冒険する者
イスラリア大陸、中央域、大罪都市プライディア 別名 天陽都市プラウディア
冒険者ギルド本部、総会議室
優に数十名は収容可能であろう大きな会議室。調度品、椅子、机、一つ一つとっても簡素だった。会議室は冒険者の仕事場ではない。という信念があり、歴代の冒険者ギルドのトップの多くはギルド本部内に積極的に金を回すような真似をしなかった。
最もだからといって、冒険者ギルドは今やこの世界に無くてはならない存在であり、だからこそこの会議室での仕事も決してないがしろにすることはできない。本日は冒険者ギルドの定例会議であり、各都市支部の支部長達からの報告がなされていた。
ただし、各支部の冒険者ギルドのトップが全員この場に集結しているわけではなかった。それどころか、この場にいる人間はたったの三人。会議室の上座、トップの席に座る女性が一人と、その左右に会議の記録を取る書記が一人、議長席に座る女性の秘書が一人いるだけだった。残る席にはだれも座っておらず、その代り会議テーブルの中央に球体の水晶、遠方との通信を可能とする“遠見の水晶”が置かれていた。
地中から出没した迷宮の存在が確認されてはや百年。迷宮からあふれ出た魔物たちの存在によって、地上では移動するだけでも相応のリスクがかかる。そのため冒険者ギルドの会議は魔道具による通信で行われる。魔道具の費用は相応にかかるが、それでも直接全員が出向くよりははるかにマシであった。
《―――以上でグラドル支部の報告を終わります》
「ご苦労」
魔道具から聞こえてくる暴食都市グラドルの支部長の報告に対して頷く女性。
栗色の髪を後ろで丁寧に束ねまとめ、黒をベースとしたギルドの制服で身を包んでいる。僅かだけで化粧を済ませた肌には張りがあり、一見すれば30代に見える。顔も間違いなく美人と分類されるモノだ。が、頬から首にかけて刻まれた巨大な傷跡、まるで巨大な刃物で切り裂かれたようなその傷跡が、美人であるという印象をかき消していた。また、その表情は”老練”という言葉が似合うような鋭さと、落ち着きがあった。会議室の中心、この世全てを回しているといっても過言ではない冒険者ギルドのトップの椅子が相応しい
【神鳴女帝】と名高く、現在冒険者ギルドの長を務める女、名をイカザ・グラン・スパークレイと呼ぶ。彼女は額に寄りそうになる皺をならすように何度か指でみけんをなぞり、ため息をついた。
「賞金首の数が減らんな」
ぼやきに近い彼女の言葉に椅子の前に設置された通信水晶が輝き、言葉を伝達する。
《腕利きの冒険者を当たっているのですがやはりリスクが高すぎると……》
《迷宮が儲けやすぎんすよー。おかげで世界は潤ってますけどさー》
「最早冒険者というよりも迷宮炭鉱夫とでも名乗った方が正確だなこれでは」
《今に始まった話ではないであろう。貴方が現役の時にはとうに冒険者の名は意味を成してなかったではないか≫
《別に気にしなくてもいいんじゃねえのー?もともと都市防衛に関しちゃ各都市の騎士団の仕事で、賞金首の討伐はウチらの義務じゃないでしょう?》
《それを都市の長どもに言うてみい、どんな顔されるかわかったもんじゃないぞ》
答えの出ない堂々巡りの言葉の応酬に、再びイカザはため息をつき、
「まあ良い。次だ。」
そういって、ピタリと討論を止めさせた。
「冒険者の昇格の件について」
冒険者の昇格、即ち指輪の授与に関しては、必ず定例会議を通して決定している。それほどまでに指輪持ちの昇格に関しては慎重だ。指輪持ち、ギルドが認めた実力者の証の信頼を保ち続ける為にも、昇格候補として本部に送られてきた冒険者の情報は必ずイカザまで届けられる。
イカザは秘書から渡された書類を改めて確認する。
「およその判断に問題はなかった……が、グリード支部」
《はい》
老いからくる、いささか震えた男の声が水晶から響く。名はジーロウ、長らくグリード支部を支えてきた支部長で、冒険者からのたたき上げでもあるために現場への理解も深い。
事、迷宮都市として大量の魔石を発掘し、大陸全土に貢献するこの都市を担うに足る人物であると、イカザも理解している。が、それ故に今回の”ソレ”は疑問だった。
「一組、銅の指輪の昇格とされてるパーティが若すぎる。登録からたったのひと月だぞ」
《登録後、一月以内の賞金首の撃破、合否はともあれ一度は選考する必要性はあると》
「その物言い、お前自身はさほど積極的ではないと」
《ウチの訓練所の教官、グレンの推奨です》
グレン、という名に僅かざわめきが彼方此方の水晶から漏れる。元黄金級、【紅蓮拳王】の異名を持つ彼は、冒険者ギルドの中での認知度は高い。
《……あの、性悪のグレンが?》
《面倒って理由だけで黄金級の昇格式すらサボった男が……?》
《竜でも降ってくるんじゃなかろうな?》
ただし、悪い意味でも高かった。
ともあれ、元黄金級の推奨、ともなればジーロウも昇格選考にその冒険者を出さないわけにはいかなかったのもわかる。たった一月で賞金首を撃退した事実も確かに素晴らしくはある。が、
「シズク、この者はまだ良い。魔術師として高い素質を持っている。早いうちウチに縛っておくには申し分ないものだ。だが、この少年はどうか」
パサリ、とイカザは書類を広げる。こまごまと詳しく一人の冒険者の魔名や技能を文章化された
「彼には特筆すべき才覚があるようには読み取れない。一月での賞金首退治は確かに優れた功績であるが、指輪を与える判断を下すには少し弱い」
《あやつの推薦だけでは足りませんか」
「その中身を聞いている。あの男の推薦文、「推薦する」しか書いてないのだが」
水晶の奥で、頭を抱えるような気配が伝わってきた。
《申し訳ありません。送らせる前にこちらで確認すべきでした。》
「子供ではないのだから……全く」
イカザはため息をつく。その言葉の端にわずかに楽しそうな声音があったことは水晶越しの他支部の面々には気づきようが無かった。彼女はその気配をすぐ消して、改めて
「グレンからの推薦理由、何か聞いてはいなかったか」
《理由、というにはいささか抽象めいていますが》
「それは?」
《「奴が冒険者だから」だそうです》
その一言に対するその場の反応は困惑と失笑だった。推薦理由としてはあまりに具体的に欠けていたし、そもそも冒険者なんて今や星の数ほどいるのだ。何を当たり前のことを言っているのか、という反応が大半だった。
だが、イカザはその言葉に静かに目を細めた。
「―――成程?」
彼女は眼前に広げられた”ウル”の資料を見る。彼の技能を見る。
平均、平凡、特に何か特別な能力があるわけでもない。才能を持ち合わせているわけでもない。冒険者になった経緯はいささか普通とは異なるが、彼自身は凡人だ。一山いくら、この世界にたくさんいる、ごくごく一般的な冒険者だ。
しかし、その彼が、ひと月で賞金首に”挑んだ”のだ。
勝利した結果は重要ではない。彼の相方の少女の活躍もあっただろう。それ以上に運の要素が存在したはずだ。賽の目が良い方向に転がっただけでは”足りない”し、そこに注目しても意味がない。
重要なのは、彼が、挑んだ事だ。死地を選択したその事実。
「…………」
イカザは僅かに考え、そして頷いた。
「良いだろう」
《イカザ様!?》
複数の水晶から驚きの声が響く。が、イカザは気にしない。”ウル”の資料をひらりと指先でつまみながら、少しだけ楽しそうに笑った。
「慎重安定、冷静な判断、それらを”踏まえたうえで投げ捨て”、結果を掴むというのなら、それもまた、冒険者の在り方だ。それを続けられるかどうかは今後にかかっている、が、やれるものならやってもらおうじゃないか」
資料を手放し、手元にある印でもって、”ウル”と”シズク”の資料に認可の証を叩きつけた。
「”冒険者”としての活躍を期待する」
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