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出立の準備




 大罪都市グリードという巨大な迷宮大国から獲得できる魔石の量はイスラリア大陸で最も多い。

 神殿の神官たちが授かる精霊の加護は社会維持の要だ。都市の全てを覆うように守護する太陽神の加護、【太陽の結界】はまさにその象徴と言えるだろう。

 だがその一方で、現在の社会を維持する上でその全てを精霊の力で賄うことはできない。魔導技術の発展はその消費も激しさを増し、魔力そのものの消費を加速させた。個々人の持つ魔力だけでは賄いきれなくなった。迷宮の魔石の需要は爆発的に増したのである。


 故に、グリードから産出される魔石を求める都市は多い。が、その貿易には相応の困難が付きまとう。


「なにせ、都市の外を一歩でも出れば【人類の生存領域外】になるからねー」


 大罪都市グリード正門前でディズはしみじみとつぶやく。


 都市の外は【人類の生存領域外】だ。人の支配域はあくまで防壁と結界に囲われた都市国の内側のみ。一歩外に出れば、魔物や盗賊たちが蔓延る文字通りの無法地帯だ。

 そこを、移動するのは必然的にリスクが伴う。迷宮が世界各地に生まれ、迷宮の外に魔物たちが溢れるようになり、人類生存圏がズタズタに引き裂かれてからというものの、交易をおこなうのは大きな困難が伴うようになった。


「その対策の一つが、これですか……」

《おっきーねー》


 ”ソレ”を見上げ、シズクとアカネは口をあんぐりと開けた。

 それは、ウル達が先日撃破した宝石人形よりも遥かに大きかった。六本の足で大地を踏みしめる巨大なる”亀”。頭には大きな角が一本生えた”亀の魔物”だ


「【島喰亀】だね。全長100メートル超の陸型”運搬獣”。馬車ごと運搬可能」

「何を食べたらこんなに大きくなられるのでしょう」

「魔石」

《かたくないん?》

「ボリボリ食うよ。野生の島喰亀は魔石が埋まった岩盤ごとゴリゴリ食べるらしい」


 確かにアレでかみつかれたら、岩だろうがなんだろうがあっけなくつぶれるだろう。間違ってでも顔の近くには近づきたくはなかった。


「通常の魔物と同様、大気の魔力も食べるから、そこまで大喰いってわけじゃないんだけどね。それでも島喰亀を維持できるのはグリードならでは、かな」

「歩く速さはどれくらいなのでしょうか?」

「馬車とどっこいかな。ただ、休まず数日間歩き続けても問題ないってのが魅力だね」


 大亀は大きくぶふうと息を吐いた。離れているはずなのに生暖かい息が此処まで届く。臭くはないのは主食が魔石だからだろうか。


「何より、この背中に乗っていれば都市間の移動で、襲われるリスクが少ないのは大きいね」

「盗賊たちが襲うにも魔物達が襲うにも、大きすぎるわな」


 大きいという事は強さである。

 宝石人形と戦ったウルにはそれが強く実感できた。宝石人形すらも石つぶのようにみえる大亀にウルは挑もうという気にはならない。それは魔物たちも同じらしい。


「だから、私も都市間の移動にはコレを使う――はずだったんだけど」

「だけど?」

「ダメになった」


 ディズはうなだれた。いつも余裕しゃくしゃくな彼女がうなだれている様子は少しスッとした。


「……理由を聞いても?」


 たしか島喰亀は金さえちゃんと積めば名無しであっても乗ることが許可されるはずだ(無論、犯罪者等は弾かれるが)。まして彼女は官位持ち。拒絶される理由がわからない。


「各都市の移動要塞って維持費に【商人ギルド】がかなり出資してるんだけど、私そこに所属してる一部のヒトにめっちゃ恨まれててさー」

「何したんだよ……」

「欲しいものがあったから弱みに付け込んで奪った」

「邪悪!自業自得じゃねえか!」


 同情する余地はなかった。邪悪と指さされてもディズは否定しない。自覚があるらしい。


「で、まあ移動要塞が使えないなら、馬車の旅ってことになる。ただ、ちょっと今人手不足でね。護衛が欲しいんだ」

「……それを俺たちに頼みたい、と」


 これが、ディズからの提案、依頼だった。


「私も仕事で都市を巡らないといけなくて、君たちの目的を考えればちょうどいいだろ?」


 確かに、まさしく、彼女の移動に合わせて動くならアカネとも離れずに済む。最適ともいえる提案だった。しかし


「ありがたい話だが、まだ冒険者になって一ヶ月の俺たちを信用して良いのか?」

「いざとなったら命を賭けて護衛してくれるだろ?人質もいるしね?」

《ひとじちよ》


 アカネが手を上げた。ウルは彼女の頬をむにむにとひっぱる。


「素直に喜びがたい」

「ですが、助かりますね」


 それはウルにとってもシズクにとっても、一石二鳥の提案だった。

 賞金首巡り、各都市を回る一番の難点は、安定した収入が望めないことだろう。拠点を定めて同じ迷宮を潜ることを繰り返す冒険者たちが多いのもまさにそれだ。護衛という任に就きながら移動すれば、移動間の収入の不安定は解消されるだろう。

 安易に飛びつくわけにもいかないが、実に、美味しい話なのは確かだった。


「だけど、グリードを出て結局アンタはどこへ向かうんだ?」


 ふむ、とディズはしゃがみ込み、小石でさらりと地面にこのイスラリア大陸の図を簡単に描きだした。斜になった楕円形の上半分、右下の端っこに点をかく、そこは今この場所【大罪都市グリード】だ。ディズはそこから右に弧をかくように線を引いていく。

 そしてそのまま大陸の中心からやや左上の一点に小石をおいた。


「【アーパス山脈】を迂回しながら【大罪都市ラスト】を経由しつつ、最終的には大連盟盟主国【大罪都市プライディア】を目指す」

「大移動だな」

「ま、ね。直線形路のアーパス山越えはきついし、東からぐるりと回っていくから長旅だよ」

「どれくらい時間がかかりますか?」

「さあね。補給で衛星都市によったりもするだろうけど、場合によっては仕事が発生するかもだ。途中ラストでひと月は過ごすつもりだけど、グラドル領による可能性もある」

「グラドルに寄るなら相当遠回りになるぞ?」

「だからこそ護衛が欲しいんだ。野営とかの準備やら、魔物襲撃時の迎撃とかも任せたい。」


 なるほど、と、ウルはイスラリア大陸の地図を頭に思い浮かべる。


 彼女の言う通りなら、このイスラリア大陸をぐるーりと外周を半周近くすることになる。

 だが、ウル達にとってそれは歓迎すべきことでもある。各都市を巡ればそれだけ賞金首と遭遇できる確率も上がるだろう。旅が長いほど、護衛の報酬も続くということでもある。提示されている報酬の額も悪くない。

 なら、とシズクに視線を向けると彼女も頷いた。ウルはディズに向き直る。


「了解した。依頼は受けるよ」

「なら、補充は今のうちにね?道中の魔物と遭遇は鬱陶しいし、できれば島喰亀の出発に合わせて移動したい。二日後までに所用は済ませておきなよ」


 と、言うわけで、ウルとシズクの出立の準備を始めるのだった。





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 職人街


「さて、装備を新調する必要が出たわけだが」

「はい」

「正直大金持っていて恐怖しかないので全部使いたい」

「ダメです」

「ダメか」


 ウルは自分の財布に詰まった金貨を見て怯えるような顔で胸元に抱え込んでいた。

 宝石人形撃破時に獲得したウル達の資金は金貨15枚と銀貨20枚。銀貨20枚はあの酒場での宴会ですべてを使い切り、赤鬼に「協力費用」金貨2枚を支払い金貨13枚が現在のウル達の全財産だ。

 勿論、それらをすべて持ち運ぶなど恐ろしくてできなかったので、冒険者ギルドに預けている。指輪所持者にしか利用できない銀行であるが信用は高い。ウルもそこに金貨5枚は預け、持ち歩いているのは金貨8枚だ。勿論これでも大金だが。


 冒険し、金を集めその金額で新たなる装備品を手に入れ、その装備でさらに金を稼ぐ。というのが冒険者の基本的な金の使い方と集め方だが、勿論、現実はそう単純にはいかない。


 高い武器には維持費もかかる代物も多い。いきなり強力な武器防具を手に入れたとして、それが使いこなせるとも限らない。現在は大迷宮時代、突如として身に余る大金を獲得する話なんてのはままるが、それ故にその大金をうまく使えず失敗して大損する冒険者なんて話はままあるが、しかしその大金を無為に失ってしまうと言う話もまた、ままある事なのだ。

 だから最低限の金貨5枚を預け、手持ちは金貨8枚。勿論これでも大金も大金だが。


「さて、どう使うか」

「ウル様の防具は必要ですね。私の装備は殆どが無事でしたが……」

「俺の場合、ほぼすべての装備失ったからなあ……」


 どれほどの激闘かを物語るものだ。

 ウルが宝石人形の時に装備していた物は、竜牙砲に白亜の鎧、盾、更に耐衝のネックレスが二つ。そのすべてが粉みじんに砕け、再使用不能となっている。ウルとしては白亜シリーズは信頼性が高く使いやすかった。見た目は少々不格好ではあるものの、頑強で、動きやすさもさほど阻害されない。


 そんなわけで、鍛治士達が集う職人街に足を踏み入れたわけだ、が、


「おお!宝石人形撃破おめでとう勇者よ!此方にかつて勇者が竜を殺すときに使ったと言われるのと同型、竜殺しの剣/ドラゴンスレイヤー!!金貨5枚でどうよ?!」

「おお!宝石人形撃破おめでとう勇者よ!みよこの美しい銀色の鎧!!魔銀(プラチナ)製!魔術も弾く全身鎧(フルメイル)!西で名を轟かす鍛冶師グララの一品だ!金貨8枚!」

「おお!宝石人形撃破おめでとう勇者よ!みてくれ!!これは風の精霊フィーネリアンが人々に与えた【精霊器】の一種!颯の具足!!金貨10枚だよ!?」


「凄い、力の限り俺達からぼろうとしてくる。」


 職人であり商人たちの瞳にはギラギラとした凶悪な輝きがあった。明らかにウル達に向けられている。討伐祭の時の冒険者たちの輝きも顔負けか、それ以上だ。正直いって怖かった。

 討伐祭りの勝者、ウル達の名はグリードに瞬く間に広がった。そしてウル達が一瞬で小金持ちになったことも。そんな彼らが物を買いに街を出るのは、カモがネギを背負うようなものであった。


「黄金槌の方の方がまだマシでは?」

「そうだな、きっとまだマシだ」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ウル!ウル!俺たちのおかげだよな!!俺の盾のおかげだよな!金を出せ!!」

「おお!シズクさん!!医療院に運ばれた時はどうなるかと!!結婚してください!!」

「ウル!超ピーキーで商人も買い取り拒否した剣があるんだけど金あるよな!!」


「マシではなかった」

「欲望の出し方に品がありませんね?」

「シズクはバッサリというなあ」


 考えてみれば黄金槌は職人の中でもひときわに金にうるさい連中であった。金にうるさいのは当然であった。しかし最早商品を売りつけようという気すら見えないのはいかがなものか。


「物は買う。俺の防具を買うつもりだから落ち着いてほしい」

「おう、いくらもってんだ。ジャンプしてみろや」

「何処のチンピラだお前ら」


 どのみち使い切るつもりでもってきているので予算は明示しておいた方が話が早いと金貨4枚を提示した。金貨の数におお、と小さくどよめき、次の瞬間、ウルの前にどかどかと武具防具が並び始めた


「火魔石の短剣(ダガー)!!金貨2枚!」

「魔銀で編んだ銀鎖鎧(シルバチェイン)!!金貨3枚!!

「金火魚の皮手袋(レザーハンド)!!金貨1枚!!」


「まてまてまてまて、待って。待つんだ。まてっつってるだろ強欲ども」


 このままではウルの目の前に次々に際限なくバカみたいな金額の装備品がなげつけられ続けかねないのでウルは止めた。心臓に悪いしキリがない。


「私達はグリードを出て長く移動する事になります。長旅に優れ、整備が自分でも叶うものが望ましいです。希少な素材を使われていると、別の場所で補修がきかない可能性があります」


 シズクはニッコリと微笑んだまま、キッパリと自分たちの要望を告げる。グリードを出るという彼女の言葉に複数の職人たちが両手を顔に当てうめき声をあげてる様子が見えたが、それは無視する。


「出来れば上下セットの鎧が良い。頑強な。俺はよけるのがヘタだ」

「守りはガッチリ、しかし旅路に向いた、のう。中々面倒な要求しおる」

「別に前もらった白亜シリーズでもいいぞ」

「ありゃー素材の材質上どうしても嵩張るからのう。旅向けとなると……」


 ドワーフの鍛冶師が唸る。


「防具が破損した時、グリードに居座るなら職人もすぐそばにおるが、旅となるとそうもいかん。専用の職人が街にいないこともあるし、そもそも都市外にいることもある」

「皮鎧とかの方が良い?」

「一概にそうとも言えんがの。魔物の皮で作られたモノなんぞは強力だが、仕立てるのには相応の”針”がいる。結局その道の職人の技術と道具がな」

「どのみち自分らで容易く直せるようなものではないと。強力な防具は」

「かといって、代替え可能な防具じゃあ心もとないっとなるとな……」


 と言って、鍛冶場兼販売店の出店に並ぶ商品から一つ、取り出してウルの前に提示する。それは、


「灰色の鎧?」

「火喰石の鎧、ご要望通り全身鎧、関節部は布当てて動きやすい。金貨3枚」

「性能は?」

魔銀(ミスリル)ほどじゃーねえが頑強さは悪くない。何よりもコイツは、魔力を喰う」

「喰う?魔蓄石みたいなものか?」


 ウルはちらりとシズクの方を見る。彼女が首に下げているのは魔力を貯めこむ魔蓄石


「ま、それに近いか。要は性質さ。魔力を若干量吸収する。だから魔術や、魔力を伴う魔物の攻撃をいなしやすい。」


 説明を受けつつも装着してみる。ピタリ、というには少し大きすぎるが、調整すれば体にフィットはしそうだった。宝石人形との戦いのときに装着した白亜の鎧と比べてると重いが、しかし動きやすさが阻害されるほどでもなかった。


「喰った魔力はそのまましばらくすれば抜けていく。吸収して成長するわけでもなし、衝撃が強すぎれば当然壊れる。が、良い品だぜ。壊れにくく強い。火喰石は希少な鉱物でもないから補修もしやすい」

「買った」


 おっしゃ!と、恐らくこの鎧を作ったであろう職人がガッツポーズをとった。その周囲では嘆いたり地団駄を踏んだりする男達。楽しそうである。ウルとしてはそんなにも楽しいのであれば、もう少し金額をまけてくれた方がうれしいのだが。


「ほんで、他にはなにを買う?鎧だけってつもりはあるまい?」

「出来れば盾と兜も欲しいんだが……」


 と、ウルは布に包んでいたブツを取り出した。

 それは青と黒が入り混じる、半透明の宝石にも似た石だった。一瞬、ドワーフの親父は首を傾げ、小さなトンカチでカンカンとその石をたたき、そして顔を顰めた。


「【宝石人形の欠片】か……まーた難儀なもんもってきおって


 迷宮産の魔物の多くは撃破時、魔石を残し他は迷宮に飲み込まれ消滅する。が、全てではない。迷宮に食われず残る落物(ドロップ)も存在する。宝石人形をウル達が撃破した時、大量の魔石に交じって宝石人形の身体が残っていたのだ。


 当然この落物もウル達が所持する権利がある。が、扱いに関してどうするか悩んでいた。当然ながらウルやシズクにどうこうできる代物でもない。そもそもモノの価値としてこれがどれほどのものなのかすら、ウル達には今一つピンときていなかった。


 グレン曰く「防具の素材にはなるが硬すぎて加工が面倒で職人を選ぶ」

 ディズ曰く「磨いても輝きはそこそこでばらつきがある。宝石としてはイマイチ」


 と、言う事なので、ひとまずこの職人街に持ってきたのだ。

 硬さは保証済みだったので、防具に使えれば御の字だ。恐らく道中破損した場合、材料を新たに用意するのは困難なため、壊れれば使い捨てになる可能性もある為、複雑な作り出ない盾が望ましい。


「難しいでしょうか?このサイズなら盾に出来るのではとも思ったのですが」

「任せてくださいシズクさん!」「俺たちの手にかかりゃこんなもん!」

「だーあっとれ……まあ、やってみるさ。宝石人形の欠片となりゃ腕もなるさ」


 宝石人形の倒し方はいくつかある。

 そのうちウル達が避けざるを得なかった”機能停止”では宝石人形の欠片は落物(ドロップ)しない。機能停止した瞬間宝石人形の身体全体が脆く、一瞬で崩れ去ってしまうからだ。つまり、真正面から倒すか、暴走させて倒すかするしか出ない素材だ。


 硬度は一級品、しかしただでさえ厄介な宝石人形を更にリスクを背負って倒す冒険者はそう多くはない。故に物の性能は高くとも、希少であった。


「素材費はそっち持ちだが、加工の手間賃はこっち持ちだ。相応の金は貰うぜ」


 その言葉にウルとシズクは顔を見合わせ、頷きあった。


「素材費持ちなんだから半額割り引いてくれ」

「コイツの加工だってめちゃ手間かかんだぞ。精々2割引きだ」

「なら4割引きくらいで」

「2割引きだっつの」

「私達、宝石人形を倒すために文字通り命を賭けて戦いましたのに」


 シズクはさめざめと泣いた。


「親父!安くしてやれよ!」

「親父!!可哀そうだろう主にシズクさんが!!」

「おめーらどっちの味方だ」


 最終的に3割引きという事で決着した。

 その後ウルは鎧とセットで火喰石の兜を購入し、その盾と合わせさらに金貨2枚を渡して、防具装備の補充は終了した。


 残り金貨3枚

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