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宝石人形との闘い



 討伐祭りの動向を見守る冒険者ギルドの面々は大慌てになっていた。


 宝石人形との接敵、更にそこから始まった冒険者同士の争いと宝石人形との戦闘。慌ただしい流れの中、救助隊や治癒術者達は迂闊に割って入ることも出来ずにいた。ヒトが集まりすぎると迷宮は猛威を振るう。その引き金を自分たちが引くわけにはいかなかった。

 そんな状況下で宝石人形が暴走状態に入ったものだから、酷いことになった。混乱し、一斉に逃げ惑う冒険者たちをなんとか制御し、小部屋から出口の通路へと誘導するのに支援者たちは声を張りつづけていた。

 そんな大騒動の最中、コーダルと、訓練所の主グレンは、宝石人形の暴走の瞬間をしっかりと目撃していた。


「おいおいおい、やりおった。やりおったぞお前の弟子!」

「あーあーあー、やっちまったなあの野郎」


 そして盛り上がっていた。

 暴走の経緯をコーダルは見ていた。ウルがワザと暴走させた瞬間もだ。

 あるいは、事故のような形で誰かが先走って宝石人形が暴走する可能性は十分にあると彼も予想していた。だが、まさか宝石人形の弱点、カラクリに気が付いてなお、それを放り捨てて暴走状態にする者たちが出てくるというのは予想していなかった。しかもそれはこのグレンの弟子であるという。


「命知らずにもほどがある。お前の弟子バカなんじゃないのか!?」

「俺もそう思うよ。否定する要素がないね」


 グレンの弟子達の作戦(と言うにはあまりに乱暴だが)の意味は分かる。


 ”宝石人形の急所の存在”に関してのうわさは、実はコーダル達の耳にも届いていた。故に奪い合いの争いになるだろうとの予想もついていた。実力が拮抗している銅以下の冒険者たちでは誰が宝石人形の急所を突くかもわからないであろうという事も。


 誰が急所を突くかもわからない運試し、不確かなギャンブルに賭けるよりも、暴走状態にしてしまえばライバルの数はぐっと減るだろう。


『GAAAAAGYAYAYAYAYAYAYYAYAYAAAAA!!!!』


 あんなバケモノ、誰だって戦いたくはないのだから。


 四肢を迷宮の部屋目いっぱいに広げ、窮屈なほどに膨れ上がった巨体。見た目通りケダモノのような咆哮を続ける頭と禍々しい角、それでもなお煌めき続ける体は迷宮の光に照らされて怪しげな輝きを続けていた。

 明らかな凶暴化。そして強化だ。人形の暴走は決して、知性理性を失うというだけの話ではない。魔石の代わりとなる魔道核からの魔力の過剰供給による”階級”の上昇。単純に魔物としての難度が数段跳ね上がる。

 

 元より賞金首としての難度を持っていた宝石人形がこの状態になってしまえば、白亜どころか、銅級の冒険者たちだってまともに相手していいものではない。


「それを、冒険者になって一月のお前の弟子が、勝てるのか」

「さて、な」


 グレンは気のない返事で返す。その彼の目の前で、宝石人形とウル達の激突が起こっていた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 集中していた。

これほどまでに意識を集中させた事は無かった。それほどに今、ウルは感覚を研ぎ澄ませていた。理由は明白だ。そうしなければ死ぬしかないからだ。目の前の動きを全力で注視し続け、そして出来る限り上手く――


「ぐがっ!?」

『GAAAAAAAAAAA!!』


 殴られる。


 よける事は敵わなかった。圧倒的なサイズ差、元々の宝石人形の攻撃すら回避するのは難しかった。そして今の宝石人形は、いや、”元宝石人形”は、それに加えて、


『GIIIIIIIIIII!!!』


 回避不能な速度で、回避不能な巨体を振り回す。

 現在のウルの技量と力ではどうしようもなかった。華麗に躱すなどどう考えても不可能だった。


「ぐがあ…!!」


 だから吹き飛ばされる。叩きつけられる腕を、盾で受け、無駄に力まず、衝撃を流し、地面を転がり即座に起き上がる。

 可能な限りダメージが無いように。相手の行動前の動きを見極め、盾で、鎧で、兜で、身体で、受けるダメージが可能な限り少なくなる事にのみ意識を集中させ続けた。


 つまるところウルはサンドバッグになっていた。


 これが可能なのは装備をガチガチに固めることができたおかげだった。頑強な防具と、耐衝の魔術がかけられた魔具の多重かけによる完全な物理防御体制。最初から暴走した宝石人形と戦うという前提での備えと心構えが、ウルを踏ん張らせていた。

 しかし、それでも、


「……き、っつ」

『GAAAAA!!!』


 前足が大きく振り上げられ、そして真っ直ぐにウルへと振り下ろされる。直撃すれば耐えられないという理解と死への恐怖が心臓をわしづかむ。足を動かし僅かでも攻撃の中心から外れ、盾を上へと、そして斜めに構える。一瞬間が空き、衝撃が振り下ろされる。


「がっ!?」


 衝撃が斜めに流され、それでも身体が一気に弾き飛ばされる。衝撃が一度、壁に叩きつけられ、地面に落ちる。自分が今どこにいるのか一瞬見失い混乱する。地面に転がってると気づく。

 怪我は?痛みは?全身が痛い。全身打撲だらけだ。しかし動けないほどの激痛ではない。

 問題なし、続行。


 だが、殴られる。殴られ続ける防戦の一方。当然だ。この戦いにおいてウルは盾だ。宝石人形の前に立ち続けるだけのデコイに過ぎない。そして攻撃は、


「【氷よ唄え、穿て、穿て、穿て】」


 ウルの背後に構えるシズクに一任している。彼女は詠唱を唱え、そして同じ詠唱を重ねる。術式の構築を変えず、時間というコストを積み上げ、迷宮に満ちた魔力を魔術の強化に充て、一撃の火力を増していく。そして、


「【氷刺・強化】」


 普段よりも二回りも大きくなった氷刺が放たれる。氷の刃は鋭い速度で真っ直ぐに、宝石人形の胸部へと飛んでゆき、


『GAAA!?』


 直撃する、その前に前足が氷の槍をせき止めた。その腕に深々と槍は突き立つ。前回は刃の一つも立たなかったことを考えれば、耐久性の劣化は明らかだった。だが、ただ攻撃すればいいわけではない、弱点の魔道核を狙い撃たねばならない。


 ウルを守る風鎧で一回、更に今の氷刺で二回、残り三回の魔術回数。


 魔術回数は残り三回。しかしウルの守りが最後まで持つ保証もない事を思えばあと二回。その二回で弱点を打ち抜く。それまで決して 集中を途切れさせるな。と、ウルは両の手、前足をじっくりと睨む。攻撃が飛んでくるとしたら左右のどちらか―――


「上から来ます!!」


 はっと、シズクの言葉にウルは身体を真横に突き動かした。確認する間もない。直後振り落ちたそれは、ウルが目視していた両手ではなく


「あ、たま?!」

『GAAGAGAGAGAGAGGAGA!!!』


 脳天を逆さに振り下ろした人形は、そのまま虚ろな眼孔でウルをにらみ、嗤う。マギカの住処で発見した人形と同じく、本来の人形の理から大きく逸脱している。最早完全に別の魔物だ。


「面白くねえ、よ!」

『GAAA?!』


 ウルは目の前の口蓋に横薙ぎに竜牙槍を叩きつける。鈍い音、砕ける音。

 ウルが砕いた直後、新たに歪み生まれた宝石人形の頭はやはり脆くはなっていた。元より宝石人形にとって頭は暴走を引き起こす弱点、しかも砕けた頭を更に急造で作り変えたのだ。竜牙槍の”砲弾”を撃ち込まなくとも、砕ける。

 だが、急所は此処ではない。頭がなくなったところで宝石人形は稼働し続けるし、破壊された部分は回復するだろう。狙うべきは宝石人形の急所、魔道核。

 問題は、それがどこにあるのかまるで見当もつかないことだ。

 本来なら胸元の中心、しかし今変形したこの状態ではいったいどこに―――


『GA、GAGAGAGA!!』

「何時まで笑って、」


 頭を逆さにしたままこちらを見て笑う宝石人形に、ウルはもう一撃を叩き込もうと前へ出て、気づく。宝石人形の口から光の瞬きが見えるのを。

 そう、あれはウルが先ほど竜牙砲ではなった一撃の光と似て――


「ウル様!!!」


 シズクが背後から魔封玉を一つ投げる。コツンと、宝石人形の頭にそれはぶつかって。直後に炎がさく裂した。【爆炎】の魔術が込められたそれが、僅かに宝石人形の頭を揺らした。

 次の瞬間


『GA――――――――――――――――――!!!!』


「「…………!!!!」」


 ウルが竜牙砲で放った光の、その何倍も凶悪な破壊の光が迷宮に放たれた。その威力は背後に控えていた冒険者ギルドの面々も即座に身を隠すほどのもので、眼前でそれを受けたウル達は、体を伏せるので精いっぱいだった。


 シズクが方向をそらしてくれていなければ確実に死んでいた。


 頭上、間際を過ぎる確実な死の光線に、ウルは背筋が凍るような気分を味わっていた。幸いにして、一度放てばその後は方向を変えられないらしい。ウルが足元に伏せているのに無関係な方向へと光の渦が飛んでいく


「ウル様!!ご無事!!ですか!!」


 徐々に収まりつつある光の渦の破壊の最中、シズクは這うようにしてウルの傍に近づいてくる。ウルは一つ頷き、


「シズク!あったぞ!!魔道核!!」

「どちらに!?」

「喉の、奥だ!!!」


 ウルは目撃した。あの光の渦を放ったその直前、ウルの持つ竜牙砲と同じ光が宝石人形の喉奥から放たれていたのを。もしあれが、本当にウルの使った竜牙砲と同じモノであるなら、あのエネルギーは魔道核から解き放たれたに違いない。

 すなわち、宝石人形の急所!


「喉の奥!または胸部の上部だ!!狙うぞ!!」

「はい!!」


 互いターゲットを確認した直後、光の破壊が止む。宝石人形は自らの敵が死んでいないのを確認し、再び怒り狂ったような騒音をまき散らし、突撃した。



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