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賢者と愚者




 真なるバベル。王室。


「傷の全ては完治させましたが、どうか安静になさってくださいませ」

「仕事がまだ残っている」

「安静になさってください」

「だが」

「安静になさってください」

「……わかった」

「大罪の竜を退ける大任、本当にお疲れ様で御座いました」


 天賢王、アルノルド・シンラ・プロミネンスの治療を行っていたファリーナが深々と頭を下げて部屋を後にする。アルノルド王と彼女は本当に長い付き合いだ。殆どの者が彼に対して平伏するが、彼女だけは全く引き下がらない。

 不敬と指摘する者もいたが、王の健康に関わることであれば、彼女は一切言葉を繕わずに容赦なく指摘する。高齢のため若い癒者を用意する提案をされたこともあったが、自分よりも腕がある者が用意できたらと提案を切って捨てる強情の女である。

 アルノルドも彼女の言葉については言うことを聞いた。


「……」


 が、今日この日に限ってはそれはできなかった。彼は暫くすると大きなベッドから身体を起こし這い出す。そして不意に部屋の隅へと視線をやった。


「ブラック」

「おいおい、かーちゃんの言うこと聞かなくて良いのかい?アルノルドよ」


 その部屋の隅から、ゆらりと黒い影が姿を現す。魔王ブラックはケラケラと笑いながらアルノルドをからかうが、彼はまるで応じなかった。


「お前のような者がいては安静になどできない」

「嫌われてるねえ」

「好いても嫌ってもいない。あえて言うなら面倒だと思っている」

「おい、傷つくぞ」


 そう言いながら彼は部屋の中のやけに大きなテーブルにつく。ブラックも同様だ。王は無表情に、ブラックはニタニタと笑う。

 正反対の表情を浮かべる二人だったが、しかし()()()()()()()()()


「首尾は」

「あー上手くいったぜ?ほらよ」


 そう言って彼は懐から何かを指で摘まむようにしてアルノルドにソレを見せつける。

 一見してそれは、気色の悪い虫のように見えた。拳大ほどの大きさ。焦げ茶色の身体に細く長い足が一〇本以上くっついてそれらが抵抗するようにぐしゃぐしゃと蠢いている。背中に当たる部分には小さな白い、指のように見える”羽”がある。

 真っ当な感性を持つものなら嫌悪感で眼を逸らすだろうそれを見て、ブラックは笑う。


()()()()()()()()()()


 その言葉の意味するところを理解できる者は、目の前のアルノルドしかいないだろう。

 世界を蝕む大罪の竜。そしてつい先程、迷宮まるごとに落下して世界を存亡の危機に貶めようとした災禍の根源が、このような”小さな虫に見える何か”であるなどと。

 ましてそれを、天賢王の寝室に持ち込むなどと、誰が想像できるだろう。


「いやあ、チョロかったぜ?七天達に思い切り気を取られてたからなあ。危なくなったからってビビってアイツらを”活性源”使って追い出して安心したんだろうさ」

「彼等が”囮”とは思わなかっただろう。私も思わなかったからな」

「上手くいったんだから良いだろ?っと」


 パチンと弾けたような音と共に、ブラックは竜を摘まんでいた指を離す。彼の指先は変形していた。しかもそれは指が折れたとか、そういった次元ではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


『KIIIIIIIIIIIIIIII!!!!』


 身体の半分が悍ましい、あらゆる咆吼にのたうつ魔物に変貌し、もう半分のブラック自身に襲いかかろうとしていた。


『――――――――!!!!!』


 同時に、こぼれ落ちた大罪竜プラウディアは不可視の力で空を飛び、そのまま真っ直ぐに前進する。眼前にいる人類世界を維持するための長を殺すために。

 しかし、


「ッハハ」

「………」


 ブラックは、半分になった己を残った左手で抉り殺し。

 アルノルドは、自らに迫る竜を、指先一つ動かさずに黄金色に輝く結界に閉じ込めた。


「油断するな。仮にもイスラリアを蝕む大罪だぞ」

「わーるかったって」


 ”半分になった”ブラックが笑う。そうしている間に動かなくなった、幾つもの蛇が纏わり付いたような様になったブラックの半分の身体を【黒い何か】が浸食する。灰色の身体に赤い目をした蛇たちはその【黒い何か】に覆われて、動かなくなり、形を変えるとそこには元のブラックが存在していた。


「此処でお前が大罪竜に喰われたらそれはそれでおもしれえって思っちゃってよ」


 元通りになったブラックは物騒な事をのたまいながらゲラゲラと笑った。アルノルドはピクリとも笑うこと無く、眼前に捕らえ直した大罪竜を眺める。


『――――――――!!!!!!』


 恐らく、何かしらの抗議の声を上げているのだろう。しかしそれは鳴き声にすらならず、言葉として意味を成すものにはならなかった。そもそもアルノルドはそれを解するつもりも無い。

 ブラックは血塗れになった手を握り、開くと、潰れた指先は既に再生していた。そして彼はアルノルドへと向き直り、問う。


「さて、3:7かね?」

「5:5だ。」

「おいおい、仕事したのは俺だぞ?強欲過ぎね?」

「その隙を生み出したのは我々七天と、勇敢なる戦士達だ」

「4:6……」

「5:5」

「4た」

「5:5」

「……わーったよ。意地っ張りなんだから、んもー」


 交渉が終わる。同時に大罪竜プラウディアに変化が起こる。


 結界の内側で、何かの力が働いたのだろう。竜は悲鳴を上げている、様に見える。声は外には聞こえない。そして暫くすると竜の身体は一瞬ひしゃげ――


『――――――      』


 ぐちゃりと潰れて、形を失った。

 世界の大罪を司る一端、大罪竜はその形を失われた。


 アルノルドとブラックは、その残酷な処刑をただジッと見つめている。大罪竜の潰れた後、血肉混じった真っ黒な液体が残る。それを溜め込んだ結界は不意に形を変える。丸い、二つの形状となったそれらは内側に竜の血を溜め込んで、ブラックとアルノルド、それぞれへの手元へと移動した。

 真っ黒な宝石のように輝くそれをブラックは摘まんで、笑う。いつでも客人を迎えるためか、机に並んでいたワインとグラスを手に取ると、二つ注ぐ。


 そして竜の血をその中に落とした。アルノルドも同じようにする。


「そんじゃあ、乾杯かね?」

「祝杯には悍ましすぎるがな」


 そう言いながらも、アルノルドは差し出されたブラックのグラスに自身のグラスを当てて軽い音を鳴らした。ワインと、竜の血がグラスの中で揺らめく。


「この世界の破滅を願って」

「この世界の安寧を願って」


 互い、正反対の言葉を口にしながらワインを呷る。ブラックはそれを一息に飲み干し、訝しげに眉をひそめた。


「おっと?これ本当にイーブンか?少なくね?」

「下らん誤魔化しはしない。恐らくだが【簒奪の巫女】だ」

「は?」

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 その言葉を聞いて、ブラックは初めて驚愕したのか目を見開いた。


「は???おいおいおい、あのお嬢ちゃん、確かミラルフィーネを丸ごと吞んでたろ?」

「そうらしいな」

「んで、その上でプラウディアの一部まで喰らったのか?【星海】みたいな外付けタンクもなしに!?【竜化】でも起きなきゃ器、壊れるだろう?!」

「スーア曰く、ピンピンしていたらしい。疲労で倒れてはいるが」


 その説明を聞いたブラックは、堪えきれないというようにゲラゲラと笑い始めた。


「ウッソだろ!?どんだけ()()()()なんだよ!!!()()()()()()()()()()()!!!」

「皮肉にも、かの血族が崩壊すると同時に、その祈りは結実したらしい」

「回収するか?!」

「保管して貰う。【鍵】は分散した方がリスク管理にもなる」

「その方が面白そうだしな!!ハハハ!!」

 

 ブラックの笑い声が部屋の中に響く。アルノルドは気にすること無く、残るワインをゆっくりと飲み干した。二つのグラスは空になり、既に竜が居たという痕跡は皆無となった。物静かになった部屋で、笑い続けていたブラックはそれにも飽きたか「さて!」とワインをもう一度にぎった。


「そんじゃあ飲み会やるかあ!!」

「断る」

「あれえ!?」

「今は朝だ。お前の酒癖は最悪だ。そして私は怪我人だ。寝る」

「仕事の付き合いってもんを大事にしねー奴は出世できねーぞ-!」

「最悪のアルハラ男だ。帰れ」


 抗議を上げるブラックを無視してアルノルドはさっさとベッドに潜り込み横たわった。


「へーんもういいもーん!!ウルの野郎たたき起こしてつきあわせてやる!!」


 そんな言葉を吐き散らしながら、ブラックは窓の外から飛び降りた。アルノルドの寝室は真なるバベルの頂上近くで住宅街の高層建造物が小さく見えるほどに高い場所であるが、死にはしないだろう。


 ベッドに潜ったアルノルドは、目を瞑り、静かに思案を巡らしていた。


「……賽は投げられた、か」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 かくして


 かくして大罪都市プラウディアの長い夜は明けた。

 恐るべき災厄、人類生存圏の全てが崩壊する危機を退けることは叶ったのだ。


 血を流し、傷を負い、命を落とす者も居た。だがこの戦いそのものが秘匿されるべき災害であるが故に、彼等の血や傷、そして死が語られることは無い。死んだ者すらも、まずはその事実が伏せられ、時間をずらし、別の理由で死んでしまったことになるのだ。


 この世界に住まう者達の多くは決して知ることの無い死闘。だがそれを忘れない者は居る。

 この死闘を生き残った戦士達だ。


 彼等は仲間がいかに懸命に戦い抜いたのかを決して忘れない。

 名無しの冒険者達も、都市民である騎士達も、神官である天陽騎士達も、立場を越え共に戦った戦士達の事は忘れない。


 だから、この戦いで一際に暴れたウル達の事を彼等は忘れる事はない。


 足らぬ実力を補ってあまりある無茶をして、驚かせ、怒らせて、それでも決死の覚悟で戦い、結果を出した。戦士達の心にウルの姿は刻まれただろう。そしてウルの心にも、同じく自分たちを引っ張り、危険を率先して守りし戦士達の姿は刻まれた。

 奇妙で強固な絆が生まれたのだ。そしてそれはウルにとって、お金や武具の類いよりも遙かに大きな財産となった。


 【歩ム者】は一つの契機とも言うべき巨大な試練を乗り越え、得がたい物を得た。


 そしてその1週間後、ウルは――――










「…………………………落ち着かねえなあ、俺の人生」


 牢獄の中に居た。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




【陽喰らいの儀:リザルト】

・陽喰らいの儀 参加報酬:金貨30枚

・陽喰らいの儀 特別報酬:金貨50枚

・対都市超大型使役獣[竜呑ウーガ] 管理能力証明完了

・群魔の魔片(多量)吸収

・混成竜の亜魔片吸収

→魔片一定量到達につき、魔画数増加(ウル、シズク共に3画に到達)

→大幅な余剰魔力を回収したため、更なる画数増加予兆アリ

・右腕、混成竜の血肉蚕食

→色欲の魔魂(破片)修復

→色欲の魂界から独立

・大罪竜プラウディアの眷族竜の魔断片 吸収 

→竜化現象大幅進行

→魔力蓄積製造器官、魂の変異発生、魔画の上限変容開始

・同種の魔眼による打消し合い及び過剰使用により、未来視の魔眼が一時的に使用不可(オーバーヒート)

→魔眼研磨大幅進行、残研鑽年数推定89年

→機能不全に陥る困難に直面したことによる変化の兆し発生。


・鏡の寵愛者エシェル 混成竜の褪魔眼数十種獲得

→虚飾の王翼[1翼] 獲得

→本人の無意識下により完全封印中、使い魔によるトランス状態以外での使用不可(現在の所)


・霊薬(お茶)の製造方法、及び 魔法薬製造法 習得

・魔銀の鎧大破

・戦車・ロックンロール号 大破

・竜牙槍大破

→天祈のスーアが魔導核の回収および修繕を指示

→真なるバベル魔導兵器開発部門【叡智の祭壇】、修繕に着手。

→修繕即時完了、返却後スーアから追加改善指示

→リテイク

→リテイク

→リテイク

→【叡智の祭壇】所属職員にノイローゼによる休職者発生

→【叡智の祭壇】にて内乱が勃発。

→【天賢王】直轄管理区画【星森】の【神樹】の一部簒奪事件勃発

→【叡智の祭壇】および【魔導の深淵】による部署間闘争に発展

→研究途中だった【白皇鋼】の無断流用事件勃発。【賢炎の鍛冶場】が騒乱に参入

→竜牙槍改善進行、負傷者数定かならず。

これにて長きにわたったプラウディア編終了でございます!!

超長期間の激闘のお付き合いをしてくださった読者の皆様には感謝の言葉しかございません!!


そして次の地獄にもお付き合いくださることを祈っております!!


~お知らせ~

現在作者が転職し、新しい仕事を覚えながら引っ越しの準備をしつつ毎日投稿を行うとかいう中々とんでもない現状になっております。

その状態で各投稿サイトの読者が急増し感想数が跳ね上がるとかいうこの上なく喜ばしい地獄が追加され、「あ、コレはいかん。ヘタすっと作品のクオリティの維持に関わる」と判断したため、タスク削減の為感想返信を止めさせていただきます。


皆様からのご指摘やご感想はどれも心からありがたく、とてつもなく大きなモチベーションであったため本当に心苦しいですが、どうかご了承を願います。

そしてよろしければ今後も、どうか思ったこと感じたことを書きなぐっていただければこの上ない喜びでございます。

どうかよろしくお願いいたします。

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