宝石人形との闘い②
宝石人形もとい、宝石”獣”の暴走が始まって、冒険者たちは一斉に身を引いた。
最も、迷宮から逃げ出したわけではない。宝石獣の暴走の被害を受けないずっと遠方で、散り散りになりながらその宝石獣たちと戦うウル達の見物に移っていた。
「おいおい、あのガキ殴られっぱなしだぞ?勝つ気あんのか?」
「おらー!せっかくの大金のチャンス潰しやがってー!やられちまえー!!」
「おいそこだ!殴れ!何してんだ!!」
くだらないヤジは飛び交うが、彼らの士気は低い。宝石獣と戦おうという気を持ったものはこの場にはいなかった。多くは宝石獣の荒れ狂いっぷりにすっかりしり込みしてしまっていた。彼らの中には銅の指輪持ちの人間も幾人かはいる。彼らが装備を充実させれば、あるいはウル達以上に宝石獣に立ち向かう事もかなうかもしれないが、そうしようという者は出てこなかった。
”ネズミ退治”と比べるとあまりにリスクが大きすぎた。敵が強大過ぎた。故に戦わない。今日を逃すとも、彼らには明日を生きていくための迷宮が残されている。彼らは賢明と言える。ウル達のように無謀な真似はしない。
だから彼ら冒険者ギルドの面々よりもさらに後ろに下がりつつも、自分たちの邪魔をしたウル達にやじをいれる者。あるいは冷静に装備品の確認とパーティの状態をチェックする者。あるいはウル達が力尽き死ぬのを前提として美味しい処だけをかっさらうべく準備を進めている者もいた。
そんな中、最前でウル達を見学するグレンのもとに近づく女がいた。
「なあ、オイ、不良教師。グレン」
ウル達が今利用している酒場の客の一人、ナナだ。いつも酔っぱらっている彼女だが今日は素面であり、難しそうな顔をしていた。
「あん?ナナじゃねーかお前久しぶりだなあオイ。お前も参加したの?」
「あたしゃスタッフの方だよ。あの子らが心配でね」
アタシの事なんてどーでもいいんだよ。っとナナは首を振り、彼女はウル達を眺める。切羽詰まっている。そういう印象は酒場に来てた頃から感じてはいたが、まさかここまで危険なギャンブルに手を出すとは思わなかった。
「アイツラ、勝てるの?」
「さーな。アイツラしだいだろ」
「あんたの見立てだとどうなのって聞いている」
ふむ、とグレンは首を傾げ、前を見た。目の前では依然としてウルがボコボコに殴られている。その様を見て、両の手を広げた。
「五分五分」
「五も勝率あるのかい……?」
ナナから見ても”宝石獣”の強さは凄まじい。宝石人形は魔物の十三階級のうち十級に属していたが、攻撃力だけをみるならアレはどう見ても九級相当の魔物だ。それを、一か月そこらで冒険者になったばかりの子供が相手にするなど正気の沙汰とは思えない。
「本来以上の力を強引に引き出してる魔物が、真っ当でいられるわけがねえだろ。」
グレンは宝石獣の方を指さして見せる。彼が示すのは宝石獣の右腕だ。先ほどからまるで嬲るようにしてウルを叩きのめし続ける右腕の関節部、ちょうど人間の肩に当たる部分が、よくよく見れば細かなヒビがいくつも走っている
「……あれは?」
「シズクの魔術の影響だけじゃねえぞ?あれは”自滅”だ」
「自分の攻撃で崩壊しかけてるのかい?宝石人形が?」
「迷宮は迷宮の魔物に魔力を提供する、だがそりゃ維持までだ。流石に回復まではしちゃくれない」
宝石人形を暴走させ放置しての自壊は狙えない。迷宮が律儀に”暴走状態の維持必要量魔力”を提供してしまうからだ。が、それ以上の消費を強要し、破壊すれば、再生するわけではない。
「見た目の異形に気を取られてビビっちまうかもだが、そもそもありゃー、魔物としてのバランスが崩れて崩壊寸前な状況なんだよ。上手く突きゃすぐ砕けるぜ?」
「このままならアイツら勝てるって事?でもじゃあ、逆になんで5割なんだい?」
「やり直しは効かないからだ」
その言葉には強い実感がこもっているようにナナには感じられた。
「あいつらがやってるのは綱渡りだ。一歩踏み外せば死ぬ。そうならないように最後まで渡り切れるかどうかっていう戦いだ。それを続けるには鍛錬が根本的に足りていない」
際立った才能があるわけでもなければ、努力を重ねるだけの時間もない。一般人のウルの綱渡りはあまりにも不安定で、細かった。少しでも風が吹けば奈落に転げ落ちる。
シズクには特別な才能がある。が、それを育む時間はウルと同じくなかった。磨かれぬ才能など只人とそう変わりない。ウルとリスクは同じだ。
二人がやってるギャンブルは何時落ちるとも分からぬ凶行であり、無謀なのだ。右に左に吹っ飛ばされて、ヨロヨロと立ち上がってはまた同じことを繰り返すウルの状態を見ればよくわかる。
既に彼は何時気を失ってもおかしくない。
「出来る限りの準備のおかげでギリギリ踏ん張っちゃいるが、最後までいくかね」
「……」
しゃべっている間にも咆哮と轟音は響く、宝石獣は自分の腕を、足を、体を、頭を、好き勝手に振り回してウルをいたぶり続けている。グレンは5割は勝利するといったが、果たして本当なのか、ナナにはとても怪しく思えた。
ナナのような協力者たちは、危険と判断した場合冒険者たちの救助は許されている。無論、そうすればその冒険者は失格となる―――
「―――ちょっと?」
「手出しすんなよ。その瞬間あいつらのチャンスが水の泡だ。」
何かを行動する前に、グレンはナナの肩をガッシリと掴んでいた。昔からそうだったが、この男は本当に心が読めるんじゃないかと疑わしくなる。
「あんたの弟子、死ぬよ?」
「かもな」
「だったら」
「これからアイツは地獄を見るんだ。その入り口で躓いてたらそれまでだ」
グレンの言葉はどこまでも冷静で、しかしそれ故に真実を突いていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
宝石獣とウル達の戦闘は膠着していた
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAGAAAAAAGA!!!』
「ガアッッ!!」
宝石獣の伸びた腕から繰り出される横の薙ぎ払いを、ウルは白亜の盾で受け流す。かがみ、斜めに構え、なおも衝撃を流せず地面に叩きつけられ転がり、壁にぶつかる。痛みが腕と肩と背中に走る。もう痛くないところがない。
「逸らします!!」
シズクの掛け声を聞き、ウルは即座に起きあがる。シズクが魔封玉を放り投げたのを目視するや、腰に備え付けた薬入れから
痛みが和らぐ。用意した五本のうち三本消費し残り二本。数を確認し、再び竜牙砲を握り
『GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!!GAA?!』
「そっちじゃないって言ってる!!」
シズクへと気をそらし始めた宝石人形に突撃を叩き込む。再び宝石獣の狙いを此方へと向けさせる。シズクに注意を向けさせるわけにはいかない。魔術はまだ残り三回、発動するだけの隙を作るため、気をそらさなければならない。
だが、持久戦ともなれば不利になるのがこっちなのは明らかだ。
回復薬は残り二本、シズクは事前の作戦通り躊躇なく魔封玉を消費している。故に残りの数もそう多くはないだろう。現状で有効なものは後二つか、多くて三つか。
突破口を掴まなければならない。あの口の中にある魔道核、あれを叩き壊しさえすれば、勝機が見えるのだ。なんとか、なんとか、なんとか!!
「おお!!」
一撃、竜牙砲を宝石獣の右腕に振るう。それは役割を果たすための一撃だった。シズクから宝石獣の狙いをそらすために。
そして、そのなんでもない一振りが決定的な結果を生んだ。
「……え?」
『GAAAAAAAAAAAA!!?』
ウルの突き出した槍が、宝石獣の腕を"叩き砕いた"のだ
ウルは宝石獣を
あの、まったくウルの攻撃に対して身動ぎ一つしなかった宝石人形。ましてその暴走体。一回りも二回りも凶暴化した完全なるモンスター。どれだけ準備を重ねたとしても準備不足な分の悪すぎる賭けの相手だと。
実際、ウルのその見立ては正しい。宝石人形から変異した宝石獣はウル達が戦うにはあまりにも早すぎる強敵だ。しかし、だからこそ、ウルはシズクに攻撃を委ねていた。
自分如きが暴走した宝石獣を傷つけることはできないという認識がどこかにあった。
だが、シズクの魔術が通るようになったように、ウルが自分に誘導するために放ち続けた攻撃も、実のところ有効だったのだ。暴走状態が、ウルの想定よりもはるかに人形の肉体を脆く、弱くしていたのだ。そしてウルの攻撃がとどめとなった。
そしてウルはその結果を全く予期できなかった。敵への過大評価と自身への過小評価が彼の判断を曇らせた。結果――
「―――ウル様!!!」
「……っは?!」
想定外の結果は、例え好機であれ、致命的な隙を作り、
『GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
「―――――」
宝石獣の薙ぎ払いが、ウルを直撃した。