前へ次へ
265/707

戦士たちの休息②


「うむ!よくぞ生き残ったな!ウルよ!見上げた戦士である!!!」

「【七天】の皆様と比べてはとてもたいしたことは……」

「うむ!それは当然のことだ!!己の実力を正しく理解するとは感心だ!」


 【天拳】グロンゾンに呼び止められたウルは酒場で面倒くさい先輩に絡まれたような心境で彼等の座るテーブルについた。席に着いているのはウル(+ロック)を除いて四人、【天剣のユーリ】【天拳のグロンゾン】【天祈のスーア】そして【勇者ディズ】である。

 そんなテーブルにただの銅級の冒険者が席に着くのは場違いにも程があった。居心地が悪すぎる。

 出来ればディズとアカネの様子をみてさっさと退散したい。のだが、


「……………くー…………」

《………うー………にー………》


 完全に寝入っていた。アカネなどまともな形を保っていない。ほぼ粘魔の状態である。眠っていると言うことは死ぬような怪我を負っている訳ではないのだろうが……


「勇者め無茶をしたからな!うむ!!加護無しの上でかなりの奮闘であったわ!」


 グロンゾンが手放しに褒める。確か彼は勇者ディズの力量に関しては懐疑的であった筈だから、それを考えるとずいぶんの絶賛だった。ユーリも渋々というように頷いた。


「先代勇者、ザインのそれと比べるべくもありませんが、最後は多少マシには成っていましたよ」

「うかうかとしてはいられんのではないか?ユーリも」


 ユーリはグロンゾンを睨み付けた。グロンゾンは豪快に笑った。大罪迷宮プラウディアでの戦いがどのように繰り広げられていたのか想像することしか出来ないが、どうやらディズの株が少し上がったらしかった。


「……しかし、どういう戦いだったので?一夜の戦いといった様相ではなかったですが」


 ディズの髪が二回り以上に伸びている事からもそれは分かる。よく見ればユーリもそうだ。剃り上げているグロンゾンは変わらないようだが、プラウディアに向かったときと比べて明らかに姿が違う。2,3ヶ月の間を空けて再会したような姿だった。


『どれくらいおったんじゃ?あの迷宮に』

「一月か……二月か?」

「二週間くらいでは?」

「うむ!わからん!」


 わからんらしい。


「おそらくだが、時間の経過がバラついておったな!ハッキリとせんわ!」

「【天魔】は大喜びでしたがね。さっさと研究所に戻っていきましたし。ろくでもない」

「【天衣】もいつの間にか消えておるわ!」

『まとまりぜんぜんないのう』


 ロックが実に遠慮無しにその状態を指摘する。ヒヤヒヤするが、七天の連中はまるで気にする様子は見せなかった。


「今回のようなケースでも無ければ、まとまることは殆どありませんよ。我々は」

「元々、仲が良いわけでは無いからな!…………ところでウルよ」

「はい」

「……スーア様となんぞあったのか?」


 ウルは顔を引きつらせて沈黙する。先程からスーアはウルの方をジッと見つめてきている。これで何も無かったという方が無茶だろう。大体睨んできている理由も分かる。ウルは冷静になろうと努めた。


「……いやあ、救出時に少し……言葉が滑りまして」

「役立たずと言われました」

『言ったのう』

 

 沈黙に包まれた。グロンゾンは彼にしては珍しく、目を丸くさせた。ユーリはマジかコイツというツラでウルを見ている。ウルは冷や汗を掻きながら手を挙げた。


「精根尽きかけた自分を奮い立たせるために、育ちの悪さの所為で下品な言葉が出てしまっただけで、本当に罵る意図は無かったんです。本当に」

「クソ七天とも言われました」

『言ったのう』


 ウルは追撃をかけてくる骨を鎧越しに10回くらい殴った。顔が上がらない。顔を上げた瞬間首が飛ぶかも知れない。冷や汗がぽたぽたと落ちてきた。


「それで、どうでした?」

「…………どうとは?」

「私はちゃんと役に立ちましたか?」


 ウルは顔を上げる。スーアはウルを真っ直ぐな目で見ていた。色々と言い訳に頭を回していたウルは、考えるのを止めて向き直った。


「それは――――ええ、勿論。偉大な七天の名に恥じない、圧倒的な活躍でした」

「暴言を撤回しますか?」

「撤回します。貴方は偉大なる七天の一人だ。敬服します」


 そこまで言って、スーアは満足げに胸を反らした。


「許します」

「で、あれば我々がこれ以上どうこうと口を出すことはないな!」

「今後は気をつけるように」

「肝に命じます……」


 ウルは肩をなで下ろした。竜と対峙したときよりも緊張感があった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 

「これ以上の魔物達の襲撃の気配もないので、私は王と父の様子を見に戻ります」

「我もそうしよう!ではなウル!!」

「おやすみなさい」


 そう言って、ユーリ、グロンゾン、そしてスーアは席を立った。ウルはぐったりしながら手を振って三人を見送ると、大きく項垂れた。


「……つっかれた」

『中々面白かったぞ?』

「すり潰してジャインの畑の肥料にするぞジジイ……」

『ジャインがキレそうじゃの。カカカ!』


 ロックは笑い、同時に鎧の下からガラガラと骨が落下する。そのまま骨の身体に組み上がり、骨の身体をヒトの形として取り戻していく。


『挨拶回りは済んだじゃろ?ワシも自由にさせて貰うぞ。散歩じゃ散歩』

「魔力切れで行き倒れ無い限り勝手にしろって言いたいが、鎧ねーと魔物と間違われるぞ」

『適当に借りるわい』


 そう言って彼は立ち上がると、カタカタと歯を鳴らして、ウルに笑いかけて拳を見せた。


『無茶苦茶だったが、まあワシらはようやったわ。のう?』

「……そうだな。それは、本当にそうだ。良くやったよ俺たちは」


 反省点も、課題も、問題も、色々ある。あるが、今くらいは互いの健闘をたたえるくらいの贅沢は許されるだろう。ウルも拳を握ってロックの拳に合わせた。ロックは満足げにもう一度笑って、そのままテントから出て行った。


「さて……」


 寝るか、と、言いたかったが、席の隣で未だに机の上に突っ伏して寝入るディズとその上で粘体化してるアカネが目に入る。鎧もそのままで、このまま寝たら確実に身体を痛めるであろうと言うことが目に見えていた。


「………しゃーねえか」


 ウルは少し悩んだ後、諦めたような声を上げた。アカネを摘まんで自分の頭に乗せると寝入るディズの身体と足を支えて抱きかかえた。

 そして即座に少し後悔する。彼女自身はともかく鎧は結構重い。かなり弱りきった自分の身体には結構こたえた。


「……ロックに……手伝って貰えば……よかった……」


 格好の悪い泣き言を呟きながら彼女を簡易ベッドまで運ぶ。全然起きる様子のない彼女の身体をなんとか動かして、仰々しい黄金の鎧を取り外して、なんとか上手く横たえることに成功した。ウルは溜息をついた。


「……………ぐう……」

『………にゃー………』

「こいつら全然起きねえ……」


 妹もディズも、死んだように眠っている。それほどの激闘だったのだろう。積もる話もあるのだが、此処まで完全に眠っていると起こすのは流石に憚られた。


「…………お疲れ」


 なので一方的な労いの言葉を二人に告げる。ディズの寝顔が少しだけ笑ったように見えたのは気のせいだろうか。

 ウルはそのまま這い入るように隣のベッドに潜り込むと、そのまま意識を失った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 天祈のスーアが生み出した安息所の外。

 そこでも多くの冒険者達が横たわっていた。安息所の外で地面にだらしなく寝転がる者達の多くは、傷は浅く、しかし身体を動かすことも億劫な程に疲労困憊している者達だ。

 汗の湿気で鎧やローブが汚れることも厭わずに彼等は地面に転がる。彼等の中には戦士達を守るための神官達も居たが、彼等もまるで気にすることは無かった。


 自分の頭の上にだらしなく放り出された名無しの素足が飛び出そうが、

 自分の外套を枕ががわりに騎士達が寝息を立てようがお構いなしだ。

 逆に神官らが名無しの脚を枕にしてさえもいる。


 奇妙な光景だった。そこに身分の差は存在しなかった。死線を共に潜った者同士にしか無い繋がりがあった。例え明日から元の特権階級と支配層、そして都市外の放浪者の関係に戻ろうと、今この時の繋がりは損なわれることは無いだろうと誰しもが根拠も無く確信していた。

 身動きするのも億劫な疲労と、不思議な安堵感が全員を包んでいた。


「――――、―――――――――――――」


 そのただ中、銀髪の少女は唄っていた。 

 膝元の赤毛の少女を抱えるように抱きしめて奏でるそれは子守歌だろう。

 歌詞の内容を知る者は居なかった。なのに何故それが子守歌なのだろうと思ったのかは分からない。音色があまりに心地よかったからか、赤毛の少女が嬉しそうに眠っているからか、それとも唄う銀髪の少女があまりにも美しかったからか。


「――――――、嗚呼」


 銀髪の少女は、シズクは、子守歌を奏でながら空を見る。夜空の闇は太陽の輝きで完全に隠れていた。透き通るように蒼い空と白い雲が心地よく疲労を撫でて癒やした。

 先程まで奪われていた黒い闇はもうなく、その輝きを遮る者は誰も居ない。


 その太陽に、彼女は両の手を合わせ祈りを捧げる。


「神よ。御許しください。どうかお願い致します」


 誰にも聞こえないくらい小さく小さく、囁くように祈り、そして許しを乞う。


「私は許されなくても良いのです。ですが、どうか、私に託した者達の罪をお許しください。切実なる彼等の願いをお聞き届けください」


 合わさる両手が強く握りしめられ、震えている。指を痛めてしまうのではないかというくらいに強固な力が込められていた。


「だけどもしも」


 そして、彼女は顔を上げる。


「もしも、それが許されないのなら――」


 視線の先にある太陽を、世界を守護する唯一神を、彼女は見据える。銀色の彼女の瞳にどのような感情が込められているかを見ることは誰にも出来なかった。


評価 ブックマーク いいねがいただければ大変大きなモチベーションとなります!!

今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!

前へ次へ目次