焦牢の王様②
特殊刑務の目的は、【大罪都市ラース】の解放である。
と、謳われているものの、実際の所その目的を信じる囚人はいない。囚人どころか、【黒剣】の連中すらもそれは信じてはいないだろう。
ラースの滅亡から300年経ったのだ。長命種でもそれなりの年月と感じるだけの時間が経った。只人らにとっては最早伝説の類いであり、それをなんとかしようなどと思う者は居なくなった。
特殊刑務に就く者達は、地下牢から地上に出て、黒炎に焼かれながら、魔物達と対峙し、その素材や鉱石を回収してくるのが仕事だ。無論、それだけで全てが回るわけも無く、特殊刑務を回すために様々な役割があり、そしてその役割によって仕事のキツさは変わる。
その仕事の割り振りは特殊刑務のリーダーであるダヴィネの采配によって決まる。
つまり、彼の面接は最初の関門である。
彼の判断次第では、あっという間に死に目は見える。特殊刑務は罪人を更正させようなどという目的は存在せず、死んだとして、闇に葬られるのみだ。そしてダヴィネは使えないと思った相手は容赦なく捨てる男だ。
切り捨てられれば、向かう仕事先は地上だ。そうなればお終いだ。
「どんな力……」
単純だが曖昧な言葉を投げつけられたウルは少し悩ましそうに首を捻っている。
「どんな風にワシの役に立つかを言ってみろということだ!クズ石は要らん!クズなら貴様の仕事は”黒炎狩り”よ!!最悪の仕事だと覚えておけ!!!」
「……なるほど」
声をなげつけながら、ダヴィネはじっと観察する。彼の強力な【観の魔眼】で相手の挙動をつぶさに観察する。嘘や虚勢を彼の魔眼は即座に見抜く。特に此処は犯罪者が送られる場所なのだ。舌の回る者は多い。勿論、ダヴィネをだまくらかしてやろうとする者も存在した。
ダヴィネはそういったペテンを見抜いて、その愚か者の舌を物理的にひっこぬいてやった。以後、彼を騙そうとする者は殆ど居なくなった。ウルも適当を抜かしたらその瞬間叩きのめしてやるつもりだった。
が、どうやらウルという少年は嘘を言うつもりは無いらしい。真っ直ぐにコチラを見据えて答え始めた。
「とりあえず俺は元冒険者だ。魔物退治は出来る」
「バカが!!魔物を殺すなんて猿でもできらあ!!”ワシの武器”を振り回せる生き物なら犬だって出来る!!てめえ冒険者なら元の階級はなんだ!?」
「捕まった時点で銅の一級」
「ウチにゃ銀級相当の実力者だって居る!!他に技能はねえのならてめえはクズだ!」
【地下牢】にはあらゆる人材が揃っている。加工技術では外の世界でも類を見ないダヴィネを筆頭に鍛治師達が揃っている。調薬を請け負う錬金の類いも扱える者は居る。
大罪都市ラースにあった太陽の結界はかなり小規模になってしまっているが、残ってはいるので、範囲はかなり限られるが食料の生産だって出来るのだ。
本当に多くの人材がいる。既に事足りたこの状況でダヴィネに「欲しい」と言わせるような人材が入ってくることは殆ど無い。
ダヴィネがやっているのは圧迫面接だ。まず相手の能力の全てを否定して心を折るのだ。
「軽い魔術なら使えるかな。浄化とかの一般的なものに限られるが」
「外じゃ大魔術師だ。なんて呼ばれて崇められて疎まれて此処に捨てられたババアがいるわ!その弟子達も一杯だ!!ちゃちな日用魔術なんざいらねえよ!!」
「知り合いにならった魔法陣の使い方」
「さっきと同じだ阿呆が!!」
「魔導機械の扱いなら心得がある」
「それができねえ奴がウチにいると思ってんのか!?」
「睡眠時間が短い。ヒトの1.5倍くらいは働けるかな」
「だからなんだっつーんじゃ!1.5倍無能がいたところで何の意味がある!!」
少年の一つ一つのアピールをダヴィネは丁寧に潰していった。
他の囚人達はその面接をニタニタと笑って見ていた。娯楽の少ない【焦牢】におけるそれは悪趣味なショーの一つだった。
此処に連れてこられた時点で、新人の囚人はよほど勘が鈍く無い限り、此処で彼のお目に適う事が出来なければマズい、と気付くだろう。
そして最初は自分の一番の得手をアピールして、それが潰されて、段々と短くなっていく長所を並べては潰されていく。同時に顔色が青くなって、そして狼狽していくのだ。それが面白い。自分たちが受けた苦しみを他人が受けるのを安全な場所から眺めるのは楽しい。
「魔物の知識かな。魔物図鑑は飽きるほど読み直した。大抵の魔物の知識はある」
「此処の魔物は真っ当では無い!むしろお前は教えを乞わねばならん立場だ!!」
少年はまだ無駄なあがきを続ける。囚人達はニヤニヤと笑い
「100メートルくらい先なら直撃できる投擲技術」
「弓の名手だっておるわい!まあ、数は少ないから幾らかの足しにはなるかもしれんが」
笑って
「魔眼が使える。流石にこの場で開示したくないので伏せるが、危機感知の類いだ」
「魔眼~~?黒炎にすぐ焼かれて潰されるぞ!!」
「対策はある。それは流石に教える気は無い」
「あん!?【黒睡帯】か!!上物だな!!まあワシも作れるがな!!」
「へえ、凄いな」
笑って
「竜牙槍……まあ、これはいいか」
「あん?なんでワシの作品以外が此処にあ……なんだこの金属は!!!」
「研究中の新作合金らしいぞ。詳細は知らん」
「分解させろ!」
「嫌じゃ。そんなこと許したら俺は殺される、不特定多数から」
「はあ!?まあ、良いだろう!!不出来なモンじゃねえ!!所持は許してやる!!」
笑おうとして
「詳細を省くが右手が呪われてる。強固な呪い過ぎて、他の呪いに耐性がある」
「はあ?!黒炎の呪いよりも強いってか!?」
「強い」
「竜の炎だぞ!!」
「強い」
「…………言い切りおったな!!面白い!!」
段々笑う者が減って
「魔草の知識かな。多分大抵のものは見分けが付く。変異してても問題ない」
「黒炎に焼かれて変異したものも見分けられるってのか?」
「多分いける」
その内、誰も何も言わなくなった。
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それから、暫くして、
「……なあ、まだ言わなきゃならんのか?疲れてきたんだが」
「なんだ、もう、へばってきたのか?」
「単純に疲れた。」
ウルが軽く根を上げた。言うとおり、確かに疲れている様子だった。それもそうだろう。この面接が始まってから結構な時間が経過した。その間、休まずに自分の長所のアピールを続けていた。そしてその間ネタが尽きなかった。
「貴様、むしろ何ならできねーのだ?」
とうとうダヴィネがそれを聞いてしまった。ある意味敗北宣言に近かったが、ウルは特に勝ち誇るでも無く、溜息を吐き出した。
「一杯ある。一点特化した才能が無かったからゼネラリストもどきに成らざるを得なかっただけだ。器用貧乏で、正直褒められたもんでもない」
「ハン…………まあ良い!!」
ガン、と、再びダヴィネが肘掛けを叩く。終わりの合図だった。彼の追求を最後まで乗り切る者が出たのは珍しく、他の囚人達は少しざわめいた
「魔草の区別と調合が出来るって言ったな!明日から外に出て採取と調合やってみろ!碌なモノが出来なかったらその時点でてめえは"黒炎狩り”だ!」
「狩り……魔物退治がこの現場の最下層の仕事って事で良いのか?」
「当然よ!黒炎対策の装備があっても徐々に身体は焼かれる!うっかり破損したら魂ごと焼かれて鬼になる!!死ぬより悲惨な目に遭いたくなけりゃ精々足掻くんだな!!」
「……まあ、了解……ところで」
「あ?」
ウルは暫く周囲を見渡し、こちらに問うてきた。
「此処に来たばかりで何も分からない。できればこの辺りの施設も聞いておきたい。案内して貰えないだろうか」
「自分で調べろ!!」
「効率悪いだろ。別に、出来る奴がいないなら勝手にうろうろさせてもらうが」
「…………」
ダヴィネは暫く考えるようにして唸る。その様子を他の囚人達ははらはらとしていた、ウルというガキのあまりに遠慮の無いもの言いが怖かった。ダヴィネの言動はここまでは豪快な土人のそれに変わりないが、逆鱗に万が一触れるとどうなるかは想像つかない。実際彼を怒らせて脳天を本気でかち割られた者は居るのだから。
だが、少なくともウルの物言いは逆鱗には触れることは無かったらしい。ダヴィネは不意に待機していた囚人の一人に目をやって、口を開いた。
「アナを呼べ!」
「え、いいんですかい?アイツぁ」
「死に損なってんなら最後に役に立って貰うわ!!呼べ!!」
言われ、囚人がそそくさと集会場から出て行く。そして暫くすると彼は戻ってきた。その背後にもう一人を連れて。
「ソイツはアナだ!!最低限の知識はあるから案内して貰え!!使えなくなったら捨てちまって構わねえぞ!」
黒に近い、深緑色の髪をした女。至る所に黒睡帯が巻かれていて、年齢ははっきりしなかった。足まで不自由なのか杖をついている。身体中の彼方此方に目を隠している黒い帯と同じものが巻かれていた。
アナスタシア、と呼ばれる女だった。囚人達の間で彼女のことは”ある意味では”有名だ。そして、それ故にあまり近付く者はいない。ウルの要求を都合の良い厄介払いに利用したのだとすぐに分かった。
「よろしく……おねがい……します」
おどおどとした声でウルの方へと近付いてくる。見た目通り、足も悪くしているので動くのも遅い。新人だって、彼女が"役立たず”として押しつけられたのだと悟った事だろう。
「よろしく」
だがウルは、気にする様子もなく、そのまま黒睡帯の巻かれていない左手を差し出した。が、アナスタシアが首を横に振ったので引っ込める。
「アナ!おめーはそのガキを部屋まで案内しろ!他の奴らは仕事に戻れ!!」
こうしてダヴィネの面接は終わりを告げた。
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