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陽喰らいの儀⑥/ウーガの実力


 バベル空中庭園での戦闘は続いていた。


 絶え間なく続く魔物の大群の襲来

 そして不定期にやってくる多様な大型の襲撃

 一人の冒険者が一生の間に遭遇するよりも多くの魔物達が既に発生し、同時にそれを”防衛部隊”は撃破し続けていた。それでもまだ、この戦いは序章に過ぎない。

 先が見えない、長期の防衛戦である。当然、その間最大のパフォーマンスを維持し続けるなんて事は出来ない。大罪迷宮プラウディアは命も惜しまず特攻をしかける魔物達を送り出し続けているのだ。それにつきあっていては身が持たない。


「っはあ!!くそ!!きっつ!!」


 百牙獅子の2体目を撃破した辺りでウル達は一度引き上げる。防壁の内側に戻り、中央の”作戦本部”に入った瞬間倒れ込んだ。格上の魔物相手に平時と違った少人数での戦闘。キツいにも程がある。集中力の消耗は尋常では無かった。

 だが、ここまで死に物狂いでやっても、ウル達の成果が一番少ないのは事実だった。


「他の連中は、3体くらい倒してた、か?」

『ベグードとやらは4体目とやりあっとったの』

「半端ないな……」


 備えてある回復薬をがぶ飲みしながら、ウルは苦々しい顔で感心する。ベグードの警告の通り、自分たちが一番の足手まといなのは誰の目にも明らかな事実なのだと実感した。

 やはり、思うところが無いわけでは無い。気後れしない方が無茶な話だった。


「難しく考える必要はありませんよ、ウル様」

「だがな……」

「私達が参加した”おかげで”今の【百牙獅子】は余剰で二体狩ることが出来たのです。この戦い、参加に条件はありますが、上限があるわけではありません」


 ウル達が大きく足を引っ張らない限り、ウル達の参加は戦力の加算でしか無い。

 実にシンプルな考え方だ。それ故に反論の余地も無かった。自分たちの実力がどうであれ、動機がどうであれ、貢献さえ出来ればそれだけこの場にいる全員得するのだ。

 勿論、実際はそう単純な話でもないのだろうが、悪い考え方では無かった。少なくとも今のウルのようにグチグチと考えるよりはずっと。


「……そうだな。それくらいのふてぶてしさは、持っておくか」

「ええ、それに――」


 と、シズクが言葉を続けようとしたその時だった。


「プラウディアが動くぞ!!警戒!!」


 プラウディア騎士団の防壁部隊の声が響く。ウル達は振り返りプラウディアに注視した。だが、魔物の大量の群れが視界を塞ぎ、プラウディアの姿すらろくに見えなかった。


「ウル様【足跡】を出します」

「音は大丈夫か?けたたましすぎるだろ此処」

「ウーガの襲撃の後、改善しました」


 そう言ってシズクは【足跡】片手に【空涙】の刀身を宙へと放る。静かに輝く刀身が鐘のような音を鳴らすと同時に、【足跡】の頁が広がりマッピングを開始する。


「おお…!?」

「ほう、面白い魔本だな。どの魔導作家から買ったのだ?」

「んなもん後にしろよ神官様…」

「余裕を持つのも大事なのだよ。君も優雅にいかんか」


 周りで休んでいた冒険者、騎士達や天陽騎士たちもシズクの足跡が映しだすプラウディアの図形を見に集まってきた。観測班の言うとおり、プラウディアに変化があった。垂れ流すように魔物を出現させ続けている入り口上空にて、優雅に羽ばたく幾つもの白い翼が見える。


「眷属竜、10体!円陣を組みます!」

「【門】を開くぞ!!警戒!!」


 10体ほどの眷属竜達が姿を現し、そして落下が停止したプラウディアの上空で円陣を組んだ。空間そのものを塗り替える眷属竜の集結。ウルはハッキリと嫌な予感がした。

 赤子の頭をした竜達が一斉に微笑む。

 ヒトであれば愛らしい笑みだが、それが一糸乱れず一斉に、同一の形に歪むのは悍ましいことこの上なかった。そして眷属竜達が自身が生み出した円陣の内へと、その手に持った槍をかざした。

 円陣が、真っ黒に染まる。夜空の黒よりも更に深い暗黒だ。


『――――――AAAAAAAAAAAA』


 そしてその闇の中から、湧き出るものがあった。

 巨大な、長い爪がまず伸びる。異様に長く巨大な四肢が次に沸いて出た。最後にのっぺりとした顔のパーツが何もついていない頭部。だが側頭部にはひね曲がったような大きな角が二つついている。


「10メートル超、【悪魔】の大型種がでました!!第四級相当です!!しかも複数!!」


「悪魔種って……グリード深層の魔物じゃないか?」

「わざわざ別の迷宮の深層から取り寄せたのか?ご苦労なこった」

「冒険者達を一度戻すべきでは?」


 シズクの周りの冒険者たちがざわめく。ウルも遭遇したことが無いだけでその名は知っているほど有名な魔物だった。


 【悪魔】 


 形態は多様に別れており、一概にどういった能力を有しているかは不明なことが多い。ただ、性格は残虐。そして莫大な魔力と、卓越した魔術を手繰るという点は共通していた。

 熟練の銀級の一行がたった一体の悪魔種によって逆に全滅させられたケースもある程に、危険な魔物だ。


 それが複数体でた。一気に場に緊張感が走った。


「どういうタイプだ!?幻惑系であれば【惑わず】の術で対処可能だぞ!」


 天陽騎士が叫ぶ。魔術を操る悪魔達の能力は多様であり、他の魔物のように一概にこれといった特徴があるわけではなかった。どのような真似をしでかすか分かったものでは無い。最もポピュラーなのは幻覚、幻聴の魔術の使い手が多い。そしてその対処の為の装備は用意している。この戦いに参加できる人数は限られる分、装備は潤沢だ。スポンサーが世界の王なのだから。

 だが、


「……いやあ、どう考えても、ソッチ系じゃねえだろ?」


 冒険者の一人が言う。悪魔の一体が、右手を不意に持ち上げると、天陽結界に空いた魔物達の侵入経路に手の平を向けた。


『【A】』


 途端、手の平から禍々しき滅光が放たれる。それは先に天陽結界の内部へと侵入していた魔物達の大群の一部を一瞬で消滅させ、そのまま騎士団の防壁へと着弾した。


「っうおおお!?」


 防壁の中、その中央の補給場所の全員がその衝撃に跪いた。魔術で出来た足場が揺れる。数百もの魔物達に突撃されても尚、揺らがなかった騎士団の防壁が大きく揺れた。


「北西の防壁が崩れたぞ!フォローに回れ!!一部侵入してきた魔物は確実に仕留めろ!」

「ゴリラタイプだ!!対処方法がない分一番面倒くせえぞ!!」


 おおよそ、考え得る中でも最もこの状況にとって面倒な敵が現れたことを悟った戦士達は慌ただしく動き始める。崩れた状況のフォローに数人が動き、残ったメンバーは対策の為に話し合った。


「まだ一体の攻撃でアレだ!今居る5体が一斉に降下して連射し始めたら終わるぞ!!」

「スーア様の力でなんとかならんのか?」

「いや、スーア様には防壁部隊の援護に集中していただきたい。イカザ殿はどうなっている情報班!」

「同時に出現した10体ほどの百牙獅子を対処しています!」

「プラウディアが脅威の強さを判別し始めおったか……早いな」


 部隊も立場も何もかもバラバラな面々の間で迅速に言葉が交わされ、情報班はそれらをまとめていく。本部は補給基地 兼 癒療所 兼 作戦会議室でもあった。その全ての情報は指揮官達に渡され、最善と思われる選択が選ばれる。


「少しいいだろうか」


 そんな中、不意にウルが手を挙げる。険しくも鋭い視線が一斉にウルに向けられる。目線はハッキリと「無駄話だったら殺す」と語っていた。ウルは少し冷や汗をかいた。


「どうした坊主」

「試してみて良いか。()()


 その短い言葉の意味するところを、その場の全員は理解した。

 事前、ウルが参加すると同時に、彼が持ち込んだ”兵器”の内容は全員が頭に叩き込んでいる。その性能も勿論知っている。だが、


「聞いてはいるが、通じるのか?距離も相当だろう」


 此処に居る歴戦の戦士達にして、初めてと言って良い超兵器だ。その性能そのものを訝しがるのも無理の無いことだった。だが、ウルの顔つきに迷いは無い。


「だから試す。まだ余裕のある今のうちに」


 その言葉に反論の余地は無かった。ウルを問いただした騎士は少し考え、そして決意したように頷くと。本部の中央に座するこの作戦の指揮官に顔を向けた。


「……ビクトール団長!!」

「何か!!」

「出現した悪魔種に対して、例の冒険者が【竜吞】の使用を求めています」

「許可する!!悪魔種が天陽結界に潜った瞬間叩け!!」


 即決だった。騎士はウルに頷く。ウルは気を落ち着けるように溜息をつくと、冒険者の指輪に対して声を発した。


「リーネ、エシェル。行けるか」



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



【竜吞ウーガ】


 ウルの指輪から届いた通信魔術を受け取ったエシェルは身体を少し震わせながらもそれに応じた。


「ああ、大丈夫だ……!!」


 明らかに自分がガチガチに緊張している事を自覚しながらもエシェルはそれに応じる。両手は汗でびっしょり濡れて気持ち悪かった。まだ何も始まっていないうちからこれではいけないと理解していても、肩の力は抜けないし、吐き気も止まらなかった。


「エシェル様。ウーガにも王の隠蔽術は掛かっています。どれだけ暴れてもそれが晒されることはありません」

「分かってる。分かってる。大丈夫だ……」


 カルカラの言葉に答えて、何度も深呼吸をした。自分が良くない状況なのは分かっている。焦りと緊張が良い結果に結びつく事なんて無い。自分を律しようとエシェルは必死だった。


「どうせこの場でできることなんて少ないのだから、楽にしなさい」


 と、そんな彼女にリーネが声をかける。

 彼女は白王陣を敷くときに身に纏うフル装備に、夜空のように美しい”手套”をつけて司令塔の中心に立っていた。遠見の水晶が映すプラウディアと、その上に出現した巨大な悪魔種らを強く見据える。


「リーネ」

「安心なさい。例えどれだけ貴方がとんちんかんなミスをしたとしても――」


 彼女は杖を強く握りしめ、それを剣のように地面に突き立てる。箒のような杖の穂先が幾多にも別れ、それが彼女を中心に瞬く間に広がっていった。


「白王陣は、無敵よ」

「――――ああ」


 不敵にそう断じるリーネに、エシェルは頷いた。震えは消えた。狂気すら感じる程に何時も通りな彼女の姿は、エシェルに安心感をもたらした。

 ここ数ヶ月、様々な巨大な魔物達を相手にしてきたときと同じ事をするだけのことなのだ。焦る必要は、無い。


「【竜吞ウーガ】【超々遠距離】【白王収束誘導砲】用意!!!」




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 2メートル超の巨体 蒼毛の獣人、プラウディア騎士団長ビクトール・ブルースカイ


 【竜吞】の使用許可を求められた時の彼の心中は「物は試し」だった。

 そもそも、この【陽喰らいの儀】は場合によっては世界の命運も掛かるほどの一大決戦。その準備には長い時間と、費用と計画、更に訓練が必要となる。特に【天陽結界】の代わりに防壁を務める騎士団の連係の重要性は極めて高い。

 参加者の厳選、そしてその連係のための鍛錬は年単位で行う。


 詰まるところ、ここ数ヶ月の間に突然降ってわいたような”代物”を、いきなり作戦に組み込むなど不可能なのだ。


 冒険者達が中心となる遊撃部隊の枠ならば、飛び入りの参加として増員する事に不都合は無い。戦える者が増えること自体は望むところだ。

 新進気鋭の冒険者がその枠に更に加わる、というのもまあ良いだろう。期待された新人に鉄火場を経験させるのは過激だが良い刺激になる。

 だが、【竜吞】ほど巨大な代物はどうすれば良いか、判断しかねる。性能は聞いた。その成果も確認している。だが、誕生してからの期間があまりにも浅すぎる。頼りにするにはあまりにも実績が少ない。それを前提とした作戦は結局組めなかった。


 だからこその試しだ。


 固定砲台としての役割くらいを果たしてくれるだけでも助かるというものだが、最悪狙いがうっかりそれて味方に被害さえ行かなければなんでもよかった。放置するだけで済むからだ。

 【竜吞】の現在位置は【真なるバベル】は疎か、プラウディアからも距離を取っている。そのあまりの巨大さ故に、プラウディアに極端に近接する事も出来ないのだ。【咆吼】は当然その距離からの超長距離砲となる。

 果たして正しく当たるか?という疑問すらあった。


「悪魔種が【天陽結界】の穴から侵入を果たします。まもなく空中庭園に降ります!!!」


 情報班の連絡を聞きながら、ビクトールは悪魔達の降下を確認する。【天陽結界】の穴はバベルの中心から最も離れた位置に空くよう誘導してある。故に悪魔達の降下場所は庭園の端だ。出来れば、防壁に近付く前に対処を済ませてしまいたいが――――


「ウーガの【咆吼】が来る。皆、動かないように頼む」


 【歩ム者】のウルの声がした。

 同時に、北東の位置から白い閃光が一瞬光った。



『AAAAAAAAAAAAA――――――A?』



 その閃光は一瞬だった。

 その動きを目で追えた者は、この場の戦士達の中でも殆どいなかった。

 卓越した指揮者であり達人でもあるビクトールはかろうじてそれを目で追うことが叶った。光は、降下した何体もの悪魔達の身体を貫いた。しかもその光は何度も”戻って”、縫い合わすようにして悪魔達をズタズタに引き裂いていったのだ。


 巨人悪魔が先ほど使った、単に破壊のみを目的とした光熱でもない

 明らかに極めて高度に調整された魔術の破壊だった。


『AAA!!!AA!!AAAAAAAAAAAAA!!??!』


 縦横無尽の光の蹂躙を前に、悪魔達に為す術など無かった。出現した5体の大型の悪魔達はその身体に幾つもの大穴を空けて、間もなくして崩壊していった。


 瞬殺である。その光景を目撃した全ての戦士達は歓声を上げた。


「これは、とんでもない援軍であるかもしれん――――が」


 ビクトールもまた、感嘆の声を上げる。だが、同時に険しい表情で叫んだ。


「【歩ム者】!【竜吞】に警戒させろ!!」


 将軍の声色には強い確信があった。彼は幾度となくこの【陽喰らい】を経験している歴戦の猛者だ。【大罪迷宮プラウディア】の動き方、もっと言うとその性根を十分に理解していた。

 執念深く、そして臆病、故に


「プラウディアに目を付けられる!!」


 脅威と見なす存在を、好きなままに放置させるわけが無いのだ


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