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旅は始まる


 【聖遺物】


 精霊との交信を続け鍛錬を重ねることで得られる【加護】とは別の、精霊から直接与えられる”特別な道具”。

 加護は鍛錬を重ねた神官にしか使えないが、聖遺物は道具だ。神官以外でも使える。触れるだけで体が癒される水晶だったり、振るうだけでいったいの魔物を消し去る杖だったり、様々だ。

 そしてラックバード家に存在していた【灼炎剣】もその一つだ。


「それを奪ったと」

「うん。徴収したねー」


 現在、ウル達は島喰亀から少し離れた場所で荷造りをしていた。


「ラックバード家は古くから続く商家でね。幾つもの都市を跨いで繁盛する商店を開いていた。ウルも旅をしていたなら知ってるんじゃないか」


 ウルは頷いた。確かにラックバードという名前の商店は見覚えはある。見知らぬ土地に次々と流れゆく流浪者だったからこそ、どこでも見かけたその名前は記憶に刻まれていた。


「ところが3年前かな。都市間の移動中に魔物襲撃があってね。丁度仕事で遠出していた彼女の両親が不運にも巻き込まれ、亡くなったのさ」

「まあ……」

「しかも、取引の最中だったらしくてね。用意していた商品が丸ごと損なわれて、結果、ローズは両親を失い、しかも巨大な負債を背負う羽目になった」


 ラックバードは天涯孤独となったローズが引き継ぐこととなった。両親から学んだ商売人としての知識、技術、才覚は当時の彼女に既に備わっていた。が、最愛の両親を喪失し悲嘆にくれる暇すらなく、巨大な負債を抱えたギルドの運営を行うのはあまりにも酷だった。


 やむなく彼女は援助を乞う事になる。【黄金不死鳥】に。


「潰れるのが目に見えていた当時のラックバード家を金を貸し出してくれるギルドはそうそうなかった。ウチ以外はね」

「ディズは貸し出したのか」

「ま、ね。【灼炎剣】をラックバードが保有しているって知ってたからね」


 光と熱を生む奇跡の剣、四大精霊の一つ、炎の【ファーラナン】の聖遺物。ラックバード家の初代が授かった子々孫々に受け継がれてきた家宝。


 それを担保にする条件を突き付けられたローズの心情は計り知れない。

 両親を失い、更に家宝まで寄越せと言われたのだから。

 しかし彼女には背負うべきギルドと、部下たちがいた。彼女は断腸の思いでその条件をのみ、そしてそれからは必死に働いた。なんとしてでも家宝を取り戻すべく、並外れた商才を発揮し、そして瞬く間に負債を取り戻していった。

 しかし、担保を取り戻すには至らなかった。定められていた期限に間に合わなかった。


「ま、間に合わないのはわかっていたんだけどね。間に合わない期限を設定したから」

「俺の時のように?」

「君の場合、提案は君自身だからね?」


 反論できなかった。


「それでもギリギリまで迫ってはいたんだけどね」

「で、結局家宝は奪って、恨みを買ったと。買い戻しさせてやらんのか」

「とっくに”分解”したから無理」


 ディズの容赦のない言葉にウルは沈黙した。


「……あの女には黙ってろよ」


 ただでさえ恨みを買っている様なのに、自分の家の家宝が破壊されたと聞いたら、どうなるか、正直あまり想像したくはない。ディズもそのことは分かっているのか黙って肩をすくめた。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「長い付き合いになるだろうから紹介しておこうか。黒いのがダール、白いのがスール、オスとメスだよ」


 紹介、と言ってディズが目くばせしたのは馬車に繋がれた馬たちだった。

 黒と白の毛並みの二頭。どちらも大きい。基本、都市外を走る馬は追ってくる魔物達から逃げ、時に蹴散らせる程度の大きさは有しているものだが、それでも他の馬たちと比べてもなお立派だった。


「よろしく、ダール、スール」

「よろしくおねがいたいしますね」


 ウルとシズクが頭を下げると、此方の挨拶がわかってるのかわかってないのか、黒の方はぶるると鼻をならし、白の方は小さく鳴いて頭をシズクに少しだけ押し付けた。


「よろしくって」

「賢いのでございますね」

《かーい》


 シズクとアカネはきゃいきゃいと白馬と戯れている。黒の方はウルの方をじっと見ている。というか睨んでいる。「大丈夫かコイツ」とでも言うかのような見定め方をされている。ウルが目をそらすと鼻息を鳴らした。


「ダールはプライドも高いけど、ちゃんと接してればいい子だから安心してね」

「なんというか凄くバカにされてる気がするんだが?」

「認められるように頑張ってね?」

「バカにされてはいるんだな」


 悲しい。が、仕方がない。

 動物というものは割と気難しいものだと理解している。畜生風情が、とバカにしていると文字通り痛い目を見る。とくにこの両馬から噛みつかれでもしたら、頭を砕かれそうだ。

 出来る限り認められるように努力しようと決めた。


「で、ウル達の準備は出来ているかい?」

「いつでも出発して問題ない」

「はい、私もです」

《できてるー》


「よろしい。なら、最後に別れの挨拶をしてくるといい。」


 ディズはグリードの正門を指す。そこにはなじみの顔、グレンの姿があった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 グリードを出る直前、ウル達はそれぞれこの都市で世話になった人々に挨拶に回っていた。たった一月の短い期間ではあったが、それでも多くの人に世話になった。

 しかし誰よりも助けてもらったのは冒険者の指導教官だろう。彼はウル達が近づくと、心底面倒くさそうな顔になった。


「わざわざここまで来てくれて感謝しようとしたのに何つー顔だグレン」

「哀れな連中の最後を茶化しにきただけだっつーの。っつーかお前ら島喰亀に乗るんじゃねえのか?」

「雇い主の素行が原因で乗れなかった」

「やーいばーか」

「低レベルな悪口やめろいい大人」


 無精髭でだらしない恰好のグレンはいつも通りだった。

 最後の最後まで変わらない。感傷的になろうとしていた気分が吹っ飛んでしまった。だがそんな彼に対してもシズクはブレることはなかった。丁寧にグレンに頭を下げ、微笑んだ。


「グレン様。今日までお世話に大変お世話になりました」

「お前は手間かからんかったがな。隣の凡人と比べて」

「せめて最後の挨拶くらい罵倒なしで終わらせてほしいんだがな……俺も世話になった。感謝している」

「本当に世話かけたよ凡人の方は、這い蹲って五体投地で崇めろ」

「本当に素直に感謝させてくれないなこの師匠」


 性格がひねくれすぎている。


「感謝する暇があったらこの先を憂うんだな。黄金級志願者。お前の道行きは地獄だぞ」

「んじゃ、アドバイスくれよ元黄金級」

「アドバイスねえ……」


 グレンがつまらなそうに首をひねり、


「俺が黄金級になった時、嫁も仲間も死んだっつったろ?」

「出だしから辛いんだが……黄金級になるんならそれくらい覚悟しとけと?」


 グレンは「いいや」と首を横に振り、言葉を続けた。


「そうはなるなよ。お前らは。つまらんからな」


 そう告げた時のグレンの感情はウルにはわからなかった。だがそれが、自分たちの未来を案じてかけてくれた言葉だということは分かった。

 自分たちの指導者としての任を終える彼からの、最後の導きの言葉だった。


 だから、ウルとシズクは二人とも、頷いた。


「行ってくる」

「行ってまいります」


 グレンは何も言わず、いつも通りつまらなそうな顔のまま、手を振った。


大罪都市グリード編終了。

成り上がりものの最序盤である以上、じっくりとした展開が必要でしたが、にもかかわらずここまで読んでいただいた読者の皆様に改めてお礼を申し上げます!

この先加速度的にウルはひどい目に遭いまくりながら死ぬ気で乗り越えていくのでどうかこれからも応援していただけたら嬉しいです!

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