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探鉱隊の土人達②


 【探鉱隊】 フライタンが、作業の最中に”ソレ”を発見したのは夕刻頃だった。


「【黒炎】、此処まで焼いたか……」


 フライタンはその小さな目が隠れるくらいにボサボサの眉を揺らす。髭と眉で顔の表情が隠れるためか、酷く表情は分かりづらいものの、その声音は苦々しげだった。


「ここは優秀だったんだがな……」


 彼が睨む先には、その日彼が掘り進めていた坑道がある。が、その終端部分がおかしい。魔灯に照らされた道の先が真っ黒に淀み始めているのだ。近付けば何か、熱まで感じるだろう。

 ラースに、そして【焦牢】に暮らすものならば自然と、その現象に【黒炎】を想起するだろう。そして事実そうだ。【黒炎】の熱が地下に降りてきているのだ。

 このまま続けば熱と共に、呪いが溢れ出す。黒炎が地下を浸食するのだ。


「フライタン!どうする!!」

「崩し、道を潰す。誰も近寄らせるな」


 部下に指示を出し、フライタンはその場から去って行く。


「坑道の一つを失ったか……新たに増やさねばな」


 探鉱隊が探る地下坑道は地下牢の更に地下から広がっている。地下牢部分の崩落の危険、地盤の強度などから掘り進める場所は慎重に選ばなければならないのは当然として、このラース領には別の問題も存在する。

 まさしく、今フライタンが遭遇した【黒炎】がそうだ。地上を焼いた【黒炎】が、徐々に地下まで降りてくるのだ。最初は土が黒ずんで見える程度で、単なる土の顔色が変わっただけに見えるが、それが熱を放ち始め、やがて呪いを含む。果てには【黒炎】と転じる。


 地下の事情を知らない者達が「地下にはラース領から抜け出す秘密の道がある」などと噂をする者が居るが、愚かしい話だ。ダヴィネと【黒剣】の契約もあるが、それ以前に、この黒炎がこの地下牢をぐるりと囲っている。地下に鉄格子は無い。【黒炎】こそが巨大なる牢獄なのだ。 


「流石に厳しくなってきた……か」


 フライタンが本格的にこの地下を掘り始めてから数十年が経過している。手を尽くし、叶う限りの鉱石を掘り返している。そしてその限界が近い。この地下坑道は枯れつつあった。

 【探鉱隊】の全員、それを感じ取りつつある。結果、殺気立ち始めている。顔には出すなと、そう言って聞かせているが、何分、此処の連中はあまり頭がよろしくない。その内この事態はバレるだろう。そしてそうなると厄介なことになる。


 【魔女釜】の連中はここぞとばかりに調子に乗るだろう。が、それはまあいい。だが、【焦烏】どもはあること無いことをダヴィネに囁くに決まっている。そうすると厄介だ。


 鉱物資源の安定した供給が止まると知れば、きっと彼は激怒する。暴れ狂う。大鎚をふりまわし、触れる者全てを砕いて回るだろう。落ち着かせるまでの間に恐らく何人かの頭が弾け飛ぶだろう。悲惨なことになるのは避けたかった。

 が、あの阿呆が泣こうが喚こうが叫ぼうが、穴だらけの地下が回復するわけでもなし。


「………【黒炎払い】に、何処まで期待が出来るか……」


 解決手段が無いわけではない。が、それが容易いならば、とっくに解決しているだろう。フライタンは溜息と共に汗を拭い、リフトに乗り、地下牢への帰路についた。

 

 しばらくは、ダヴィネに渡す鉱物の量は絞って、誤魔化すか。


 そんなことを思っていると、なにやら地下鉱山の出口、【探鉱隊】の休憩所から騒ぎの声が聞こえてきた。


 また喧嘩でもおっぱじめたのか?


 と、疑問に思い、フライタンは顔を顰める、此処の作業員達は勿論囚人ばかりだ。どこか線がキレてるような奴らばかりで、しかも頭が悪い。そこにこの状況だ。喧嘩の頻度も随分と高くなっている。それを諫めるのにまた苦労があるのだ。

 今日は誰と誰がやらかしたのか。そんな風に思いながら扉を開き、


「消え失せろ細っチョロい”禿げ猿”が!!!!」


 何故か、只人の子供相手にキレ散らかしてる部下達を目の当たりにした。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 フライタンが、只人の来客が”噂”の新人であると気付いたのは、馬鹿な部下達の暴走をなんとか沈めて、落ち着かせた後になってからだった。坑道の一つが潰れた矢先に、疲れる案件にウンザリとしていた彼だが、更に疲れる予感に大分ウンザリしていた。


「……てめえがとんでもなく阿呆らしいから説明しておいてやるが、此処は俺たちの仕事場だ。余所モンが勝手に踏み入ったら、殴り殺されても文句は言えねえ」

「ああ、よく理解できた」


 顔に幾つかの殴られた痕跡を残しながら新人、ウルは頷いた。大分しこたまに殴り飛ばされた筈だが、割と平然としたツラをしている。ちなみに、彼の周りには未だに殺気だった土人の部下達が彼を恐ろしい表情で睨み付けている。

 彼等には殺人を犯した者もいる。何の冗談でも無く、殺人が起こっても不思議で無い状況なのだが、少年に緊張感は無い。変なのが来たものだった。


「…………んで、ウチの地下農園を使わせて欲しいってか」

「ダメだろうか」


 ウルは尋ねた。

 瞬間、その場から怒号が響いた。フライタン以外の全ての土人が叫んでいた。全員が各々好き勝手にウルを罵り、混じり合って一つも言葉として成立しなかった。兎に角怒りが充満していた。時々ウルの前に工具が脅すように叩きつけられる。ウルの頭にそれがふり下ろされなかったのは、フライタンが抑えているからだろう。そうでなかったら此処は血の海だ。

 その最中でも特に表情を震わせもしないウルの度胸は少し異常だった。


「ダメだ」

「理由は?」

「今聞いたとおりだ。コイツラがそれを認めねえ」


 フライタンからすれえば、掘り尽くした後の空間の再利用くらい勝手にすれば良いと思う。実際、現在の【焦牢】の地下空間の一部も、再利用によって出来た所はある。

 コチラの仕事を邪魔しないというのなら、勝手にしたら良い。フライタンはそう思う。だが、彼の部下達はそう思わない。


「フライタン!コイツもう黒炎の薪にしちまおう!!」

「止めろ馬鹿どもが」

「だがよお!!」


 部下達は基本、フライタンには忠実だ。だが彼等はバカなのだ。しかも血が上りやすい。一度血が上れば、制御は困難だ。聞く耳が無い相手に命令を下すことは出来ない。


「俺ぁダヴィネに此処を任されて、コイツラを率いている。その責任がある。おめえを招いて、無用な混乱を招いて、何のメリットがあるんだ?」

「使用料がいるならコインを払うが?」

「金の問題じゃねえ。困ってるわけでもねえ」


 実際、フライタンは随分とコインを溜め込んでいる。貯めようとして貯めたわけではない。単に使い道が無いだけだった。精々、酒と肴を買って飲むくらいで、彼は無趣味だった。不要な火種をつくってまでコインを求めちゃいない。ウルが渡してくる少額のコインと引き換えに、自分の職場を荒らされるメリットが彼にはない。


「じゃあ、どうすれば使わせて貰えるんだ」

「…………おめえはなんだってそうまでして地下菜園を使いたいんだ?」


 フライタンは尋ねる。

 そもそも、地下菜園、なんてのはフライタン達にとっては本来の鉱物探索と比べれば副業も良いところだった。


「ダヴィネに頼まれて魔法薬を作ってる。」

「なんだてめえ、魔術師か」

「いや。その真似事だよ。品質もイマイチなものしか出来ない。で、量を作るために魔草の菜園をしたい。地上にいちいち出るのは手間だし、リスクがある」

「てめえの部屋でやれ。なんなら空いてる部屋でも使えば良い。」


 この地下牢は、ダヴィネの支配、そして【焦烏】らで一定の秩序を保っているが、それ以外は実に自由だ。眠る位置すら決まっていない。【黒剣】達は【本塔】の秩序だけに満足して、呪いが蔓延するこちらは完全に放置している。

 空いてる部屋も多い。勝手にその部屋でも使って、自由にすれば良いのだ。


「面積が限られる。あまり部屋を占領しすぎて、囚人達の目に付くのも避けたい。出来るなら、広い範囲を使いたい」

「…………なんでそんなに、稼ぎたいんだてめえ?」


 フライタンは更に尋ねる。はて?と、質問の意図を読めず、ウルは不思議そうにした。


「幾らか狭かろうが、部屋でやれることは在るだろうよ。それなのにわざわざこんな所に顔出すリスク冒してまで、生産拡大しようとしている意図が読めない」

「それを答えたら、貸してもらえるのか?」

「答えろ」


 無視して、問いただすと、ウルは腕を組んで嘆息した。


「コインを稼いで、地盤を整えて、やりたいことがある」

「この地下牢で成り上がりたいってか?」


 考えそうな話ではある。実際新人で少し頭の回る奴の中でそうしようとする者は多い。大抵は途中で挫折するか、【焦烏】【魔女釜】【探鉱隊】のいずれかに取り込まれるが。

 だが、ウルは首を横に振った。


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 次の瞬間、湧き上がったのは罵声ではなく、嘲笑だった。取り囲んだ土人達はゲラゲラと笑っている。腹を抱え、目の前の哀れなガキを指さして、大声で嗤い続けた。

 フライタンは笑わなかったが、正直部下達に同意だった。


「バカか。出来るわけがねえだろ。あの”哀れな聖女”に影響されたか?」

「アナスタシアの事か?」

「アイツもそうだった。ラースを解放するってやって使命に燃えてやって来て、自分が騙されて此処に捨てられたことにも最初、気付かなかった女だ」


 アナスタシアの事は結構有名だ。

 かつて彼女があんな呪いまみれになる前は、使命に燃え、奮闘し、ラースを解放しようと本気で思っていた――――まったく空気の読めていない哀れな女だったからだ。彼女の言葉を殆どの者は聞き流し、影で嘲笑し、挙げ句、失敗した。

 失意に飲まれ、黒炎に飲まれて心身の全てを砕かれたのがあの女だ。

 【廃聖女】などという惨い渾名は誰がつけたのか知らないが、ぴったりだった。


 大笑いしている部下の一人、ガンダがウルの頭をがしりと掴む。


「あれか?あの女を抱いているときに頼まれたのか?私の代わりにラースを救済してくださいとか、ケツ振りながら媚びられてその気になっちゃったか?ハハハハ!!!」


 そう言って頭をグルグル振り回して、机に叩きつけた。

 いや、そうしようとした。


「あれ?」


 不意に彼の身体は消えていて、


「ごえ!?」

「彼女は関係ない。此処に行くの止めとけと忠告してくれたしな」


 直後、ガンダの背後から出現したウルが、彼の頭を代わりに机に叩きつけていた。

 少なくともその場に居る誰の目にもその動きは見えなかった。その程度には、彼の身体能力はこの場に居る誰よりも高いことを示していた。


「てめえ!!このガキぃ!!」

「最初無遠慮に立ち入ったのは謝罪したし、そっちも俺の友人を侮辱したことを謝罪して貰えると助かるんだがな」


 頭を叩きつけられたガンダは抵抗するように暴れるが、まるで頭の位置はビクとも動かなかった。他の部下達も彼を解放しようとウルに殴りかかるが、不意にウルの手元でギラリと光る物があって、動きを止めた。

 首にナイフを当てて、ウルは小さく呟く。


「さんざ脅されたから、流石に自衛の武装くらいは持ってきたよ」

「てめえ……」

「俺も実際彼女のことは殆ど何も知らない。これから仲良くしていこうと決めたところでな。で、そうなると余計に、暴言を聞かぬ振りは出来なくてな」


 仲良くしようぜってヘラヘラ笑って、裏で陰口叩かれてるの無視するような奴が親交を深められるわけ無いだろ?

 ウルはそう言って。ナイフをガンダに寄せて、言う。


「謝ってくれるか?」

「誰が!」


 次の瞬間、ウルのナイフが机に派手な音と共に、叩きつけられた。ガンダが机にのせた手のすぐ側、指を掠めるような所にナイフが突き刺さる。その場の全員が息を飲んだ。ガンダは身体を震わせる。

 熱狂していた場の空気が一気に絶対零度まで落ちた。その空気をウルが完全に掌握した。

 引き抜かれたナイフをもう一度ウルはガンダに近づける。


「謝ってくれるか?」

「…………!」


 ガンダは顔を青くして、冷や汗を流しはじめた。ウルの2度目の要求は「次は無い」と言外にハッキリと告げていた。

 しかし何も言わない。彼にもプライドがある。只人相手に、仲間達の前で謝罪など絶対に出来ないだろう。

 対してウルの表情に変化はない。淡々とただ目の前の案件を処理することに意識を集中している。途中で腰が引けるような事は絶対に無いだろう。

 つまり、このままだと、行き着くところまで行ってしまう。フライタンは手を上げた。


「そのバカに代わって謝罪する。お前の仲間に無礼を言って済まなかった」

「フ、フライタン!!」


 ガンダが何か言おうとしたが、フライタンは無視した。ウルは、酷く感情が乏しい目をフライタンへと向けた。フライタンは背筋につめたい物が流れるのを感じた。少年の目からは本当に、何の揺らぎも見えなかった。ただ決断の意思だけが凝縮し固まっていた。

 どういう経験を積めばその若さでこんな目が出来るようになるのだろうか。

 彼は静かに、フライタンに告げる。


「俺は彼に謝罪して欲しい」

「勘弁してやってくれ。ソイツにも立場がある。只人で、子供のお前に謝ったとなれば、もう明日から此処で働くことすら出来なくなっちまう」

「アンタは良いのか?」

「俺のプライドは、土人の仲間を守り抜く事だ。頭一つ下げて仲間守れるならそうするさ」


 そう言ってフライタンは立ち上がり、机に両手を当てて頭を下げた。


「だからそのバカを離してやってくれ。口が悪くて下品だが、悪い奴でもないんだ」

「………………………………………………分かった」


 たっぷりと沈黙した後に、そっとウルはガンダを押さえつけた手を離し、ナイフをしまった。ガンダは解放され、ウルは再び無防備に座ったが、流石にその彼に攻撃しようという輩は存在しなかった。先程と比べ少し遠巻きに彼を囲うだけだ。


 一先ずは、元の状況に戻った。そしてウルは緊張を解くように大きく息を吐き出した。


「で、一応俺の目的を明かしたわけだが、貸してもらえるのか?」

「………よく、この空気で交渉に話を戻そうと思うな。お前」

「その為に来たからな。脅すなんて慣れないことして、手ぶらで帰るのも馬鹿らしい」


 慣れない、という言葉に部下達はウルを凝視した。フライタンはノーコメントを貫いた。

 彼がやって来たとき変な奴が来たと思ったが、想像よりも遙かに変なのが来たらしい。ダヴィネならなにか利用することも考えるかも知れないが、フライタンからすれば扱いに困るだけだった。


「俺たちの仕事場の周辺は貸さない。だが……」


 正直さっさと追い返したい。が、この得体の知れない子供との間に禍根を残すのは避けたかった。更に言うと、彼が【魔女釜】や【焦烏】の連中に使われるのも避けたかった。


「…………てめえが今居るのは地下牢の北端か」

「ああ、そこら辺だな。」

「その下、ろくな鉱脈も無くて放棄された坑道を、お前のとこに繋げても良い」

「本当か?」

「此処との道は塞がせて貰うがな」


 少し驚いたようにウルは反応する。目を丸くするその姿はまんま、小さな子供と大差なかった。なんともアンバランスな少年だった。


「コインは100枚。補強は済んでるから手間はかからんがそれくらいは用意して貰う」

「今は少し足りないが準備はしておく。前金で30枚出しておく」


 じゃらじゃらとウルは机に袋ごとにコイン置いた。まだ彼が此処に来てからそんなに日が経っていない筈なのに、順調に稼いでいるようだ。少なくともコイン払いを怠るような真似はしないだろう。


「それともう一つ。俺の依頼を受けろ。報酬は別途用意する。」

「依頼?」


 ウルは首を傾げる。フライタンは溜息をついた。


「お前はダヴィネと直接取引しているな?」

「ああ、魔法薬はアイツに直接渡している」

「だったら、アイツに近づけるだろ」

「近付くったって、殆ど会話らしい会話なんてしないぞ?」

「それでいい。どういう雰囲気だったか俺に伝えろ」


 ウルは解せない。といった表情だ。少しは説明しないといけないだろう。フライタンは憂鬱げに額に皺を寄せる。全くもって愉快な話では無かった。


「俺は今ダヴィネの阿呆に近づけない。絶縁状態だ。他の土人達にも警戒してて、ろくに奴ぁ口を利かねえ。」

「だから、俺に探って欲しいと?言っておくが諜報の心得なんてないぞ」

「そんな大したモン期待してねえよ。様子を伝えるだけで良い。ダヴィネと……」


 次の言葉を告げるとき、フライタンは自分の感情を抑え込むのに苦労した。恐らくウルの目にも、酷く憎々しげに見えたことだろう。だが構わず、フライタンは告げた。


「【焦烏】の様子を俺たちに教えてくれ」


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