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出立の準備③




 大罪都市グリード所属の島喰亀を筆頭とする、都市間の人類生存領域外の移動手段


 手段方法は様々だが、基本的に【移動要塞】という名称で統一される


 魔物に襲われず安全に都市間を移動できる手段は希少だ。個人がそれを保有するには沢山の資金と、それ以上にそれらを獲得する為の機会に巡り合うだけの運が必要になってくる。そうでない者の多くは、魔物の影におびえる羽目になるのだ。

 だからこそ、島喰亀のように都市や国家公認の【大ギルド】が管理するような、多くの人間を乗せ移動可能な移動要塞には搭乗希望者が殺到する。


「そして私たちは乗れないのですね」

「まあ俺たちの搭乗員数の限界というよりディズの所為だがな。許せねえ」

「嫌われてますねえ、ディズ様」


 旅の支度を終えたウルとシズクは大罪都市グリードの門の前に集合していた。


 大罪都市グリードを訪ねて本日で一月。今日は二人がこの都市を出発する日である。


 旅路に必要な荷物を背負い、更に鎧防具を着込み武器も取り出しやすい形で備える。旅路に出る格好、というよりも迷宮に潜るときの装備と変わりない。これからウル達が飛び出すのは人類の生存可能領域の外である。いつ魔物が出てくるともわからない場所に放り出されるのだ。むしろ迷宮以上の緊張をもっていなければならない。


「ま、ディズの馬車に荷物は載せてもらえるらしいから楽だろう、島喰亀ほどじゃないだろうが」

「ところで彼女はいったいどこに?」

「はて、待ち合わせはここのはずなんだが……」


 島喰亀の搭乗エリア。巨大な島喰亀の背に搭乗するための巨大な”橋”が用意された広場に、島喰亀への搭乗希望者たちが集まっていた。小奇麗な恰好の小さな子供が両親に囲まれて笑顔を振りまいている。とてもこれから都市外の地獄へと足を踏み入れるようにはみえないが、それほど島喰亀が安全だということだろう。

 そんな彼らを横目にしばらく歩いていると見覚えのある金髪と緋色の妖精が目に映った

 向こうも気が付いたらしい。手を振ってきた。


「あ、ウルとシズクだ。やっほー元気?」

《にーたん!》

「よお嫌われ者と可愛い妹……と、そちらさんは?」


 そしてもう一人、見覚えのない獣人がディズの傍にいた。ドレスを纏っていることから島喰亀の登場予定者だろうか。ディズの前に立っているが、その表情は親しげからは程遠い。殺意がこもったような険しい目つきでディズを睨んでいる。

 少なくとも友達ではあるまい。ではだれか。というウルの疑問を察したのか、ディズは笑った。


「私が家宝を奪って、島喰亀の同乗を拒否してる張本人。さっき偶然会ったんだ」

「話しかけなきゃよかった」


 修羅場だった





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「言っておきますけど」


 ローズ・ラックバードという名の獣人は、ヤバい目つきに反して落ち着いた声で――少なくとも表面上は落ち着いた声でしゃべり始めた。


「別に、かつての貴方との取引に、ケチをつけるわけじゃないわ」


 言葉の端々に恐ろしいほどの怒りをみなぎらせながらもそれを懸命に抑えようと努力しているのがウルにもすぐにわかった。目の前で語りかけられるディズはもっとだろう。眼前にその怒りを浴びせられて平然としているディズの胆力にウルはいい意味でも悪い意味でも感心した。


「アレは正当だった。そしてあなたの資金の貸し出しで壊滅寸前だったウチのギルド【幸運の鳥】が持ち直したのは事実。あの取引が間違いだったという気はありません。ええ全く」

「だったら移動要塞に乗せてくれる?」

「いやよ」

「即答だ」


 ローズはディズに一歩近づく。背丈のあるローズは小柄なディズを見下ろす形になった。


「私個人だけの問題じゃないもの。貴方を嫌う者が商人ギルドには多くいる。”貴方がどんな立場だろうともね”」

「私の不徳の致すところだね。申し訳ないとはおもってるけど――」

「それでもどうしても乗りたいというのなら」


 ディズの両肩を掴む。その手に込められた力は明らかに強かった。獣人の爪がディズの肩に食い込むが、ディズは平然としていた。じっと、ローズの目を見つめ続ける。


「【灼炎剣】を買い戻させて」

「無理」

「……そう」


 ローズは手放した。先ほどまでの怒気が消え去り、代わりに冷え切った表情でディズを見つめ


「地べたを這いつくばって、魔物に食われてしまえばいいわ」


 最後にそれだけを告げて立ち去った。彼女の部下なのか、島喰亀に荷物を運搬している者へと指示を出し、彼女もまた島喰亀へと搭乗していった。振り返ることはなかった。


「ローズ元気そうで何よりだ」

「お前凄いな」


 最後にディズから飛び出したその感想に、ウルは引いた。

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