陽喰らいの儀⑩/竜吞ウーガの死闘②
天空庭園の外周部でウルは悲鳴を上げていた。
「どわあああああああ!!??」
『ぬうああああ!!!地獄じゃ地獄!!!』
天空庭園の外周部では、一切の前触れのない爆発が連続して発生していた。爆発の範囲、威力、そしてタイミング、全て未知数の破壊の嵐が次々に巻き起こり、熱と炎がばらまかれている。ロックンロール号で駆けるウル達はその地獄の嵐のまっただ中にいた。
『GYAAAA!?』
『OOOOOOOOOOO!!!』
『KIAAAAAAAAAAAA!!!』
無論、その爆発は周囲を飛び交っている大量の魔物達も巻き込んでいく。まさに無差別だ。しかしそれを喜ぶことは全く出来ない。魔物達に狙われ攻撃された方がよっぽど読みやすい。
この連続爆発には規則性は皆無だ。そしてその原因はハッキリとしている。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
上空で暴れ狂う、”混成竜”だ。
天賢王の生み出した【神の御手】により、文字どおり鉄拳制裁を喰らい、それでも尚しぶとく生き残った竜が、空で滅茶苦茶に暴れているのだ。結果、竜が所持している魔眼が無差別に乱射されている。魔物達もウルも、その巻き添えを食らっているのだ。
「とにかくこっから離れろ!!」
『やっとるわ――――ぬ!!?』
「おあ!?」
急ぎ、中央の防壁内部へと戻ろうとする途中、どしんと衝撃が戦車に走る。魔物が上から落下したのかとウルは慌て、外の状態を確認する。すると、
「イカザさん!?」
「すまない、乗せてくれ」
空から降りてきたイカザが、戦車に着陸していた。彼女はベグードを抱えるようにしているが、そのベグードは反応が無い。
「…………」
顔色が酷く悪い。右腕が焼き爛れている。回復薬がぶちまけられた後はあるが、それでも痛みが引かないのか、悶えているようだった。
「無理矢理時間を稼ぐために竜の魔眼に晒されてな。恐らく呪いも喰らった。回復薬では追いつかない。急ぎ戻れるか?」
「ロック、急げ!シズク!ベグードさんの治療!!」
「お任せ下さい!」
『おお、無論よ!!飛ばすぞ!!!』
再びロックは発進する。ベグードと入れ替わるようにして、戦車の外で魔物達の露払いをすべくウルは外に出た。が、焼け落ちて落下していく魔物達を回避するための乱暴な運転であり、落ちないようにしがみつくだけでも精一杯だ。
「無理はするな。入れそうならお前も中にいろ」
対照的に、イカザは荒れ狂う戦車の上で仁王立ちしている。乗り慣れているはずの自分よりも遙かに安定とした立ち姿だった。思わずその頼もしさに寄りかかりたくなったが――――
「……そう、いう、訳にも、いかない……!」
流石にそれをしてしまうと、戦車の持ち主としての沽券に関わる。ウルは必死にしがみつきながらも、近寄って来る魔物達に竜牙槍を振り回す。無様だろうが何だろうが、出来ることをしなければならない。
そんなウルの姿にイカザは小さく微笑み、ウルと同じく魔物達を雷のような閃光を剣から放ちながら、薙ぎ払い続ける。そうしてロックンロール号は撤退を続けた。
『KYAAAAAAAAAAAAAAAAAHAHAHAHAHAHHA』
しかし、そうしている間も気色の悪い笑い声を上げながら、竜は暴れている。先ほど文字どおりの鉄拳制裁を直撃したはずなのに、まだまだ死にそうにはなかった。
「クソ喧しい!!!あんなでけえ拳で殴られたのに……!」
「王はプラウディアを支えるのに殆ど力を集中している。黒竜に力を割いたのも、ギリギリだったはずだ」
ウルの心中を読んだように、イカザが状況を説明する。彼女もまた、スーアを攫った黒竜を忌々しげに睨んでいた。
「今も黒竜をなんとか抑えてくれてはいるが、あまり負担はかけ続けられない。早くなんとかしなければ……」
「スーア様は自分で逃げられないのだろうか」
見た限り【天祈】は黒竜に一呑みにされていた。少なくとも、咀嚼されて殺された訳ではないだろう。だとすれば、体内で暴れてくれれば何とかなりそうな気もするが、イカザは首を横に振る。
「出来るならとっくに、やっているだろう。というよりも、今も抵抗しておられるからこそ、あの竜の暴威がここまでで済んでいると考えた方が良いかもしれん」
「ここまで……これで、か」
至る所で爆発四散を繰り返す地獄のような戦場にウルは顔を強ばらせる。しかしそれならば尚のこと、スーアを取り戻さなければならない。竜がスーアを腹の中で消化してしまう前に。
「ウル、ウーガは使えるか?」
「先ほどから連絡しているんだが……」
あの竜が出現した時点でウーガへの連絡は何度も行っていた。だが、向こうからの返事はない。大量の魔物、魔力の乱れで通信魔術事態が上手く通っていない可能性も勿論あるが、向こうでも何かしらの問題が発生している可能性の方が高かった。
「ウーガ以外の対応策も本部は今用意しているだろう。が、手数は多いに超した事はない。連絡が付いたら頼む」
「了解……」
ウルは頷きながら、冒険者の指輪を睨んだ。
「大丈夫だろうな。ウーガの連中……」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
竜吞ウーガ 司令塔屋上
「……不味、すぎる……!!」
ウルの心配した以上に、竜吞ウーガは致命的な危機に陥っていた。
ジャインは歯を食いしばりながら膝をついている。周りの【白の蟒蛇】もジャインと似たり寄ったりな状態だ。彼の腹心であるラビィンなど地面に倒れ伏している。
周りを見れば、エンヴィー騎士団の連中や、カルカラ率いる神官見習いも同じような有様だ。だが、彼らもジャイン達も、怪我を負い、傷ついて倒れているのではない。
「……………………………すぅー………むにゃ……」
隣のラビィンから聞こえてくる実に心地よさげな寝息に、ジャインはキレそうになった。だが、怒ろうにも、身体が上手く動かない。
竜吞ウーガの面々は、揃って凄まじいまでの”眠気”に襲われていた。
今の時刻は確かに真夜中で、普段ならば眠りについている時間だろう。少しばかりも眠気を覚えなかったと言えば嘘になる。だが、この眠気は明らかに異常だった。魔物達が今も襲いかかり、コチラの命を狙ってきているというのに、スヤスヤと眠りに就くほどまだ体力を使ってはいない!!
『GIAAAAAAAAA!!』
「く、っそがあ!!!」
眠りこけているラビィンを狙った魔物達をジャインは叩き割った。だが、狙いがふらつき始めている。下手すると魔物でなくラビィンの頭を叩き割っていた。
ジャイン達を囲っていた結界は、この異常事態になった瞬間、侵入口を完全に塞いだ。こういった危機があったとき、魔力消費を度外視して完全に防御を固めるよう取り決めていたからだ。
「ぐ……うあ……」
しかし、その結界が緩み始めている。術者もこの恐ろしい睡魔に襲われているからだ。複数人で維持し構築していた結界も、今なんとか維持出来ているのは、たった一人だけだ。他は皆倒れている。
何故こんな死屍累々になってるのか?原因はハッキリしている。
「……クソが……反則だろ……あの竜……!!」
ジャインが上空を見上げる。ウーガの結界に空いた穴から何かが這い出ていた。
『…………Z……………E………』
背中に巨大な白い翼が生えている事からプラウディアの眷属竜なのは間違いなかった。だが、その身体は赤子のような姿からはほど遠い。醜く、巨大な青黒い肉塊。腐っているように肉が一部削げている、顔面も爛れ、目も鼻も見えない。翼が無ければ粘魔の亜種か何かとすら思っただろう。
そして、巨体肉塊の腹――――と、言って良いか分からないが、その下部――――に”巨大な眼球”が一つ、くっついてた。その瞳が輝き、ジャイン達を照らしていた。
「強欲の魔眼と怠惰の惰眠の組み合わせか!!最悪すぎるわ……!!!」
邪悪なる混成竜の極悪コンボに、ジャインは叫んだ。
だが当然、叫んだところで手を緩めてくれるような存在ではない。どんどん睡魔が進行していく。このままでは確実に全滅だ。
全員が眠りこければ、全員死亡と大差ない。
「くそ!!リーネ!!”陣”の起動出来ないのか!!リーネ!!」
ジャインはプライドも投げ捨てて、司令塔内に助けを求めた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【竜吞ウーガ】 司令室
《リーネ…!!……陣を………!!》
「…………う、……ぐ……」
勿論、司令塔の中にいるエシェル達も無事ではなかった。
エシェルという最大の要がおり、最も守りが厚くなるよう防衛陣を強いた司令塔の内部でも、作業員達は倒れ伏している。エシェルもリーネも、【白の蟒蛇】の魔術師達も、護衛として付いた戦士達も全員一人残らずだ。
眷属竜の魔眼に直接さらされていないにもかかわらず、この有様だ。
原因は分かっていた。司令室はいつの間にか、とても薄らとした浅黒いガスが充満していたのだ。それが、眷属竜から放たれた代物であると気付いた頃にはもう遅い。全員が眠気に襲われ、身動きが取れなくなっていた。
「なん……とか、しない……と……!」
事前、この戦いが始まる前、ディズに聞いていた竜が戦場内で引き起こす危険な攻撃の一つ。【怠惰の死煙】。知っていたからこそ対策は十分にしていたはずだった。
だが、それらの対策を嘲笑うように、たった一体の竜にウーガは全滅し掛かっていた。
「だい、じょうぶ……破魔のペンダントも一杯つけた……私は、まだ大丈夫……」
エシェルは必死に状況を言葉にしながら、眠気に抗おうと試みる。が、それでも徐々に意識にもやがかかる。一瞬でも気を抜けばそのまま眠気にもっていかれる
通信を聞く限り、屋上の状況も同じようなものなのだろう。魔物達の襲撃を凌ぐための要である屋上の全員が眠りこければ、ウーガが本当に全滅する。
「なんとか、なんとか……!リーネ!!」
事前、竜達の危険性を聞いてから、緊急時の対策だって用意していた。リーネであればなんとかできる可能性はまだ残っていた。
だが、問題は
「…………」
「頼む、リーネ、起きて!!」
リーネは、先に墜ちていた。
事前の準備の段階で最も働いていたのは彼女だった。強壮薬などでいくらブーストをかけたとしても、疲労が最も溜まっていたのは彼女だ。痛みに耐えることは出来ても、休もうという身体の働きに抗えなかったのだ。
だが例えリーネが万全の状態でもこれは無理だ。実際、司令塔の中で身体を起こしているのはもう数えるくらいしかいない。エシェルももう限界だった。
「なんとか……リーネ……確か……ウルが……」
朦朧とした思考の最中、限界のその一歩手前でエシェルはウルの言葉を思い出していた。リーネの魂にガソリンを注ぐ言葉、うっかり言い放てば確実に周辺まで延焼するので迂闊には口に出来ない禁句、それは――
「白王陣って!たいしたこと!!ないのね!!!」
「んだとコラアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
リーネは覚醒し、杖で地面をぶん殴った。
「【開門・罪科ノ洪水!!!】」
周辺一帯に描かれた白王陣が起動し、吹き上がった水が司令塔を飲み込んだ。
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