駆けよ牢獄積もれやコイン②
「噂聞いたか?」
「噂?」
「新しく入ったガキだよ。ウルって奴」
「ああ、あのチビか。ソイツが?」
「最近なんかコイン溜め込んでいるらしいぞ」
「あ?あのチビが何できるってんだよ」
「実はさる商家の妾腹の息子で商才があったとか」
「うそくせえ」
「で、しかもあのパッパラパーのアナスタシアを侍らせてる」
「へえ、あんなのが好みなのかよ。ひでえ趣味してるガキだな」
「まあただ荒稼ぎしてんのは事実だとよ」
「……へえ」
「…………もらいにいかねえか?」
「バカ、コインの強奪は不可能だろ」
「同意の上なら良いんだろ?脅してなだめすかしゃちょれえって。こんな背のガキだぞ?」
「そんなガキからコイン奪うってか」
「やらねえのかよ?」
「やるに決まってる。弱い者虐めは大好きだ」
「最低だなお前、ハハハ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【歩ム者・ウル】 地下牢収監30日目
「虐めは好きじゃないんだよ、俺は」
ペリィはウルが小さくそう愚痴るのを聞いた。
彼の目の前には五人ほどの囚人達が居る。彼等は一様に顔に酷い傷を作りながら全裸で地べたに正座している。ウルは右手に握りしめた竜牙槍をガラガラと地面に擦らせながら彼等の前をゆっくりと往復した。
「自分より弱い相手を嬲っても、何の経験の糧にもならないし、その割に時間がかかる」
何故こうなったかと言えば、一言で言えば襲撃があったからだ。
コインを荒稼ぎしていた新人のウルは、どうしたって目立っていた。地下牢は広くて狭い。その中で少しでも能力の際立った者はすぐに目立つ。そして目立てば、狙われる。
【焦烏】そして【ダヴィネコイン】の付与魔術の効力で最低限の秩序こそ保たれているが、それは最低限で、囚人同士の喧嘩なんてものを咎める看守はここには殆どいないのだ。死人が出るような事でも起きない限り、【焦烏】も咎めたりはしない。
だからこうなるのは自然の流れだった。五人ほどの強面の男達が突如として魔法薬の調合を行うウルの自室にやってきた。
「しかも恨みを買うだろ?そうなると後に引く。禍根を断つのがまた面倒でさ」
そしてこうなった。
竜牙槍が地面に叩きつけられ、ウルにボコボコにされた囚人達はびくりと反応する。
彼等は自分よりも二回りは小さい彼に叩きのめされて、力関係を理解していた。彼等の中には元、冒険者まがいの者もいたが、数の暴力を質で上回られていた。
一度間接的とはいえウルとやりあったペリィは理解していた。
ウルは強い。少なくとも魔力で得た超人的な力にかまけてろくに鍛錬もなにもせず、呆けてる冒険者”まがい”と比べては雲泥の差がある。
「なあ、どうすれば良いと思う」
不意に、ウルは目の前の男に尋ねた。一番ガタイの良い、彼等のリーダー格だ。彼は額から血を流しながらも、怒りに燃える目でウルを睨んだ。
「……舐めてんじゃねえぞガキィ!!!」
不意に男が立ち上がり拳を振りかざした。
が
その拳が届くよりも早く、ウルの拳はチンピラの腹に突き刺さった。
「お゛……」
「やっぱ面白くないな」
ウルの暴力は始まった。
ペリィは目を逸らしたが、肉を打つ音が連続して響き、強面の囚人の女のような悲鳴も続いた。周りの囚人達からも戦くような声がもれたが全て激しい暴力の音にかき消される。
「待ちやがれ!!こっちを見ろ!!」
「……ぅ」
と、そこに新たな声が響いた。ペリィは驚き振り返ると、恐らく襲撃者達の仲間と思われる男がいた。まだいたのかという驚きはあったが、それよりも彼が安全のために別部屋に移動させていたアナスタシアの髪を引っ掴んで引っ張ってきたのが問題だった。
つまりは、人質だ。
「この女――――が!?」
だが、男が何かを言うよりも早く、ウルが投擲したナイフが男の頬を掠め飛んだ。ナイフはそのまま彼の背後の壁に突き立つ。
ウルはそのままゆらりと立ち上がった。ペリィは背筋が冷たくなった。ウルがまとう殺意が明らかに強くなった。
「その女を離せ」
「ひっは……へへ、……ふ、ふざけんなよ。てめえが動くな!何か下手なことをしたらこの女がどうなるか分かってんだろうな!!」
「何かしたらお前を殺す」
ずるりと、竜牙槍をウルは揺らした。獣が尻尾をゆらして獲物を睨むように。
ペリィはその囚人に今すぐにアナスタシアを離すようにと強く祈った。明らかに取り返しの付かない事をしているのに気付けと念じた。短い付き合いであるが、ペリィはウルがどういう性格なのかを理解し始めていた。
このガキは、やると決めたらやる。
「こっちに、来るんじゃ、ねええ!!!」
近付くウルを恐れたのだろう。アナスタシアへと向けていたナイフをウルの方へと向けた。そしてその瞬間。
「――――あ」
一瞬で距離を詰めたウルの拳が、最後の襲撃者の顔面にめり込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なあ、俺ちゃんと怖かったか?」
「はあぁ?」
囚人達から「謝罪金」として渡された数十枚のコインを数えながら尋ねるウルに、ペリィは眉をひそめた。何を言ってるんだという気持ちで一杯だった。
「殺し屋にしか見えなかったぞぉ…」
「そりゃ良かった。またアナスタシアを人質とられても面倒だったからな」
ウルは膝元で眠りについているアナスタシアの頭を撫でた。先の騒動で緊張し、体力を使ったのか、襲撃犯達が帰った後すぐに彼女は眠った。仕事は少しでも手伝おうとウルの横に座っていたがそのままウルの膝を枕にしている。
女を侍らせて、金の数を数える姿は実に良いご身分であるが、当人の表情は曇っている。
「相手をビビらせるのは難しいな。暴力振るう以外やり方がわからん」
「暴力以外なにがあるってんだよぉ……」
「外に言葉だけで相手を誑かして弄んで自在にコントロールする女がいてな」
「どんなバケモノだよぉ……」
そんな会話をしながらその日は解散となった。
翌日、ウルという少年が実は都市転覆を目論む武装組織の戦士であるという噂が流れているのを彼は聞いたが、修正はしないことにした。
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