探鉱隊の土人達
【歩ム者・ウル】 地下牢収監12日目
『AAAAAA……』
黒炎鬼、と呼ばれる魔物が居る。黒焦げて真っ黒になった身体、二本の脚で立ち、両手を振り回し、地下牢の地上部を徘徊する魔物。
魔物、と称するが、それがヒトの成れの果てであることは誰の目にも明らかだ。
その呼称は、迷宮から溢れた黒炎を押さえ込むために戦う戦士達の苦肉の策だった。友人、家族、恋人、老若男女あらゆる全てが黒々と燃え続け、襲い来る。それらを破壊しなければならない戦士達が、僅かでも自分の心を慰めるための言葉だった。
アレは魔物だ。アレは鬼だと。そう言い聞かせなければ、戦えなかったのだ。
『AAAAAA……』
その日も、黒炎鬼は地上を彷徨っている。
それは最早、元は男だったのか女だったのかもわからない。黒い炎の塊が揺らぎ、うごめきながら歩き続ける。ただの不死者であれば、満たされない餓えを求め彷徨うという行動に、生き物としての残滓が垣間見える。だが、黒炎鬼はそれが無い。本当にただただ炎を広げるために移動するのだ。黒炎の薪を探し続けているのだ。
『AAAAAA……』
鬼はラースの大通りから僅かに逸れて、廃墟となった建物に身体をこすりつけるように歩き続ける。そして細い脇道へと逸れて、そのままそちらに脚を進め、
「【咆吼・穿孔】」
『A………』
その先で、ウルの竜牙槍の咆吼に打ち抜かれた。
「……………採取所の近くで殺すわけには行かねえな……コレ」
【黒睡帯】で両目を守りながらウルは小さく呟く。自分の生み出した結果に顔を顰めた。
ウルの視線の先には確かに黒炎鬼の死体がある。だが、死体は砕けても、その身体を燃やし続けていた黒い炎はその場に留まり続けていた。
消える気配が無い。恐ろしいことだった。
残った死体の場所はヒトが近づける場所では無くなるのだ。確実に少しずつ、ヒトが生きていける場所を削るための邪悪なる呪いそのものに、ヒトがなってしまうのだから。
「……はぐれが一体だからよかったものの」
これが10体、20体と増えていけばどうなるか。倒すほどに戦う場所が無くなる。誘導するにしても限度がある。そうなればどうにもならない。
しかし、本当に除去手段がないとすると、ラースはあっという間に黒炎に飲み込まれる気がする。が、そうは成っていない。すくなくとも【焦牢】の地表部には炎は殆ど見当たらない。
と、言うことは何かしら対策があると言うことだろうか?と考える。地下に戻ったらアナスタシアに聞いてみることにした。
「……しかし、やっぱ地上は危険だな」
【黒睡帯】を外さず、慎重に黒炎を迂回しながら、ウルは小さくぼやく。
安全にぬくぬくと、ただただ地下での生活の安全強度を高めたい訳ではないが、しかし不必要なリスクは可能な限り避けなければならないのは事実だった。黒炎は特に、一度失敗すれば回復が非常に困難な呪いの塊だ。慎重に越したことは無い。そうなると
「地下栽培か……」
見込みが無いわけでは無い。此処は黒炎から沸いた煙が太陽を常にある程度覆い隠している。太陽神の恩恵が極端に少ないのだ。 ラースの地表は常に薄暗い状況であり、にもかかわらず植物は自生している。恐らくだが環境に合わせて殆どの植物が光の代わりに魔力を喰って育つ魔草化し、光の少ない大地に適応している。
ならば地下でも、他の条件さえ整えば植物は枯れずに自生出来る可能性が高い。
「道具、場所、土、世話役、魔草なら魔力?……病気、害虫対策?虫とか出るのか此処?」
小さくぶつぶつと対策を考えながら、ウルは帰路についた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
地下牢 ウルの自室にて
「はい、一応地下に、菜園区画は、あります」
「本当になんでもあんなここ。牢獄じゃ無くて天国だった?」
「天国、ここまで、薄暗く、ないです」
アナスタシアから情報を仕入れたウルは半ば呆れ、半ば感心した。
アナスタシアは現在、動かない片手の代わりに残る手で石材を加工したローラーで魔草をすり潰していた。ダヴィネから仕入れたものだが、身体が不自由なアナスタシアの作業効率を上げてくれて重宝した。
ウルは完成した回復薬と強壮薬に栓をして並べる。
七つ。ダヴィネに要求された分は用意できた。が、時間はもう既に夕食時を回って深夜だ。ダヴィネにこれを提出するのは明日の朝だろう。どうしても時間がかかってしまう。
作業効率は幾らか向上している。道具もバージョンアップを続け、何よりウルもこの作業に慣れつつある、が、限度というものはある。
出来れば、特に他の囚人達も活動している日中に動ける時間を増やしたい。深夜になると魔灯の灯りも消える。ウルがいくら睡眠時間を圧縮し、深夜に活動できるとしても、真っ暗闇で誰も彼も寝ていては、出来ることにも限度があった。
効率化を進めたい。削れる時間があるとすれば、現在の採取所に移動する移動時間だ。
周囲の黒炎鬼を警戒し、場合によっては排除し、回り道をしてなんとかたどり着いて、そこからまた周囲を警戒しながら採取を続ける。そして戻る。これだけで大変な時間と体力を消費している。あまりにも効率が悪い。
地下牢でそれができるなら、大幅に作業は向上するだろう。既に地下栽培の環境があるというのなら、それを利用しないのは嘘だった。
だが、アナスタシアは少し難しい顔をした。
「ただ、場所を借りるのは、難しい、かも、しれないです」
「なにゆえ?」
アナスタシアはローラーを転がす手を止めて、囁くような声で言う
「あそこは、【探鉱隊】の管轄、です」
「へえ、そいつはまあ……意外というか、なんでなんだ?」
探鉱部隊と、地下栽培がイマイチ結びつかなかった。
「地下栽培ですから、場所を取ります。広い場所が」
「ああ、だから地下掘り返してる【探鉱隊】が場所を用意できると」
「空間を、広げるとき、崩れないように、彼等の力が必須です。特に、地下牢は複雑に、広がりすぎたので、彼等以外、手が付けられない」
ダヴィネは物作りにおいて天才的だったが、地下牢がこれほどまでに広く、大きく、そして複雑化したのは探鉱隊の貢献が大きい。【探鉱隊】以外、ダヴィネでも把握していないような空間を彼等は知っているともっぱらの噂だ。
「なんつーか、ソレ聞くと、そのまま地下掘り返してラース領の外に出ちまいそうだな」
「それはできねえよぉ」
と、そこに別の声がした。見るとペリィが部屋に大きなベッドをひいひいと言いながら運んできていた。忌々しげにそれをウルの今暮らす部屋の隣の部屋に押し込むと、彼は息を吐き出す。
「畜生、疲れたぁ……」
「ありがとよ。助かった。お茶いるか?」
「絶対アレはのまねえぇ!!!」
ペリィはそう叫んで後ずさったので、大げさだなと言おうとして、大げさでも無いなとウルは考え直した。一度だけ彼に飲ませたことがあるのだが、しっかりとトラウマになったらしい。毎日飲んでいるウルとアナスタシアをバケモノを見るように見てくる。
「で、地下から脱出が出来ないって?」
「それだけはしないように【黒剣】とダヴィネが契約魔術を結んでんだよぉ」
「へえ、よく結んだな、あの唯我独尊みたいなジジイが」
此処に来てから一週間と少し経過して、ダヴィネとは幾度かのやりとりをした。得た感想は自分の意にそぐわない事は一切やらない暴君である。この地下牢の中で、彼の望むとおりに成らないことなど一つも無い。一つとして存在することを許さないような、そんな男だ。
例え相手が、自分たちを牢屋に押し込んだ【黒剣】相手だろうと絶対に彼は引くことは無いだろう。【黒剣】の言うことを素直に聞くのは意外だ。
「ダヴィネさんは、外に出ることに興味は無いのです。だから、それは許した、んです」
「代わりにたんまりと黒剣から色々な資材をせしめたらしいがぁ……それ以外にも理由はあるらしい」
「それ以外?」
「俺も噂で聞いたくらいだ。知りたきゃ【探鉱隊】にきけよぉ」
ペリィは疲れた身体を休め終えたのか腰を何度か叩きながら立ち上がる。ウルは彼へとコインを二枚放った。
「ほい。駄賃」
「…………いいのかよぉ」
「もっと俺のとこで働いてくれるならもっと出すよ」
「………………………考えておくよぉ」
短くそう言って、ペリィは去って行った。ウルは振り返り、運ばれたベッドを見る。ウルのベッドはすでにある。つまりこれは、
「お前のベッドが来たな。今後は隣で寝泊まりするでいいのか?」
アナスタシアはゆっくり頷いた。
「此処に来るの、少し大変なので、移動が無くなるなら、」
「此処って地下牢の端だしなあ。水場近いし、便利なとこもあるけど……それよか男女関係の懸念とかねえの?」
「呪いまみれの、女の身体が、欲しいなら、どうぞ」
アナスタシアが自分の身体に触れて、小さく笑う。ウルは鼻を鳴らした。
「似合わんから無理すんな」
「酷い、です」
「挑発ってーのは自信満々ですっつーツラでできなきゃ痛いだけだよ」
バッサリと斬り捨てられて結構ショックを受けているアナスタシアに、ウルは笑う。出会った頃と比べて、少しは余裕が出てきているらしい。”お茶”の影響か、少しは身体の調子がマシとも言っている。
「これからよろしくな。お隣さん、兼、同僚」
ウルが右手を差し出す。黒睡帯に覆われた右手だ。竜に呪われたその手の詳細を彼女は知らない。普通は忌避されるから握手の時は左手を出すように心がけていたが、今はわざと右手を出した。彼女の両手がどちらも呪われているからだ。
アナスタシアも同じく【黒睡帯】で覆われた右手を差し出して、握手を交わす。呪われた手を強く握ると、彼女は少しだけ嬉しそうに頬を緩めた。
「で、話は戻すが、地下栽培は【探鉱隊】が牛耳ってて、そして利用するのが難しい?」
「はい……」
「理由は?」
問うと、アナスタシアは少し悩ましそうな表情で両手を組んで、言った。
「あそこは、土人だけで固まる、鉱山夫の集団です。つまり」
「つまり」
「……………とても、とても、とても排他的です」
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