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陽喰らいの儀㉕ 乱入



 大罪迷宮プラウディア 深層


「――――……」


 ディズは声を出そうとして、声が出てこないことに気がついた。

 喉が渇いていた。補給をしたのはどれほど前だったか、数時間前か、数日前か。時間の流れが大幅に歪んでいるこの深層内において、ディズの時間の感覚は曖昧になっていた。

 最早どれだけの時間を此処で過ごし、そして剣を振り続けたか、よく分からない。

 そして今も尚剣を振るっている。


「【――――】」

『GYAAAAAAAAAAAAAA!!!??』


 真っ黒な斬撃が幾重にも閃く。アカネと星剣の二刀流も随分と手に馴染み暫くがたった。連続し続ける修羅場と命の危機に、自分の身体が研ぎ澄まされていくのを感じる。疲労で身体は重いのに、勝手に身体が最適解をとり続けている。

 今、自分はこれまでの人生で一番弱っているが、一番絶好調で、一番成長期だ。


《ディズ!ディズ!おみずのまんでいいの!?》

「すごい……ぢょうし、……いいから……あとで」

《んにー!!!しぬぞー!!?》


 アカネの抗議に小さく笑いながら、ディズは跳ぶ。広がり続ける螺旋階段を駆け抜ける。途中、襲いかかってきた竜を3匹ほど斬り殺し、更に跳ぶ。そしてその先に


「――――」


 何も無かった。あるのは何も無い白い空間のみ。他の場所のように神殿の用な様式をとってすらいない。まるで「作るのがめんどうになって放置した」ような有様だ。当然竜の気配も存在しない。

 ディズはそれに納得し、通信魔具に触れた。


「R、無し」

《了解!!だがおい勇者、死人みてえな声だぞ!!カハハハハ!!!》


 通信先のグレーレは大笑いする。だが向こうの声も何時もとは違う。強引にブーストをかけたような無理矢理なハイテンションだ。調合した薬か何かで無理矢理集中力を維持しているのだろう。

 現状、深層の彼方此方を回っている七天達の中で最も負担が多いのは彼だ。他の仲間達の情報をすべて集約し、無限に広がっているようにすら見える深層空間を探り続けつつも戦っているのだから。

 口は軽い上に悪く、倫理観は破綻しているが自分の仕事は完全にこなす男ではある。しかし無茶は長くは続くまい。外の状況も考えれば、急がなければならない。


《残り15カ所だ!しらみつぶし――――っと》

「何」

《王から預かった【無尽】の魔力の流れが悪い、かはは!めんどうだな!!》


 ディズはその報告を聞きながら螺旋階段を飛び降りる。天地がひっくりかえったような空間を駆け抜けながらも話を聞く。天賢王から七天に与えられる称号であると共に【神の加護】でもある【天魔】の不具合。無尽に供給される魔力の阻害。

 それはつまり、考えるまでも無く、外で王と神に何かがあったのだ。


「私の【天剣】も二本ほど欠けました」

「ユー」

「誰がユーですか」


 するとディズの側に天剣のユーリが飛び降りる。無論、天剣を振り回さなくとも彼女は超人だが、欠いた力を補わなければならない。ディズはユーリと併走する。共闘の意図であるというのは言わずとも分かった。


「しかし外の騎士団長は何をしているか……!!」


 ユーリは怒る。彼女の”立場”を考えればその怒りが向かう先も大体察せられる。外は外で起こる苦闘への理解が無いわけがないのだが、何よりも王が心配なのだろう。

 ディズも不安ではある。最大の守りを固めている天賢王自身になにかしらのトラブルが発生したと言うことは、”外”の戦線が完全に崩壊したか、もしくは既存の守りでは全く防げない未知の攻撃が加えられたかのどちらかだ。そのどっちにしてもいい話ではない。

 しかし、どれだけ考えても、”中”にいる自分たちではどうにもできない。だからそんなことに思考を割くヒマも無い。王の窮地、外の戦いを収束させるために自分たちは動いているのだから。


「急ご」

「当然。残る空白はあと僅かだ。【核】を追い詰めますよ」


 無限の迷宮を七天が跳んだ。プラウディア攻略も佳境に入ろうとしていた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「やったぞ!!!」


 歓声が沸き上がる。円陣を組む竜の内、一体が破壊された。ピンと張られた翼はひしゃげ歪み眷族竜は身体を真っ二つにして血を吹き出している。断末魔も聞こえない。

 わざわざ翼でああやって円を作っているのだ。それを崩してしまえば”黒い虚”が作れなくなる、というのは当然の予測だった。実際、”黒い虚”の広がりは収まりつつある。止められた。ウルはそう確信し――


『KYAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!』

「うっおお!?」


 その、倒した竜の死骸を、周りの竜達が喰い漁り始めたのを見て目を疑う羽目になった。竜達は、まるで烏が獣の死骸に飛びつくような勢いで落下しそうになる自分と同じ眷族竜の身体に飛びつき、その肉を食い尽くした。飲み込んだと言っても良い。

 そして間もなく変化が起こる。


「翼が…!?」


 残る五体の眷族竜の翼が大きくなった。それだけでなく眷族竜達の身体そのものも大きくなっている。形そのものは歪な赤子のままだが更に一回り、肥大化した。そして大きくなった翼は欠損した竜の穴を埋めるように広がり、再び円を作る。しかも、


「……加速、した……!?」


 虚の広がりが、速くなっている。最初の六体のときよりも遙かに。


「【暴食】の特性か?!」

「いいえ、おそらく最初から”こういう”竜なのでしょう。6体で1つの竜」


 スーアがそう補足する。

 つまり、倒せば倒すほどに竜は強くなると、そういう事だ。そしてその上で全ての眷族竜を殺し尽くさなければ意味が無い。しかも敵の虚の完成速度は飛躍的に上昇していく。

 コレは、厳しい。 

 その場にいる全員が思った。そのただ中、スーアはやはり輝きを放ちながらも、安心感を感じられる鈴の音のような声で、戦士達に呼びかける。


「これは、速い戦いです」

「……スピード勝負?」

「スピード勝負です」


 言い直した。


「やることは変わりません。弱点を探して、私が突きます」

「良し、急ぐぞ!!」


 ベグードが号令をかけ、再び戦士達が動く。ウルも飛ぶ。順番に行く。次の眷族竜、先ほどよりも一回り大きくなった竜の弱点を――


『KYAHAHAHAHAHA!!!』

「っ!?」


 その瞬間、ウルの目の前に白い翼が翻った。

 油断があったわけではない。だが、攻撃をしない、守りの竜という認識で殴りかかったウルにとって、その動きは予想外だ。そして白い翼は”書き換える”力がある。


 では何を書き換える?まさかこちらそのものを!?


 ウルは咄嗟に身体を飛び退き、守りを固める。だが翼の動きはそれよりも素早く動いて、ウルの視界は真っ暗になり、そして――――


「――――……………は?」

『おお?』

「…………………」


 気がつけばウルは、真なるバベルの()()()()()()()()に突っ立っていた。


「……何故、此処に……?」


 ビクトールが驚愕した顔で此方を見ている。ウルも、自分の今の状況を理解できずに答えに窮した。遙か遠くに一瞬で移動した。転移させられた。

 これは、コレはつまり――


『距離を取られたの?』

「やられた!!!!クソが!!!」


 時間稼ぎだ。

 ウルは未だ自分の身体を覆うスーアの力で再び飛ぶ。足下で色んな書類やら何やらが吹っ飛んで悲鳴が上がったが気にしない。後で謝ろう。


《ウル!!何だ今のは!?他の連中も次々に飛ばされてくるぞ!!!》


 ビクトールから通信魔術が飛んでくる。凄まじい速度で飛びながらも、長く感じられる眷族竜たちまでの距離に歯噛みしながらウルは応じる。


「眷族竜に強制的に転移させられた!!!時間稼ぎだ!!!」

《面倒な……!だが丁度良い!!通信魔術の障害で現地の眷族竜の情報が此方に来ていない!!!特性を今説明しろ!補給もだ!!!》

「攻撃性今のところ無し、狙われた箇所の超硬化と書き換え能力!6体1組で一体殺すごとに生き残った他の眷族竜が強くなる!!成長後の眷族竜の能力は未知!!」

《良し!増援に向かった部隊に情報を共有する!お前も急げ!!》


 通信が切れた。ウルは更に飛ぶ。真っ黒だった夜が白く色づき始める。朝が来るのだ。しかしこのままあの黒の虚を放置すれば待っているのは破滅の朝だ。


《ウル!聞こえる!?》

「リーネか!」


 新たな通信魔術からの連絡、そしてその相手にウルは喜ぶ。リーネからの連絡が来た。それの意味するところは一つ。


《ウーガの準備は出来たわ!いつでも撃てる!》

「よしそれなら――」


 撃て、と言おうとして、少し躊躇う。現場への合図も無しに撃てば巻き込まれるリスクがある。リーネが制御をしているとはいえ、それでもウーガの咆吼の火力は強大だ。余波だけでも喰らおうものなら丸焦げだ。


「聞こえるか!シズク!スーア!パイセン!!」


 現地で今も戦ってる者達に連絡を飛ばすが反応は無い。ビクトールが言ったとおり、現地は魔術が飛び交いすぎてマトモに連絡が通らなくなっているのだろう。

 連絡が取れない。これではウーガの大咆吼が撃てない。だが遠くから見える”黒い虚”は見ているだけで広がりつつある。本当に一刻の猶予も無いのだ。

 ウルは再びリーネとの通信を再開した。


「リーネ!すっっっげえ上手いこと味方に当てずにウーガの咆吼撃てるか?!」

《貴方私のこと凄い都合良い女だと思ってない!?》


 リーネはキレた。

 ぐうの音も出ない指摘である。リーネと彼女の手繰る白王陣に頼り切りなのは事実だった。だがそれでも今は彼女の技術に頼るほかない。ウルは必死に通信越しの彼女に頭を下げた。


「頼むからなんとかしてくれ。最悪の場合スーア様が上手くなんとかしてくれる、筈だ」

《そうは言ったって……》

「お前とウーガ頼みなんだ。頼む……!」

『なんちゅーかヒモ男が小遣いせびってるようにしかきこえんの』

「うるせえマジで黙れ」


 通信魔術越しにうーん……という悩む声が聞こえた。


《……発射後、味方がそれに気付いて竜から距離を取るためのラグがあればいい?》

「それでいい。行けるか?」

《誰か巻き込まれたら貴方が責任を取りなさいよ》

「無論」

《一分後に撃つ。でも出来るなら現地に避難を呼びかけ続けて》

「分かった。ありがとうリーネ」


 ウルは溜息をついた。これで何とかなる。いや、なんとかなってくれ。

 現場にはウル達よりもずっと経験と実力が上の先輩達、そしてスーアに、ウーガへの理解のあるシズクがいる。ウーガの力に巻き込まれて全滅、なんていう最悪は回避できる、ハズだ。

 勿論、ウルも現地に戻るべく、急いでいた。


《それとウル!一番肝心なこと!!ちゃんと聞いて!!》


 だから、リーネからそう言われたとき、ウルは内心で悲鳴を上げていた。既に疲労と情報で頭がパンクしそうなんだが、まだヤバい話があるのか?と


「やっぱ誰か怪我してそっち危ないのがいるのか?エシェルは――」


 可能な限り最悪を想定しながら確認する。そうであってくれるなという願いを込めて。

 だが、そうしてウルが必死に張った精神の予防線は、残念ながら無駄に終わる。


《そのエシェルが、そっちに飛んでいっちゃったの!!》

「…………………は?」


 代わりに持たされた情報は、もっと意味不明だった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「部隊の半数が転移させられています。竜によって居場所を書き換えられているのかと」


 シズクは即席の魔術によって散らばってしまった仲間達の位置を確認する。転移させられた仲間達は、幸いにしてプラウディア領から外には出ていない。精々遠くてもウルのようにバベルに飛ばされたくらいの距離だ。

 戦線に復帰できない、というほどでもない。だが時間は掛かる。


「私の力は与え続けています。すぐに戻れるでしょう」


 スーアが言う。シズクは頷いた。


「増援部隊もこちらに来ているみたいです。ソレまでの間になんとか」


 シズクはそう言って眷族竜達へと向き直り、


「一体でも――――っ!!?」

『KYAHAHA』


 眼前へと迫っていた白い翼を剣で受け止めた。咄嗟の動きだった。魔術による援助を行おうと【空涙】を引き抜いた直後だったから反応が出来た。


「む」


 側に居たスーアが力を振るう。白い翼が叩き切られる。だが弾かれる。硬化を行っていたのだろう。輪を崩すには至らない。そしてそのまま眷族竜達は再び輪の形を取った。太陽の侵食を進めている。

 だが、様子がおかしい。


『KYAHAHAHAHAHAHAHAHAHA……!!!』

「……敵意が」


 転移から逃れたベグードが呟く。攻撃能力の無い眷族竜。防御に特化しているからこそ恐ろしいその竜達から敵意が立ち上っているのだ。白い翼が逆立っている。輪を維持する事までは放棄していないが、隙あらば刃のように飛んできそうな気配を感じる。


 そしてその敵意は真っ直ぐに、シズクへと向かっていた。


 最大の戦力であるスーアを無視して。 


「まあ」

「シズクは私の後ろにいなさい」

「承知しました」


 言われたとおり、するりと彼女はスーアの背後に回る。だが眷族竜達の敵意はスーア越しでも変わらない。あまりにも露骨だった。


「竜を停止させる力を警戒したか……?だが……」


 だが、悪くない。ベグードは解析をしながらも、そう直感した。敵は防御特化の竜、その竜が強引に攻撃に転じようとしている。焦りなのか何なのかは分からないが、無理をしようとしているのだ。

 故に隙となる。後はどのタイミングでその隙を突くか。


「……!!皆様!!」


 すると、シズクが叫ぶ。何事か、と反応する間もなく彼女は続けた。


「ウーガからの咆吼が――!」


 途端、真っ白な、凄まじく大きな熱の柱が飛んできた。その場にいる全員、それに反応することは出来なかった。ただ凄まじい熱が飛んできたようにしか感じない。

 直撃すれば消し炭になっていたであろうその膨大な熱は、しかしその場にいた誰にも、そして眷族竜にも直撃することは無かった。

 【竜吞ウーガ】の大咆吼の熱のエネルギーは眷族竜達の遙か上方で形を変える。超巨大な球体となり留まったのだ。突然出現した光の球体に全員が呆然となった。


「来ます!!」

「【大地の精霊(ウリガンディン)】」


 反応できたのはウーガの力そのものを知っていたシズクと、そしてスーアだ。スーアが大地の精霊の力で、その場にいる全員に無敵の加護を与えたと同時に、光の球は動いた。まるで爆発するように、幾つもの熱の柱を生み出し、生き物のように蠢きながら眷族竜達に向かって殺到したのだ。


『KYAAAAAAAAAAAAA!!!?』


 眷族竜達を襲う光の熱線の動きは凄まじかった。纏わり付くように蠢き、硬化により弾かれても再び”戻って”襲いかかる。細分化され、火力こそ少ないが、眷族竜達の動きは大きく崩れる。その内の何体かは硬化が間に合わなかったのか傷を負う程だった。


 そして、傷を負ったのなら、弱点を晒したのなら。


「【極剣】」


 スーアがそれを殺せる。こぼれ落ちた内の2匹を、スーアは叩き切った。


『KYAAAAAAAAAAA!!!!!』


 そしてその死骸を残る3体が瞬時に喰らい、取り込む。邪魔する暇も無い。

 そして再び巨大化が始まった。


「これで、黒い虚の侵食は更に加速する……か」


 ベグードは状況の変化を観察しながら苦々しく顔を顰める。そうせざるを得ないとはいえ、まるで敵に手を貸しているような気分だった。実際その側面はあるのだろう。

 この竜がやってることは、敵に殺された同胞の死を喰らう事で、その死の原因を克服する原初的な魔術儀式の類いだ。仲間が死んだ時よりも必ず強くなっていく。


『GYAHHAAHAHAHHAAHHAHAAAA!!!』


 明らかに、眷族竜は大きく、巨大となる。威圧感も増している。この果てに何が起こるのか考えるだけでも恐ろしかったが、しかし潰していくしか無い。


「シズク!!竜の停止のタイミングは見計らえ!!ここまでの個体となると何をしてくるかわかったものでは――――シズク?」


 返事のないシズクへとベグードが振り返る。彼女の視線は竜、には向いていなかった。彼女は何故か竜とは真反対の方角に視線をやっている。その先にいたのは。


「……な、んだ?」


 黒い女がいた。


 この状況、この修羅場、世界の危機的な戦場のただ中にあってあまりにも場違いな美しい黒のドレス。ベールで顔は見えないが体つきは女だろう。それが不意に、陽光が黒の虚に喰われ暗いこの空間に突如として沸いて出た。


 黒い女は、シズクへと向いて、そして首を傾げて、口を開いた。


「ねえ、ちょうだい?」


 眷族竜 残り3体


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