪っていた。

 幾度かの模擬戦を繰り返し、ウルとシズクはボロボロ―――にはならなかった。正確には怪我すらさせてはもらえなかった。こちらの攻撃は、魔術にしろ槍による刺突にしろ一切通らず、彼女の攻撃には反撃の余地もなく、挙句、バランスを崩し転ぶ前に助けられた。


 言葉の通り、紛れもなく遊ばれていた。

 グレンと戦った時と同じような感覚、即ち数段以上格上の者との戦いである(彼と比べると滅茶苦茶に丁寧だったが)


「シズクは詠唱に集中力の余力ありそうだし、もう少しスキルを別の事に伸ばしてもいいかもね。ウルはまだ伸びた力に振り回されてるね。要練習だよ」


 更に的確なアドバイスをされる始末である。護衛であるはずなのに。


「……というか、ディズは護衛なんていらんのではないのか?」


 島喰亀から降りる際、当然の支援としてもらった充実した食料からパンを食いちぎりながらウルは指摘する。ちなみにちぎったパンは柔らかく、美味かった。旅路の共としては随分と質の良い。下手すると都市で食べる物よりも良いものかもしれない。


「君たちは必要さ。私がサボるために。あ、このパン美味しい。生産都市(ファーム)の神官用の小麦使ってるね」

「人のとるな。十二分に食料もらったのに」

「ウル様。こちらの果実などどうですか?グルの実というのですが美味しいですよ?」


 もむもむとパンを口に入れつつ、ディズは言葉を続ける。


「仕事が忙しいんだもの。都市間移動中くらいは楽したいのさ。私も。私以外でもできる雑用くらい人に放り投げて、休むくらいいいだろう?」

「で、前代未聞の強盗騒動に遭遇したわけだが」

「アカネ、枕」

《あーい》

「ふて寝すんな」


 分かりやすくふてくされた顔のまま横になる。先ほどまでの超人めいた振る舞いが途端年相応の少女のようになるギャップにウルは頭が痛くなった。彼女はその姿勢のまま、行儀悪くグルの小さな実をつまむ。


「面倒ごとになりそうだねえ……」

「ローズ様の救助ですか?」


 ローズの救援依頼、あの執事の男達に頼まれた依頼は確かに面倒ごとである。が、ディズは首を横に振る。


「ローズを助けることは良いんだよ。でも、死霊術師の方は不穏が過ぎる」

「死霊術師」


 あの巨大な死霊兵、島喰亀を占拠する大群、尋常ではない使い手であることはウルにもわかる。厄介、と言われればその通りだとウルも納得する、が、ディズが懸念しているのはそことはまた別の点だった。


「彼ら、なんで島喰亀を襲ったと思う?」

「ローズ……処女の娘ってやつを攫う為?」

「それだけならもっと別のやり方をした方が良い。島喰亀を――【大罪都市グリード】と大ギルドである【商人ギルド】の共有財産である【移動要塞】を襲撃するリスクにはあまりに見合わない」


 島喰亀を活用した都市間の物流は、今の世の中においては希少な安定した手段の一つである。魔物蔓延る都市外の世界を自由に行き来し、多量の物資を運べる移動要塞である。そして”そうでなければならない”。


「多くの都市国の民たちにとって、島喰亀は安全の象徴、そうであるという信仰が、淀みない流通に繋がっている。その信仰を崩す者は何者であれ、決して許されない」


 実際のところ、島喰亀の襲撃、というのは過去、なかったわけではなかった。特に運用が始まった最初の頃は、多量の物資を持つ島喰亀への襲撃を目論む悪党たちの存在は少なからず存在していた。

 そして、そんな事をもくろんだ彼らは、そのこと如くを徹底的に”滅ぼされた”


「完膚なきまでの皆殺し。島喰亀に悪さをしようとした連中は潰され、そしてその事実は広く喧伝された。」

「移動要塞に手を出す者は、死あるのみ、と?」

「その結果、島喰亀は誰にも手出しされず、魔物も近づけない聖域となった」


 にも、関わらず、だ。今回このような事態になった。

 なるほど、高レベルの術者がいれば確かに襲撃は可能だろう。島喰亀には結界や護衛は巡らされているが、完ぺきではない。やってやれないことはないのだ。だが、問題はその後だ。


「この件が各都市に伝われば、銀級レベルの実力者や騎士団の大隊規模が投入される大討伐になるだろうね。ヘタすると金級まで担ぎかねない。それくらい、不可侵の存在を犯したんだよ。あの盗賊たちは」


 確かに大騒動である。戦争でも起こすのかというほどの話だ。そうなるのが当然の流れなのは子供でも分かる。子供でも分かる様に、各都市は内外に知らしめて来たのだから。


「多大なリスクを冒してまで必要だったものがあったということですか?」

「そだね。よりにもよってあの巨大亀を襲わなきゃいけない、その理由」


 大罪都市グリードから出発した島喰亀が保有する、この島喰亀しか持ちえない”ナニカ”そこまで言われればウルにもピンと来た


()()か」

「そ。大罪都市で産出され、各都市に渡る前に集められた莫大な量の魔石。運んでた物資を確認したら、魔石がそっくりなくなっていたよ」


 大罪都市グリードの衛星都市、幾つもの都市がその機能をつつがなく運航するために運ばれる魔石全てともなれば、相当量のものとなる。それをすべてゴッソリと奪って行く理由、後に滅ぼされるリスクを背負ってまでそうする理由。それを死霊術師が行う理由。未だその真意は不明だが、これだけの情報が揃えば、どんな阿呆でもなにかヤバいと察しもつく。


「ひょっとしなくても大ごとなのでは…?」

「そだよ。折角の貴重な休息期間だったのになあ……」

《やーんこしょばい》


 ディズはいじける様に、枕をいじいじと指でつつき、アカネはこそばゆそうに身もだえた。ひとまず、ディズがローズ救出の依頼を安請け合いではなく、正しく困難さを理解しその上で受けたのだという事をウルにも理解できた。が、


「そんなにつらいなら、あとで銀級の冒険者が確実に来るのなら、彼らに任せるという選択肢もはあったのでは?」


 そもそも今回の案件、都市外で攫われた少女の救助、その責務は島喰亀を保有しているグリードや商人ギルドにあるはずだ。ウル達はたまたま偶然、その場に居合わせただけであり、何の責任もないのだ。あのローズの部下たちの懇願を無視する選択肢はディズにはあったはずである。

 だが、ディズはいじけたポーズを続けながらも


「どれだけ各都市が盗賊の討伐に迅速に動いたとしても、事を起こすには時間がかかるからダメ。多分ローズが間に合わない」

「……なんだってそう、ローズを助けようとするんだ?」


 ここまでの情報を整理すると、ローズを助けることは非常に困難なはずなのだが、にも拘らずディズがローズ救出に拘る理由がウルにはわからなかった。

 断片的な話から分かる彼女とローズとの関係は、険悪の一言に尽きる。実は昔は仲が良かっただとかそういう理由でもあるのなら兎も角として、そうでないなら何故、別に冒険者ギルドでも都市を守る騎士団でもなんでもない彼女がローズを助けようとするのだろう。


「ラックバードに恩でも売るつもりなのか?」

「うんにゃ別に?」

「灼炎剣ってのを奪った罪悪感から?」

「ぜーんぜん」


 じゃあ何ゆえに?と問うウルに、ディズはといえば、むしろなんでこんなことを聞かれるんだというような不思議そうな顔をして答えた。


「だってほら、死ぬことなくない?ローズ」

「……やっぱりお前の事がよくわからん」


 そりゃそうだけれども。という他ないくらいの理由で、都市規模の戦力が動きかねない大ごとに突っ込んでいく彼女の事が、ウルにはサッパリわからなかった。



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