焦牢の王様
【灰都ラース】
かつて、【大罪都市ラース】と呼ばれた場所である。
イスラリア大陸南西に存在するその場所は、繁栄していたかつて精霊信仰が最も深い場所と呼ばれていた。驚くべき事に人口の半数以上が神官であり、精霊達を信じ崇め、そしてその授かった力によって様々な栄華を極めた精霊信仰の総本山とも言える場所、だった。
しかし300年前、地下深く、封じられていた大罪竜ラースの黒炎が溢れた。
魂ごと燃やし尽くす呪いの黒炎は、多くの神官達と当時の七天達の命を賭した再封印が成されるまでの間、精霊達の神秘と繁栄の殆どを焼き尽くした。
今現在、残っているのは焼け、砕け、砂漠となった大地。
黒炎に魂まで焼き尽くされ、不死者よりも悍ましい姿となった【黒炎鬼】達。
かつての首都から遠く離れたが故に残された廃墟達。それくらいだ。
大罪都市ラースは滅んだのだ。人類の生存圏では無くなった。
しかし、損なえば、取り戻そうとするのがヒトの心だ。
黒炎を取り除き、鬼達を退けて、かつての美しい精霊の都市国家を取り戻すことを望む神官達はとても多かった。彼等にとってラースは聖地だったのだ。その聖地が竜の呪いに犯されることはあまりにも耐えがたかったのだ。
とはいえ、どれだけ耐えがたかろうが、黒炎を容易くは退ける事は出来ない。
それができるなら苦労はない。もしも無理を通せば、更なる犠牲者が生まれるだろう。黒炎をなんとかラース領に押し止めて、封じるために既に七天の半数を失っていた。それ以上の犠牲はどうしても避けなければならなかった。
そしてそんなときだ。
最初にそれを閃いたのが何処の誰だったのかも分からないが、気がついたのだ。
――失ったところで誰の懐も、心も痛まない罪人をつかえばいいのだ
そして当時の黒剣の前身といえる組織を起点にして生み出された場所が【罪焼きの焦牢】であり、罪人達の住まう地獄である。
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【囚人工房】
地下の”特殊刑務区画”の一角、あらゆる鉱物、魔具を加工するための工房がラースには存在する。滅んで呪いの炎に焼かれ、精霊が生み出す真っ当な資源の全てが灰と砂に変わったラースであるが、しかし代わりに呪物の類いに関しては事欠くことが無くなった。
そこに在るだけで大半のものは呪われるか、変質を起こす。極めて加工は困難であるが、しかし上手く扱うことが出来ればそれは非常に有能な呪具の類いに化けるのだ。
実は【竜殺し】が此処で産まれたという事実を知る者は少ない。
竜を倒すための切り札が、罪人によって生み出されたなど口が裂けても言えないだろう。この工房は恐るべき価値あるものを生み出し続けていた。
だから、この工房の主であるダヴィネと呼ばれる囚人は、【焦牢】の王だった。
燃えさかるように逆立った茶色の髪と髭、囚人とは到底思えない筋骨隆々の肉体。質素な囚人服の上から幾つも重ねられた宝石類で彩られた装飾品の数々。ぱっと見で、彼を囚人と思う者はいない。そしてその滅茶苦茶な姿を【黒剣】の連中も咎めない。
彼の生み出す膨大な”作品”は莫大な金を生み、そして【黒剣】達に多大な利益を与えているからだ。名実ともに彼は【焦牢】の王さまなのだ。
「――――――」
今日も彼は大鎚を振るう。激しい音が工房に響く。呪いに焼けた黒石を更に焼いて、形を変える。それを邪魔する者が居れば即座に殴られる。殺される者も居て、【黒剣】が黙って死体を黒炎に放ったという噂まで流れる始末だ。
しかしその日は珍しく、彼の集中を破る者が現れた。禿げた小人。こすっからい盗みを各都市で繰り返してとうとうここに放り込まれた男が足早に工房の扉を叩いたのだ。
「ボス!大変だ!!
「うるせえええ!!!!」
「ぎぃああ!!?」
ダヴィネは入ってきた小人の頭に木槌をぶん投げた。しこたまに頭をぶつけた男は悲鳴を上げてしゃがみ込む。
「てめえのキンキン声は頭に響くんだよボケえ!!ワシの邪魔するんじゃねえど!」
「す、すみやせん!でもボス!!新人が来たそうなんすよ!」
その言葉にはダヴィネ以外に工房で働いていた彼の部下達もピクリと少し反応を示す。
【焦牢】の”新人”には二種類ある。
一つは広大な【焦牢】の”本塔”に素直に収監される犯罪者達だ。彼等の多くは都市民達、もっと言ってしまうと「都市に帰る場所がある者達」だ。彼等には大連盟の法に基づいて、正しい刑務が与えられる。
そしてもう一方、元から都市の永住権を持たない、あるいは都市から爪弾きにあって、厄介払いのような形で此処に追い出された者。特権階級の者達の都合で此処に押し込まれた者達。つまり、帰る場所の無い者達だ。
彼等には”特別な刑務”が与えられる。ダヴィネのように。
「”こっち”に来るってか!哀れな奴だな!」
ダヴィネがそのぼさぼさの太い眉をゆらして笑う。その目は僅かな好奇に揺れた。牢獄の王であり、職人でもある彼にとって、モノの価値を見出すのは好きな娯楽の一つだ。それがヒトでも石でも、彼にとっては楽しいのだ。
もっとも、それが屑石だった場合、彼は容赦なく叩き砕いてしまう。
彼は犯罪者であり、そして平等なる暴君だった。
「どんなツラだ!?」
「只人のガキでした!」
「ガキぃ?こんなとこまで追いやられるなんてどんなガキだ?バハハ!!」
そう言って彼は作業を再開する。大量の熱と炎を浴びながら、鎚をふり下ろし、そして叫んだ。
「そのガキとやら連れてこい!!役に立つかどうか調べてやる!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【焦牢】の本塔から地下に下り繋がった通路を進むと先に【地下牢エリア】は存在する。
地下牢エリアの面積は本塔のそれよりも遙かに広い。本塔と同等以上の施設が地下空間の全てに詰め込まれており、小型都市と言っても過言ではない
そして、”特殊刑務”を負った者の活動拠点でもあった。
「ダヴィネ。コイツが新たに此処で働くウルだ。指導してやれ」
「言われなくても分かってる!!さっさと帰りな!!下っ端ども!」
地下牢 集会所
本来、【黒剣】が特殊刑務を請け負った者達のラース攻略の進捗に合わせ指示を出すための場所であった。少なくともこの地下牢エリアを建設した当時はその目論みで建てられていた。が、今や【黒剣】が此処を使用することは殆ど無い。
結果、既に此処はダヴィネの玉座と変わっていた。
実際彼が作った彼専用の大きな椅子が集会所の奥に添えられていて、そこにどっかりと座り込み、新人を連れてきた黒剣を追い払う仕草をしてみせる。黒剣はそれに文句一つ言わなかった。どちらが上の立場に居るか、ハッキリとしていた。
そして、その黒剣が連れてきたのが、噂の新人の囚人。ウルという名の少年だった。
「……マジでガキじゃねえか……何したんだアイツ…?」
「つかえんのかよ?いらねえ奴よこしやがってクソ黒剣ども」
「っつーかなんでアイツ槍なんて持ってんだ?ダヴィネさん無視して」
「黙れてめえら!!!」
ヒソヒソと言葉交わし始める部下達をダヴィネは黙らせる。しかし彼等が好奇心に駆られるのも仕方が無いことではある。ウルという只人の子供はやけに若かった。若すぎた。
此処に放り込まれる連中は様々な事情があるが、要は「都市には置いておけない」ような連中なのだ。重犯罪者も数知れず、殺人犯だって勿論居る。多くは名無しだが、中には官位を持ちながら政争に敗れてこんな所まで流れ着いた神官までいる。此処はそう言う場所だ。
対してウルは若すぎる。その若さで何をしたらこんな所につくのか見当も付かない。が、
「おう、ウルとやら」
「なんだろうか」
ウルは顔を上げ、ダヴィネを見た。目つきは悪いが、表情に恐れや怯えは感じない。自分がこんなところに転げ落ちてしまった後悔も、自分をこんなところに追いやった黒剣騎士団に対する憎悪も。
自分が奈落の底まで落ちてしまったという自覚が無いのか?それとも理解してこれなのか。後者だったら面白い。そう思いながらダヴィネは言葉を続けた。
「ワシャおめえが何をして此処に来たかどーでもいい!興味沸かん!貴様に興味あるのは一点よ!!」
ガンと、ダヴィネは玉座の肘掛けを叩くと、ウルを指さした。
「おめーは何の力がある!?」
焦牢の王様による面接が始まった。
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