殲滅
髭面の男の首が落ちる様子を、ウルは目撃した。
だが、あまりに唐突に起こったそれを理解するのは難しかった。呆けた表情のままの男の首が地面に転がっても、残された胴体の首先から噴き出る様に多量の血がこぼれ始めても、いまだ冗談にも似たような空気が場を支配していた。
「おっと」
そんな中、たった一人、ディズだけがその場を平然と動き回っていた。
彼女は目の前の男から噴出する血をひょいと避けると、その動きのまま軽やかにさらにその後ろに並ぶ男たちに距離を詰め、
「よいしょ」
再び、文字通り目にも止まらぬ速度で腕を振り、そこにいた男2人の首を飛ばした。
「……ちょっ」
自分の真横の仲間の首が消えてなくなり、ようやく硬直の呪縛から解き放たれたのか、後ずさろうとした男の額に穴が開いた。
「てめ――」
腰に掛けた剣を引き抜こうとした男が、その恰好のまま下半身と上半身が分断され、絶命した。
「……ひっ」
「捕縛」
《―――りょ》
一息の間に、周りの仲間が一人残らず殺され尽くした事実を目の当たりにし、それをようやく理解できた男が、ディズの指先から伸びた赤紅の金属によって雁字搦めになって捕縛された。
その時点でようやく、ウルはディズがアカネを武器として使っていることに気が付いた。
「アカ―――」
「ウル、動け!」
アカネへと意識が引っ張られていたウルだが、直後にディズの鋭い指示が意識を引っぱたいた。そして眼下の状況がまさに、絶好の好機であることを理解した。ウルはシズクに一瞬視線を向ける。彼女は既に結界の準備を始めていた。
「乗客は頼む」
「お任せを」
シズクは微笑み、一か所に固まった乗客たちを中心とした青い結界魔術が発生する。それを確認し、ウルは構えた。少なくとも此処にいる強盗達は全滅した。ならば残されたのはただただ立ち並んでいる死霊兵たちだけ。ならば
「【突貫・二連】」
ウルは槍を前方に構え屋根を蹴りつけ突撃する。
単純な
『カガガゴ?!』
たかが死霊兵如きならば、十数体をまとめ、弾き飛ばすのも容易なほどに威力が向上していた。ウルは更に足に力を籠め、蹴り、飛ぶ、眼前の死霊骨たちに巨大な槍を叩きつけ、弾き飛ばし、砕いていく。
『KAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
更に十体以上の仲間たちが砕かれたタイミングで、自衛機能を有していたのか。死霊兵が動き出し、ウルに向かって一斉に動き出す。
「よし」
死霊兵たちの敵意がこちらに集中した事を確認し、ウルは更に跳躍する。
乗客たちから距離を取りつつ動く。最初の不意打ち以降は、無暗に死霊兵たちに突っ込んでいくことは避けた。完全に敵意がこちらに向いている状態で下手に突っ込んで、一斉に襲い掛かられたらどうなるか分かったものではない。
宝石人形との闘いを経て、ウルは確かに強くはなった。だが、それは決して無敵になったわけではない。
湧き出る力と高揚感を静める。調子に乗るな凡人、と自分に言い聞かせながらウルは攻撃と離脱を繰り返す。死霊兵たちはそんなウルを律儀に追い回し続けていた。
可能なら、先ほど盗賊たちに痛めつけられたローズの事も探したいが、今動けば、死霊兵を引き連れることになる。死霊骨を全滅した後に捜索するしかない。あるいはディズがなんとかしてくれるか―――
「というかディズは本当に何なんだ……?」
疑問をこぼしながら、ウルの死霊兵の殲滅作業を続けた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ウルが暴れだし、戦況が一気に混乱に傾いたその時、ディズは自分が首を跳ね飛ばした盗賊の死体から武器を漁っていた。彼が使っていた剣を見つけ出すと一度二度と振るい、そして眉をひそめた。
「んー、なっまくらー。都市外でよくまあこんなもの使ってたね」
《けんするー?》
「アカネは待機だよ。そこの捕虜が逃げないようちゃんと見張っててね」
そう言って、そのまま流れるように、自分の肉を食いちぎろうとした死霊兵の頭蓋骨を切り裂いた。そしてそのまますぱすぱと、整備もろくにされていない剣で死霊兵を斬り落としていく。
腕、足、頭、死霊兵の身体を引き裂きながらも、その足取りはまるで散歩にでも行くように軽やかだ。
「さて、ローズはどこ行ったかな……?」
この場において最も危険な盗賊たちの排除を最優先としたが、その隙にローズの姿が消えていた。死ぬほどではないが怪我は負っていたし、容赦なく嬲られていた彼女が自分から逃げ出す気力などあるはずがない。
と、なると、だ。
「【眼】」
短く鋭く唱えた詠唱と共に金色の小さな球体が彼女の手のひらに生まれる。わずかに掌で浮遊した球体は、次の瞬間天高くに飛び立ち、空で輝きを放った。
「―――いた」
ディズは静かに呟き、跳躍する。ウルを盲目的に追い回す死霊兵たちの中で一体だけ、ウルとは逆方向に進む死霊兵の姿をディズは”空”から確認した。
懐から剣と同じく盗賊たちから奪い取った短剣を取り出し、投げた。音もなく放たれた短剣は一直線に死霊兵へと飛ぶ。ローズを抱え込んだ死霊兵の足を砕き、動きを止める為に。
『KAKAKKAKAKAKAKAKAKAA!!!!!』
だが直後、周囲の死霊兵よりも数倍にけたたましい音が響いた。島喰亀を引き留めていた巨大な死霊兵が動き出していたのだ。巨大死霊兵が島喰亀の甲羅をよじ登り、そしてシズクが狙った死霊兵を、そのナイフが届くよりも先に掴み取った。
「……抜け殻だった筈なんだけど、魂入れなおしたのかな?」
ディズは眉を顰め、新たな魔術を詠唱を始めようとして、しかし途中でそれを中断した。
「……ああ、ダメだなこれは」
巨大な死霊兵の身体は、無数の小型の死霊兵の身体によって構築されていた。そこまでは良い。だが、その無数の死霊兵たちの中に、生きた島喰亀の乗客と思しき者たちが紛れ込んでいる。
肉壁、人質か。
ディズは舌打ちした。そして人差し指を差し向けると、そのまま別の魔術を放った。
「【
小さな赤い閃光が射出された。それは巨大な死霊兵の額部分に着弾する。が、特に何事か起こることもなかった。そしてその隙に、というように、巨大な死霊兵は蛙のように四肢を使って島喰亀の上で跳躍する。
人質である乗客らを捕らえたまま、瞬く間に夜の闇夜に消えていった。
「あれほどの死霊兵を自在に操る死霊術士……、しかも処女の乙女か。厄介なことになりそうだなあ」
ディズはそうつぶやきながら、ゆるりと落下していった
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……これで、最後、か!!」
ガツン、と上から叩きつけるようにして竜牙槍で頭蓋を粉砕した。恐らくは最後となる死霊兵を粉砕しきった。周囲を見渡してもウルに向かって来る敵の姿は発見できない。
乗客たちの結界を維持しているシズクもこちらにやってきた。
「ウル様、ご無事ですか?」
「ああ、シズクは?」
「私は大丈夫です……が」
シズクと共に周囲を見渡すウルは顔を顰める。
「痛い……痛いよお」
「おか、おかあさあーん!」
砕かれた死霊兵、荒れ果てた島喰亀の乗客区画を背景に、悲鳴と苦悶があちこちから聞こえてくる酷いありさまになっていた。頭や腕から血をダラダラと流しもだえる者や、身動きすら取れなくなって家族が縋り付いて泣きわめいていたりと、まさしくパニックだ。
「どうしたものか、これは」
「けが人の治療をしてあげたい、のですが、この状況では」
未だ混乱が冷めやらぬ状況だ。けがの治療を行うにしても、もう少し落ち着かせなければならない。下手にシズクが治療に動けば怪我人達が押し寄せて押しつぶされ、更に怪我人が増える。そうでなくとも彼女の魔術の回数は結界で消費してそう多くはないのだ。
「兎に角、この島喰亀の責任者?艦長?そういう人間を探すしか―――」
「し、失礼します!!お二方!!」
と、提案しかけたウルとシズクの前に、転がり込むようにしてある人物が飛び込んできた。周囲の人々の例にもれず頭からは血を流し、耳に掛けた古いメガネにはひびの入った老人。彼の顔には見覚えがあった。
「ええと……あなたは……島喰亀の乗り込み口で、確かローズさんと一緒にいた人ですか?」
「執事のルーバスと申します!あの、お二方を腕利きの冒険者と見込んで頼みが!!!」
「却下」
と、老人とウルの間を割って入る様に声が響く。それは未だ下着姿のままのディズだった。
「デ、ディズ殿!!あの、私は!!」
「連れ去られたローズお嬢様を追いかけてくれっていうんだろ?却下、私の護衛を横から雇わないでね」
「では貴方に!」
「却下、夜の人類の生存圏外に準備も情報も無しで飛び出すなんてバカだ」
無慈悲なまでに淡々とディズは正論を叩きつけ、ルーバスはもともと悪かった顔色が更に悪くなって、ガックリと肩を落とした。無関係のウルすら思わず哀れに思うほどだったが、しかしディズの意見は一つの反論の余地もなく正論だった。
少なくとも今、夜、都市外に飛び出すのは只の自殺だ。魔物のあふれかえった暗黒の世界をアテもなくさまようなど危険とかそういうレベルではない。不可能だ。
「ディズ様……」
「彼に同情している暇はないよ、シズク。準備しておいてね」
「っつーかお前はどうして此処に。っつーかアカネも」
「説明が面倒だった。ウル、上着頂戴」
そう言って歩を進めるディズにウルは慌て、積み荷かなにかだったのだろうマントをみつけ彼女の肩にかける。死霊兵に踏み荒らされたのか若干裂けてもいるボロだったがディズはまるで気にせずそのまま、何かのイベントの為にあるのか、広間に設置されていた壇上に上がった。そして軽く息を吐くと、声をあげた。
「聞け!!!」
その声は周囲の悲鳴や混乱を一挙に引き裂く鋭いものとなった。混乱の只中にいた者たちは一斉に、壇上に登ったディズへと注目した。
「この中に魔術の心得のある者は挙手せよ」
その言葉に顔を見合わせ、そして心得のある者は挙手した。シズクと、そして一応はとウルも同じように挙手をした。
「では治療魔術を扱える者」
ウルは手を下す。同じように多くの者が手を下した。挙手を続けているのはシズクを含めて両手で数えきれる程度の人数しか残らなかった。
「では”蘇生級”の治療魔術を扱える者」
その言葉で、挙手するものはいなくなった。
蘇生魔術、死の淵にいる者を引き戻す治療魔術の最高峰、最も強大な治癒術だ。当然、たやすい魔術ではない。元より治療魔術自体習得は難しいが、蘇生はその比ではない。
当然、この場でホイホイとそんな人物が出るわけがない。ディズもそれはわかっていたのかやっぱりか、と小さくつぶやき、再び顔を上げた。
「これより怪我人を集め、別ける。意識のハッキリしている者、軽症の者は魔術を介さず手当を、これは外で行う。血を大きく流した者、痛みで動けぬ者は治療魔術師による治療を行う。屋内に運べ。治療魔術使も中へ。動けぬ者には手が空いている者が助けるように」
ディズの明瞭な指示に、島喰亀の乗組員たちは、彼女の指示に合わせ動き出した。けが人たちの仕訳と誘導を行い、乗客たちは彼らの言葉に従い始める。
「そして、意識のない者。命の危機と思しき者」
そこで、ピタリと息をのむ様に多くの者が動きを止めた。重症、命の危機。癒療院も存在しない島喰亀の上の人類の生存領域外、こんな場所で重傷者が助かる見込みは限りなくゼロだ。見捨てるか、あるいは”楽にしてやる”くらいしか手はない。
血塗れになって、身動きすらできない身内を抱えた家族は、震えるように、ディズの次の言葉を待った。
だが、ディズはその不安と恐怖の視線を受け、サラリと
「彼らは全員”私のもとに集めろ”」
そう言ってのけたのだった。
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