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黒炎払いの仕事


 憤怒の竜、大罪竜ラースの生み出した黒炎に触れた者は全てが黒炎鬼となる。

 黒炎鬼が死んだ場所には黒炎が残り、新たなる鬼を産む。

 そうして黒い炎は時間をかけ、ラース領全土に広がり続けた。


 憤怒の竜そのものを封じても尚、炎は収まりを見せずに残り続けた。ラース解放という大目標を掲げる一方で、じわじわと広がり続ける呪いの炎への処置もまた、イスラリア大陸に住まう全てのものにとっての問題だった。


「【焦牢】が建てられたとき表向きはラースの解放などと言ってはいたが、実質は黒炎鬼の拡大の抑止が一番の目的だったのだ」

「でもラース領って広いだろ。黒炎の拡大の防止なんて出来るのか」

「鬼と成った者の動きは魔物以上に機械的だ。生物の多い場所に一直線に向かう」

「焦牢の囚人は囮か」

「絶対ではないがな。故に監視塔が幾つか設置されている」


 ボルドーは新人となったウルに対して説明を行う。

 現在ボルドー一行は黒炎払いの見回り点検を行っている。地下牢の出入り口周辺を探っている。万が一にでも地下牢に侵入されれば大惨事となるからだ。


「近寄られるのが嫌なら、入り口周辺に防壁とかはつくらないのか」

「意味が無い。太陽の結界でもない防壁など、僅かな時間稼ぎにもなりはしない。小高い障壁は焼いて砕いてくる」

「なるほど」


 一行の内、ウルは最後方で【竜殺し】を幾つも背負いながらついてくる。【黒炎払い】の新入りの仕事は荷物運びとなる。ウルはそれに対して文句は一切言わなかったので一先ずボルドーは安心した。

 【竜殺し】そのものを嫌悪し恐れる者や、あるいは荷物運びという下っ端の作業に文句を垂れる者も多い。目に見えて分かりやすい看守もいない牢獄で、囚人達に勤勉な態度を求める方が間違っていると言えば間違ってはいるのだが、もう少し何とかならないだろうかというのが率いる立場のボルドーの感想だ。


 その点、ウルは良い。何故こんな子供が此処に押し込まれたのか理解できないくらいには従順だ。


「隊長、黒炎鬼がでました」


 探知魔術で常に周囲を探る術者が小さく囁く。ボルドーは頷いた。


「ウルよ。繰り返すが間違っても黒睡帯を外して鬼を見るなよ」

「外さないようにはしている」

「良し。レイ」


 すると前に弓兵が出て、矢をつがえ、術者が指示を出した地点を睨む。ウルはその様子を見て邪魔をしないように小さく囁いた。


「……矢も【竜殺し】製?」

「先端だけだ。邪魔をするんじゃないぞ」

「了解」


 言っている間に、レイと呼ばれた女弓師は矢を放つ。鋭く風を切る音と共に目に止まらぬ速度で矢は飛び、そして直後に廃墟となった建物の影からずるりと姿を顕した黒炎鬼の頭部に着弾した。


『A』


 鬼は、何一つすること無く地面に沈んだ。ウルはそれを見て感嘆の声を上げる。


「凄いな」

「油断するな。まだ続くぞ」


 ボルドーの指摘通り、人型の黒炎鬼は次々に沸いて出た。ヒトの形を保ち、二足歩行で移動してきているが、意思があるようには思えない。中には炎に焼かれなかった金属製の剣のようなものを握っているものもいる。


「……武器まで振るうのか?黒炎鬼」

「生前の習慣が残ってる場合は、その再現を試みる鬼もいる。尤も、体が欠損していたりして、まともに扱えているのをほとんど見たことは無いがな」


 そうボルドーが説明している間にも、レイは次々に矢を放ち、鬼たちを射抜いていく。決して傍まで近づけない。呪いの対処としては最適解だろう。見ている間に、最後の一体も仕留め切ってしまった。


「終わった、か?」

「まだだ」


 ウルの言葉を、ボルドーが諫める。その警告に従い、ウルもその場から動かず倒れた黒炎鬼を睨み続ける。すると、鬼が倒れた場所に残った炎が不意に一際に大きく燃え広がった。


「……あれは?」

「活性化だ。複数の鬼が存在するとき、時折起こる。そして、連鎖反応が起こる」


 すると、何処かから別の鬼が後から姿を現した。その鬼はゆらゆらと、灯りに寄せられる虫のように黒い炎に吸い寄せられ、そして”大きく”なった。


『AAAAAAAAAAAAA!!!!!』

「うお……!?」

「炎が強くなると、鬼も強大化する。炎の強さが目安だ」


 肥大化した鬼が吼えながらも一気に接近する。ウルは反射的に自分の獲物である竜牙槍を引き抜いたが、ボルドーが制止をかけた。前に立つレイは慌てること無く次弾の矢を3つ同時に番えると、恐ろしいうめき声を放ちながら近付く鬼に一気に放った。


『AAAA!!!?』


 矢は、頭部に着弾し、更に両足を貫き串刺しにした。ボルドーはそれを確認しウルが運んできた【竜殺し】を掴むと、一気に投擲する。


『AA   』


 【竜殺し】は胴を刺し貫いて、地面に縫い付けた。そして竜殺しは鬼の黒い炎を食らいつくし、そして全てを終息させた。


「鬼には基本的に近接戦闘は行わない。遠距離で始末を付けるよう立ち回れ」

「近付かれた場合は?」

「無論、可能な限り距離を取るよう試みる。が、鬼の中には明らかに速度が異常な者も居る。不可能であれば戦うしか無い。だから装備は決して解くな」


 ボルドーはウルを見る。彼の装備は新人にしては明確に充実していた。ダヴィネ製の黒睡帯製のローブを纏い、両手足に目にもそれを巻いている。地下でコインを稼いでいたとは聞いているので、その時得たコインでダヴィネから購入したらしい。


「……随分と装備を固めたな」

「ビビってるからな」

「まあ、良い。舐めてかかられるよりはコチラもやりやすい」


 前から居るメンバーより装備が固められている事に要らぬ反感が起こる可能性も無いでは無いが、それでもやはり、舐めて適当をやられるよりはマシだった。


「投擲技術があると言っていたな。次はお前がやって見せろ」

「了解」


 巡回を再開した。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 【黒炎払い】地上拠点


 地下牢と比べ、地上はあらゆる場所に危険が潜んでいる。

 黒炎鬼は遠方からでも生命の気配を感じその方角へと真っ直ぐに向かってくる。隠蔽の結界を用いたところでも意味は無い。

 だが、対策を施す事で”比較的”安全の確保は可能である。


 例えば高層建造物の屋上近辺。地上から遠く離れた場所。


 昇ってこれる場所を絞って、あえてそこを空けて先々で罠を仕掛ける。そうすることで黒炎鬼の行動を誘導し、確実に仕留める。【黒炎払い】はこうした安全地帯を幾つか用意しており、見回りの途中途中でそこで身体を休めていた。


 今日は既に地下牢地上部の見回りは一通り終わり、後は帰還するだけだ。ただし戻る間も油断は出来ないため、万全を期すための休息だった。


「黒炎鬼に目は無い。魔力を感知してこっちを察する。範囲自体は狭いけど、察知した瞬間行動力は跳ね上がる」

「魔力……なら、裏を取っても気付かれる?」

「壁越しでも気付かれる。不意を突かれたら距離を取って。距離が離れれば黒炎鬼は探索状態に戻って、遠く感じる魔力へとゆっくりと近付いていく。」

「なるほど……」


 その拠点でウルは引き続き、黒炎鬼の指導を受けていた。


 現在はボルドーに変わって弓兵のレイが彼に対して説明している。休憩中ウルに投げられた質問に淡々と彼女は答えていた。彼女も衛星都市セインからの”遠征組”で古株だった。黒炎鬼への知識は折り紙付きだ。

 ラース解放という、黒炎払いにとってやや刺激的な目標を掲げるウルに対しても偏見なく接してくれている。


「……熱心なことだな。何しに来たんだか。アイツ」


 だが、彼に対して未だ警戒を解かない者も居る。

 ボルドーは自分の横で小さく愚痴ったガザに視線を向けると、小さく窘めた。


「新人が、戦い方を熱心に学ぶ分には問題あるまい。勤勉さは美徳だ」


 今日一日、ウルの動きを見る限り「従順で優秀な新人」という評価で落ち着いている。言うことはよく聞くし、学ぶ。理解力もある。黒炎の除去も恐れこそするがビビリ腰になる様子もない。接近した黒炎鬼に対しても逃げ出さず【竜殺し】を直撃させた。

 初日は文句の付け所が無かった。それはガザも認めるところではあるはずだろう。しかし彼は不満げだ。


「……そりゃそうですが、隊長。アイツ本気であんなこと言ったと思いますか?」

「ラース解放の件か?」


 獣人のガザもまた”遠征組”の一人だ。

 現在、【黒炎払い】の中で当時の遠征組の生き残りは20人ほど。此処に来た当時と比べればその数は五分の一程で随分と減ったが、しかし生き残った面々は精鋭だとボルドーは自負している。

 10年間、黒炎鬼と戦い続ける過酷な環境で研がれ続けた。常にある死の呪いと隣り合わせの戦いは彼等を恐るべきエキスパートに昇華した。


「解放なんて、出来るわけがねえ。適当言いやがって。」


 が、だからこそ、もの知らぬ新人の大言に不審さや嫌悪感を示す者が出るのは、もうどうしようも無いことだった。


「奴は現実を理解できないバカか、俺たちを騙して利用しようとしているかのどっちかだ」

「利用。彼がどうするつもりだというのだ」

「俺たちの武力を利用して、地下牢の新たな王さまになろうとか」


 ボルドーはその答えに、珍しく口端をつり上げて小さく笑った。面白い妄想だった。

 ガザは傷ついたというようにボルドーを睨んだ。


「隊長!」

「それはあるまいよ。ウルは地下牢の彼方此方に顔を出しているらしい。ならば此処が【黒剣】が支配していると知っている筈であろう」


 結局、自分たちは囚人なのだという事を理解できないほど彼の頭は悪くは無いだろう。そういった状況判断が出来ないようでは、地下牢で瞬く間に一勢力を作り上げるような事は出来ないはずだ。


「だとしたら、バカなんだバカ。敵がどんな奴か理解できてない大馬鹿だ」

「具体的に、俺はどうバカなんだ?」

「ああ!?」


 と、気がつくと、ウルが目の前でガザの前に座っていた。レイへの質問は終わったらしい。彼は先程まで自分を罵倒していたガザに対して怒りを向けるでも無く興味深げに彼に視線を向けている。


「ラースの解放が何故不可能だと思うのか、教えて欲しい。興味がある」

「知るかよ勝手に調べろよバカ!!」

「アンタから教えて欲しいな。先輩」

「うっせえよバーカバカバーカ!!!」


 実に語彙の無い罵倒である。ウルは実に涼しげだ。年齢はガザの方がよっぽど上だろうに、と、ボルドーは溜息を吐いた。そしてガザの肩を叩いた。


「ガザ、防壁の外を見せてやれ。此処の屋上からなら見れるだろう」

「ええ?!俺が!?」

「そうすれば少なくとも、ラース解放の困難の意味を理解できるだろう」


 二人の会話を理解できていないウルは、しかしそれでもよろしく頼むと頭を下げた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「……これは」


 拠点の屋上からそれを見たウルは小さく呟く。表情は僅かに眉をひそめる。流石に、先程までの余裕綽々といった表情では無かった。共に来たボルドーは頷いてみせる。


「お前は冒険者だったらしいが、なら分かるだろう」

「……迷宮?」

「そうだ」


 地下牢の地上部、その外周部の外に広がる【黒炎砂漠】の大地は歪んでいた。

 山よりも大きな砂丘がある。などというのはまだマシだろう。壁の様に反り立って道を狭め、時に獣の爪や牙のように、まるで植物が生えてくるように大地から伸びて、地面をのたうっては道を阻む。

 空の色は【焦牢】の周囲より増して更に薄暗い。今はまだ太陽神は昇っている筈なのに、彼方此方から立ち上る黒炎から沸く黒い煙がより色濃く、空を覆い隠して光を阻んでいる。灯りが無ければ先が見通せないくらいに薄暗い。


『………AA』


 そして歪な砂漠の道を黒炎鬼が闊歩している。


「恐らくだが、【大罪迷宮ラース】が地表に出てきたのだ。この砂漠が大罪迷宮そのものと一体化している」

「……そりゃ攻略も困難だな」

「迷宮自体は、まだ易しい方だよ。問題はそっちじゃねえ」


 そう言ってウルの隣でガザが忌々しげに指さす。

 その方角にはかつての【大罪都市ラース】の中心地が存在する。イスラリア大陸で最も精霊の力が繁栄した聖地の方角だ。しかし、その方角にはラースの姿が見えない。



「………なんだ、ありゃ」

「【番兵】だ」


 灰都ラースから少し離れた先にある小高い砂丘の上から、そちらを眺めるウルの視界に映ったのは、遙か遠くにいながらもハッキリと目に映る”巨大な人型”の姿。数十メートルはあろう巨大な体、その全身から燃えさかる黒炎、そして頭部に伸びる真っ直ぐな一つ大角。


 【黒炎人形】と呼ばれる番人は、旧ラースの前でその巨躯を晒していた。


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