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黒炎払い②



 【歩ム者・ウル】 地下牢収監51日目


「【黒炎払い】に入りたいだあ!?」


 自分の城である地下牢工房の中で、ダヴィネは吼えた。

 彼の目の前には【魔法薬製造班】のウルがいる。灰色の、小柄な只人の少年。しかし今最も地下を賑わせている少年は、静かにダヴィネを見据えていた。


「ああ、下っ端の新人でもいいから【黒炎払い】になりたい」

「ダメだ!!」


 ダヴィネが鎚で激しくテーブルを叩いた。激しい音が工房内に響き渡り、その後工房の中は静まりかえる。中にはダヴィネを手伝うための部下達も居るのだが、彼等は一切の物音を立てぬようにと気を使っていた。

 長らく彼の手伝いをしていた部下達は、自分の主であるダヴィネの機嫌はすぐに察せる。今の彼の機嫌は、最悪だ。下手なことを言おうものなら、彼の握る鎚が頭にふり下ろされる。


「理由を聞いても?」


 その彼に対して全く動じずに質問をするウル少年の胆力も大概だった。ダヴィネは顔を真っ赤にさせて恐ろしい形相でウルを睨んでいる。


「いいか!!てめえは此処に収容された時点で俺の所有物なんだよ!!此処は俺の城だ!俺の城で、俺の物が!!勝手に動くことは許さねえ!」

「別に俺はアンタの為に働かない訳じゃ無い。【黒炎払い】で働きたいってだけだ」

「何故今の安定した地位を棄てる!!」


 確かにそれはこの場の全員が気になるところではあった。


 【魔法薬班】と、現在ウル達は呼ばれている。

 新人、ウルが中心となって生み出されたグループだ。元はグループというわけでもなく、単に少し多芸だったウルがダヴィネに命じられ、少量の魔法薬を作っているだけのものだった。

 正直、作れる回復薬や強壮薬も大した質ではなく、精々ダヴィネの命令の下で細々と働きコインを掠めるだけの人材の一人に落ち着く、と、誰もが思った。


 ところがウルはその予想に反して働いた。驚くほどに精力的に。


 地下牢のあらゆる勢力の元に顔を出し、時に殴られ、時に失敗をしながらも全くくじけること無く、動き続けた。地下牢での自分の場所を確保し、使用できる範囲を広げ、出来ることを増やし、道具を更新し、仲間を増やした。それらの作業を短期間の間に全てこなし、そして今もそれを続けている。

 【魔女釜】【探鉱隊】【焦烏】といった連中と比べ規模こそ小さいが、彼等全員とも繋がりを持っているという面白い立場に居る。現在の地下牢に不足していた部分を埋め、かつ全ての勢力とも繋がりを得た小勢力。

 運もあるだろうが、上手いことやったもんだと感心や嫉妬を買っていた。


 だが、だからこそウルの提案は、意味が分からない。


「てめえは地下牢の中じゃ上手いことやれていた!なのに何故それを棄てる!?何故あえてこの地下牢で一番クソッタレな【黒炎払い】になろうってんだ!?」

「”一番クソッタレ”。そりゃ嘘だろダヴィネ」


 怒り狂うダヴィネに対して、ウルは指摘する。彼の言葉を否定するのは彼が怒り狂っているとき一番やってはいけないことの一つだ。ウルの頭が割れる。と、その場の誰もが口にせずに思った。


「…………」


 が、意外なことに、ダヴィネは黙った。ウルを睨むが、鎚は握りしめたままだ。

 ウルは言葉を続ける。


「アンタは血が上りやすいが頭は回る。だったら【黒炎払い】を軽視する訳がない」

「……………」

「ウチに手伝いに来ている元黒炎払いに聞いた。今、人手不足の質不足で悩んでるんだろう。俺なら多少の助けには成ってやれるかも知れない」


 ダヴィネは黙る。ウルの指摘が全て正しく、反論の余地が無いからだ。


 ダヴィネは【黒炎払い】を軽視はしていない。

 彼等はその特性、【黒炎】に常に晒されるリスクを背負い、時としてその呪いに身体を毒される為に差別と軽蔑の対象となる。どうしたって地下牢内でのヒエラルキーが下がるのは避けられない。だが、彼等がいなければ外の、黒炎鬼の対処はままならない。

 探鉱隊にしろ魔女釜にしろ、彼等はダヴィネの作品作りの要ではある。そしてダヴィネの作品は金にはなるが、地下牢の安全の保証にはなり得ない。助けには成るが、実際に地下牢の安全を確保してるのは【黒炎払い】の連中だ。


 呪いのリスクを飲み込んで、最前を戦う戦士達。彼等を軽視するなど愚か者だ。 


「だけど、その愚か者が地下には多すぎた。だから、表向きは黒炎払いを蔑みつつ、裏で支援したんだろ?表は荒らさず、裏で必要な助力はする。出来た王さまじゃ無いかダヴィネ」

「……何故気付いた」

「俺があんたに渡してるの、回復薬と強壮薬だぞ?冷静に考えて、そんなもん地下の何処に流すんだよ。【黒炎払い】くらいだろ」


 元々、ウルという少年が作れるといった魔法薬は完全に冒険者御用達の基礎薬だった。ダヴィネと【黒炎払い】には都合が良い話だったのだが、それが求められた時点で気付ける要素は十分にあったのだ。

 ダヴィネは舌打ちして、彼の向かいの椅子に座り、ウルを睨んだ。


「確かにお前の言うとおりだ、俺は【黒炎払い】どもを安く見積もっちゃいねえ。お前が作った魔法薬もアイツらに回してるし、コインも十分支払ってる。アイツらがこの地下牢を支える基盤だからだ。」


 だが、と区切り、そしてウルを指さす。


「お前みたいに別の能力がある奴をわざわざ向かわせるメリットが俺にゃねえんだよ!あっちは頭の悪い馬鹿どもをやっときゃいいんだ!」

「俺のことを高く見積もってくれて悪いが、正直そこまでたいしたことはしてねえよ」


 ウルは首を横に振る。


「魔法薬生成も素人仕事だしな。手順も単純。作製を安定化させるための環境作りに今日まで力を入れて、完成した。もう俺がいなくたって回るようになった」


 魔法薬作りなら、もうアナの方が上手いんじゃ無いか?

 そう言ってウルは笑う。ダヴィネは更に顔を顰める。だが、既に彼は怒っていない。彼の表情にあるのはただただ疑問だ。


「……そうまでして、なんでお前は【黒炎払い】になろうってんだ?」


 結局の所、そこに行き着く。

 そしてその問いに、ウルは真顔で答えた。当たり前のことを言うように。


「ラースの【黒炎】をなんとかしない限り、刑務は終わらないんだろ?」


 地下牢の、いや、もっといってしまえば【焦牢】が存在する理由そのものがそれだ。それが達成されない限り、誰も外に出ることは叶わない。だからこの地下牢は都合の良い人材の廃棄場になっている。

 達成不可能な課題。故に誰もが諦めて、地下牢で安全に過ごす事で妥協している。

 だから、


「やってくれる奴がいないなら仕方ない。仕方ないから、やろう」


 ウルはそう言った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 【黒炎払い】 地下拠点


 黒炎払いの地下拠点は地下牢の中でも南端に存在する。

 中央の施設へのアクセスは非常に悪い。理由はやはり、外で戦い黒炎に呪われた者達が忌み嫌われているというのがある。わざわざ自分から此処に来るものはいない。

 地下牢でも最も人通りが少ない静かな場所で、黒炎払いと、その新人を名乗るウルとの面談は行われていた。


「……つまりお前はラースを解放するなんていう馬鹿げた目標をやろうというのだな?」

「そうなる。とはいえ、黒炎との戦い方も知らないから、まずは学ぼうとしている」


 ボルドーはウルを睨む。此処に来た事情を彼は全て説明した。その説明した内容に、いい加減な嘘偽りは無いように思える。受け答えもちゃんと出来ていて、彼が適当言って良からぬ企みをしようとか、そういうつもりは無いのは確かだった。

 だが、つまりそうなると彼は“ラース解放”を本気で考えていると言うことになる。その方がよっぽど狂気の沙汰だった。


 そしてそうなるとどうしたって【黒炎払い】の彼等は、否応なく一人の人物が頭をよぎる。ボルドーはその名を告げる。


「……アナスタシアに何か吹き込まれたのか」


 【衛星都市セイン】の運命の聖女アナスタシア。愚かしくも悪辣な陰謀に気付かず、ラース解放を目標に掲げて多くのものを道連れにして棄てられた少女。

 その名を告げた瞬間、その際に共に此処に棄てられた経験を持つ戦士達は身を固くする。組んだ腕をぎゅっと掴むのが目端に見えた。理解は出来る。ボルドーはその時の討伐隊の副隊長でもあったからだ。

 もしも彼女が未だ当時の唆された大義を棄てきれず、見所のある少年にそれを吹き込んで唆したとしたら、そういう妄想をかき立てられずには居られないのだろう。

 だが、ウルは首を横に振った。


「いや、彼女からはむしろかなり強めに止められた。無理はすべきではないと」

「そうか」

「自分は此処に合わす顔が無い、とも言っていたよ」

「そうか……」


 ボルドーは小さく溜息をついた。

 当時から既に10年が経過した。少なくとも直接的に、【黒炎払い】で彼女に対して恨み言を口にするような輩は少ない。時が経って殆どの者の感情は風化した。そもそもそんな恨みは逆恨みに等しく、憎むべきは、自分らと彼女を利用するだけ利用して棄てた連中だというのも理解できている。

 だが当時、彼女が黒い炎に飲まれたその後も【黒炎払い】は拗れに拗れたのだ。その際に出来た組織の傷は未だに癒えぬ程に。今でも彼女の事に触れるだけで、血が噴き出す程の傷が【黒炎払い】には残っている。

 だから、確認せざるを得なかった。


「俺は俺の目標のため、ラース解放を目指すに過ぎない。無茶苦茶をする気は無い。不可能と悟れば別の手段を考えるだけだ。だけどまずは黒炎との戦い方を学びたいと思ったから此処に居る」

「黒炎払いは人材不足である。特に、鬼達と戦える者は酷く少ない。お前は元冒険者であると聞いている。入ってくれるというならば助かるのは確かだ」


 だが、とボルドーは言葉を切って、ウルを見る。


「覚悟をしておくことだ。正しい戦い方を学ばなければ、お前の命は一瞬にして黒炎の薪となって焼失すると」

「勉強は望むところだよ」


 ウルは頷く。こうして、新人ウルの研修が始まった。


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