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よくわからない女


 事態の終息したころには、日が昇っていた。


 休息区画の長屋の狭いベットは怪我人達でいっぱいになっていた。治療魔術師の治療、そして備えてあった回復薬(ポーション)によって手当ては終わっているものの、多くが憔悴し、体力を取り戻すためにも体を休める必要があった。


「ああ、まったく助かりました」

「御無事で何よりでございます」


 シズクはこの島喰亀の操縦者、島喰亀を操っていた”魔物使い”の怪我の治療にあたっていた。シズクの魔力は既に底を尽きており、今は魔術が扱えない。代わりに回復薬等を用いた治療に専念していた(幸いにしてその類の道具は島喰亀に多く残されていた)

 魔物使いの男は怪我自体がそれほど大きくはなかったのが幸いしていた。


「あの強盗の連中も、私を殺しては島喰亀がどうなるかわからないと恐れたのでしょう」


 島喰亀の操縦席にて島喰亀を操っていた彼曰く、島喰亀を操っていると目の前に突如巨大な死霊兵が出現し、驚いた島喰亀が足を止めた次の瞬間には、その巨大な死霊兵から幾多もの小さな死霊兵が落下、操士に襲い掛かってきたらしい。

 気が付けば殴られ、縄で縛られ身動きできず。今に至ったらしい。


「本当に乗客の皆さんにはご迷惑を……貴方方には感謝してもしきれません」

「いいえ、私達が出来たことなんで微々たるものです」


 包帯の巻かれた額を撫でながら頭を下げる彼を、シズクは労わる様にして微笑む。実際、彼らの救助が成功したのは自分たちだけの力ではない。最大の貢献をしたのはやはり―――





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ウルは、世間一般で言うところの奇跡の御業とでも言うべきものを目撃していた。


「【――――】」


 ウルの目の前で、ディズは魔術の詠唱をずっと続けている。非常に正確に、しかしとても早く詠唱をし続けている。

 その魔術の向かう先は重篤状態の怪我人だ。死霊兵によって腹を大きく食いちぎられ、先ほどまで呼吸すら怪しかった瀕死の男性は、家族であろう女性と子供たちに両手を握られながら、ディズの治療を受け続けている。

 そして間もなく、


「―――】ん、終わり」


 ディズがそう宣言した。子供らも、その妻も、あまりの呆気なさに本当か、ときょとんとしていた。だが、ディズが手を離すと、男は静かに寝息を立て始めていた。顔色も肌色に戻っている。少なくとも先ほどまでのように青白く、今にも死にそうな状態ではない。


「あとはゆっくり休ませてれば、少なくとも死ぬことはないよ」

「あ、ああ……」


 ディズがそう告げると、男の妻は、身を震わしながら声をあげ、そしてひらひらと振るディズの手のひらを強くつかむと、ボロボロと涙を流し繰り返し頭を下げた。


「あり、ありがとう、ありがとうございます!本当に…!!」

「それはどうも。死なずに済んでよかったね」


 対してディズはやはり軽く、あっさりとしたものだったが、女の震える手はキッチリと握り返し、父親に縋りつき、なく子供たちの頭はぽんぽんと、優しくなでてやっていた。

 そうして、最後の重篤患者が休息区画に連れられ、ディズの仕事は終了した。


「ああ、つーかれた。ウル、まくら」

「どうぞ」

「おかしー」

「ディズに救われた出店のおっちゃんから差し入れ。モウルの乳とリリの実で作ったフルーツチーズ。魔術によって適温に冷やされている」

「つめたい、あまい、すっぱい」


 ウルは黙ってディズの口に菓子を運び、甘やかした。雇われているだとか関係なく、彼女はワガママを言う権利がある。夜が明けるまでの間、彼女はぶっ続けで蘇生魔術で多くのヒトを死の淵から救い上げ続けたのだから。


「蘇生魔術なんて良く扱えるな。」

「沢山練習したからねえ……」

「練習」


 練習でどうにかなるものだろうか。というかなんで金貸しがそんな技術を練習したのだろうか。という疑問はあったが、とりあえず黙っておいた。菓子を食べ尽くすと、そのままわずかに目を閉じたそうにうとうととし始めた。流石に疲れているらしい。


「少し休むか?」

「出来るなら今すぐに熟睡したいね……そうもいかないだろうけど」


 それは?と問い返す間もなく、新たな人影がディズとウルの前にのっそりと顔を出した。焦燥し切ったその男は、夜、島喰亀を救出に向かった直後にウル達に縋りついてきたローズの執事の男だ。その後ろには彼の部下と思しき男達もいる。全員怪我をしていて痛ましかったが、そのことを気にするそぶりはない。

 不作法にも寝転がりながらその様子を眺めるディズを前に、彼らは、ゆっくりと膝をつき、そして頭を下げた。


「頼みたいことがございます!!ディズ・グラン・フェネクス様……!」

「それは……」


 無論、ウルにも彼が何を嘆願しようとしているのかわかっている。

 ローズ、結局あの強盗騒動の時攫われてしまった彼女の事だ。救ってほしい、と、彼らは言っているのだ。だが、それはあまりにも難しい話だった。都市の中ならばともかく、都市の外に存在する盗賊たちのアジトなど、どこにあるか見当もつかない。どこから魔物が現れるかもわからないような場所での捜索がどれほどの難儀かなど、子供でも理解はできる。


「そもそも、生きている保証すら無い、あのお嬢さんを救えと?」


 ウルは口には出しづらいであろう事実を告げる。

 相手は盗賊で、しかも邪悪な死霊術の使い手、そいつにさらわれて、無事であるとはとても思えない。彼女の行方を捜している間に好き放題に嬲られて、殺されている可能性が非常に高い。


「無理を承知でお願いします!どうかお嬢様を!!」

「貴方方に無礼を働いたのは謝罪しますから、どうか…!」


 執事の背後に控える部下たちも次々に頭を下げる。どうやら彼女は慕われていたらしい。だが、危険で安全の保障もない都市外移動を繰り返してきたウルは知っている。都市の外で行方不明になった人間が助かる可能性はほぼゼロだと。

 どれだけ頭を下げられようとも、救える見込みが怪しい者の救助を安請け合いすることは難しかった。


「ま、いいよ。勿論準備はさせてもらうけど」


 だが、ディズはウルの懸念をあっさりと跳ねのけた。


「おい、ディズ」

「ウルの言いたいことはわかるけど、十中八九ローズは無事だよ」


 のっそりと起き上がり、伸びをする。島喰亀の甲羅の上から眺める絶景の朝日を眩しそうに眺めながらディズは言葉を続ける。


「強盗達のボス、恐らく死霊術師が、処女の乙女をご所望ときたんだ。恐らく彼女は何かしらの儀式に利用するためにさらわれた。なら、死んじゃいないよ。儀式が終わるまではね」

「だが、その儀式がいつ起こるかはわからないぞ」

「規模の大小にもよるけれど、生贄捧げてはい終了なんて魔術的儀式は基本的に存在しないよ。対象を確保してから少なくとも数日、下準備が必要になる筈さ。」


 無論、その期日までに間に合わなかったら彼女は死ぬわけだけど、とディズは付け足して、そのまま自分を縋る様に見つめてくる男達に目くばせした。


「と、いうわけで、命の保証はしない。それでもかまわないならローズを救いに行こう。これでいいかい?」

「お願いします!!!!」


 男たちは深々と頭を下げ、改めてディズに懇願するのだった。

















「と、いうわけでついてきてね。護衛」

「やべえ絶対仕事選び間違えたわ俺」

「ブラックですね?」



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