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プラウディア深層にて/竜吞ウーガの死闘⑤


 大罪迷宮プラウディア 深層


 この世で最も危険な空間の一つ、そして最も”難解なる場所”としてプラウディアは語られる。プラウディアという力の特性、虚飾、虚栄の力によって自分が立って居る場所すらもあやふやとなるからだ。

 ちゃんと先に進めているのかすらもわからなくなる。気がつけば迷宮の入り口の前に立っていた、などという話もある。


 さて、そのような場所において【七天】の一行は


『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!』


 難解さとは対極にある、単純極まる”暴”一色の歓迎を受けていた。


「走れぃ!!!!」


 グロンゾンの号令と共にディズは走る。だが、走っても走っても次々に竜が姿を現す。この空間は広い。果てが見えない程の広さに、幾つも柱が突き立つ。どこまでも続く階段、幾つもの通路に廊下、深い深い地下へと続く螺旋階段。様々な造りが見えるがそのどこも、恐らく何処にも通じていないのだろう。

 そしてそのどこからも竜が出てくる!


『GAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

「【魔断】」

「【天剣】」


 目の前に出現した炎の竜に【勇者ディズ】と【天剣ユーリ】が剣を振る。黒の斬撃と金色の閃光が竜の首に閃き、そして即座にその首は落ちた。その様を二人は振り返らず駆け抜け、


『AAAAAAAAAAAAAAAG』


 墜ちた竜の首は、ひっくり返り落下したまま、炎を吐き出した。


「っ!」

「油断するでない!!!!」


 その竜の頭部を、後からきた【天拳グロンゾン】が金色の拳を叩き込み、吹っ飛ばす。火竜の頭はそのまま何処までも続く上方へと吹っ飛んでいって、見えなくなった。

 首が弾き飛ばされ、残された胴はゆっくりと倒れ込み、


『――――――――――――――――』


 そのまま、まるで獲物を狙うように巨大な爪をふり下ろした。頭を失った首の断面からは巨大な眼球が一つ生え、七天達を覗いていた。


「カハハ!不細工なキメラだなあ!!せめてちゃんと死ね!!」


 その胴体を【天魔グレーレ】が徹底的に破壊する。宙へと描かれた陣が竜の身体を抉り、削り、損なわせ、ついには完全に消し去った。

 そして4人は再び駆け出す。足を止めるヒマは無い。止めれば、無限に竜達に囲まれ、


「悲惨だなあオイ!ただでさえ竜なんて不細工な生き物だというのに、此処の竜どもはまるで子供の粘土細工だ!!面白半分でくっついていやがる!!カハハ!!!」

「だが、強度と破壊力は本物だ!」


 背後から絶え間なく放たれる破壊の吐息を、グロンゾンが拳で弾き飛ばす。勿論、通常であれば拳などで、大量の竜達が放った破壊の吐息を弾けるわけがない。それを彼は金色の手甲を振るうたび起こす暴風のみで弾き飛ばしていた。


「そもそもこの無駄に広い場所は何なのですか。一体何のために――」

「”繁殖所”だろうよ?」

「……なんといいました?」


 ユーリは咄嗟に聞き直した。あまりにも理解不可能な単語だったためだろう。それはディズも同じだった。


「だから、竜の!繁殖所よ!今見ただろ?汚らしい混じった竜の身体を。ああやって幾つもの竜を交わらせて増やしているのさ!不出来なキメラをな!!!」

「……【色欲】か!」


 通常、竜は容易くは増えない。どこぞの死霊術師が試みたように、大量の魔力と幾つもの下準備がなければそもそも竜の赤子すら生まれない。成長にも時間が掛かる。

 だが、そういった制限を無視して大量の竜の個体を生むのは【色欲】の特色だ。大罪迷宮の生態を「竜」一色に塗り替えるような悍ましい繁殖力を持ったバケモノが【色欲】だ。


 つまりこの無尽蔵の広い空間は、【大罪迷宮ラスト】の再現だ。


「……此処で竜達が配合していると?最悪ですね」


 ユーリが深い嫌悪を示すと、グレーレはニタニタと笑った。


「最悪のヤリ部屋だな!!カハハ!!」

「その下品な口を閉じてください」

「キレるなよ天剣。下品なのは俺じゃない。こんなもん考え出した【虚飾】さ」


 喧嘩している場合では無い、と言いたかったが、「最悪」と評したグレーレの言葉にはディズも同意見だった。


「空間も無制限の場所で大量に生まれる竜達……か。なら、戦ってもキリがないかな?」

「で、あるな!”活性期”の核を探し、破壊する!それで今宵の儀は終わりだ!」

「ところが、そうもいかんらしいぞ?」


 グレーレは小さな丸い魔導機を取り出す。彼の耳元で宙に浮かぶソレからは小さな声が飛び飛び、騒音のように聞こえてくる。その音声を聞いてグレーレは笑う。


「外の通信を傍受する限り、どうも今回の【陽喰らい】は彼方此方で”混成竜”が暴れてるらしい。様々な大罪竜の特性を併せて保有した、竜のキメラだ」

「……此処の連中が外に出ている?」

「完成品がな。この竜どもを放置すれば全部外に溢れ出すぞ」

「そんなに早く配合が進むわけじゃないでしょう?」

「竜どもが早漏でなければなあ?」


 ユーリが再びグレーレを睨み付けるが、彼は無視した。

 だが、確かにユーリの言うとおり、それほどまでに早く配合が進むとは思えない。どれだけ竜という存在が常識から外れた異常な存在であっても、粘魔のように混じり合い、増幅し、挙げ句にかけ算式に双方の性能が混ざり合うような真似をされてはたまらない。

 というよりも、そんなことが出来るのなら、とっくに人類は全滅している。


「問題がある」


 と、そこに、影からずるりと黒いローブが姿を現した。三分後に戻ると言っていた【天衣のジースター】が影から出てきたのだ。彼は四つ目を持った竜の首を投げ捨てながら一行に復帰した。


「無事であったか。して、問題とは?」

()()()()()()()()()()


 その言葉の意味するところを、即座に全員が理解した。

 大罪迷宮の深層では起こりうる現象の一つだったからだ。1日深層に潜ったつもりが、外に出れば1週間進んでいた、なんてこともある。故に彼らは驚かない。律儀な彼が三分立っても戻らなかった理由も判明した。

 だが、この場所と、その現象の相性は一言で言えば最悪だ。


「……此処を放置したら、外では一夜にして”完成品の混成竜”が大量に溢れ出すのか」 

「あるいは速攻でプラウディアを討つか。だ」

「この無限に続く深層の中からターゲットを見つけ出すと?」

「今探しているが、現実的ではないなあ、カハハ」


 七天が全力を尽くしても尚、どうしたって時間がかかるのは明白だった。

 ではどうするか。


「結論はでました」


 ユーリは剣を前に構える。目の前には大量の竜が並びコチラに向かっている。背後にも、上にも下にも、無制限の竜の群れだ。それぞれが爛れ、魔眼を放ち、世界を塗り替え、増えながら、全てを飲み込もうとしている。バケモノとしか言いようのない挙動を前にしても彼女は怯まない。

 右手の甲を握りしめ、そして唱える。魔名が輝き彼女を包み、そしてその輝きが広がっていく。


「我、七天が一人【天剣】 我が王の困難の全てを無双の剣で引き裂かん」


 そして彼女と一行を中心に金色に輝く巨大なる剣が七つ、出現する。膨大な魔力を放つ七つの剣は全方位に広がり、それぞれの方角から迫る竜達を睨み付けると、射出された。


『GYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!????』


 絶対硬度の竜の鱗すらも寸断する神の剣は、近付く全ての竜達を切断する。あらゆる竜と混ざった大罪の混成竜はその権能を発揮する事すら叶わず一瞬で粉々になっていった。


「目に付いた竜は全て殺し、プラウディアを探し出す。それだけのことです」

「脳筋極まる戦術よなあ!!だが楽しそうだ!!」


 グレーレがそれに続く。右の手を広げる。途端。彼の眼前には魔力で描かれた術式が刻まれる。そして左手で額を指さし、そこに刻まれた魔名を輝かせた。


「我、七天が一人 【天魔】 無尽の魔力により世界を探求せん」


 それはまるで膨張するように広がり続け、そして最後には一つの魔法陣と化した。


「【廉価版白王陣・連続開門・自動修復】」


 そして陣から極大の破壊の光が放たれ、竜達を焼き喰らう。破壊の光を放つ陣は瞬く間に破壊され、即座にその術のバランスを崩壊させていくが、破壊されると同時に陣は修繕されていく。

 ひび割れ、水が溢れ始めたコップの罅を即座に塞ぎ、更に大量に水を注ぐことで維持する様なデタラメなやり方で、グレーレは竜達を薙ぎ払った。


「この二人って、相性最悪なのに結論は同じ方角に行くね……」

「結論までバラけてしまっては困るわ」

「……」


 しかし、二人の下した結論に残された3人も異存はなかった。

 グロンゾンは金色の拳を構え、ジースターは短剣を身構え、それぞれ竜のいる方角へと跳んだ。


「我、七天が一人 【天拳】 神の御手を代行せん」

「【天衣】 誅殺する」


 そしてディズは【星剣】を構え、同時に紅金の剣を斜として交差させ、強く息を吐いた。


「我、七天の一人【勇者】。さて、長丁場になるよ。覚悟してね、アカネ」

《まかされたー!》


 ディズは駆け、跳び、竜達の中へと跳び込んだ。

 厳しい戦いになる。だが、やるしかない。


「凶星の海を征き、世の平穏の礎とならん」


 自分たち以外が竜を殺すという事がいかに困難な試練であるかを、理解しているから。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 【白の蟒蛇】銀級冒険者ジャインは、その冒険者としての活動の中で、幾多の魔物を打ち倒してきた。その魔物達との戦いの中”撤退”を選択した事は一度や二度ではない。

 だが、それらは単純に敗北した、というよりも「戦っても割に合わない」と判断した場合が殆どだ。「倒せはするが、こっちも大きな深手を負うか、再起不能になる。あるいは死ぬ」そう言った場合彼は即座に撤退する。

 だから別に撤退したからと言って、こいつは絶対に倒せない。倒し方が分からない、と思ったことはない。あくまでも安全を優先しただけのことだ。


 ――なんか負け犬の言い訳みたいっすね。


 などとラビィンは抜かす事もあったが(殴った)、ジャインは自分の洞察力には自信があった。だから撤退の指示を出すとき、躊躇わずにできるのだ。


 しかし今回、ジャインは未知の戦いを強いられていた。


『…………Z』


 どう倒せば良いかも、コチラがどうやられるかも、全く不明な相手との戦いだ。


「発射」


 ジャインは、指示を出すと同時に、竜が落下した中央の広間に砲撃が飛んでいった。それは巨大で、鋭利な大槍だ。穂先に刻まれた大量の呪術が相手を呪い封じ、そして尾尻に結ばれた鋼紐が相手をその場に縛り付ける。

 陽喰らいに参加すると決まり、プラウディアから融通して貰った幾つかの対竜兵器の一つ【竜殺し】だった。並みの魔物であればその一射で苦悶の後に死に絶える兵器を一〇発以上、連続で射出した。


「……どうだ、駄兎」

《んん……効いてる……んすかねえ?》

「適当言ってんじゃねえぞ」

《だってわかんねえっすもん。魔眼怖くてあんまり身体出して見れないし》

「その魔眼は今ので潰れてねえのか」

《んんー……腹が下向いてるんすよ》


 ジャインは舌打ちする。自分も確認したいがやはり魔眼に晒される危険は避けたかった。竜の落下した広場の周り、防壁の様に連なった無人の建築物の影に隠れる。


 現在竜が落下し、そしてジャイン達が集まっている場所はウーガの中心部だ。


 此処は前回の魔物達の襲撃の際破壊され、そしてその修繕の際、改善を加えた場所だ。ウーガ内部の戦いが起こる可能性を考慮し、魔物を誘い込む場所としたのだ。そしてその機能は今十二分に働いていた。


『Z………』


 落下後、再び浮遊しようともせずに地面に墜ちたままの混成竜はその身を巨大な槍でズタズタに引き裂かれている。大槍もそうだし、それ以外の兵器も此処には充実している。混成竜は最も都合の良い場所に落下してくれたと言える。

 だが、竜はまだ死んでいない。ウーガを満たす霧を、上空から”風の少女”が制御している事からもそれが分かる。全てのものを死の眠りに誘う霧を、未だ竜は吐き出し続けているのだ。

 殺さなければならない。だが、どうやって?


 ――竜ともし対峙して、どうにもならなかったら、逃げることだ。ウーガを捨てたって良い。


 戦いの前、【勇者】はジャイン達に説明していた。


 ――だけど、それは。

 ――そうだね。そう簡単にはいかないだろう。逃げるわけには行かない。竜が出るときというのは、そういう場合が殆どだ。だから抗い方を教える。


 そうして彼女は七つの大罪竜、その眷属となる竜達の特性を一つ一つ語っていた。そのどれもが正面から戦えばジャイン達でも抵抗は困難なものばかりであり、聞くたびに気分が悪くなっていった。その中で怠惰の特性も聞いている。


「出会い頭の危険性は最も高く、積極性は最も低い……」


 怠惰の竜は、その身に宿す大罪の名の通り、自ら進んでヒトを殺そうとしない。周囲を自身の霧と腐敗で満たし、真綿で首を絞めるように殺していくのだという。故に、その手段さえ無効化してしまえば、何とかなる可能性はある。


 ――ただし、それでも竜は竜だ。それを忘れてはいけない。


「……よし」


 方針は決めた。ジャインは冒険者の指輪から通信魔術を飛ばす。

 現在、周囲にいるのは【白の蟒蛇】のメンバーが5人、【エンヴィー騎士団】が5人、最後にカルカラと”風の巫女”が二人だ。

 総数としては少ないが、魔物を引き寄せないようギリギリの調整だった。塔に集まる魔物達をこちらに引き寄せれば竜退治どころではなくなるからだ。現在メンバーは固まらないように”混成竜”を中心にばらけている。そしてこの一帯を”風の巫女”が換気を行うことで維持している。


「全員、遠距離からの魔術攻撃を続ける。手段の無い者は設置してある魔導機の起動に移れ。絶対近付くなよ」

《りょーかいっす》

《了解》

《分かりました》

「カルカラは風の巫女を頼むぞ。そいつが死んだら一網打尽――――」


 そう、カルカラに忠告を告げようとしたときだった。


「っ!?」


 脚に激痛が走った。冷や汗が吹き出し、ジャインはギョッと足下を見る。そこには当然自分の脚があって、地面があって、そして、


『――――Z………』


 悍ましい、()()()()()()が、地面から伸びて、ジャインの脚を貫いていた。


「全員!!!!建物の中に入れ!!!!上階に上がれ!!!!」


 ジャインは触手を斧で叩き切り、叫んだ。


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