人形遣いとの邂逅②
「グレンが誰か紹介するなんて、珍しいこともあるものねー」
ぼんやりとしたその声の主、マギカという名の人形師の”家”にウル達は招待されていた。先ほどまでいた地下一階から更に一つ降りた地下二階。地下一階と同じ閑散とした複雑さもない迷宮の、その一室が彼女の家だった。
迷宮の中、と、理解していても、一瞬ここがどこだか分からなくなるくらいに、そこは家として機能していた。魔道灯によって照らされる光は、大罪迷宮グリードのような青緑の薄気味の悪いものではなく、暖かな淡い橙色。この迷宮独特の白の殺風景な石畳の上にはカーペットが敷かれている。本棚にテーブル、更には台所と思しき場所まである。
「……家だな。本当に家だ。しかも小洒落てる」
「引きこもりだからねー私、住む場所は大事-」
のんびりとしたマギカの言葉通り、細かなインテリアから配色に至るまで、こだわりが見られた。これだけのものを、わざわざ迷宮に用意するのだから、やはりグレンのいう様に変人なんおだろう、彼女は。しかし
「……良いな」
「ウル様は、こういう家がお好きですか?」
ぽつりとつぶやくウルに、シズクが反応する。ウルは頷いた。
「家というのはあこがれる。クソ親父の所為でまともに落ち着けた試しがない」
昔から、ガタついた馬車と老いた馬にのせられて、東へ西へとクソ親父の勝手で振り回され続けた。その街で友達を作ってもすぐに別れてしまう。暖かい寝床はなく、ささくれ傾いた馬車の中で一夜を明かすは数えきれないほど。だからウルには家というのはあこがれの象徴だ。
「あははー。落ち着く場所が欲しいなんて、ボウケンシャとは真逆じゃーないか。なんでボウケンシャなんてやってんの?キミ」
「へこむ」
何もかもあのクソ親父の所為である。生き返らせて絶対殺そう。と、ウルは気持ちを新たにした。そう思ってるうちに机に散らばってた何か、ウル達にはわからない工具をマギカは机から片していた。
「さ、どーぞ座って。グレンの紹介ならお茶くらいだすよー。実験手伝ってくれたしね」
「普通に殺されかけたが」
「実験には犠牲がつきものだよー」
言いたいことはあったが、彼女の機嫌を損ねても仕方がないので黙っておく。ことんと暖かなお茶の淹れられたカップが出されたので礼を言おうと顔を向けると、カップを出したのは人形だった。
「襲い掛かってはこないだろうか」
「だうじょーぶよたぶんねー」
「この人形は、マギカ様が作られたのですね」
「そだよ。都市の外は人形の制限がなくていいわー」
基本的に、人形は魔物を生み出す所業に他ならない。制限こそ加えて行動をあやつれるが、一歩間違えれば、先ほどの暴走だ。都市内での規制は当然といえる。彼女がこんな都市の外の迷宮に居を構える理由はそこらしい。
「んで、なんのよーお?話はきーたげるけど」
と、問われ、改めてマギカを見る。見た目はグレンよりも若い。大体30代くらいの女性、のほほんと眠そうに目を細めている、化粧っ気はないというかそもそも身だしなみを気にしていない。姿も完全に寝間着のそれだ。
女性らしさのない人だ、と思いつつも、しかし寝間着越しの女性的なまるみは中々の者だった。シズクに匹敵するかもしれない。
「ウル様?」
「すみませんでした」
不思議そうにするシズクに、ウルは謝って、すぐに本題に入った。
「貴方が有名な人形技師であると聞いている。どうかその知恵を貸していただきたい」
ウルは丁寧に頭を下げた。
グレン曰く、大連盟一でも指折りの人形技師。現在の人形学、特に
そのせいか彼女の名はあまり知れ渡ってはいない。
その彼女のことをなぜグレンが知っているのか、というのは置いておく。兎も角彼女が有能な人形技師で、その知恵をかりられるなら 借りたいと思っている。宝石人形打倒のために。
「実は俺たちは新入りの冒険者で今グリードには――」
「宝石人形でしょー?しってる。あーなるほっどねー。グレンもひとがわるいなー」
事の経緯を説明しようとしたその初めで、マギカはウルの話を遮った。そして納得したような顔になった後、ウルを憐れむ様にして一言告げる。
「もーしわけないけど、宝石人形の簡単な攻略法、ないよー?」
そして的確に、ウルの聞きたかった答えと真逆の回答を行った。
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マギカ・マギステル
銀級、即ち一流の冒険者として 彼女は相応の知名度を誇る。が、彼女の場合、それよりも別の形で世間では名をはせている。人形の核となる心臓部分、すなわち魔道核に関して、彼女は世界でも指折りの賢者だった。
【魔道核】
魔物からとれる生命の塊ともいえる魔石、魔物が死んだとたん、単なる魔力の塊と化すそれを、人工的に真似る事で活用できるようにした模造品。それまでは耐久性に酷く問題の合った魔道核に数十、数百という年という寿命を与えた若き天才。
魔道学、特に魔道機械学において、彼女の名を知らぬ者はいないほど、彼女の成果は偉業だった。
【土塊の賢者】の異名を冒険者としてではなく授かるほど、偉大な功績を遺した彼女だが、しかし、その成果には一つ、”落とし穴”があった。
「私が魔道核を改良したら、その改良した魔道核を迷宮の人形が真似たんだよねー」
魔物の核、魔石をまねた魔道核、それを真似る人形
なんとも奇妙な話ではあるが、しかし事実だった。それまで迷宮の人形というのは長くても3日も経てば自壊する生物だった、彼女が耐久性の高い魔道核を完成させ、そして各都市に広く普及させた時期を境に、人形に耐久力という欠点がなくなった。
彼女が魔道核の研究を進め、人形の改良を行うほど、迷宮の人形も欠点を克服していくのだ。その因果関係はすぐに知れ渡ったが、しかし研究は止める事は出来なかった。魔道核の研究の成果は人々の生活を豊かにしたのだ。
莫大なメリット故に、必要なリスクとして見過ごされたのだ。
「兵器としての人形の開発は全ての都市で禁止されたけどねー。完全に禁忌扱い。多分知識が一定範囲で人類間に広がるのがトリガーだと思うんだけどねー」
「つまり、簡単な攻略法がないというのは」
「私が、簡単な攻略法を片っ端からつぶしちゃった、ってことー」
ウルは頭を抱えた。いってしまえば彼女はウル達を苦しめる諸悪の根源である。
彼女が弱点をつぶしたからこそ、宝石人形は賞金首にまでなった、ともいえるのだから、彼女のおかげ、と言えなくもないが。
「魔道核そのものと、頭部の命令術式。この二つは手を加える前だったから残された唯一のセーフティ。なんで、今も改良は加えられず残されてるけどね。」
「頭部が他の場所と比べて脆いと聞いていますが、命令術式の破壊による暴走がセーフティ?」
「うん。魔道核が破壊できないようなときに行う緊急対策だねー。下手に手を加えて野良の人形がパワーアップされるよりはマシかなーって判断、それに自分で使う分にはほらー」
そういって、テーブルに置かれていた空のカゴをかぽっと、背後で家事を行う人形にかぶせる。
「こんな風に兜かぶせちゃえばいいしねー」
外付けの小細工程度なら迷宮に真似られることはない、とマギカは笑う。成程、確かに鎧兜を装備した迷宮の人形、なんてものは聞いたことがない。
「ちょっと話それたけど、結論として、私は魔道核、そして術式以外の弱点、攻略法は知らないし、たぶんないと思うのー」
「もしあったら、貴方が改善しているから、か」
「いえーす」
うそをついているとも思えない。そもそも考えてもみれば、人形の楽な攻略法なんてものがあれば、もっと出回っているはずだ。秘密にする理由はない。現在賞金首になり、競争の景品のように扱われようと、迷宮から産まれた人形が、人類にとっての敵であるのには変わりないのだから。
ウルが続ける言葉を見つけられず沈黙する。マギカはどこ吹く風だ。このまま会話が途切れようとしていたとき、口を開いたのはシズクだった。
「マギカ様、グリードに出現した宝石人形に関しての情報は詳しくご存知ですか?」
「ご存じだよー。人形についての情報は何でも粗方調べるようにしてるからー」
「では、宝石人形の目的、”命令術式の内容”は推察は出来ますでしょうか?」
「んー、できるよ?」
「……なんだって?」
何でもないようなその返答に、ウルは一瞬自分の耳を疑った。術式の内容、人形の目的が理解できると彼女は言った。それはすなわち、『目的を達成ないし破壊する事による無力化』が可能であるという事だ。
窮地にあるウルらにとって、それはまさしく天から降りる蜘蛛の糸だった。
「是非教えていただきたい」
「見返りはー?」
のんきな顔、呑気な声、ただし言葉だけはやけに鋭く刺さった。
「タダじゃーいやだなー。べつにー生活にこまっちゃいないけどー」
のんびりとした物言いに相反して、此方を値踏みするような目線が刺さってくる。対価の要求、それを言われることは分かっていた。問題はここからだ。
「金か」
「白亜の冒険者みまんのおさいふに、期待はしてないよー?」
「じゃあ何を?」
「そもそもー君たちは何ができるのー?君らのこと私しらないー」
「なにが……」
逆にそう問われると、ウルは困った。
何が出来るかといわれれば、正直何も出来る気がしない。金もない、実力も無い、何もないのが今のウル達だ。それはウル達が今一番よく分かっている。提供できるモノがあまりにも少ない。
が、ここで「何も出来ません」と答えるのは間抜けが過ぎる。
「そちらの望む事を可能な限り実現するつもりだ」
「んふふーまっじめー、でも答えになってなーい」
ニタニタと彼女は笑う。ウルの必死に言葉を絞りだそうとするのを明らかに面白がっていた。ろくでなし、というグレンの評が全くもって正しかったとウルは理解した。
「お金はいくらあってもこまらなーい。貴方たちよりもーっとお金在りそうなヒトタチに話した方が得かもねー」
安易な揺さぶりだったが、何の後ろ盾も存在しないウルにはその言葉は容赦なく効いた。どうやって彼女に気を向けさせられるのか必死に考えるが、言葉として形になることは無かった。
「ですが、そちらもあまり、冒険者とのコネクションはないのではないでしょうか?」
そこに割って入ったのはシズクだった。
彼女は何時ものようにニコニコとした笑みを崩さぬまま、マギカを見る。マギカも興味深げにウルからシズクへと視線を移した。
「へーなんでそうおもうのー?」
「討伐祭の開催はまだですが、そもそも宝石人形が賞金首にかけられてからそれなりの日数が経過しています。そして貴方には宝石人形を倒す秘策とも言える情報がある。しかし誰にも売りつけず、討伐祭開催まで時間経過してしまった」
「討伐祭を開催させて、賞金をつり上げるのが目的なだけかもよー?賞金が上がれば、当然情報の価値もつり上げられるでしょー?」
「その間に倒されてしまえば、その情報は塵芥になります。そのリスクをのんでまで、起こるかもわからない討伐祭の為に温存していたのですか?」
シズクは何時もどおりの温和な表情で、しかしその言葉は鋭かった。ウルは断固たる決意を見せた酒場での彼女ともまた違う、その姿に驚いていた。
「情報を温存していたというより、持て余して腐らせようとしていたのでは?」
シズクの指摘に、マギカは一瞬黙って、その後クスクスと笑い出した。
「ンフフ、変な子ー。貴方も冒険者らしくなーい」
「そうでしょうか?」
「そーよ。綺麗な顔して、頭も回るなら、冒険者なんてやらくていいのにー」
そう言ってケタケタ笑いながら、ぼすんと椅子によりかかる。そしてテーブルにのせられていた魔道機械、恐らくは人形にも使われる魔道核をいじり始めた。
先ほどのように此方をからかうような、侮るような視線は無くなった。おそらくそれがデフォなのだろう。彼女の視線はのっぺりとした蛇のような印象を与える冷たいモノに変わった
「貴方のいうとーり、アタシはこの情報をもてあましてる。たまたまぐーぜん、宝石人形がなんでか上層にあがってきたってきーたから、調べてみたらわかったってだけー。売りつける相手も居ないの」
白亜級のよわっちい冒険者の知り合いなんてそんなにいないしねーと彼女は笑う。
「でも積極的に捌こーとも思わなかった。めんどーだし。ここ知られたくなかったし」
「こんな所にわざわざ暮らすのは。積極的にヒトと関わらないためですか?」
「ヒト嫌いなわけじゃないんだけどねー?どっちかってーと嫌われるほー」
だろうなあ……とウルは口に出さずに思った。
「んで、だからー別に貴方たちに売る事自体はしょーじき、別にいーの。他に売る相手なんていないしねー」
「なら」
「でも、安売りは、したく、ないなー。なんかイヤ」
カチャカチャと魔道核をいじりながらそういう彼女は、玩具をもってふてくされている子供のようでもあった。随分と大きくて、邪悪な子供だとウルは思った。
「俺達の出せるモノなんてたかがしれてるぞ」
「つまんなかったら、売らなーい」
「貴方には一銭の得にもならないが」
「別に良いよー」
その彼女の言葉にウルは理解した。コレは金持ちの道楽だ。
別に彼女は金に困っていない。何かそれほど不自由をしているわけでも無い。ウル達が差し出せるモノにそれほどの興味も持っていない。ただ戯れに、何か面白いことをするかすまいかと眺めている。結果、期待はずれだったとしてもどうでも良いと思っている。多少の損を痛手とも思っていない。
コレはこういう状況だった。そして、それ故に厄介である。相手は利益度外視で動いている。基準は自分の快不快のみ。その基準は彼女の頭の中にだけある。
ウルは何度かこんな経験があるから理解している。この手合いは、マトモにやり合うだけ意味が無い。相手の頭の中なんてわからないのだ。全ては相手の気分次第である。
この類いのヒト相手で最も有効なのは相手にしないことである。
真面目に相手したところで、からかわれるだけからかわれて終わる事はままある。たっぷりと、自分の優位性をひけらかされるだけひけらかされて。
が、無視できない場合、どうしても相手を振り向かせなければならない場合、重要なのはこれを取引に戻すことである。まともな利益の相互交換が行われなければ意味はない。
これを道楽でなく、まともな交渉にしたいなら、手の平から零れなければならない。
だがさて、どうやって?
「そういえば、此処に来るまでに、人形がなにか、筒のようなモノをつかっていましたが、アレはマギカ様が生み出した魔導機かなにかですか?」
「あれー?知らない-?あれ、【竜牙槍】だよー。ちょっとマイナーだけど、冒険者用の武器だよあれ。アレはその実験、新型魔道核にあった竜牙槍の設計、スポンサーがやってってさー」
「実験、と言うことは今マギカ様はその仕事を?」
「んー?ふふ、わたしの仕事てつだってくれるのー?」
そりゃむりでしょ?と言うように彼女は笑う。馬鹿にするように、というよりはものを知らない子供に言い聞かせるようだった。自身の仕事にウル達が立ち入る余地がないという確信もあった。
「竜牙槍の開発は後は試行錯誤するだけのじょうたーい。てつだってくれてもいーけど、大体速くても一ヶ月はかかるよー?」
一月。まあ確かにそれでは意味が無いだろう。一ヶ月も経過すれば討伐祭は終わっている。それまでの間手伝ったところで倒すべき宝石人形がいなくなるなら何の意味も無い。
だが、シズクが聞き出したこの話題自体は重要だった。彼女の現在の仕事の話。彼女の生活を支える話だ。此処に彼女の遊びの余地はない。彼女が自分の人生すら適当するようなヒトならば兎も角、実験そのものは真摯に思えた。
「……試行錯誤ってのはどんなことをするんだ」
「んー?形考えて、試して、計測して、結果見て、また考えて、試す。すごーくザックリいうとこの繰り返し」
場所が場所だし、時間がかかるんだよねーと、彼女は面倒くさそうに言った。ウルはその言葉を聞いてしばし考え、そして言葉を続けた
「時間がかかる、あの”大砲”を安定させるための形状を考えるのが?」
「考えるのはいーの、問題はその形を鍛冶ギルドに頼んで、つくってもらって、それを試すっていうのにどーしても時間がねー」
「――――手伝えるぞ」
ウルの言葉に、マギカは「はい?」と首を傾げた
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
《……このねーたん、へん》
「アカネ、怖がらなくてもいいから」
「アカネ様?大丈夫でございますよ」
「……ウィヒ、ウェヒヒヒヘッヘヘッヘヘヘヘヘヘヘヘー」
「アカネ、訂正だ、逃げろ」
「マギカ様、正気に戻ってください」
グリードに戻り、ディズに事情を説明して3回くらい頭を下げて連れてきた彼女。変幻自在の金属であり、望むまま、望む形に変身できるアカネを前に、マギカは変なテンションになった。
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