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陽喰らいの儀㉔ 眷属竜


 朝が来る。


 太陽の目覚め、一日の始まりと共にプラウディアの都市民達は目を覚ます。

 自分たちを守り、生きる場所を与えてくれる太陽神への祈りを捧げる為だ。最も重要で、必須となる儀式だ。神官達は当然のこと、都市民にとっても義務であり、一時的とはいえ都市に仮住まいを置く名無し達であってもそれをしない者は咎められる。


 この世界における祈りとは最も重要な労働の一環に他ならない。


 殆どの者にとって、それは当たり前だ。朝起きて、顔を洗い、身支度をして、朝食を終え、そして祈る。力を太陽神と神殿に捧げる。当然のことだ。

 プラウディアの都市民の一人、トトルガにとってもそれは50年超続いた日課である。

 朝起きて、身支度を終え、慎ましい食事を終え、祈る。そして作業場に入って一日の作業を始めるのだ。嫁は朝に弱く、祈りを欠かすことこそないが、彼が一通りを終えるまではまだ寝ている。しょうがない女だと彼はしょっちゅう呆れている。


 だが、そんな彼女がいる毎日も、太陽神あっての事だというのは疑いようのない事実。

 だから祈る。変わらぬ日々、当たり前の毎日を与えてくれる唯一神への感謝を込めて。

 地平線から昇りくる美しい陽光の眩さに目を細めながら――


「…………む?」


 その時気がついた。今日の太陽神の御姿は、何やら少し陰りがあるような――





              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 当たり前の話ではあるが


 遙か彼方、星空の先にいる神の御身、太陽そのものに干渉することは眷族竜には出来はしない。そもそもそれができるなら眷族竜達はとうの昔にそれをやって、世界から太陽神の加護を奪い去り、闇と竜の世界に塗り替えていたことだろう。

 詰まるところ、竜たちがしているのは、太陽の光を遮るための”ひさし”作りである。言葉にすると馬鹿らしい。太陽そのものが失われるわけではないのだから、なんともないように思える。

 だが、そんな児戯のような発想を悪夢に塗り替えるのが竜という存在だった。


『KYAHAHAHAHAHAHAA!!!』


 ウルは接近することで、眷族竜達が生み出している物がなんなのかを理解した。竜達は、太陽が昇り、真なるバベルに光が差し込むちょうど手前の所で、大きな大きな円陣を組んでいる。白い翼を異様なまでに長く伸ばす事で数十メートル以上の円陣を生み出し、そして円の端から真っ黒な何かを生み出し、それを広げていく。

 あまりにも不気味な儀式、魔法陣の類いにも見えるが、ウルにはそれよりも別のものに見えていた。


「鏡か…?」


 真っ黒な鏡を生み出そうとしているように見える。エシェルがウルの頭の中に居たからだろう。翼で出来た巨大な黒い円は鏡に見えた。だが、当然そんなものではない。

 円の端からにじみ出している”黒い虚”はただただ真っ黒な闇だ。当然鏡面などない。光の全てを飲み込んだ暗黒。ウルは遠近感がつかめなくなった。大きいのか小さいのか、遠いのか近いのか分からなくなる。直視しないように努めた。


「これが、太陽からの魔力そのものを飲み込んでいます。父の力が大きく削がれている」

「……削がれるとどうなるので?」

「プラウディアが落ちます」

「わあ地獄」


 スーアの説明にウルは引きつる。今日で何回目になるか分からない世界の危機だ。つまりこの黒い円もなんとかしなければならない。


「リーネ!!戦いが始まった!兎に角ウーガの準備ができ次第咆吼をぶちかましてくれ!!ターゲットはプラウディアからみて東の眷族竜六体!!撃つときだけ合図をくれ!!」

《わかった!けど――》


 通信が切れた。周辺の戦士達が魔術を使い始め、通信魔術が乱れたのだ。

 ウルも剣を構える。スーアにただ運ばれていた状態から、自らの意思で飛翔が可能になっていた。魔術で飛ぶ感覚というのは掴むのに苦労すると思われたが、やってみるとなんてことは無い。自分の手足を動かすように身体を飛ばすことが叶った。


「私が攻撃するときは、言います」


 スーアが言う。つまりこちらは気にせず攻撃しろとそういうことらしい。ありがたいことだった。ウルは真っ直ぐに直近眷族竜へと剣先を向けた


『KYAHAHAHAHHAHAHAHAHAHAHHAAA!!!』


 眷族竜、数メートルはある歪な赤子のような姿をした白い翼の竜。近くで見るとその不気味さは一層だった。頭が大きすぎる、手足が小さすぎる。腹は中年太りのようにだらしなく膨らみ、歯の無い口が関節を無視して大きく開いて気色の悪い笑い声を吐き出し続ける。

 そしてその小さな手で、真っ黒な、太陽を飲み込む虚を生み出し世界を滅ぼそうとしている。少なくとも剣を振るうことを躊躇う気にはならなかった。


「ロック!!行くぞ!!」

『チィアアアア!!!!』


 ロックによる筋力強化による一振り。普段のウルとは比べものにならない洗煉された一振りを竜の首にふり下ろす。これで殺せるとは思わない。だが、どのみちダメージを与えなければ意味が無い。


『KYAHAHA!!!』

「っなん!?」

『ぬっ!?』


 空振った。手応えが無い。当たらなかった。気がつけば竜の姿が別の場所にある。


「はやっ!?」


 ウルの目では捕らえられない。【未来視】の魔眼はとうに眼帯を取り、常に発動している状態であるが、実際の視界と未来の視界の差異があまりにも大きすぎた。

 ほんの数秒の間に竜が瞬く間に移動を繰り返している。


「転移魔術かなんかか!?」

「違う、速いだけだ」


 すると、ウルの背後からベグードが声をかける。ベグードの周りには術者達が数人並び立つ。魔術の準備を進めていた。


「全方位から攻撃する。お前は反対から攻めろ」


 ウルは頷き、大きく旋回する。眷族竜達は動かない。攻撃を避けた以上、ウル達のことは認識しているのだろうが、翼の円陣が崩れる所までは移動しない。

 位置は変えられても、黒い虚からは離れられない。黒い虚を生み出すためなのだろう。ならばウル達がすべきことは、何が何でもその陣形を崩すことだ。


「目一杯に伸びた翼の一番細い箇所を狙え!!円陣を破壊しろ!!」


 ベグードの合図と共に、幾つもの中級魔術と共に戦士達が突入する、ウルも先ほどと同じく剣を振るった。今度は逃げ道が無い。当たる――――


『KYAHAHA!!』

「――――かったあ!?!」


 翼には確かに当たった。当たったが、今度は剣が通らない。一切翼に食い込まない。

 スーア救出のときに黒竜の身体を掘り返していた時も、確かに肉質が恐ろしく固くて苦労はした。だが、その時の比ではない。頑強な金属そのものをぶん殴ったような感触が返ってきた。


「チィっ!!」


 それはウルの対角から攻めたベグードも同様だった。恐るべき技巧によって竜の肉すらも削ぐ細剣が弾かれ、震えている。兎に角固い。デタラメに固い。魔術も全て直撃はしたが、ダメージの一つも負っているようには見えない。


『KYAHAHAHAHAHAHAHA!!!』


 竜の笑い声がけたたましい。

 しかし攻撃はしてこない。ただただコチラを嘲笑うだけだ。目にも止まらぬスピードも、どんな攻撃も通さない防御力も、それらの全てを眷族竜達は攻撃のためには振るわない。

 ひたすらに、太陽を隠すことだけに集中しているのだ。


「守りと【塗り替え】に特化した竜……」


 ざっくりとした概要は聞いていたが、その質の悪さを今初めて実感した。恐ろしい竜の力のリソースの大半を一点に集中させる事の脅威は計り知れない。

 だが、攻めあぐねて、手を拱いている場合でもなかった。


「諦めるでない!本当に攻撃が通じないのなら、回避する必要性も無いはずだ!!」


 一緒に飛んできた神官の一人が叫ぶ。そうだ。と、ウルも納得する。

 竜は無敵ではない。必ず殺せる。無敵に見えるならトリックがある。

 ディズの忠言を頭の中で何度も繰り返す。竜とて生き物だ。この眷族竜が本当に絶対無敵で誰にも防げないなら、そもそもわざわざ天陽結界に穴を空けて守りの堅い天賢王を狙わず、太陽を直接隠せばよかったのだ。

 しなかったのは、いままでは出来なかったか、穴があるかだ!


「パイセン!!敵のこの硬度が”全箇所そうなのか”気になる!!」

「【細断・広開】」


 ウルが言うが早いかベグードは高速で竜の周りを動きだす。目にもとまらぬ速度で細剣を振り、並みの魔物であれば粉みじんにする剣撃を竜の身体全体に叩き込んだ。凄まじい金属の擦れ合うような音が連続で鳴り響き、ウルは耳が痛くなるのを感じた。


『K!?』


 そして、その激しい摩擦音の中、一瞬だけ、竜が悲鳴を上げた。


「抉った」


 竜の身体の一部、翼の付け根部分、その一点をベグードは刺し貫いていた。ほんの僅かだけ、血も零れないほどのわずかさだ。しかし確かに傷つけた。


『kYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』


 竜が再び高速で動く。ベグードの剣は弾かれた。だが確かに見た。


「あれが弱点か!?」

「いや、先に魔術を当てたときは傷ついたそぶりも見せなかった」

「”超高速で、狙われた箇所を硬質化している”……?」


 ベグードの超高速の攻撃を加えて尚一瞬、ほんの僅かな一カ所のみしか隙を見せないレベルで、必要な場所だけ守りを固めている。


 つまり、全身無敵ではない。無敵に見せかけているだけだ。


 無論、この調子では殺せない。弱点の箇所を暴いても、与えられるダメージはほんの僅か。これでは時間が足りない。こうしてまごついている間にも確実に黒い虚は広がりつつある。だが、攻撃が通る箇所を晒すことさえ出来れば――


「全員もう一度やりなさい」


 スーアは背後から光を纏い、指示を出す。彼女の隣ではシズクが小さく詠唱を重ねていた。ウル達は頷く。再び竜を全員で攻める。しかし今度は一点狙いではなく、ダメージを狙わず全体をまんべんなく、一切の隙無く攻撃を繰り返す。

 そしてその状況をウルは未来視の魔眼で確認する。数秒先の、精度の高い情報を獲得する。竜が傷を抉られた事に気がつき、それを隠すよりも早く――――


「腹の中心部からやや右!!」

『KYAAAAAAAAAA!!!!』


 そして、判明すると同時に、シズクが動く。その細く長い指を竜へと向け、呟いた。


「【■■■】」

『K!!?』

「【四克の極剣】」


 そしてその腹をスーアが引き裂き、竜を引き裂いた。


 眷族竜、残り五体



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