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牢獄に叩き込まれるまでの一週間


 ヒトが集まり社会を成すとき、必ずそこには罪が生まれる。


 生まれたヒトは誰しもが善良であると唯一神ゼウラディアは説く。

 だが、時としてヒトは七つの大罪、その悪竜の囁きに誑かされるのだ。彼等は道を迷い、規則を破り――――悪に走る。

 だが当然、そんな彼等を放置することは出来ない。

 今のヒトの世で、安全に生きられる場所は狭いのだ。放置すれば大罪の悪気は満たされてしまう。だからその都市の法と秩序を守る騎士達は、罪を犯した犯罪者達を速やかに捕らえ、牢に入れる。犯した罪を裁き、時として都市の外へと追放する。


 都市の中で犯罪が起こったのならこれでいい。

 だが例えば、都市の外で罪を犯した者がいたならば?あるいは、都市を跨いで犯罪を起こす悪党が存在したらどうなるか?


 被害を被った都市は当然彼等を捕らえ、裁く権利を主張する。しかしその主張が都市同士でかち合った際、別の争いが発生することを避ける必要がある。

 この世界での都市同士の争いは御法度なのだから。

 どの都市の影響からも独立した”裁きの場”と”収容施設”が必要となったのだ。


 【罪焼きの焦牢】と呼ばれる地下牢獄はその為にあった。


 イスラリア大陸に存在する”とある一地域”

 絶対にヒトが近付かないその場所の地下空間に広がる収監施設。並ぶ鉄格子と、そこに捕らえられた犯罪者。彼等の多くは容易くは裁くことが叶わない罪を犯し、此処に送られてきた重犯罪者達だ。

 陽の光も差さないこの場所での彼等の肌色は青白く、満足な食料も与えられていないのかやせこけている。だが、その目だけは一様にギラついていた。心身の餓えが目の奥に強く表れていた。


 そんな彼等の視線は一点に集中する。その先には、新たなる収監者の姿があった。


「…………」


 灰色の髪、男、小柄だが只人だ。外から中に入ってきたばかりである筈だが、此処に居る連中と同じくらいに何故か目つきがやたら悪い。仰々しい黒い帯を左目と右腕に巻き付けている。それ以外は自分らと同じ囚人服だったが、その鍛え上げられた体つきから冒険者か、あるいは戦士の類いであると気付く者は気付いただろう。


「ガキだ」

「ガキだぞ。森人でもねえ。なにしてあの年でこんなとこまで来たんだ」

「魔術で若作りしただけじゃねえの?ジジイの方がまだ説得力があるぞ」

「おいガキぃ!!なにして人生終わらせちまったんだ!?」


「黙れ!!!」


 看守の怒声が響く。その怒声に更に囚人達は沸いた。娯楽が少ないこの牢獄の中において、新たに収監される犯罪者、というのは一つのイベントと化していたのだ。懲罰を受けないギリギリの線で彼等は騒ぎ、やって来た新人に罵声を投げつけた。


「…………」


 一身に罵声を浴びせられた少年は、しかし反応することは無かった。脅すように寸前まで届こうとしていた拳にも反応しない。淡々と、看守の誘導に従った。


「入れ」


 間もなく指示された場所に到着する。少年はこれまた黙ってその指示に従った。少年が牢の中に入ると、再び重苦しい音と共に扉が施錠される。振り返ると看守の一人、若い男が少年を見て、ニヤリと笑う。


「期待の新星がこんな所に来るなんて、哀れなもんだな。何したんだ?」

「さあ」

「おい、ちゃんと答えろ」

「思い当たる節もな……いや……あるにはある……いやめっっちゃある……しかしなあ」


 煮え切らない態度の少年に看守はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「まあいいさ。てめえはもうお終いだ。精々残る哀れな余生に絶望するんだな」


 そう言って看守も去って行った。

 残された少年、ウルは、自身の牢獄を見渡す。部屋にあるのは汚らわしい簡易トイレと固いベッド。以上である。それ以外は何も無い。愛用の武器も防具も無い。囚人服だ。

 腕を組み、壁に寄りかかる。そして小さく呟いた。


「……どうしよう」


 ウルは途方に暮れた。

 ただ、途方に暮れるのは割と何時ものことだったので、言葉とは裏腹に全く動揺していない自分にウルは腹が立った。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 事は一週間前に遡る。【陽喰らいの儀】から一週間が経過した。ウルにとってその一週間はあっという間の時間だった。


 1日目


 最初の1日目に関しては記憶がない。ずっと寝ていたからだ。


 2日目


 寝ていて、目を覚ましたら何故かブラックが葡萄酒を片手に飲み会をやると言い出したので二度寝して、もう一度覚ますと何故かプラウディアの酒場に誘拐されており、強制的に飲み会をする羽目になった。

 陽喰らいの儀で参加した戦士達、しかも神官達すらも多数誘拐されており、結果とてつもない馬鹿騒ぎになった。


「お、おま!おまー!!そのワイン!!お前!!!馬鹿野郎!!」

「うっせーな良いんだよ!!酒はのまれるためにあるんだろうが!!!」

「あ!あー!!ああー!!やめろやめぬか!!!せめて私が飲むぅ!」


 ブラックがどこからか持ち込んできた葡萄酒が金額にして”金貨十数枚”とかいう値段がつく恐ろしい代物だったことも熱を暴走させた。これで丸一日が潰れた。


 3日目 


 グラドルのシンラ、ラクレツィアに事後報告。

 陽喰らい完了後、即結果を通信魔術で報告していたが、改めての連絡となった。が、ラクレツィアがとてつもなく忙しいらしく通信魔術で顔を出さず、補佐官の女が応対した。


《大任、お疲れ様でした。シンラも喜んでいらっしゃいました》

「いえ……ラクレツィア様はお忙しいのです?」

《少し、ですが必ず改めて皆様に礼を言いたいとおっしゃっていました……そちらもどうか気をつけて》

「無理はされないようお伝えください。それでは」


 少々不穏な所はあったが、この時は触れなかった。


 4日目から6日目


 荒れ果てたウーガの修繕作業、及びウル達の手持ちの破損した武具・防具や戦車・ロックロール号の修繕作業。つまり今回の戦いで喪失した物資類の回復に費やされた。

 が、そう簡単にはいかない。ウーガの怪我人は多く、無茶はさせられない。ウルだって別に完全回復したわけでも無く、ウーガの破損した都市部の回復がまずは優先された。ウルとしては先の戦いでぶっ壊れた竜牙槍の修復も行いたいが、残念ながらそもそも本体の魔導核がどこぞへ吹っ飛んでしまったのでそれもできなかった。


「魔導核、折角結構育てたのになあ……」

「空中庭園の片付け作業も進んでいるみたいですし、見つかるかも知れませんよ」

「粉々だったからなあ……スーア様の所為で……」

「なんです?」

「なんでいるんですスーア様」

「…………遊びに来ました?」

「何故疑問符、そんで大丈夫なんですかそれ」

「ちゃんと今日のお仕事は終わらせてきました」

「意外としっかりされてらっしゃる」

「父からも、夕飯までに帰るようにと言われています」

「父からも…………――――天賢王からも???」


 何故か、ふらふらとスーアが来て、ウーガを治しに来たので驚く程早くに建造物が回復した。カルカラの建物よりも遙かに増して美しくなっていたりしたから酷く分かりやすかった。


 そして7日目


 冒険者ギルドから今回の戦いの特別報酬が渡された。そしてそこに合わせて、


「ウルさん、及びシズクさんは銀級への昇格が決定となりました。銀級の指輪の用意には暫く時間が掛かりますので一週間後をお待ちください」


 と、これが一週間の間に起こった出来事である。


 まさしく、嵐の一週間だった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 そして八日目 大罪都市プラウディア中央街 料理店 火牛亭にて


「んじゃ、”竜吞ウーガなんとかなりました祝い”と”銀級昇格した祝い”で乾杯」

『テキトーなネーミングじゃのう』

「根本的に雑よね。こういう時って」

「良いではないですか。子供っぽくて好きですよ私」

「わ、私も良いと思うぞ……分かりやすくて」

「好き勝手な罵倒と悲しいフォローありがとよ。ほれ乾杯。」


 【歩ム者】の一行は飯屋の個室を借りて祝杯を挙げていた。

 どたばたと忙しい中、何回か色んな相手と食事の席を設けることもあったが、こうして完全に身内だけで食事を取ることは無かったので、改めて行うことに決めていた。

 ウーガの補修も完了し、ようやく一段落ついたのだ。


「……私も身内か」


 カップを持ちながら小さくエシェルは呟いた。


「なんだいやか?俺はもう身内のつもりだったが」

「嫌じゃ無い、すっごく嫌じゃ無い」


 エシェルは即答した。ウルは笑う。


「良かった良かった乾杯乾杯」


 ウルの一言で彼女のカップに次々と他のカップが重なった。エシェルは小さく顔を俯かせた。


『ぬ、これ良い酒じゃの』

「此処、良い店だからな。折角大金が入ったんだ。安い店行くのもバカだろ」

「でも料理も美味しいわね。こんな店よく知ってたわね」

「”例の戦い”で知り合った神官さんに教えて貰った。此処のオーナーが生産都市に以前務めていた重役だったんだとよ」


 ウル達は出てくる料理に舌鼓を打つ。事前の情報の通り出てくる肉料理はどれも美味しく、柔らかかった。ウルの雑な舌では「なんかすげえ美味い」という酷い感想になるのは大変に申し訳なかった。

 見た目も華やかに盛り付けられた肉料理の数々は次々に消えていった(ロックは肉汁を魔石にまぶし、ソースをかけて食べていた。すげえ美味かったらしい)


『しかし、今更ながらディズやアカネはよばんかったんかの?』


 食事が中盤にさしかかった当たりでロックが尋ねる。

 確かにこの場に居るのはウル、シズク、ロック、リーネ、そしてエシェルの五人だった。ディズやアカネは呼んでいない。


「お声はおかけしたのですが、残念ながら今とても忙しいらしくて……」

「アカネとかすごい残念そうにしてたんだが……」


 どうにも陽喰らいの儀の後も暫く自分たち以上にドタバタとしているらしかった。彼女を誘えたのもたまたま偶然プラウディアで居合わせたときだったのだ。


 ――お誘い本当に嬉しいけど、うん。ごめん、死ぬほど忙しい

 ――あたしいきたーい!

 ――ダメ

 ――うぎゃあーん!


 アカネまで問答無用だった。


「まあ、また落ち着いたら誘おう。別に何度も祝っちゃいけないわけでも無し」

「それに、今回は【歩ム者】のお祝いですからね。」


 そう、一応今回はウル達のギルド、【歩ム者】のお祝いである。

 ウーガの騒動から一気に協力者が増えて、繋がりは大きくなった。本当なら、白の蟒蛇のジャイン達とも一緒に騒ぎたかったが、その前にまずは【歩ム者】だけでやろうと決めていた。

 ウルは既にジャイン達の事も、半ば身内のように感じてはいるが、しかし【歩ム者】という枠組みも大事にしなければならないのは分かっていた。積もる話もあるのだ。


「それで?わざわざこの五人で集まったと言うことは、また何か話し合うの?」

「酒が入った状態で真面目な話するつもりはないが……まあ、多少の方針は決めたいかな」


 ウルが肉を噛み切りながらリーネの問いに応じる。わざわざ個室を選んだのだ。身内話をするには向いた場所だった。


「と言っても、方針は変わらないでしょう?黄金級になるっていう」

「まあな。ただ銀級昇格が決定して、目標が具体化したので、少し整理したい」


 指輪も無い時期から定めていた黄金級という目標は、しかしあまりにも遠すぎた。具体性に欠いたのだ。しかし今は違う。しっかりとした道順を作っておかなければならない時期になりつつある。


「でも、銀級昇格すらイレギュラーな形じゃなかった?私達」

「提示された迷宮踏破の条件、ぜんっぜん真っ当にこなしちゃいないしな……」

「ウーガは、迷宮だったけど……真核魔石とかなかったしな……」


 冒険者ギルドから教えられた色々なアドバイスがまったくの無に帰した。勢いと流れでここまで到達してしまった。あの時苦労して説明してくれたギルド員の職員には申し訳無い。


「とはいえ、黄金級が”流れ”で昇格出来るとも思えん。流石にそんなアホみたいなトラブルが頻発する訳がねえ」

『本当カの?』

「やめろ骨」


 ニタニタと不安を煽るロックをウルは指先でガンガンと突いた。


「黄金級の条件、大迷宮複数の踏破実績、人類生存圏外の開拓、そして竜討伐だ」

「じゃあ、”竜”に関しては条件クリアって事?」


 リーネは問う。確かに陽喰らいの儀の時竜が出現し、そしてその討伐を陽喰らいの戦士達は完了させた。それは即ち竜討伐の実績と言っても過言ではないのかもしれない。

 が、ウルは首を横に振る。


「あれは、手伝っただけだからなあ。俺たち単独で竜を討ったわけじゃ……」


 とそこまで話して、ウルはエシェルにちらりと視線を向ける。ウーガに襲来した怠惰の混成竜を、エシェルはほぼほぼ単独で討ち滅ぼしたという事実は既に耳にしている。ともすれば彼女が最も黄金級に近いのかもしれない。


「?」


 だが、ウルの視線に気付いたのかエシェルは不思議そうにする。話の筋に自分が関わってると思いもしていない。

 怠惰の混成竜討伐時、エシェル当人の意識はその時殆ど無く、そもそも邪霊の力を使った討伐実績を冒険者ギルドがどのように認識するかわかったものではない。よって、あれはノーカンと考える方が妥当だろう。


「そもそも、竜を討てるだけの実力を身につけるって事であって、たまたま竜が目の前で死にましたので黄金級です。とはならんだろう」


 ウルの意見にシズクも頷いた


「無理に近道しようとしても、恐らくその後が続かないでしょう」

「なら、当面の目標は、お金を稼いで、大迷宮を踏破って所?」

「そうなるな。ついでに人類生存圏外の大迷宮を狙えば、開拓にもなるかも、だ」


 目標は定まった。濃密な時間があっという間に過ぎ去ってしまって少し焦りもするが、ここから先は慌てても仕方が無い時期に来ているのだ。

 稼ぎ、装備を整え、鍛える。

 冒険者の基本に立ち返る必要がある。


「ま、こんな所か。細かいことは後で考えよう。酒浸った頭で考えることじゃねーや」

「もう少しでメインディッシュが来るそうです。楽しみですね」


 ウル達は話を切り替える。この後メインディッシュが来る。教えてくれた神官曰く「口内で肉が消滅する」という凄まじい肉が来るらしい。実に楽しみだ。


「失礼」


 そう言っている間に、個室の扉がコンコンとノックされた

 来たか。と、ウルは視線を向けて、そして――――眉をひそめた。


「【粘魔王殺し】のウルだな?」

「は?」


 なにやら、真っ黒な鎧をした騎士達が、何故かウル達の個室に入り込んできた。どう考えても彼等は店の店員ではない。手に肉も持っていない。持っているのは物騒な剣だ。そして彼等は真っ直ぐにずかずかと入り込み、ウルの両肩をがっしりと掴んだ。


「………どちらさんで?」


 プラウディアの騎士鎧ではない。こんな禍々しい真っ黒な鎧ではない。何者かは不明であるが、しかしウルにとって友好的な相手でない事は確かだった。


「【黒剣騎士】である。大連盟法に基づき貴様を拘束する」

「……メインの肉食ってからでいい?」

「ダメだ」

 

 ダメだった。

 ウルは捕縛された。これが8日目の出来事である。


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