陽喰らいの儀㉑ 狂気の沙汰と目覚め
真なるバベル、作戦本部にて。
「任せるっつーのは信頼を築いた相手に投げる言葉だぞ!?」
灰色竜進撃の余波で頭から血を流したビクトールはウルからの通信にベグードと同じく叫んだ。指揮官として恥ずべき反応であるのは間違いないが、しかし叫ばずには居られない。
ウルのことを、新進気鋭なれど、身の程を弁え献身的な態度を続ける見込みのある冒険者、と考えていた。若い冒険者は軽んじられる事を嫌い、無茶をする事も多くて扱いづらかったが彼にはそういった所が一つも無くて感心すらしていたのだ。
が、無茶とかそんな次元では無かった。
頭が、おかしい。気が狂ってる
しかも、その狂気に付き合わせておいて作戦はこっち任せである。
「アイツ連れてきたの何処の誰だ!!」
「今、外で笑いながら竜ぶん殴ってます!!!」
「ああそうだったな!!畜生!!」
彼を連れてきたのは今、防壁のすぐ近くで笑顔で灰色竜をぶん殴っている”魔王”である。なまじ自分たちの命運をギリギリで助けた相手だけに怒りづらい。
そして、それはウルに対してもそうだった。
「どうします!?彼を無視して作戦を組み直しますか!?」
騎士隊長の一人が叫ぶ。何をどう見たってウルの行動は完全な独断であり指示無視である。彼を見捨てて無視するというのは判断として間違っているわけではない。
ない、が、しかし――
「………………………………続行だ!!!」
苦虫を噛み潰したような顔で、ビクトールはウルの作戦続行を支持した。
「本気ですか!?」
悲鳴を上げる隊長の言葉ももっともだ。作戦の続行と言うことは、つまるところウルの作戦に乗ると言うことだ。彼等もウルのことを殊更に見下してるわけでも、嫌ってるわけでも無い。本当にただただ単純に、彼は若く経験が浅すぎる。そんな子供に誇張抜きに世界の命運を託すなど正気ではない。
勿論ビクトールも分かっている。分かっている、が、
「戦況を打開する好機は此処しか無い!!」
ウルが勝負所と見定めたこのタイミングは、ビクトールから見ても確かな好機だった。
彼の経験値の浅さ、若さというフィルターを取っ払うと彼の発言に嘘も混乱も感じない。正しく状況を見定められている。今残る戦力を注ぎ込むのは此処しか無い。
貧弱な手札に世界の全てをベットする、最悪なギャンブルだ。
「魔術師部隊!!全て前に出せ!!予知の情報量を増やして対応力を奪え!」
「消去魔術は!?」
「直接は当てるな!!落下すれば外に露出したスーア様もただでは済まない!!」
次々に指示を出しながら、ビクトールは叫んだ。
「何としても!!ウルのスーア様救出作業を援護せよ!!!」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「正気の沙汰かビクトール!!!」
ベグードは叫びながらも細剣を振る。竜を斬り付け、破壊する。魔眼の一つを更に潰す。愚痴と怒りを叫び倒しながらも見事に竜の武器を破壊していた。
「風と灯火の神官がた!!魔術師部隊!!」
「任されよう!!」
同時に指示を出す。
竜が暴れる上空までベグード達を運んだ【風の精霊】の神官は自らの加護を操り、風を生み出す。ベグード達に自らの意思で自在に飛ぶ力を与えたその加護は、竜の周りに強い風を巻き起こした。そしてそこに砂塵が再び巻き起こる。
「此処は天空庭園の更なる上空だ!大地から離れている以上、土の魔術は効力が薄い!!!魔眼の視線に気をつけろ!!」
だが、見る限り鎌鼬の数は大幅に減っている。竜の支配が解けたのか不明だが、少ない砂塵の力でもまだ余裕があった。
「攻めろ!!!絶対にウルとスーア様に攻撃させるな!!!あらゆる手を使い切れ!!」
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
竜の咆吼が響く。上空は更なる騒乱に包まれた。竜の魔眼は更に激しく輝く。爆散、凍結、炎が巻き起こる。考え得るあらゆる現象が竜を中心として巻き起こるまさに地獄絵図だ。
それでも尚、戦いの意思を一切萎えさせる者がいなかったのは奇跡的と言って良いだろう。繰り返しひっくり返され続ける戦況のただ中にあって彼等は武器を振りかぶり、魔術を放ち、精霊の力を行使し、竜へと立ち向かい続けた。
だが、それでも限界はある。
「ぎゃああ!?!」
一人、また一人と冒険者が空から落ちる。
当然の結末だとベグードは歯を食いしばる。もう自分たちに残されている体力は本当に少ない。ウルが言った「勝負所」の言葉が頭を過る。言われずとも分かっている、と、ベグードは細剣を幾度も振るい続けた。
『GYAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
竜が吼え猛る。コレで何度目かになるだろう。魔眼が瞬く。
魔眼は破壊しても尚尽きなかった。長大な黒い身体に、バカみたいに大量の魔眼がつけられているのだ。そしてその一個一個が凶悪である。分かっていた結末だ。
だから今回の作戦の最終目標もずっと「竜の打倒」ではなく「スーアの救出」だった。其処が限界点であると皆知っていたのだ。
だが、それでもこんな所で終わるつもりは無い。自身の師のため、慈悲無き世界の滅亡という危機から仲間達の運命を救うためベグードは此処まで来たのだ。それに、何よりも――
「あのバカを殴るまで死んでたまるかぁ!!」
「ああ、全くだ」
すると背後から声がした。振り返った先で見たのは真っ白な、見覚えのある閃光だ。ベグードは懐かしいその輝きに思わず笑みをこぼした。
「先生!!!」
「【神鳴り】」
【神鳴女帝】イカザ・グラン・スパークレイの雷轟が竜の魔眼を焼き払った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
空中庭園、騎士団の障壁外周部にて
「ハッハ!過保護だねえ、雷姫。真面目なアイツらしいが」
天空の凄まじき閃きを見ながら、魔王ブラックは楽しげに笑う。
『O o 』
彼の足下では、先程まで無慈悲に冒険者や騎士達、神官達全てを等しく無慈悲に踏み潰していた灰色竜の姿があった――――正確には、だったものの残骸だ。
その全身は黒ずみ、最早跡形も無い。残った肉体は微かに吹く風に当たるだけで崩壊していく。チリチリと燃えるように揺らぎ続ける魔王から溢れた”闇”の傍には周囲を飛び交う無数の魔物達すらも近付かない。人類を殺すことを目的として産まれる、悪意に溢れた彼等が、その闇を畏れていた。
「ま、それならジジイも手伝ってやろうかね。折角の祭りだ」
アルもようやくやる気になったしな。
と、そう言って、彼は懐から手の平に収まるような小さな魔導銃と思しきものを取り出した。豆鉄砲で撃ち出すような、オモチャのようにも思えるそれを彼は手の平で回すと、その銃口を竜へと向けた。
「【■ ■ ■ ■】」
そして、何事かを呟いた。
そしてその瞬間、彼の腕が”蠢いた”。異形の腕が、小さな魔導銃を飲み込んで、歪め、変貌させる。間もなくしてそれは、強大なる砲口へと形を変えた。
同時に、轟音と共に禍々しい真っ黒な光が収束を始めた。何事か、と彼の周囲を遠巻きに囲んでいた戦士達は、間もなく魔王が生み出す黒い光の禍々しさに、背筋を震わせた。
彼等は誰も彼も一流の戦士達だ。
故に早々に彼等は理解した。
今、魔王は極めて危険な事をしようとしており、同時に周りを一切配慮していない。
「ちょっと待てなんかクッソやべえの撃とうとしてねえかあのスーパーバカ!!!」
「退避退避!!!巻き込まれるぞ!!!」
「は!?まだ周りに滅茶苦茶ヒト居るんだぞ!?」
「あの魔王が周りのこと配慮する訳ねえだろ!!基本アイツ普通に最悪だぞ!!!」
そんな悲鳴と罵詈雑言と共に戦士達は必死に逃げだした。蜘蛛の子を散らすようなその逃走劇を尻目に、ゲラゲラと嗤いながら魔王は黒い竜を銃口で睨み付けた。そして、
「【愚星咆吼】」
次の瞬間、雷が降り墜ちるような轟音と共に、全てを飲み込む闇がまっすぐに黒竜の肉体を穿ち貫いた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
二つの黄金級冒険者から放たれた必殺の一撃は、黒竜の肉体を一気に削り取った。
闇が竜の身体を崩壊させ、雷が一気に竜の肉体を焼き払う。間違いなく大打撃だった。
『なんじゃああああ!!!?』
「大変です!!!!」
が、当然、その上で今も闘っているウル達はえらいことになっていた。
竜が悶え、揺れる。重力の魔術で自分を竜に結びつけるのにも限界がある。ロックの身体を変異させたロープと、シズクの重力魔術がなければ、とっくの昔にウルは竜から吹っ飛ばされて、地面に落ちて潰れていただろう。
「…………!!!」
だが、今のウルには二人に礼を告げる余裕も無かった。
竜の恐ろしく固い肉を引き裂くために力を込め続けた両手は血塗れだ。それが籠手の中から出てきた自分の血なのか竜の血なのかも判別付かない。シズクの回復を繰り返しているが、追いついていないのか痛みで感覚がなくなりつつある。
限界。本当に限界だが、それでも剣をふり下ろすのだけは止めなかった。
「竜の身体の三分の一程が二方向からの攻撃で消し飛びました!!」
「……死んだ?死んだか?だったら、最高、だが……」
「その砕けた肉体の一部が変化して、子竜になってこっちに来ます!!」
「巫山戯んなよ馬鹿野郎……!!」
ウルはキレた。どういう生命体なのだこの竜は
分裂、増殖、生殖とは違う【粘魔】に近い性質。【暴食】の特性も持っているのかもしれない。が、その分析が何の役にも立たない
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』
「竜の”尾”も来ます!!!」
あ、死ぬ。とウルは思った。
仲間達は死に物狂いの支援をしてくれているが、それでも限度というものがある。何処かのタイミングで、”切れ目”が発生するのは分かっていた。そしてその状況で自分が持っている手札は無い。
死ぬ。虫けらのように死ぬ。当然のことではある。自分のような木っ端が、修羅場の最前線に無防備を晒せばこうなるのは必然だ。
だから仕方ない。仕方――――
「無い、訳、あるか……!!!!」
ウルはへし折れかけた自分の心を殴りつけるように叫び、剣を死に物狂いで握りしめる。
何のためにこんな地獄に飛び込んだ!?何のために死地に立った!!
己が望みをつかみ取るためだ。何もつかみ取れぬまま、終われるものか――――
『 鬱 陶 し い の う 』
そう思った瞬間、背筋が凍るような――――聞き覚えのある声が――――した。
「――――は!?」
『【 揺 蕩 い 】』
同時に、右腕が動いた。
動かした、ではない。動いた、だ。ウルの意思ではない。片手が剣を手放して、ぐるりとウルの背後に回る。右手は全く別の生物のように蠢きながら、ウルの背中に迫る子竜と、薙ぎ払うようにして迫る竜の尾を睨み付けた。そして、
『【 狂 え 】』
おぞましき、魔言を放った。
『―――AAAAAAAAAAAAAAAAA!!!?』
次の瞬間、子竜達が弾け飛んだ。まるで見えない拳が虚空から振り落とされたように、子竜達が弾け飛んだ。同時に巨大な竜の尾までも、弾けた。
『なんじゃああああああああ!!!?』
「……………!!!」
ロックも、シズクも動揺している。だが、二人は背後で突然吹っ飛んだ竜達を見るばかりだ。ウルの右腕から――――否、ウルの内側から聞こえてきた悍ましい声を、二人は耳にしていないらしい。
そして、その声の正体を、ウルは理解していた。今しがた起きた現象が、どのような意味を示しているのかも理解した。
その上で、
「――――今は!!どうでも!!いい!!!」
ウルは自由になった右手で再び剣の柄を全力で握りしめた。
どうでも良い。心底どうでもいい。今重大なのは、死ぬ直前に、好機が生まれたと言うことだ。まだ、死地で足掻くことが出来ると言うことだ。ならば、やることは一つだ。
『あー……』
「っつーか!いつ!!まで!!寝てんだ!!!てめえは!!」
ウルは眼前のスーアに向かって叫んだ。最早敬意もクソも無かった。
世界で最高の戦士とか何とか言われておきながら、早々に攫われているようでは世話が無い。コイツが邪魔にならなければ未来視の魔眼だって破壊できたというのに、なんだってむざむざと利用されているのだ。
ウルは握りこぶしの代わりに剣の柄を再び握り、痛みに堪えながら、声を振り絞った。
「さっさと起きろや役立たずのクソ七天!!!!!!!!」
思う限りの罵声を浴びせ、剣を振りかぶる。背後からは新たに精製された子竜達と、竜の尾が迫り来る。迫る死を前にしてもウルは躊躇わず――――
「――――誰が、役立たずですか」
直後、鈴の音が響いた。
評価 ブックマーク いいねがいただければ大変大きなモチベーションとなります!!
今後の継続力にも直結いたしますのでどうかよろしくお願いします!