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竜吞ウーガの死闘⑦


 数日前、竜吞ウーガ、作戦会議室にて


「最後に一点、竜と立ち向かうとき、決して忘れてはいけないことがある」


 出現するであろう竜の説明を受け、ぐったりと力尽きたウーガの面々に対して、講師であるディズは言葉を続ける。全員もうお腹いっぱい、といった顔であったが、彼女は容赦が無かった。


「……なんだよ、まだ聞かないといけねえことあるのかよ」


 ジャインがぐったりとしたツラになりながらも尋ねる。正直聞けば聞くほどげんなりするようなとんでもモンスターの話ばかりだが、聞かないわけにはいかなかった。生き残るのに彼も必死だ。


「今説明したとおり、竜の大抵は極めて危険だ。常識から大幅に外れた攻撃を仕掛けてくる。一歩間違えなくても、何一つ失敗していなくても、全滅の危険性が高い」


 それぞれの属する大罪に沿った多様なる攻撃手段。どれか一つでも喰らえば全てが終わってしまうような悪意の数々。竜に恐怖するのは間違いではない。生存本能に沿った正しい反応だ。

 ただし、


「そのスケールから萎縮して、勘違いしてしまう事がある。竜は無敵じゃない。攻撃が通じないわけじゃない。一切通じていない様に見えるなら、それはごまかされてるだけだ」


 それは、立ち向かわず逃げる選択をとる者には不要の情報だろう。足かせにもなりかねない話だ。しかしもし、命を懸けることを決め、戦うと決断した者にとっては絶対に心しておかなければならない。


「竜だって、殺せば死ぬ。立ち向かうなら、それだけは忘れてはいけない」 




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 竜吞ウーガ 混成竜落下地点。


「っふうー……」


 ジャインは額から流れる汗を拭い、呼吸を整える。

 先ほど、竜の根に貫かれた脚の痛みが続く。ラビィンが強引に引き抜いた際に、爪を突き立てるように周りを傷つけたらしい。回復魔術でも完全には癒えきらなかった。

 無論、あれを放置するわけにも行かなかった。時間も無かった。ラビィンの判断にはジャインも感謝している。だからこの痛みは必要経費だ。


 竜の根の侵食は進んでいる。今ジャインは五階建ての建造物の中で四階の窓から中央を覗いているが、既に三階付近まで根が溢れている。

 だが、中央や、それ以外の場所はそうではない。つまりこの根は明らかにジャイン達に狙いを定めているのだ。


「ウーガ全体をそうしないのは、それができないからだ。つまり奴の総量にも限度ってもんがある。だが、位置把握は俺を直接攻撃したことから正確……」


 得られた情報を口にする。痛みを紛らわすためだが、何よりも竜個体の情報を頭に叩き込むためだ。大雑把な竜の脅威はディズから聞いたが、個体差は大きいことも同じく聞いていた。

 まして、今ジャイン達が対峙しているのは何故か二つの眷属竜の特徴を抱えた混成竜、油断は一切できなかった。


《ジャインさん!準備できたっすよ!》

「撃て。一発だけだぞ」


 ラビィンからの報告に対しジャインは即座に指示を出した。するとジャインの右隣の建物の屋上から大槍が飛ぶ。大槍は真っ直ぐに広場の中央の真っ黒な竜の身体に着弾した。


『Z……』

「…………変化無し、か」 


 射出している大槍は【勇者】が融通してくれたものだ。竜に対しても一定の効果が見込める代物であると言っていた。


 ――黒炎砂漠で働いてる”ある囚人”の傑作、【竜殺し】を強化した特注品だ。竜が相手でも、殆どの場合は通る。殺しきれるところまではいかないかもだけど。


 彼女は安易な気休めは言うまい。つまり”大槍砲”の威力に疑う余地は無い。

 で、あるなら、今竜への攻撃が全く通用していないというのは別の理由があるはずだ。竜という脅威に対する恐怖と偏見を取っ払うと、攻撃が通じない最も単純な理由は――


「――ちゃんと攻撃が当たってねえ、だ」

《当たってるっすよ?》

「地面に落ちてから、竜は動かなかった。”根”でこっちを攻撃するためと思ったが…」


 それだけではないとしたら。

 例えば、自身の急所、弱点を地面の下に隠しているのだとしたら。


「カルカラ、聞こえるか」

《ええ、問題ありません》

「竜の足下――『Z』っちぃ!」


 ジャインは手斧を振るう。不意に、竜の根の一部がのたうちながらジャインの喉元に迫っていたのを、叩き切った。


「クソが!!」

《大丈夫ですか!?》

「良いから竜の足下を崩せ!!思いっきり砕け!」


 ジャインは痛む脚の悲鳴を無視して上階に登る。下からせり上がる”根”達は、魔眼まで備えている。視界に入るだけで大幅にデバフを喰らう。

 だが、根がジャインに狙いを定めて迫ってくること自体は、”狙い通り”でもあった。


「ラビィン!!そっちに根は這ってきたか!?」

《まだっす!2階くらいで蠢いているっす!》

「つまり、なにが脅威でなにが脅威でないかを見分けられてる訳じゃあねえ…!」


 ヒトの気配がある場所に、手近な所に向かって”根”は迫ってくる。しかしそこに識別は存在しない。竜本体の知性は不明だが、末端の根の行動原理はそれだけだ。故に幾らかの誘導は出来る。


「くっそが!!」


 屋上に出るとジャインは跳躍し、隣の建物に飛び移った。直後に先ほどまでジャインが居た建物は黒い根に覆い尽くされた。そのままジャインは急ぎ飛び移った先の建物の中に逃げ込む。その建物を覆い尽くした根の塊が魔眼をこちらに向ける前に視界から隠れた。


「ぎょろぎょろと魔眼が幾つもついてるが、視覚情報を活用している様子もねえ……魔眼はあくまでも攻撃手段か……!?」


 考えるほどに竜の生態は歪に思える。魔物に対してもそう感じること多かったが、この竜に対してはとびっきりだ。強引に二つの竜の特性を足し合わせた結果なのかは不明だが見た目程万能ではない、筈だ。


《無事ですか?》

「無事だ!それより竜の下部は!?」

《今、やってます》


 ジャインは再び窓から広場を注視する。カルカラの言葉の通り、竜の足下が崩れていく。元々この広場自体、カルカラの【岩石の精霊】の加護によって修繕、補強を行った場所だ。故に崩すことは容易い。

 自然と、まるで地割れでも起こすように、竜の足下は崩れ、割れた。


『Z』


 普通に考えればその崩落と共に竜の身体は落下するはずだ。

 しかしそうはならなかった。

 竜の身体はその場から不動だった。支える地面の代わり、竜の身体はジャイン達を襲った黒い根が纏わり付き、それが下へ下へと伸びている。根が幾つも束ねて重なり太い大樹のようになっている。

 そして、その太い幹の中心に、巨大な、輝く光があった。


「……分かりやすくて助かるわ」


 急所はアレだ。その上にある爛れた肉の塊は、捨てられた抜け殻だ。

 そして弱点が明確になったなら、やることは一つだ。


「リーネ!!!ぶっかませ!!!」


 コチラの最大火力を叩き込む。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 司令塔、屋上


「最悪ね」


 リーネは司令室の屋上から双眼鏡で状況を確認し、嫌そうな顔をした。

 隣りにいるエシェルも同じく確認をしながら、眉をひそめる。


「……あれ、何をしてるんだ?」


 ぱっと見、よくわからなかった。竜が、自分の元の身体を捨てて、木のようになっている。奇妙な光景だ。気色が悪いと思うが、それ以上に不思議だ。その意図が全く分からない。

 対してリーネはそれを理解しているのか、溜息をひとつついて、指さした。


「あれ、ウーガに乗り移ろうとしてるのよ」

「――――………最悪だっ!!!」

「でしょ?」


 本当に、何としても止めなければならない。あのままにしてもしウーガが竜に乗っ取られでもしたら、史上最大にして最悪の竜が誕生してしまう。


「私のウーガをあんなバケモノにくれてやる気はないわ」

「お前のじゃないからな???」

「あれなら、また飛び上がるようなことはないでしょう」


 リーネは地面を杖で叩く。塔を包んでいた消去魔術の水は徐々に消え去っていく。


「消去魔術、解除するわよ。解除と同時に結界と、風の魔術による換気お願い」

「まかせろ。ギルド長を頼むぞ」

「ええ」


 【白の蟒蛇】の魔術師達とも連係する。


「【速記開始】 エシェル!」

「あ、ああ!【ミラルフィーネ!】」


 塔全体と消去魔術が消えたと同時に、リーネが塔の屋上で白王陣を描き始める。

 同時に、”黒い本”を胸元にぎゅっとエシェルは握りしめ、彼女の上空で鏡が出現する。リーネが描く【白王陣】の軌跡を映しだす。鏡の内側に、それと全く同じ術式を描き続ける。


「彼女たちの邪魔をさせるな!!魔物達は全て落とせ!!」


 周囲では結界に再び群がり始めた魔物達と魔術師・戦士達の戦闘が開始する。状況は最初の状態と比べ、劣勢だ。【惰眠の霧】の排除に魔術師の手が必要になっているからだ。単純に手数が減り、状況は押し込まれ続けている。

 だが、それでも攻撃の手が止まることはなかった。【速記】を用いて尚、時間を要する白王陣の完成に全員が全力を尽くしていた。 

 それは彼女の力が、現状を打破する大きな力と成ると全員が知っていたからだ。


「――っ!!よっし!!行くわよ!!【開門!!】」

「【映し返せ!!!】」

「【天火ノ煉弾・二重】」


 以前の襲来の際に編み出した二重の白王陣による一撃。偶発的に重なり混じった事で威力を増したその現象の再現。


「【白王炎弾】」


 司令塔から放たれた強大なる火弾が周囲全てを焼きながら、輝く竜の大樹に直撃した。


 

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