狂宴
「なんだって、ディズはアカネに拘るんだ?そんなに強いのに」
ウルは一度、ディズにこう尋ねてみたことがあった。ディズはその問いに対して、ふむ、と首を傾げる。
「彼女への命乞いは聞かないけど?」
「そういうつもりじゃ……いや、そういう気持ちがあるのも否定はしないが、純粋に疑問では在るんだよ。なんでそこまでアカネに拘るんだ?」
だって、ディズはもう十分に強い。彼女からすればまだまだで、彼女の同僚たる七天達と比べたら不足しているところもあるのかもしれないが、それでもやっぱり彼女は強い。
そして、アカネの力もまた凄いものであるとは思う。だが、なんと言うべきか、ディズならば別にアカネに拘る必要なんてないのではないだろうか、とも思うのだ。ディズならアカネがいなくてもアカネがやることと同じ事が出来るはずだ。
「色んな武器にアカネは変身するけど、結局あれはディズが持ってるものだろ?」
確かにその複製を沢山用意する、とまでなればアカネの唯一無二の力ではあるが、似たような魔剣聖剣を大量に用意することは、ディズにも出来るのだ。となると、ディズにとってアカネは「まあ使う分には便利かな」程度のものだ。
だから彼女は未だアカネの活躍を見ても尚「分解せず生かしておく価値あり」とは認めていない。
それはまあ良い。だが、それなら尚のこと何故彼女に拘るかわからない。
「アカネなんて大したことないんだから放置しとけば良いのに」
《んだとこらー!!わたしゃすごいんだぞー!》
「アカネ、兄が頑張って交渉してるんだから黙っててくれ」
ぺしぺしとウルを殴るアカネをみてディズが微笑み、しかし首を横に振る。
「いくらかもっともだけどね。だけど、ちょっとウルはアカネを、というか【精霊憑き】を侮りすぎだね」
「というと?」
少し説明しようか。と、ディズは姿勢を正す。ウルもそれに応じた。何故かアカネもウルの隣で空を跳びながら正座のポーズを取った。
「【精霊憑き】っていうのは、言うなれば一種の誤作動なんだよ」
「誤作動」
「本来あってはならない事象さ。精霊とヒトが混じりあうなんて、理に反している」
《アタシ、そんざいしたらいけんの?》
少しいじけるアカネの頭をごめんごめんと撫でながら、ディズは続ける。
「精霊はその力をこの世界で自由に振るうことが出来ない。神の制限が掛かっている。加護という形で人類に力を貸し与えて、それでようやく使えるようになる」
そしてその加護にも制限がある。精霊との親和性の高い者しか、強い加護は与えられない。加護を手に入れて、必要なだけの魔力を注いでようやく精霊の力を人類は自らのものにできるようになる。
「ちなみに人類で最も精霊との親和性が高い第一位で一割くらいの力を貸し与えられる、と言われてる」
「一割……?シンラで?」
「そう。そして【精霊憑き】だ。精霊の加護じゃない。精霊が直接人類と混じった状態だ。どういうことか分かる?」
当然ながらそれは”貸与”によって何割かが使えるようになるなどと、そんな次元の話ではない。なにせ、精霊憑きは、精霊そのものなのだから。全ての力が使える。そして人類でもあるが故に、精霊の制限を持たない。
まさしく、バグだ。存在自体が狂っている。
「……でも、アカネは、アカネのままだぞ?精霊がくっついてるっていってもそんな感じじゃない」
《んにゃ?》
「それにそんな強くない。繰り返すが」
《くりかえすのやめーや》
精霊という存在が混じっているというのなら、彼女は元となった精霊が入り交じっているはずだ。しかし彼女はそのまま、ウルの妹だ。
そして、精霊の力を自在に扱えると言っても、彼女はそれほどまでに強大な力を有しているかと言われると、やはりピンとこない。ウルの知る神官たちの力と比べて遜色ないと言えば凄まじいが、裏を返せば神官たち以上の力をふるっているようには思えない。
「【赤錆】が元々信仰対象として弱すぎたというのもあるね。多分、弱り切ったところに彼女と混じったから、自我が溶けて一つになったんだ」
【精霊憑き】の例は少ないが、大体はそうなるのだと彼女は言う。直接精霊に憑かれると言うことは、そうしなければならないほどその精霊の信仰が希薄になり、存在できなくなっていると言うことなのだから。
「そして弱いが故に、力はそれほどでもない。たとえ10割の力が使えても」
《そろそろなくで?》
ごめんごめん、と、ウルとディズは二人でアカネの頭を撫でた。
「だけどもしも――――」
そしてそうしながら、ぽつりとディズはつぶやいた。
「もしも?」
「強大な信仰に支えられた精霊が、人類と混じって、その力を自在に操れたら」
「……操れたら?」
問うと、ディズは目を瞑り、噛みしめるように言った。
「誰の手にも負えない」
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ラビィンは獣人特有の長い耳をピンとたてていた。
ヒトと比べて感情が出やすい自分の耳を彼女は嫌っていた。正確に言うと自分の育ての親であるクソどもが嫌って、何度も殴られた。耳を切ろうなどと宣い始めたので訓練を行い、表には絶対に出ないようにと努めたのだ。
だから、音を拾うときに自分で動かすことはあっても、恐怖の感情では彼女の耳は動かない。死ぬ間際だってピクりともさせない自信が彼女にはあった。
それが、今崩れた。死でも崩れない不動の耳が恐怖に無様に硬直し、すくみ上がっている。しかもその恐怖は敵にでは無く、味方によって与えられたものだった。
「あはははははははははははははははははははははははは!!!!!」
エシェルは嗤う。先ほどからずっと嗤っている。頭がおかしくなったのだろうか、とも思う。だが、狂気に陥った者特有の破綻した笑いとも、また違った。
まるで、世のあらゆるものを嘲弄するような、その逆に慈しむような、矛盾した印象を同時に与えてくる。それが気持ちが悪かった。ヒトが受け止めるにはあまりにもその感情は重すぎた。
「え、シェル、様」
となりでカルカラが彼女の元へと寄ろうとしたので、強引に腕を引っ張って止める。
「何を!」
「馬鹿っ!!死ぬっすよ!!?」
抗議しようとするカルカラを無理矢理に抑える。勿論ラビィンにもエシェルの今の状態がなんなのかは分からない。絶対に近寄ってはならないことだけはハッキリとしていた。
それほどまでに今の彼女は不吉であり、何よりもその彼女を狙っている明確な悪意が存在している。
『 Z 』
竜が、ジッと彼女を見ている。
最早、竜はラビィン達のことなどどうでも良いのだろう。大量の魔眼が一つもラビィン達には向けられていない。その全てがエシェルへと向いていた。そして
『 Z』 『 Z 』『 ZZ Z 』
連続して爆破が起きた。同時に大量の竜の根がエシェルへと殺到する。槍のような鋭さを伴い至るところから爆破の中にいたエシェルを刺し貫いた。カルカラは声にもならない悲鳴を上げるが、最早その衝撃でラビィン達は近付くことすらままならなかった。
「転移の巻物急げ!!!!」
ラビィンが叫ぶ。兎に角此処を逃げなければ死ぬだけだと理解した。魔術師達は慌てて巻物を用意する中、ラビィンだけはエシェルを注視した。彼女から目を逸らすことだけはダメだと、【直感】で理解できていた。
竜の魔眼の爆発と、大量の根による刺突。通常ならば勿論生きてはいない筈だ。しかし先程から漂っていたあまりにも得体の知れない気配が、全く消えては居なかったから。
「あは」
笑い声が響く。
爆発の粉塵が晴れる。当然のようにエシェルはまだそこに立っていた。身体に幾つもの”竜の根”が突き刺さっているにも関わらず、彼女は平然としている。血すらも流れない。
「ちょうだい」
『 Z…… 』
プツリ、となにかの音がした。
気がつけば、竜の魔眼の内、最も大きかった一つの中心に大きな穴が空いていた。しばらくすっぽりと穴は空いたままで、時間経過と共に欠損に気がついたのか、遅れて血が噴き出し崩壊する。
「ちょうだい ちょうだい ちょうだい ちょうだい」
魔眼に穴が空く。穴が空く。穴が空く。穴が空く。穴が空く。穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が空く穴が穴が穴が穴が穴が穴が穴が穴が穴が穴が穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴穴!!!!!
「あはははっはははははははははっはははははっははははははは!!!!!!!」
竜の魔眼達が崩れていく。ズタズタに引き裂かれていく。エシェルが嗤い、その爪を振るたびに、それになぞって触れてもいないのに竜の根がそげ落ちるのだ
「伏せろ!!!身体を伏せろ!!!」
ラビィンはカルカラを押さえ込むようにして部下達に声を張り上げる。彼女の削ぎ落としは縦横無尽に振り回されている。明らかにコチラに対して配慮されていない。
狙いは竜で間違いないが、下手すれば巻き添えで脳天に穴が空く。
『Z ZZ z ZZ Z Z Z Z』
竜の奇妙な鳴き声が連続して響く。疑う余地も無くそれは悲鳴か、断末魔の類いだった。渦中のエシェルは鏡のシェルターから既に飛び降り、竜の根の中で踊り続けている。
黒いドレスが舞う。鏡が煌めいて、少女は嗤う。そのたびに竜が抉れていく。
『ZEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!!』
竜が、叫んだ。
引き裂かれ続けた竜の根の残りが蠢く。一カ所にまとまる。少女から逃れるようにかき集まる。竜の根の大樹の先にあった爛れた身体にそれらはまとまり、一つに戻る。
竜としての形を取り戻したそれは、そのまま翼を翻した。よろよろと彼方此方から腐敗した血を吹き出しながら飛んでいく。
竜が、逃げていく。
否、正確には逃げようとした。
『 Z z ZZZZZ Z !?!?!?!!!!』
飛翔していた竜が動きを止める。正確には空中でピタリと動きを止めた。
歪な翼を蠢かし、エシェルから背を向けて逃げだそうとしているにも関わらず、何故か竜の身体が空中で捕らえられている。カルカラはその現象に覚えがあった。
いつの間にか、ウーガ中に”蜘蛛の糸”が張り巡らされていた。
螺旋図書館で見た、【呪王蜘蛛】の糸が、瀕死の竜をがんじがらめに捕らえていた。鏡の中から出現していた糸が、結界のようにウーガを覆い尽くしていたのだ。
「うふ、あはっははは」
巣の捕らわれた羽虫のように藻掻く竜のザマをエシェルは嗤う。
嗤って嗤って、そのまま自分の顔を隠すベールに手を入れて、まるで子供がやるようにあかんべーと舌を出して、指の腹で下瞼を押さえた。
「【爆散】――――」
そして見開かれたその【魔眼】で、蜘蛛の糸を引き千切ろうと藻掻き続ける竜を見た。
「【固着】【裂斬】【幻覚】【発火】【爆散】【幻視】【爆散】【増幅】【爆散】【発火】【増幅】【爆散】【石化】【爆散】【雷火】【爆散】【墜天】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【浸食】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】【爆散】――――――」
――――同時に、彼女の背後から無数の鏡が魔眼と共に出現する。
鏡は竜を囲う。魔眼を映した鏡は、向かいの鏡の魔眼を反射し、無尽蔵にその輝きが増殖していく。竜の眼が、その元の主を睨み付け、嘲笑う。
「【鏡花爛眼】」
『Z――――――― 』
混成竜は、簒奪された自らの魔眼によって、跡形も無く消し飛んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
司令塔、屋上
「――――――」
一連の動きを遠見の魔術で確認していたリーネは絶句していた。彼女だけではない。【白の蟒蛇】の魔術師達も揃って言葉を失っている。魔物達の襲撃は今も続いており、緊張状態が続いているはずなのだが、そんなことすら全く気にならない。
「……竜、消滅、しました」
「…………そ、うね」
かろうじて状況を説明する魔術師に、リーネはなんとか頷く。だがそれでも結果を飲み込むのに時間を必要とした。
リーネの本質は魔術師だ。そして魔術は世の理を紐解いて、理解し、そして利用するものだ。彼女が扱う白王陣が例えどれだけ強大であっても、そこには正しい理屈がある。
だが、エシェルが引き起こしたアレに、理屈など無い。あまりにもデタラメで、あまりにも理不尽だった。危険すぎる。恐ろしすぎる。出来れば白王陣に利用したい。いや、それは兎も角として、まずはなによりも、
「エシェル達を助け出さなきゃ!!救護班!!」
リーネのその指示にハッとなって、緊急時の救護部隊が動き出す。竜が倒された以上、一先ずはウーガ内部は安全だろう。竜との戦いの前線に出た全員を助け出さなければ――
「……!?」
だが、そんな彼女の指示を尻目に、黒いドレスが舞った。
「エシェル!?」
遠見に映るエシェルが宙に浮かぶ。カルカラが何やら彼女に向かって叫んでいるが、エシェルは聞こえている様子はない。そのままふらふらと宙を彷徨った後、不意に空を飛んだ。
飛翔の魔術でもとても追いつかないほどに速い速度で、ウーガの結界を越え、すっ飛んでいってしまった。
「…………あ、あれ、バベルの方角……か?」
誰かがそう言った。リーネもそう思った。彼女が飛んでいった方向は、恐らくプラウディアだ。彼女はプラウディアの、恐らくは【バベル】へと向かった。それが果たしてどういうことかというと、だ。
《――――。――――リーネか?やっと通じた!》
「………ウル?」
竜が消えたからだろうか。冒険者の指輪から通信魔術が飛んできた。焦ったようなウルの声に、リーネは少し呆然としながら応じた。
《そっちは無事か?!死にそうな奴いないか?!そんでウーガを使えるか?!!》
「…………そうね。一つ一つ行くわ」
深々と溜息をついて、リーネは落ち着きを取り戻すよう努めた。そして解答する。
「こっちは、一応無事。魔物はまだ来てるけど、死にそうなヒトも今は居ない。予備の制御権もあるから少し時間もかかるけどウーガも使える、と思う。ただ――」
彼女はエシェルが消えた闇夜の空へと視線を向け、目を細めた。
「竜より不味いのが、ソッチ、飛んでいったわ」
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