かくしてソレは全てを嘲笑う
「いけない!!!エシェル様!!」
”風の少女”の力で上空からその様子を眺めていたカルカラは悲鳴を上げる。遠方からなにがどうなっているのか分からないが、ジャインが居た場所にエシェルが何故かいて、エシェルが魔眼の前にその身をさらしている。
つまり窮地だ。このままでは彼女が死ぬ。カルカラは”風の少女”に急ぎ振り返った。
「私への力を解いて!!」
「で、でも!」
「急いで!!貴方はここから離れてウーガの空気の浄化だけは続けてください!!」
風の少女は少し躊躇ったが、頷き、カルカラへの力を解いた。カルカラは当然その場から真っ直ぐに落下する。カルカラは【岩石の精霊】の力で自らの手の内に巨大な石を生み出し、その形を整えた。
「【岩の大剣!!】」
巨大なその大剣を振りかぶり、そして躊躇無く、エシェルを今にも焼き殺そうとしている巨大な魔眼にふり下ろした。
『Z Z 』
巨大な魔眼が崩れる。カルカラはその結果を横目にエシェルを見る。自らが生み出した鏡のシェルターの中にいる彼女は虚ろな目をしていた。カルカラが近寄ってもまるで反応しない。
「…………」
「幻覚、混乱の類いか!!!」
カルカラは即座にその症状を見抜き、周囲を見渡す。鏡のシェルターの隅に魔眼の輝きを確認するや、即座に巨大な大岩をたたき落とし、潰した。
『z 』
「エシェル様!しっかりなさってください!!」
「……………カ、ルカラ……?」
反応が返ってきた。まだ寝ぼけている様子だが、問題なさそうだ。カルカラは小さく安堵した、が、まだ全く油断出来ない状態なのは間違いなかった。
奥にはジャインの姿も見える。カルカラは彼も引き寄せ、振り返る。急ぎこの場からでなければ――――
『z 』『 z』 『z』『 z 』『z 』『 z 』
「…………!!」
そして振り返った先に竜の根から生まれた大量の魔眼が溢れかえり、こちらに這い寄ってきていることに気がつき、絶句した。数十はあるであろう魔眼達は多様な輝きを溜め始める。
カルカラは咄嗟に大岩を生み出し魔眼の視界を遮ろうとしたが、間に合わない――
「火球撃て!!!!」
そこに、新たな声が響く。魔術の火球が連続で放たれ、魔眼達が焼き砕かれていった。焼き払われた魔眼を踏みしめ、【白の蟒蛇】達が入ってきたのだ。
「ジャインは!?」
白の蟒蛇のナンバー2,ラビィンは開口一番に叫んだ。カルカラが横たわっている彼を指すと、彼女はびっくりするくらい素早く彼の元に近付いて、そして彼の生存を確認し深く溜息をついた。
「エシェル様が、無茶をしました」
「…………感謝するっすよ。本当に」
非常に短く、はっきりとエシェルに向かって感謝を彼女は告げた。そして即座にナイフを引き抜くと、カルカラへと強く頷いた。
「ウーガを出るっす!もう此処はダメっすよ!」
「……やむを得ませんね」
「死んだら終わりっす!急いで!!」
カルカラも朦朧としたエシェルを背負い、鏡のシェルターから飛び出す。なんとか活路を見出し、逃げなければならない。魔眼を蹴散らして、なんとか外へ――
『 Z 』
『 Z 』 『 Z 』 『 Z 』
『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z 』『 Z』『 Z 』『Z』『 Z 』『 Z 』『 Z 』
『 Z 』
その考えが、酷く甘い代物であると彼女は即座に思い知る。
ジャインが破壊を試み、エシェルが反射で焼き払い、カルカラが叩き潰し粉砕した魔眼達。それと同程度か、それ以上の大量の魔眼が出現していた。周囲は”竜の根”で覆われ、右も左も、足下も、天井すらも魔眼がびっちりと埋まっている。
「…………こんなの、どうにもならない」
白の蟒蛇の誰かが引きつったうめき声を上げた。
再び魔眼が輝き始める。カルカラは対抗する隙も手立ても無くその輝きに飲み込まれ――
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
エシェルは朦朧とした意識の奥底を漂っていた。
自分の周りでなにが起きているのかは理解できている、気がしていた。だけどその事を考えようとするのを無意識に拒んでいた。魔眼により抵抗力を失い、険しい現実に晒されることを本能的に拒んでいた。
――目を覚まさなくても良いじゃない。目を覚ましても辛い思いをするだけ
いつの間にか現れた幼い頃の自分が言う。顔に一杯傷を付けて、痩せこけて、髪もボロボロで、淀みきった目で語りかける。
昔は確かにそういう風に思っていた。
現実はあまりにも辛いことが一杯で、考えるだけで悲しみで胸が潰れた。だからあまり考えずに生きてきた。エシェルは昔のことをあまり思い出す事が出来ない。
だけど
――でも、今は、そうでもないのよ
そう、今は、そうでもない。
大変なことは増えた。とてもではないけど、自分だけではどうにも出来ないことが一杯だ。でも、それを一緒に手伝ってくれるヒトが増えた。一緒に考えて、悩んで、助けてくれる人達が増えたのだ。
だから、目を開けなければならない。
「…………」
エシェルは薄らと目を開ける。現実を見る。
カルカラの背中がまず映った。彼女には昔もこうしてもらった事を覚えている。彼女の背中はとても暖かくて、妹や弟達に打たれた傷が癒やされるようで、好きだった。
周りにはラビィンや白の蟒蛇の皆がいる。少し前まで彼女たちはあまり好きじゃ無かった。ウーガに異変が起きたとき、どうにもならなくなった自分を真っ先に見捨てたから。
でも、今はそんなに嫌いでも無い。最終的には彼らとも協力できたし、ちゃんと向き合って話してみると彼らだって悪い人達ではなかった。何より、カルカラと仲直りする切っ掛けを与えてくれた。だから彼らのことも嫌いじゃ無い。
そして今、カルカラも白の蟒蛇の皆も、自分もろとも殺されようとしている。
「…………嫌だ」
大量の、竜の魔眼を前にエシェルは小さく声をあげる。
嫌だった。こんな結末は許容できなかった。だって、ようやく楽しくなってきたところだったのだ。がんじがらめになって動けなくなっていたところを引き上げられて、助けられて、やっと前を向けるようになったばかりだったのだ。
それが、こんな所で終わってしまうなんて、絶対に、嫌だ。
――いやなの?
目の前に、再び自分が現れた。
でも、自分とは少し違った。そのエシェルはエシェルと同じ年で、だけど真っ黒なドレスを身に纏っていた。ベールを被っていて顔は薄らとしか見えない。何か微笑みを浮かべているが、自分はあんな風には笑わない。
あんな、怖くて、妖艶な笑みは浮かべない。
――死にたくない?
死にたくない
――どうして?
だって、もっと幸せになりたいから。
もっと勉強して、もっと頭が良くなって、もっと強くなったら、そしたら彼と――
――ほしいの?
ほしい
それを聞いて、黒いドレスのエシェルは笑う。ゲラゲラゲラと楽しげに笑った。エシェルと同じ声で、だけどまるで世界そのものを嘲弄するような強く、響く笑い声だった。
五月蠅いなあ、とエシェルは顔を顰める。でも耳を塞いでも声は聞こえてくる。
でもそれは当然だった。その嘲笑は、エシェル自身の口から零れている。
――じゃあ、盗っちゃおうか?
黒いドレスのエシェルは、エシェル自身へと近付いて、自分自身を抱きしめて、嗤った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
カルカラは死を覚悟した。魔眼の輝きは頂点に到達し、多様な悪意と殺意の塊はカルカラ達を一瞬で消し飛ばそうとした――――が、
「は?!」
その直前に、彼女の周りに【鏡】が現出した。
全てを反射する強大なる鏡は結界のように立ち並び、魔眼達の力の全てを反射する。魔眼達は鏡に映った自らの姿に向かって力を放ち、自らを破壊した。
『 ZZ Z 』
『 Z Z 』 『 Z Z Z 』
奇妙な鳴き声が連続して響く。魔眼達が鏡の向こうで自らが焼かれたことに混乱しているのが分かった。死の直前で命が助かったカルカラは一瞬呆然となって、しかしすぐに振り返った。
「エシェル様!目を覚まし――」
そして目撃する。
エシェルは、いつの間にか姿を変えていた。先ほどまで彼女は精霊の力を扱うための神官のローブを身に纏っていたはずだ。大量の護符を首からぶら下げて少々不格好ですらあったが、全ては彼女の安全のためだった。
「――――は」
だが、カルカラの背中から自ら降りたエシェルの姿は、それとは全く違う。
彼女が身に纏うのは真っ黒なドレスだ。黒いベールが顔を隠している。ドレスに散らばる輝きは、砕かれた鏡の破片だろうか。髪の色も、黒ずんだ赤い髪色が、真っ黒に染まっていた。指先にまで鏡はまとわりつき、それが爪のように禍々しく伸びている。
「ミ、【ミラルフィーネ】……?」
エイスーラとの戦いで顕現した【鏡の精霊】をカルカラは思い出す。だが違う
だって、彼女はエシェルだ。
エシェルが、ミラルフィーネの姿をしている。ミラルフィーネが、エシェルと重なっている。これでは、これは、これから起こるのは――
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」
エシェルは嗤った。凄まじい声だった。間近でそれを聞いたカルカラも、ラビィン達も思わず背筋を震わせるほどの声だった。エシェル達を囲い覆い尽くしていた”竜の根”達が激しく揺れ動く。まるで怯えるように、のたうっていた。
『 ZZ 』『 Z Z 』『 Z 』『 ZZ 』『 ZZ Z 』『 Z 』『Z』『 Z Z 』『 Z Z 』
同時に、魔眼達が動く。”混じった”とはいえ怠惰の竜にしてはあまりにも素早く、魔眼達が生成され、それらは全て真っ直ぐにエシェルへと向かった。最大の脅威であると、そう認識するかのように。
だが、囲まれて尚、エシェルは嗤う。嗤って、嗤って、嘲笑う。
「――――嗚呼」
【邪霊の愛し子】は間違いだ。
祈りを捧げた直後からその力を使える異常な強さに、誰もが勘違いしていた。
彼女は力を貸し与えられたのではない。
彼女はそのものだ。
「ちょうだい?」
鏡の精霊ミラルフィーネと入り交じった、新たなる【精霊憑き】が顕現した。
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