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竜吞ウーガの死闘⑧


 屋上に避難していたジャインの目の前で、竜の大樹に強大な炎が叩き込まれた。


 それは白い炎だ。司令塔から光が見えたと思った瞬間、横殴りするように炎が着弾した。おぞましい竜の根でウーガに出現した大樹は、凄まじきその炎弾が着弾すると、凄まじい爆音とともに撓んだ。周囲でそれを見守っていたジャイン達は衝撃で吹っ飛んだ。


「っおおお!?」


 身構え、姿勢を低くしても尚、その衝撃は凄まじく、ジャインは身体を転がした。背後に簡易の柵がなければそのままどこまでも転がっていただろう


「ってえクソ!だがいいぞクソったれ!!」


 悪態と賞賛を交互に繰り返しながら、ジャインは再び顔を上げ、混成竜の状態を確認する。真っ白な炎に包まれた大樹、先ほどまで一切身動き一つ取りそうになかった大樹がグラグラと揺らいでいる。高熱で視界が歪んでいるのでなければ、間違いなく大樹は大きくダメージを負っていた。

 その中央にある輝きが悲鳴をあげるように明滅する。更に


『Z』


 階下から迫っていた黒い根の群れ達が、ジャインを追いかけるのを止め、退いていくのを感じた。それがどういう意味かジャインは理解した。


「身を守ろうとしていやがるぞ!!撃てや!!!!」


 同時に、屋上で【竜殺し】の発射が始まった。詳細に指示を出さずとも、ジャインの部下達も全員分かっていた。今この時こそが勝負時であると言うことを。温存された呪いの大槍をつがえ、即座に撃ち放った。


『Z』


 今尚、白い炎に焼かれ続ける竜の大樹に、更に大槍が突き立つ。揺らぎが大きくなる。物静かな竜の代わりに、急所とおぼしき箇所の輝きが一層に激しさと不規則性を増した。

 そして、


『Z』

「倒れた――」


 竜の大樹が倒れた。カルカラが崩した瓦礫の中に埋もれ、斜めに傾いた。完全に倒れてはいないが、自身を支えられていないのは間違いない。

 だが、死んではいない。未だ輝きは続いている。さらに大量の根が大樹の周りに戻ろうと集まっているのが見える。


 勝負所だ


 ジャインは冒険者の指輪に向かって叫んだ。


「大槍は!!」

《こっちは全部使い切ったっす!!》

「白王陣!!」

《ウーガから魔力補充してるけど時間が掛かる!あと10分は欲しいわ!》


 10分、あの大破壊力を10分で打てるのは驚異的だが、今この状況下においてはあまりにも長い時間だった。10分の間に竜が大人しくあの場でじっとしてくれるとは思えない。あの黒い根の全てを防御に回されたら、対処する手段が完全になくなる!!


「カルカラ!!俺の居る場所から竜の所まで橋を作れるか!!!」

《は……!?いえ、出来ますが、下には竜の根が蠢いています!すぐに崩れますよ!》

「俺が到達するまで維持できりゃいい!!すぐに――」


 言い切る前に、不意にジャインの頬を何かが過った。回避は出来なかった。単なる偶然である。ただ、その過った何かはジャインの柵を打ち砕くまで伸びきった。

 矢?と思ったが、そうではない。それは黒い根だ。竜の大樹からかなりの距離があるジャインの所まで、棘の様にのばした根がここまで届いたのだ。


「……!!」


 ジャインは寸前で命が助かった事実を確認し安堵し、即座にその安堵を振り払った。まだ助かっていない。今さっきジャインの脳天を貫こうとした根が、残っている。そして根がそこにあると言うことは、


『z』

「クソが!!!」


 魔眼がその場に発生する。ジャインは斧を振り下ろし、根を叩き切った。だが、コレは時間稼ぎにしかならない!

 ジャインは傍らに置いてあった砲塔から温存していた【竜殺し】を一本引き抜いた。


「ラビィン!!気をつけろ!!」

《だい――――でも――――ふたり――!!》

「クソが!!カルカラァ!!今やれ!!!すぐやれ!!」


 10分などという時間は無い。それを理解し、ジャインは屋上から跳んだ。背後から魔眼の気配がする。強い眠気がジャインの頭を揺らす。時間は無かった。


《無茶苦茶しないでください!!!》


 ろくに連係の練習も経験も無い相手に対して大分無茶なことを言っていた自覚はジャインにもあった。だが跳んだ先、細く、今にも崩れそうな岩の橋が出来ていた。ジャインはそこに着地し、駆ける。


『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』『z』


 足下に広がる大量の黒い根が蠢き始める。その全てが魔眼を作り出そうとしている。ジャインが更に強く地面を蹴りつける。蹴りつけた橋は即座に崩壊し崩れていく。退路は無い。それは分かっている。だから躊躇わずジャインは地面を蹴った。


 躊躇うな。ビビるな。脚がすくんだ瞬間、本当に死ぬ。


「だらああああああああああ!!!!」


 更に跳ぶ。倒れ込んだ竜の大樹に【竜殺し】を構え、落下する。自身の重量と筋力の全てを穂先の一点に凝縮し、そして振り抜いた。

 ずぶりと、黒い根の中に槍が突き立つ。黒い根が呪いの穂先に触れた瞬間溶けていくのを感じた。明滅する光が、更にけたたましい悲鳴のような輝きを増した。


『Z――――――』


 そのまま、貫いた槍を引っ掴む。着地した先の黒い大樹がジャインの脚を幾つも貫いてきたが、ジャインは無視した。むしろそうして固定された肉体を利用し、ジャインは身体を捻り、ずぶりと突き立った大槍を抉り、そして振り抜いた。


「ちぇいあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

『Z         Z  Z』


 呪いの大槍に引き裂かれた先から、血のような何かが吹き上がる。断末魔のような悲鳴が聞こえる。だがジャインは油断せず、【竜殺し】を手放しもしなかった。

 自分が限界になるまで切り刻み続ける。その覚悟を持って槍を更に振りかぶり



『            Z             』



 肥大化した魔眼が、目の前に沸いて出た事に気付いた。




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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 司令室 竜説明会。

 竜は殺せる。そう宣言した【勇者】は、しかし首を横に振った。


「ただし、殺すというのは本当に最後の手段だ。もし逃走という手段があるなら、逃げるべきなのは間違いない」

「やっぱり俺たちは竜に勝てないから?」


 ジャインは眉をひそめながら問うた。竜の脅威は十二分に理解した。知識もないまま立ち向かうにはあまりにも恐ろしい事も、勇者達の協力、兵器の融通無くしては、戦うことも困難であると言うことも納得した。

 だが、現在竜の脅威をジャイン達は正しく認識し、そしてその為の対策も取っている。様々な魔道具で身を守り、対策を十分に固める手はずは整っている。


 勝てるかは分からない。だが、抵抗できないわけではない。


 現在のジャインの認識はそんな所だ。自分のこの目算は楽観的でもなければ悲観的でもないという自信があった。長年の冒険者としての経験の蓄積から導き出される感覚だ。


「君の言うことは正しい。確かに、ここまで戦力と準備を整えれば無抵抗のままやられる、なんてことは多分無いだろう。そもそもプラウディアの目的は【天賢王】だ。脇道に逸れてまで、強い竜個体を此処に寄越す事も恐らくはない」


 でもね、と続けて、勇者はジャインを見る。金色の目がジャインを射貫いた。


「竜は怖いよ。本当に、恐ろしいんだ」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 不意に、勇者の言葉の意味するところをジャインは心の底から理解できた。だが、どちらにせよ遅すぎた。


「――――クソが」


 直後、魔眼が生み出した巨大な爆発を前に、ジャインの意識は消し飛んだ。



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