特殊刑務
「明日からお前には特殊刑務についてもらう」
取り調べを行う。と、そう言われ連れてこられた取調室にて、ウルに行われたのは聴取でもなんでもなく、刑罰執行の宣告だった。ウルは一度沈黙し、頭を掻いて、看守の顔を見て確認する。
「刑務?」
「二度言わせるな」
「俺は今のところ疑いがあるってだけのはずだが」
「お前に拒否権は無い」
ウルの質問に対して、看守の一人は回答とはとても言いがたい返答を返した。つまりはまともに会話をする気がないと、そういうことなのだろう。
「上のヒトを呼んでくれると助かる――――」
一応抵抗として、会話を続けようとした。が、直後に頭の上から衝撃が飛んできた。背後に居た若い方の看守がウルの頭を机に叩きつけた。背後から気配はしたので避けることは出来たが、避けた方が面倒になると分かったのでウルは黙って顔面を机に叩きつられた。
「てめーに弁護の機会なんてねーよ。必死に抵抗してんじゃねえぞバカガキ」
「弁護の機会は無いのか」
「終わりだっつっただろ?此処が真っ当な場所だなんて思うなよ?」
随分と力を込めてウルを机に押しつける。ウルは特に痛くはなかったが、姿勢を維持するのが面倒だった。しかしなんとかそのままの姿勢でウルは会話を続ける。ウルに攻撃的なこの男は、淡々としているもう一人の看守よりかは良く喋ってくれそうだ。
「刑務は強制か。外部とは連絡は取れないのか」
「許可が降りれば許されるぞ?お前に許可が下りることは無いがな!」
あからさまな言い方だった。エクスタインの言っていたとおり、ウルを此処に押し込めた者達の意図が絡んできているらしい。ウルが余計なことをしないようにという指示でも受けているのだろう。
しかし、本当に随分と露骨な腐敗だ。
「何見てんだよクソガキ」
「いや、無抵抗の子供に暴力を振るって楽しそうだなって思って」
「楽しいね!特に成功したってイキってたバカが此処に落ちるのを見るのは最高だ!」
若い看守は笑う。やけに興奮している。ウルの事を知っているらしい。向こうの看守も反応は薄い。彼もウルのことは知っているのだろう。
そして彼等は別に【黒剣騎士団】の高い地位に居るとも思えない。末端にもウルのことは知れ渡っている。つまり【黒剣騎士団】は大半がグルという可能性がある。
酷い腐敗の具合だ。ヤバいところに来た実感が出てきて、ウルは苦笑いが零れた。
「なに笑ってんだてめえ」
「いや別に、嫉妬されるとは偉くなったもんだと感心しただけだ」
拳が飛んできた。机に頭を押しつけられた状態でふり下ろされる拳は少し痛かった。
「誰が嫉妬したって!?ええ?!言ってみろ!!」
若い看守の顔は真っ赤だった。あまりにもわかりやすい反応でウルは更に笑ってしまって、それが更に看守の激昂を買った。
「反撃できると!思うなよ!!俺たちを傷つけた瞬間!!【呪輪】が発動するからな!!」
殴る蹴るをしながらも看守は叫ぶ。蹴りをくらいながら、ウルはなるほど、と、自分の腕に付いた薄汚い鉄腕を見て納得する。何かしら意味があるものとは思っていたが、呪具の類いだったらしい。
尤もウルは反撃するつもりは無い。それほど痛くはないし、そもそもウルの身体を殴ってる看守の手足の方が恐らくは傷ついている。向こうが疲れるのをウルは黙って待っていた。
すると、
「何をしているのです?」
不意に、知った声が聞こえてきた。
「躾だよしーつーけ!邪魔するんじゃ……あ?」
「なるほど。私もそうします」
そう言った瞬間何か凄まじい風が吹いた。
「ッッッッひぎゃ!!!!?」
看守の男の悲鳴が響く。同時にべしゃんという壁の激突音と蛙が潰れたみたいな悲鳴が聞こえた。なんだなんだと顔を上げると、向かいの無愛想な看守が目を見開いている。ウルも視線を其方に向けた。
「……スーア様?」
そして顔を引きつらせた。
何故か七天のスーアがそこにいた。
「……【天祈】……何故こんな所に」
「ノックはちゃんとしました」
見てみると、鉄製の扉が憐れにも無数の陥没痕と共に粉砕し、キィキィと哀しい断末魔を上げながら揺れている。ノックの跡らしい。ノックとはどういう意味だったのか分からなくなった。
陽喰らいの時に纏っていた美しい白いローブ姿をしたスーアは儚げで幻想的で、腐敗が充満する取調室にはあまりにも似合わなくて、浮いてる気がした。いや、よく見れば物理的にちょっと浮いてる。
「その、何をしに?」
「面会です」
「面会」
スーアは潰れた蛙のようになった看守をまたぎ、もう一人を無視したまま、真っ直ぐにウルへと近付いてくる。ウルの様子を見て、先程看守の暴行で切った口元の血を見ると、首を傾げて指を鳴らした。途端、暖かな光がウルの傷を瞬時に癒やす。
「その、助かります」
「どういたしまして。それとこちらをどうぞ」
そういって、スーアは虚空から突如として何かを取り出した。巨大な長物。真っ白な刀身に、細かな術式が刻み込まれ、それが模様の様に美しく瞬いている。刀身を支える柄は木材に見えるが、一切の歪みも加工の跡も見られないそれはシンプルながらも、溜息が零れるような精緻さがあった。
見た目は巨大な大槍か、斧か、あるいは大剣の類いに見える。だが、それはウルに見覚えのある、馴染みの武器だった。
「……竜牙槍?」
「私が壊したそうなので、返しに来ました。魔導核は庭園に落ちていたのを見つけました」
あの陽喰らいで、ウルが失った愛用の武器だった。
魔導核は同じものであるらしいが、形、刀身に柄が以前のそれとは異なった。毒花怪鳥の素材を使った毒々しい形から、一新している。一新されすぎて、正直元の形がどうだったのかちょっと分からなくなった。
「弁償しました」
「……どうもありがとうございます。わざわざこんな臭いところにまで」
「確かに臭いです」
本来であれば、コレは喜んでいい話ではある。幾らウルが物の善し悪しの分からないような無知な名無しであっても、その目で見ればすぐに分かる。間違いなくスーアが差し出してきた竜牙槍はウルの前のものよりも遙かに良い品だ。
が、問題は、
「スーア様、俺の格好分かります?」
「小汚い格好ですね」
「囚人です。一応容疑者扱いらしいですが」
「不敬罪ですか?」
「そうだったら俺はぐうの音もでないですが……この状態で武装したら不味いでしょ?」
囚人が武器を持っていたら普通は取り押さえられる。没収されて終わりだ。預かられるだけならまだマシだが、二度と戻ってこない可能性の方が高い。こんなところで渡されても本当に困るのだ。
しかしスーアは首を横に振る。
「貴方は”特殊刑務”に就くのでしょう?」
「ああ、なんかそう言ってましたね」
「”だったらこれは必要になります。誰にも咎められません”」
ウルは眉をひそめてノビていない看守の方を振り返る。彼は無愛想な面構えのままだったが、ウルの方を見て小さく頷いて見せた。
「……俺はこれから何するんだ?」
ウルはますます解せない顔になりながらも振り返り、スーアの手渡してきた竜牙槍を、一先ず受け取った。
「軽」
「【白皇鋼】、開発中の特殊な合金の刀身と【星森】に存在する【神樹】柄です」
素材の説明を受けているのだろうが、正直何を言ってるんだかよく分からない。滅茶苦茶凄いというのは分かるのだが、自分のような物の価値も分からない名無し相手に弁償するにはいささか過剰な気がしてならなかった。
「よくわかりませんがとりあえずありが――――」
ウルは礼を中断する。軽く握り、振るう。本当に軽い。狭い室内なので動きは制限されるが、それでもその軽い動作で、尋問室の空気を白く輝く刀身が両断していく。ジメジメと、薄暗い尋問室が、瞬時に浄化されていくようだった。
ウルは、頬が勝手に引きつり始めるのを感じ取った。「とっても良い物」程度だった自分の認識が相当に温い事を察し始めながらも、咆吼の動作を構えてみた。
「――――なんか、可動域が……え?どういう……?」
通常、魔導核の魔力を使い稼働する顎、竜牙槍の最大の肝であり、複雑な動作を行うために最も問題視される部分。可動域が明らかにおかしい。そもそも魔力で動く関節部が無い。刀身が宙に浮かび、輝きながら魔力の光で繋がり、【咆吼】の形状を維持している。
なにがどうしてそうなっているのか全く分からない。
「……あの、コレ、凄すぎて、多分俺、整備できないのですが」
「整備です?」
「整備です。いるでしょ」
スーアは不思議そうな顔をした。
「壊れませんよ?劣化もしません」
「――――今滅茶苦茶怖くなりました。幾らしたんですかコレ」
「わかりません」
「わかんないかあ……」
恐怖しかなかった。たかが一介の冒険者の武器を弁償するために何を造ったんだ。
「ええ、まあ、うん……兎に角、あ、ありがとうござ……」
それでもなんとか礼を告げようとしたその時、ひらりと、竜牙槍の可動部から一枚の紙片が落下した。はて、なんだろうかとウルが首を傾げながらそれを捲ってみてみると――――
『スーアサマを誑かした糞野郎に呪いアレ、災いアレ、地獄の底で死に絶えヨ――』
ウルは瞬時に紙片を畳むと、ぐしゃぐしゃに丸め、そのまま投げ捨てて咆吼を撃ち放って紙片を焼き払った。起動から咆吼までの速度は恐ろしくスピーディで一切のラグが無かった。放射後の放熱も一瞬で、即座に元の状態に戻っていた。
「どうかしました?」
「――――なんにも。とても素晴らしいものですね。ありがとうございますスーア様」
全ての思考回路を切って、ウルはスーアに礼を告げた。スーアは満足げに胸を反らした。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜牙槍を握ったウルの姿に満足したのかスーアは何度か頷く。その姿は子供のようにも見えるが、この場を支配しているのは間違いなくスーアだった。
スーアはそのまま、ウルを見上げながら言った。
「まず謝っておきます」
「は?」
言うや否や、スーアはぺこりと頭を下げた。ウルはギョッとしてすぐにその小さな肩を押し戻す。
「やめてください。なんなんですか」
「貴方を私は助けられません」
スーアの表情は変わらない。無表情だ。しかしどこか申し訳なさそうに見えるのは気のせいではないだろう。
「此処は数百年前から大連盟の方の中でも不可侵の場所になっている。どれだけ腐敗しようとも、父の力も届かない。"届けさせるわけにはいかない。”」
「その割に好き勝手しておられるように見えますが……」
「躾です」
「さいで」
若い看守のようにひしゃげた蛙になりたくないのでウルはそれ以上の追求は止めた。
「そしてもう一つ、我々の事情で、貴方を助けるつもりはない。だからごめんなさい」
そして語られた二つ目の理由に、ウル眉をひそめた。
「……どういう意味なんです?」
「貴方に期待しているということです。だからごめんなさい」
「……結局、俺は何をさせられるんですか?」
ウルは尋ねる。結局、これからウルが何をさせられるのか、何を期待されているのか、何を憐れまれているのか、全く分からないままだ。流石にもうこれ以上、嫌な予感だけが積み上がるのは嫌だった。
ウルの疑問に、スーアは頷いた。
「教えます。でもその前に」
そう言って、スーアは再び虚空から何かを取り出した。ウルは一瞬何を出してくるのか警戒したが、そこから取り出したのは武器の類いではなかった。
「それ……【黒睡帯】」
「機織りの魔女から取り寄せました」
「幾ら……いや、何も無いっす。」
ウルも装着している【黒睡帯】だ。ウルが魔眼を封じるためのそれと同じだった。模様も同じだ。ただ少しサイズが異なった。それを握ったスーアは、ウルの方へとそっと手を伸ばし、ウルに着け――――ようとしたが、背丈が若干足りずにぷるぷるしだした。
「……」
ウルは黙ってそっと屈むと、スーアは満足げに頷いて、ウルが現在装着している眼帯をはずして、新たにスーアが持ってきたものを回して、結んだ。しかしそれは本来の眼帯の役割を果たしてはおらず。
「……両目とも、隠すのですか?」
「【黒睡帯】なら視界は塞がってないでしょう?」
「まあ、確かに……」
「地下牢でも作り手はいます。が、先に渡しておきます。絶対に外さないでくださいね」
「怖い」
「ついてきなさい」
そのままスーアが部屋を出て歩きだした。ウルは残されたもう一人の看守を見ると、彼は少し苦々しい表情をしながら顎で指した。許可は出たらしい。ウルは軽く会釈してスーアについていく。
ウルが連れてこられた取調室から先へと進む。途中何人かの看守とすれ違い、スーアとウルの姿にギョッとなっていたがだれも二人を止めることは無かった。焦牢の中は複雑だった。昇ったと思ったら下ったり、そうかと思えばやけに長い通路を歩いたりする。
中にいる囚人達に脱走されないようにするためだろうか?
などとウルが考えている内に、風が吹いてきた。外の空気の流れだった。しかしウルは開放感よりも違和感に顔を顰めた。
何かが焦げ付いたような匂いがする。なにか、燃えようのないものを無理矢理焼いて、ずっと悪い煙を吐き出し続けているような、嫌な匂いだった。
同時に、徐々に蒸し暑さを感じ始めた。
「なんだ……?」
季節は秋、【秋の精霊アウタム】が既に訪れている。にもかかわらず随分と暑い。そして暑いというよりも”熱”かった。まるで巨大な炎が近くで燃えたぎっているかのようだった。
「もうすぐです」
通路は終わる。出口が見える。ウルはスーアに続いて外に出た。
そして、その光景を目撃する。
「これは………」
大地が燃えていた。
草木の一つも生えないような砂漠で、炎が激しく燃えさかっていた。当然ながらそれはただの炎では無かった。大地を焦がし焼き尽くすその炎は、”真っ黒”に燃えさかっているのだ。
黒炎は大地を焼き、黒い煙を吐き出して、空を覆い、太陽神を隠していた。
あまりに異様な黒炎だった。ウルはそれを見ようとして、湧き上がる嫌悪感に思わず眼を逸らしてしまった。あの黒炎を見ることを、肉体が拒絶している。
スーアが【黒睡帯】を渡してきた理由が、理解できた。
以前、ディズが言っていた、見ただけで呪われる憤怒の炎、アレがそうに違いなかった。
つまるところ、此処は――――
「【元・大罪都市ラース領】【黒炎砂漠の攻略】と【灰都ラースの解放】、【黒剣】が罪人達を使ってやらせる事です」
【罪焼きの焦牢】
【元・大罪都市ラース】の地下空間に建造されたその場所の目的はただ一つ。罪人達の罪を禊ぎ、そして大罪の竜に呪われた大地を解放する事だった。
「……本当に面倒くさいことになったな」
ウルはもう一度途方に暮れた。
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