罪焼きの焦牢と友との会話
【竜吞ウーガ】会議室
「どうしてウルが捕まえられなきゃいけないんだ!!どうしてなにもわからない!」
エシェルは怒り心頭と言った表情で叫んでいた。
ウルが捕縛されてから、【歩ム者】の残されたメンバーもウルの状況を確認するために方々を尋ね確認して回っていた。が、話を聞いて驚く者がいても、事情を知る者は少なかった。勿論ウルの事情を心配し、出来ることがあるなら協力すると言ってくれる者は多く居たが、しかし中々に話が進まず時間だけが経ってしまった。
ウルからの連絡は勿論ない。エシェルは業を煮やしていた。
「エシェル様、落ち着きましょう」
その中、隣に座っていたシズクがゆっくりとした言葉で彼女を抑える。怒り心頭のエシェルはまるでシズクが悪いというように彼女を睨んだ。
「でも!」
「ウル様の問題を解決するために色んな方が動いてくださっています。ですがエシェル様が怒鳴り散らしてしまっては、皆様の立場が無いです」
「うっ」
シズクの指摘でエシェルは黙る。実際、シズクとは反対に座るカルカラは酷く申し訳なさそうに顔を伏していた。ウルの報を聞いて一番混乱していたエシェルのため、彼女はこの一週間寝る間も惜しんで事実解明と解決の為に動いていたのだ。
シズクの言うとおり、ヒステリックに怒鳴るのはあまりに彼女や、他の協力者達にも失礼だった。
「……ごめん。冷静じゃなかった」
シズクは微笑み、エシェルの頭を優しく撫でた。そしてそのまま前を向く。
「ですが、分かっていることもあります」
「分かったこと……?」
「これだけのヒトが動いても、ウル様の捕縛の理由が見えてこないということです」
それはそうだろう。と、エシェルは思ったが、エシェルの言葉に考え込む者もいた。リーネは口先を尖らせ眉をひそめる。
「確かに、仮にも”黒剣”が動いたのに、どうして動いたのか、があやふやなの、変ね」
【黒剣】が動いたと言うことは、つまりウルは大連盟犯罪の容疑で捕らえられたと言うことになる。が、肝心要のその情報が全く出てこない。イマイチピンと来ないのだ。
するとロックがカタカタと手を上げる。
『あれじゃないカの?グラドルの王さまぶっ潰したときのアレ』
エシェルがぐっと顔を青くさせた。グラドルの王、エイスーラを殺した件を問われれば、確かに間違いない。つまり自分のトラブルが元でウルが捕まったことになる。それはエシェルにとって耐えがたかった。
救いを求めるようにシズクを見ると、彼女は言った。
「確かにその件で追求される可能性はあります」
「ぐう……」
「エシェル様」
撃沈するエシェルを見てもう一度シズクは彼女の頭を撫でる。
「とはいえ、もしそうだったとしても、私達の前にろくに姿を現さなかった【黒剣】が何かを掴んでいたとは思えません。ロクな調査もしていないはずです。」
『そらそうじゃの。っちゅーかグラドルどもとの騒動があった辺りは、ウーガの【超咆吼】で大部分消し飛んでおる。何の証拠が出てくるっちゅーのはなしじゃろ』
ウルの経歴には瑕がある。これは事実だ。が、しかしその証拠を掴んでいる可能性はほぼゼロだ。どれだけ【黒剣騎士団】が優れた調査能力を有していたとしても、あの混沌極まるウーガの戦場から何を掴めるというのか。
「つまり、ウル様の捕縛は、正しい根拠や証拠を経て行われたものでは無いはずです」
「誰かにハメられたってこと……?でも何のためにウルを……」
「目的があるとしたら、すぐに思い当たるものがあるでしょ?」
頭を傾けて首を捻るエシェルに対して、リーネは自分の足下を指で指した。
「此処、ウーガそのものよ 。」
その言葉に、エシェルは眉をつり上げた。
「でも、それは!ちゃんと私達証明できたじゃないか!あの地獄で!!!」
エシェルは叫ぶ。そこには強い怒りが篭もっていた。
陽喰らいの儀の、あの恐ろしい地獄の戦い。何度となく全滅しかけたあの悲惨な戦いを必死に乗り越えたのは、ウーガを護るためだ。そして、ウル達は本当に頑張った。足らない実力で、何度も何度も死にかけながら、結果として世界を救う程の大活躍をしてのけたのだ。
だというのに、何故ウルがまたひどい目に遭わなければならない!
そう訴える。エシェルの怒りは確かにもっともだ。此処に居る全員、態度はどうあれ、ウルへの仕打ちに思うところ無い者はいないだろう。
「エシェル、今からすっごく嫌な話するわよ」
だが、今回の一件には一つ、大きすぎる落とし穴があるのだ。
「……怖いんだけど」
嫌な警告に怖じけるエシェルを無視して、リーネは続ける。
「あの天魔裁判って、私達及びグラドルのウーガの管理能力を問うたものだったわよね」
「うん、そうだ。だから私達は頑張って……!」
「だけどあの裁判に、今後も私達がウーガを管理していく事を保証してくれる何かしらがあった?」
「勿論――――――…………」
エシェルはそう口にして、続けようとして、そして気がついた。
「…………え゛???」
『そういやなーんもないのう。あの戦いでワシらが証明したのは”管理能力の有無”だけじゃのう。”管理の権利とその保証”が与えられたわけではないわ』
そう、あの天魔裁判は、あくまでも不備の指摘であり、そして陽喰らいの戦いはその指摘への反論だ。以上でも以下でも無い。今後、ウル達がずっとウーガを管理し続ける事を保証してくれるものでも何でも無い。
「ウーガを狙う奴らからすれば、伸ばす手を止める理由にならないの」
「――――ペテンだ!!!!!」
エシェルはブチ切れて机をぶっ叩いた。癇癪ではあるが、この場にいる全員の代弁でもあった。誰も彼女を咎める気にはならなかった。あまりにも酷い話だった
だが、あの【天魔裁判】はあくまでも”彼等”の武器だ。逆に利用されて、相手の武器にされるような愚は犯さない。それはそうなのだ。だが、そうだとしても――――
「【遊撃部隊】の連中が死ぬほど嫌われる理由、分かった?」
「アイツら大っ嫌い!!!!!!!!」
「自分の感情をハッキリと出せるから、貴方のこと好きよエシェル」
顔を真っ赤にさせてるエシェルに、リーネは溜息をつきながら告白した。が、なんの慰めにもならなかった。
「とはいえ、流石に「はーい裁判でコテンパンにされたけど知った事じゃありませーん!!」なんて抜かしてすぐにまた仕掛けてくるほどの恥知らずじゃあ無かったはずなのだけどね……」
「それに、分からないこともあります」
リーネの言葉にシズクが続く。
「黒剣騎士団は、つまるところ“国際的な活動をする騎士団”なのですよね?何故、ウーガを巡る争奪戦に関わってくるのでしょう?」
「そりゃ、利用されるだろうさ。アイツラならな」
言葉を続けたのはリーネではなかった。シズクが振り返ると、寝間着姿のジャインが、会議室の入り口に立っていた。少し顔色が白い。隣でラビィンが寄り添っているが、少なくとも一人で立って歩いている様子だった。
「ジャイン様。お体は大丈夫ですか?」
「動かねえ方が鈍る」
そう言いながらもジャインは会議室の椅子に座り溜息をつく。竜との戦いから暫く、彼の身体の調子はまだ少し悪かった。完全に回復するまで無茶をすべきでないと癒者に言われているのだが、今は少し無茶を押して此処まで来たようだ。
それは勿論、ウルの一件で自分の持つ情報を共有するためだ。彼もウルのことは心配してくれているのだ。
「【黒剣】のことは知ってる。俺の出身の幽徊都市をぶっ壊したのが連中だ」
「そう言う意味じゃ恩人と言えなくもないっすけどねー……」
ジャインの隣でそう呟くラビィンは、そう言いながらも表情を曇らせていた。その顔には、彼女にしては珍しい嫌悪が滲んでいる。
「“国同士を繋げる大連盟の法を護る騎士団”なんだろう?なにが問題なんだ?」
エシェルが問う。リーネも、少し解せないといった表情をしていた。黒剣騎士団は都市の内側を活動拠点にはしていない。故に、リーネもエシェルも、あまり馴染みが無かった。どれほどに歪でも、二人は特権階級の出身者だ。縁が遠い。
それを理解しているのか、ジャインはその場の全員に語りかけるように、ゆっくりと続けた。
「……拠点を悟られないように次々に移動する幽徊都市を、黒剣騎士団の連中はどうやって見つけて、壊滅させたと思う?」
幽徊都市、ジャインの所属していた闇ギルド。各都市をまたにかけて犯罪を代行していた邪悪なる犯罪ギルド。魔物蔓延る都市の外で、器用にも立ち回り、あらゆる都市を翻弄し続けた連中。
黒剣騎士団が彼等を壊滅させることができた、その理由。
勿論、その時たまたま、幽徊都市から離れていたジャイン達の手引きなんてものもあったのかもしれないが、それだけではない。
「アイツら、元々幽徊都市のお得意さんだったんすよ」
「……え?」
そもそも、当時子供だったジャイン達が利用できる程度には、彼等の繋がりは深かったのだ。詰まるところ、結論は――――
「要は、黒剣騎士団は、腐敗してんだよ」
「腐敗」
「それも割りとがっつり」
「がっつり」
あまりにも酷い話だった。
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【罪焼きの焦牢】
「まあ、黒剣騎士団がロクでも無いって話は聞いていたが……」
都市の中で生まれ、育ち、死ぬ都市民達には馴染みないだろうが、都市の外を放浪する名無し達の間では特に有名な連中だ。特定の国に所属せず、国同士を繋ぐ【大連盟】の法に則り、都市を跨ぎ罪を犯した者、あるいは都市の外で罪を犯す者を裁く者達。
神と精霊に仕えるのが【天陽騎士団】
都市とその法に仕えるのが【騎士団】
そして大連盟に仕えるのが【黒剣騎士団】だ
国同士に物理的に距離のあるこの世界で、国同士を結びつけるための大連盟。それを護らせるためには必要な組織だった。大連盟の盟主である天賢王の権力すらも届かない、この世界の監視者とも言える組織。
しかし、それがどれほどまでに正しい理念と必要性によって生み出された組織であろうとも、ヒトが生みだした物であるのなら、不変とはならない。時に善き方へ、時に悪しき方へと流れ、変わり、そして歪んでいく。最初の理念からかけ離れていく。
無論、より良くなる事もあるだろう。洗練されていく事もあるだろう。
しかし、黒剣騎士団はそうではなかった。
彼等は歪んだ。易い方へと流れた。中立なる法の番人故、王すらも容易には介入はできないという特権を悪用した。彼等こそが、誰も手出しできない、特権者となった。
彼等は各都市を飛び回り、本来の業務の傍ら、そのフットワークを悪用し、時にへつらい、時に脅迫し、コネクションを更に悪用した。金と権力の二つが彼等を際限なく増長させたのだ。
名無したちにとって彼等は有名だ。
正義面した魑魅魍魎蔓延る悪党騎士団として。
だから、彼等が明確な証拠も根拠も無しにウルを捕縛するのは、全く不思議では無い。彼等はやりかねない。ウーガを狙う連中と手を組めば、これくらいのことはかましてくるだろう。
疑問があるとすれば、
「やっぱ、なんでこんな性急に仕掛けてきたかだが――――」
「それは勿論、君がバケモノじみた速度で王手をかけたからだよ」
「……来たか」
コツンコツンと、牢獄から足音がする。真っ直ぐにこちらに近付いていた。ウルは鉄格子越しに少しだけ顔をのぞき込み、予想通りの知った顔を見て、溜息をついた。
「――――やあ、ウル。怪我はしていないかい?」
「牢獄の中で元気-!なんて抜かす奴がいると思うか?エクス」
エンヴィー騎士団遊撃部隊副長にしてウルの幼馴染み。エクスタイン・ラゴートが普段と変わらない柔和な笑みをとっ捕まったウルに向けてきた。
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