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リスタート


 【歩ム者・ウル】 地下牢収監85日目


 【黒炎砂漠・4層目】


 10年前、聖女アナスタシアと【黒炎払い】達が突破に挑み、そして破れた最後の階層である第4層目。迷宮の構造そのものは複雑ではない。山のような巨大な砂丘や永遠と続くような坂道、要所に発生する蟻地獄に、要所で発生する【黒炎鬼】達。

 少なくとも突如として迷宮の構造が変貌する事は無い。地形の変動は起こるものの、場所は屋外だ。遠方に見える【焦牢】の本塔等、不動の景観を起点に動けば迷うことも少ない。


 つまるところ、迷宮としての【黒炎砂漠】は比較的大人しい部類なのだ。


 侵入者にあからさまな悪意を向け、初見殺しのような殺意の高い罠をしかけ、貶める。迷宮そのものが侵入者を殺しにかかるような、そんな類いの迷宮では無い。勿論、困難は存在する。迷いもする。だが、やり直しは効くし、試行錯誤を繰り返せば前には進めるだろう。

 しかし、それでも10年前、アナスタシア達はこの迷宮突破が出来なかった。


 その理由は、4層の奥地にて未だ存在している。


「……おい、バカ何やってんだよ」

「ああ、ガザか。こんなとこまでどうしたんだ?」

「そりゃこっちのセリフだ。何してんだてめえ」


 望遠鏡を片手に握りながら4層の砂漠にウルはいた。砂丘の頂上からじっと遠くを睨み付けている。そんな彼に、ガザは声をかけた。


「黒睡帯を付けっぱなしで望遠鏡見るの違和感が凄いな。冒険者の指輪没収されなきゃ遠見の魔術使えたんだが……」

「そういうことじゃねえよ。何してんだって言ってんだ」

「【番兵】の観察」


 ウルの視線の先にあったのは、【黒炎砂漠】を大きく区切る黒炎の壁、そしてその壁を守る【番兵】の姿だった。砂丘を下っていった先にある広く広大な広間のようになった場所にそれはいた。


『AAA………』


 人形(ゴーレム)の【番兵】とでも言えば良いのだろうか。二足歩行のそれは広間を黒炎の壁沿いにゆっくりと歩行を続けている。他の【黒炎鬼】のようにただただ自分以外の薪木を探し彷徨うようなことはしない。砂漠を区切る黒炎の壁の前から動こうとしないのだ。

 【番兵】の種類は多様だが、その特徴は共通だ。彼等は砂漠の奥地、旧大罪都市ラースへの道を阻むための【黒炎の壁】を守る者。邪悪なる呪いを守る戦士にして、その炎の壁を維持するための核そのもの。


「アレの攻略法を考えてる」

「やっぱりかよバーカ。時間の無駄やってんじゃねえよ。さっさと帰るぞ」

「定期の巡廻は終わってる。好きにしていいだろ」


 ウルという少年がこうして【黒炎砂漠】の探索に向かうのは【黒炎払い】としての仕事をキッチリとこなした後のことだ。地下牢の地上部、太陽の結界が届かない範囲に出現する【黒炎鬼】の排除。それについて彼の仕事に手抜かりは無い。一ヶ月目にして既にベテランの風格のようなものすらあった。

 ただし、仕事が終わった後は必ず彼は砂漠の遠征へと出向く。誰も案内もしない場所に一人出向き、帰ってくる。ハッキリ言って危険な行為だ。


「お前が使える奴だって事は認めてやる。だからこそ無駄なことは辞めろって言ってんだよ。仲間が無駄死になんて笑えねえ」

「仲間と認めてくれてありがとう」

「都合の良い所だけ拾ってんじゃねえぞ!っつーか一人で迷宮突っ込むなよ正気か!」

「【魔女釜】に気配隠しの魔術かけて貰って、戦闘は全力で避けてる。安全ルートは他の【黒炎払い】から聞いた。無茶はしてない」

「どおりで見つけづらいと思ったわ、バカ!」


 彼が此処に居ることに気づけたのは、この砂丘が番兵を観察する為に最適なところで、鳥系の黒炎鬼以外の愚鈍な移動速度では中々登っては来れない場所だと知っていたからだ。そしてなによりも、ガザ達【黒炎払い】があの番兵を発見し観察していた場所だったからだ。

 あの番兵こそガザ達が10年前遠征し、そして無残な敗北を喫する事になった相手でもあった。忌々しい番兵の姿を見てガザの顔は曇った。


「ああ、くそ見たくねえモン見ちまった……」

「アイツに負けたって聞いたな」

「ああそーだよ!前の隊長もアイツに焼かれて死んで鬼になった!最悪だ畜生!」

「そんなに強いのか」

「たいしたことねえよあんな奴!!」

「どっちだわからん」


 ウルが突っ込むと、ガザは喉からうなり声を上げながら座り込んだ。


「……当時の【黒炎払い】のチームワークは最悪だった。どいつもこいつも、行きたくもなかった場所につれてこられたって思ってたからだ」


 思い返すだけでも、最悪の空気だったとガザは思う。

 誰も彼も表情は重く沈んでいた。その時既に何人か、黒炎に身体を焼かれ呪いが進行していたのも災いしたのだろう。だが何よりも当時の隊長も最悪だった。

 運命の聖女アナスタシアに対する露骨な嫌悪を隠そうともしなかったために、不必要な対立構造を生んでしまった。それに上手く立ち回るには当時のアナスタシアは幼かったのが更に災いした。

 碌な統制もなにも無い状態で【番兵】に衝突し、そして破滅を迎えたのだ。


「要は、自滅したと」

「ぶん殴るぞ!!!」

「俺の指摘が間違いだったならそうしたらいい」


 憎まれ口を叩くウルだったが、ガザは殴らなかった。殴れなかった。ウルの指摘は残念なことに一つも反論の余地も無く正しかったからだ。


「……まあ、そうだよ。だがな、あの【番兵】が厄介なのは確かなんだよ」

「具体的には?」


 ガザは当時の経験を思い返しながら言葉にする。

 番兵が常に纏っている【黒炎】は勿論厄介だった。あれが身体の動きに合わせて揺らぐだけでも、積極的な攻撃が潰されるからだ。だがそれだけでは無かった。

 単純な巨体と質量から繰り出される様々な攻撃も凶悪だ。炎に焼かれるよりも早く身体が叩き潰されてミンチになった者も多数いた。また、魔術に対する耐性もかなり高かった記憶がある。多少の傷は黒炎の壁を使って再生までしてくる。だが何よりも厄介なのは、


「戦っている最中、あの広間の地下から【土竜蛇】の黒炎鬼が出てきたんだよ……。戦ってる最中に足下を狙ってくる」

「……それは、最悪だな」

「アナスタシアはあの広間一面が悪い運命に覆われてるって言ってたか……だが結局突入して、酷い事になった」


 何時何処で自分の足下に穴が空き、黒炎まみれの土竜蛇に飲み込まれてしまうかと気が気でなくなってしまった戦士達はろくに【番兵】に向き合う事もできなくなり、ボロボロになったのだ。

 全員の戦う気力が一気に萎え果てて、そしてアナスタシアは黒炎に呪われて、今に至った。思い出すだけでもうんざりするような酷い負け様だ。


「……ったく、なんで俺がこんな説明……っつーか聞いてんのかよお前」

「聞いてる」


 ウルはガザにそっぽをむきながら、広間の観察に戻っていた。彼は望遠鏡を覗き込みながら、悩ましげに声を漏らした。


「【番兵】は壁から動かないんだな。だが土竜蛇はどうだ?」

「知らねえよ。試す余裕は無かった」

「【番兵】の移動範囲の外から【土竜蛇】への攻撃を試みれば安全に始末できないか」

「……そりゃ、出来るかも知れないが、番兵の移動範囲なんてしらねえぞ。あの巨体だ。リーチも相当だろう」

「ある程度移動範囲を確認してからになるか。ガザ」

「あ?」


 返事をする間もなく、ウルは望遠鏡をガザへと放った。それを受け取る間にウルはガザから背を向けて、そのまま広間へと視線を向ける。


「【番兵】の反応する範囲を確認するからそっちで観察しておいてくれ。動き出した瞬間すぐに教えてくれ。速攻で逃げる」

「っておいコラまてや!!」


 砂丘から広場の前まで滑り降りようとしたウルをガザは慌てて止める。ウルは立ち止まると不思議そうな顔で振り返った。


「てめ、バカ!俺が何のために思い出したくもない事説明したと思ってんだ!?」

「【番兵】の情報を教えてくれるため?」

「ちげーよ!てめーに絶望的な情報を教えてやるためだよ!何やる気出してんだ!?」


 問うと、ウルは更に不思議そうな顔になった。そして答える。


「何故だ。むしろ希望的な情報しか無かったぞ」

「あ?」

「敵の攻撃手段が分かっている。敗因も大分ハッキリしていた。対策は幾らでも練れる」

「それは……だけど、一人だったら危ねえんだっつの!一歩間違えれば死ぬ相手なのはかわらねえんだからな!?」

「なら手伝ってくれ」

「なんで俺が!」


 そこまで言って、ウルは再び前を向いて砂丘から飛び降りて滑り落ちていく。今度はガザが止めるヒマも無かった。


「おい!」

「手伝わないなら、邪魔はしてくれるな」


 ウルはそう言って、広間へと向かった。ガザは虚空へと伸ばした手を握りしめて、強く何度も頭を掻きむしった。


「ああああああ!!!!クソッタレ!!なんてムカつくガキだ!!!」


 叫ぶだけ叫んで、投げつけられた望遠鏡を握りしめてそのまま身体を地面につける。番兵の反応を一切見落とさないように。そして叫んだ。


「おい!無理に近付くんじゃねえぞ!!番兵や土竜蛇以外にも黒炎鬼出るんだからな!」


 叫ぶと、遠く見えるウルは此方に向けて親指をたてて見せた。


 【黒炎砂漠・第四層】 攻略()()


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