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焦牢の日常と新人の囚人


 朝 ウルは目を覚ました。


「…………寝心地最悪だなこのベッド、くせえし」


 深眠の技術が無ければ疲れは取れなかったであろうと確信できる寝心地の悪さだ。にウルはウンザリしながら起き上がる。身体がべったりとした汗で覆われていた。風呂でも入りたかったが、残念ながらそんな上等なものは無いらしい。


 普段の深眠と比べて、睡眠時間は長くなった。この環境で圧縮はまだ難しいらしい。

 が、それでもまだ早起きな方だ。他の囚人達は眠っている。


 だからウルはその間何時ものように運動をした。身体をじっくりと解し、新しくなった竜牙槍の動作を確認した。本来であればそのまま鍛錬に移るのだが、それは今回はやめておいた。食事がマトモに出るのかも分からない状態で激しい運動をしても無意味だからだ。

 代わり、身体の毒を抜き、身体を正常戻す瞑想に費やして、朝の鍛錬を終わらせる。


 しばらくはサイクルになりそうだ。と思っていると、廊下から連続して響く鐘の音と共に声が響いた。


《起床!!!!》


 見ると、廊下に声を伝播する拡声器、のようなものがついている。あそこから声を飛ばしているらしい。アナスタシアは【地下牢】の自由度は高い、と言っていたが、最低限の取り決めはあるようだ。

 ウルは身体を起こし、囚人服に手をかけて、まだ湿ってることに気がついてがっくりと気を落とし、浄化魔術を自分と服にかけて誤魔化した。しかし湿っていて気持ちが悪い。


「とりあえず一日の流れを覚えねえとな……あと着替え」


 ウルはそうぼやきながら、他の部屋から這い出てきた囚人達の後に続いていった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 囚人達についてきてたどり着いたのは食堂だった。


 食堂の場所自体は、昨日アナスタシアから聞いていた。その時は食事の時間も終わりガランとしていたが、朝食の時間は流石にヒトが集まっていた。恐らくは大半の地下牢の囚人達が集まっている。おおよそ100人くらいだろうか。結構な数がいた。それを収容できる食堂というのも中々壮観である。

 が、それ以外にも通常の監獄とは違う所があった。


「……給仕係も、囚人がやってんのか」


 使われていない皿を取り、囚人達が一列に並ぶ。その先には給仕係と思しき者が、なにやら巨大な寸胴からなにやら一杯ずつ囚人の皿にぶちまけていくのが見えていた。その給仕係も囚人なのだ。

 昨日、アナスタシアも言っていたが、そもそも囚人以外、姿を全く見せない。恐らくこの世界の指折りの犯罪者達の巣窟である筈の場所で、詰まるところ治安維持は相当な苦労があるはずなのに、その努力の形跡が無く、しかし維持は出来ているというのはあまりにも奇妙だった。

 とはいえ、まずはメシだ。ウルは囚人達の列に並んだ。食事はシンプルに一品だけらしく、列はどんどんと捌けていって。そしてウルの番となった。


「…………」

「……どうも」


 給仕係をしている男は、巨体で強面のひげ面の只人だった。汚れないように囚人服の上からエプロンをはおっているがあまりにも似合わなくてシュールだった。そのまま彼は差し出したウルの皿にべしゃりと、寸道の中にあるものをぶちまける。

 正直、見た目はあまり良くなかった。焦げ茶色と豆に、赤み色の何かが混じってる。が、しかし思ったよりも良い匂いもした。

 

「……これは何の料理だろう?」


 聞いたところで答えが返ってくるはずも無い、と思いつつも聞いてみる。強面の男はじろりとウルを睨んだ。背後には他の囚人達も待っている。此処で立ち往生したら怒鳴り散らされそうだと思い、ウルはそそくさと列を離れた。


「……ポタタ豆のトルメトソース煮込みだよ」

「…………どうも」


 背中から強面の男と思しき者の渋い声が聞こえてきたので、ウルは礼を言った。


 幾つも並ぶテーブルの中の端も端に、空いている椅子に腰掛けて、ウルは料理を前にする。やはり、見た目そのものはあまりよろしくない。べっちゃりとしていて彩りは最悪だ。

 しかし、香りは良い。ポタタ豆とトルメトも知った食材だ。ならば口に入れて死ぬことはあるまい。と、ウルは覚悟を決めてスプーンで口に運んだ。


「……悪くないな」


 少なくとも、飢えて死ぬといった間抜けな自体は避けられそうだった。ウルはそのまませっせと食事を口に運びながらも再び周囲を観察した。


「まーた朝これかよ。パンが喰いてえ」

「でけえ声で文句言うなよ。ゴザに殴られるぞ……」

「【黒剣】どもがまた絞ってんだろ?騎士団長どのが、また海外旅行にご熱心だからな」

「あのクソデブ、ボスの作品外で売り払って一財産作ってんだろ?もっと寄越せよクソが」


 部屋の隅から彼方此方から囚人達の噂話に耳を立て、目が合わないように周りを見渡す。入ってきた時と同じように見えるが、全員が同じように、と言われるとそうでも無い。何人かのグループに別れている。そしてその中には


「…………」


 他の囚人達から露骨に距離を取られている連中もいた。彼等はただ黙々と、目の前の朝食を口に運んでいる。それだけならただの寡黙な連中だが、彼等はアナスタシアがしていたように、体中の彼方此方に、ウルがしているような【黒睡帯】に似た何かを巻き付けているそしてそのグループに対して他の囚人達は誰も声をかけず、近付かない。幾つも席を空けて、遠巻きにして視線すら向けない。


 ――クズなら貴様の仕事は”黒炎狩り”よ!!最悪の仕事だと覚えておけ!!!


 ウルも倣うようにすぐに眼を逸らしながらも、なんとなく彼等が何者であるかを理解した。ダヴィネが脅すように口走っていた言葉。彼等がそうなのだろう。


「おう、お前か?新人ってのは」

「ん?」


 ウルが声をかけられて、振り返る。視線の先には3人の男がいた。一人は小人の中年、出っ歯が目立った。一人は獣人、焦げ茶色の毛並みがボサボサに逆立ってる。最後に只人の大男。頭が禿げあがっていて、ニタニタと笑みを浮かべている。


「よーこそ哀れなチビ。なんでこんなとこに流れてきちまったんだ?お前」


 ウルは気付かれないように、ほんの僅かに腰を浮かせたまま、答えた。


「大罪都市プラウディアに侵略計画を立てた大連盟反逆罪の容疑らしい」

「は?」

「俺も「は?」って感じだが、そうらしいんだから仕方ない。で、容疑のまま此処に放り込まれた。だから哀れなチビてあんたの指摘は正しい。」

「おーそうかいそうかい、可哀想になあ!」


 ゲラゲラと3人は笑い始めた。どうにもウルの発言は真に受けられていないらしい。実際、ウルだってそれを言われて信じる気にはなれないのだからそれは仕方ない。

 そしてそのまま周りに視線を巡らせる。朝から大声で喚く彼等に対する他の囚人達の反応の様子は、呆れと好奇心だ。

 彼等がこうして新人に絡むのは何時ものことらしい。驚く者は少ない。呆れてばかりだ。そして残りはウルに対して好奇心の視線を向けている。声をかけられなかったが、やはりウルの存在は目立っているらしかった。

 彼等に対して、ウルがどう動くか気になっているのだ。


「おい。こっち来いよ!分かんねえこと一杯あるだろ?案内してやるぜ?」

「そうだな。お願いする」


 ウルは彼の誘導に従って立ち上がり、暗がりに連れて行かれた。

 その時、ごきりと黒睡帯に覆われた右手を鳴らしていた事に3人は気付かなかった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 【竜吞ウーガ】


「でも、ウル、大丈夫なんだろうか……?」


 【歩ム者】達が慌ただしく動く中、不意にポツリと、エシェルが呟いた。リーネが振り返ると、彼女の表情には不安が浮かんでいる。ウルに依存していた彼女にとっては、辛い状況だろう。

 だが、今の彼女の不安は自分の事ではないだろう。


「大丈夫って?」

「だ、だって、ウル、大連盟法に逆らうような犯罪者に囲まれるんだろう?大変なんじゃ…」


 彼女の言わんとしている事はわからないでもない。確かに、現在のウルの環境は悲惨だ。心配する彼女の心は正しい、が――


「なんというか、まあ、大丈夫じゃ無い?アイツなら」

『まー大丈夫じゃろ、カカカ』

「仲間への配慮が雑!!!」


 リーネとロックはエシェルの心配を雑に笑った。心配していないわけではない。わけではないのだが、少なくとも囚人相手にウルが困り果てるイメージが沸かない。全く沸かない。


()()()()()()()()()()()。無駄な心配してんなよ。我等が女王」


 そして、その二人の意見に、ジャインも同意見だったらしい。彼は呆れた顔でエシェルを睨んだ。エシェルはムッスリと頬を膨らませた。


「なんで言い切れるんだ…」

「だってウル、私ら寄りっすからねー」


 ジャインの隣でラビィンも頷く。彼女はウルとはそれほど親しくは無かった記憶があるが、それでも確信しているようだった。


「お前に対してはお優しいスーパーダーリンだったかも知れねえがな。実際、()()()()()()気性穏やかなタイプだったが――それでもアイツはこっち側だよ」

「こっちってどっちだ」

「【名無し】側って事っすよ。それも、暴力を寄る辺にするタイプ」


 名無しだからといって必ずしも冒険者になるわけではない。都市と都市の間を行き来しながら、流れるように生きる流浪の者達も確かに存在している。むしろそっちの方が多数派だろう。

 だが、ウルはそっちでは無い。圧倒的に、()()()だ。


「まして、温い雑魚狩りで小銭稼ぎしてたタイプじゃない。ずっと生死の境を彷徨うような命懸けの戦闘を繰り返した本物の叩き上げだ」


 ジャインは、現在牢獄にいるであろう隣人にして友人の顔を思い浮かべ、鼻で笑った。


「犯罪者如きにどうこう出来る訳ねーだろ」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 


「…………」


 集会所にて、アナスタシアは一人、昨日の約束の通り、ウルのことを待っていた。

 集会所は地下牢の中心地であり、ダヴィネが請け負う仕事をこなすためヒトが忙しなく動いていた。だが、誰も彼もアナスタシアをみかけるとギョッとなって距離を置く。


 彼女のことを知る者は多い。そして現在の彼女の状態も知る者は多かった。


「…………」


 アナスタシアはその事を気にしたりはしなかった。傷つくことも無い。そう思うほどの感性も今の彼女には残っていない。今はただただ、ダヴィネの指示通り、ウルに案内するために待つばかりだった。


「すまない。待たせた」 


 そう思っていると、ウルが来た。アナスタシアはゆっくりと身体を起こして顔を向ける。そして少しだけ不思議そうに首を傾げた。


「怪我を、してます?血の匂い、します」

「ああ。これか」


 彼の囚人服からは血の匂いが漂っていた。しかし、ウルは気にするな、というように頷いた。


()()、怪我をしていない」

「……そう、ですか?」

「で、俺の職場に案内して貰って良いか?」

「……………………こちらです」


 少し考えていたアナスタシアだったが、思考を止めてウルを案内する事にした。

 彼の背後でよくよく新人達をいたぶって、使いっ走りにしようと目論む小悪党達がウルのやって来た通路の影で蹲って泣いている事には最後まで気付かなかった。


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