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焦牢の日常と新人の囚人③


 【罪焼きの焦牢】 地下牢工房


「回復薬2つに強壮薬2つ……こんだけか!?」

「変異した魔草の効能を確認しながらだったからな。いきなり最高効率を求めないでくれ」


 彼の前に並べた形がバラバラな魔法瓶に詰められた完成品をダヴィネの前に並べていたウルは、早速ケチをつけられていた。とはいえ、彼の言うことは分からないでも無い。一日で生産できる量としてはあまりにもささやかなものだった。

 しかし、ろくに道具も用意されない状態、どのような植物が自生しているかもわからない状態から生産までこぎ着けたのは上等だろう。

 ウルは引け目を顔に出さないように毅然とした態度で言葉を続けた。


「生産を安定させるならもう少し時間をくれ」


 そう言ってる間にダヴィンは回復薬をじろじろと睨み付けると、ぐいと一呑みした。自分でも確認したが、何入ってるかも分からない代物に対して躊躇無いなとウルは呆れた。


「作業が安定してきたら幾つ生産できる?」

「とりあえずは日に回復と強壮が5つずつ。あとは資材と人員次第かな」


 無理すれば8つずつくらいは作れそうだが、5つとした。8つづつだと恐らくそれでかかりっきりになる。他にもやりたいこと、調べたい事は多い。そう考えると5つが限界だった。


「…………」


 ダヴィネはウルをじぃっと睨む。土人の目は小さな目だったが、その眼光はやけに強かった。そして彼は一歩ウルに詰め寄って


「7つだ。7つずつ用意しろ」

「5つって言ったが」

「7つだ!!!」


 ガンと、ダヴィネが鎚で近くに転がっていた兜をぶん殴る。兜はその衝撃でひしゃげた。鍛治師として有能であり、焦牢の王さまであるという情報は理解したが、どうやら力もあるらしい。ウルはわざとらしく大きく溜息をついた。


「……分かった。代わりにアナスタシアを助手にくれ」

「ああ!?」

「黒炎の呪いの末期患者だったか?昨日のアイツの様子見るに、もうろくに仕事だって出来ないんだろ?だったら俺にくれても良いだろ」


 するとゲラゲラとダヴィネの隣の小人の男が笑う。表情には悪意が満ちていた。


「なんだあおめえ?あんな使()()()()()()死に損ないが気に入ったのかぁ?」

「ああ。気に入った。胸も結構あるしな。慰みに丁度良い」


 ウルは真顔で返した。面白半分にウルの事を動揺させて、傷つけてやろうと目論んでいたと思われる小人は、ウルがまるで動じないことにつまらなそうにした。相手を動揺させたところで、ウルの方は別に面白くも無かった。


「なあ、いいか?」


 ウルはダヴィネに視線を向け続けた。ダヴィネは笑った。


「良いだろう。あんなクズ石が良いならくれてやる!だが7つだぞ!!7つだ!!」

「わかったよ。後、薬詰める瓶は必要経費として貰わないと困る」

「そこら辺に使わなくなった瓶類なら山ほどある!勝手に持ってけ!」


 言われたとおり、形の歪な魔法瓶をがちゃがちゃとウルは拾い集めた。何のために作られた失敗作なのかは不明だし、数も不揃いだが贅沢は言えない。ウルは持てるだけ回収することにした。


「それと、報酬……と言って良いのか?それはどうなるんだ?そもそももらえるものなのか?」


 するとダヴィネが「クウ!」と叫んだ。するとどこから来たのだろうか。真っ黒な色の髪の長耳、森人の女が姿を顕した。髪の色が通常の森人とは違って見えたが、それ以外は普通の森人と同じ美形。そして真っ黒なローブを身に纏っている。

 ウルに対して微笑みかけると、そのまま何かを手渡した。それは、コインだった。ただし、本物の通貨の類いではなく。


「【ダヴィネコイン】だ!薬一本につき1枚くれてやらあ!!!」

「あんた自分のこと好きだな……」


 コインにはダヴィネの顔が刻まれていた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「地下牢用の通貨です。それで、この地下牢、は取引が行われています」


 自分の小部屋に戻ったウルは、早速アナスタシアのこれからの境遇を話した。

 自分のあずかり知らないところで自分の境遇が決まったことに、アナスタシアは特に驚きもなにもしなかった。興味が無い、といった風情だ。それは黒炎の影響なのか彼女自身の性格なのかわかりにくかったが、嫌がられないならまあ何でも良かった。


 そしてそのまま夕食の時刻になったらしいので、朝と同じ豆煮込みを貪りながら、ダヴィネから預かったコインの説明を聞く。


「どんな取引?」

「食事量を、増やしたり、も出来ます。仕事を手伝わせたり、ダヴィネさんに道具作成を依頼したりも、できます。囚人同士でも、取引があります」


 彼女はゆっくりと視線を横に向ける。彼女の隣で獣人の大男が歩いて行く。彼の手元の更に乗った豆の煮込みはウル達の二倍は多かった。ウルはなるほどと頷く。


「しかし働かなくても飯が食えなくなるわけじゃ無いよな?配給にコインは使わないし」


 アナスタシアは首を横に振る


「ダヴィネさんに、役に立たないと思われたら、無くなります」

「無くなる」

「彼にたてつく人は、囚人全員に、排除されます。食事もでません。部屋も荒らされます。懲罰部隊を、ダヴィネさんは率いてる」

「すげえ統率力だな……」


 つまり”ダヴィネコイン”はあくまでも飴であり、鞭は別にある。ウルは一番最初に彼の追求を逃れたから幸いにしてその目はあわなかったが、本来は一番最初にその鞭の部分を叩き込まれるのかも知れない。


「……しかし、このコインって、取引用の通貨としてちゃんと成立するのか?」

「……どういう?」

「こんな場所だろ?こんなもんあったら、盗んだり、強奪したりが起こりそうなもんだ。それがまかり通ってしまったら、もう滅茶苦茶になるだろ?」


 ウルの言っている事をアナスタシアはウルが眺めるコインを一枚指さした。ウルは意味がよく分からないまま、彼女にコインを手渡す。すると彼女はそれを握る。そして暫くして手の平を開いた。そこにコインはない。

 手品か?

 と、思って不意にウルの手元を見ると、そこに手渡しがコインがあった。ウルは流石にぎょっとした。


「【双方の同意外での所持者の移動を禁ず】。そういう付与魔術が、かけられてます無理矢理同意させても、意味ないです」

「……外の通貨より上等では?」


 ウルは驚いた。外の通貨にはそこまで高度な魔術は組み込まれていない。金目当ての強盗事件は良く起こっていた事だ。


「数が少ないから、出来ること、です。後はダヴィネさんの、趣味」

「趣味て」

「森人の、クウが、牢獄のコインを管理してます」

「とりあえず必要な物ってことは分かったよ」


 ウルはコインを軽く指で弾き、キャッチするとそのままポケットに突っ込んだ。

 現在のウルの目的は、この牢獄からの脱出である。

 その手段が正当な方法になるのか、不正な方法になるか、あるいは外でシズク達の介入によってのものになるのかもまだ分からない。外部の介入は上手くいく保証は全くない以上、ウルは自分でこの状況をなんとかするしかない。


 しかしその為には準備が必要だ。

 ウルは自分の現状を甘くみるような真似はしていない。


 呪われた大地、ラースの攻略を困難にしているのは【黒炎】であり、それを吐き出したのは【大罪竜ラース】だ。その竜という存在をウルは理解している。【陽喰らい】の経験はウルに竜の脅威という情報を刻み込んだ。

 その竜の呪いが色濃く残るこの砂漠でどのような活動を行うにしても、半端な準備で動くことは絶対に避けなければならない。

 脱出の為動くにしても、まずは足場を固めなければならない。

 この地下牢でのしっかりとした足場を


「アナスタシア。アンタは俺の部下になった。手伝って貰うぞ」

「私で良いなら、構いませんが、出来ることは、少ないですよ?」

「”だから”アンタでいいんだ」


 仲間と引き剥がされ、たった一人になったウルが今一番必要としているのは協力者の存在である。ウルは自分の能力を見誤ったりはしていない。自分は凡人である。だから自分の不足を補う協力者は必須となる。それも迅速に。


 しかし此処は牢獄で、犯罪者の巣窟だ。周りに居る奴は脛に傷を持つ者ばかり。


 信用など、最も縁が遠い場所だろう。相手を選ぶ必要がある。

 では彼女は?

 身体が弱そうだ。気力が無い。悪事を目論んで、こちらをだまくらかそうと言った発想を考えるようにはとてもみえない。ダヴィネが「クズ石」呼ばわりして、他の連中も蔑んでいる。仲間の繋がりも無いのだろう。つまり「都合が良い」。

 弱った相手を見てそういう発想に至るのは悪党だな。とウルは自分を蔑んだが、しかし形振りを構っても居られなかった。


「……ダヴィネさんが、そう言ったなら、私はそれでいいです」


 アナスタシアは頷いた。ウルは心の中でほっと安堵する。

 さて、これからやらなければならないのは牢獄内での地盤作り。その為に何をすべきか。幸いにしてこの地下牢でどのようにして下地を作れば良いかは、実に分かりやすかった。


「まずは、人手と、コインをかき集めるだけかき集めるか」


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