陽喰らいの儀③
再び5日前、竜吞ウーガ
「【陽喰らいの儀】で起こる戦いは単純だ。攻勢と防衛に別れた攻防戦だ」
ディズは【陽喰らいの儀】に参加する全ての人物が”秘匿”の魔術契約を結ぶ為の署名をしている中で、説明を続けていた。
『ワシもこれかかんといかんカの?骨なんじゃが』
《アタシもいまねこー》
「骨も猫もちゃんと書いてね。用意するの大変だったんだから」
ディズから叱責を受け、ロックとアカネも仕方なく記入を再開する。二人の我が儘を言う気持ちもウルには少し分かった。何せ契約の書類が多い。それだけ重要なのは理解するが、一つ一つ書き込んでいくだけでも結構な労力だった。
「攻勢と防衛……プラウディアとバベルに別れて、ということでしょうか?」
そう尋ねるのはいち早く書類の始末を付けたシズクだ。ディズは頷く。
「プラウディアには七天の一行が入る。そっちは攻勢側。彼らがプラウディア落下の原因を止めるまでの間、バベルを守るのが防衛側。落下は天賢王が抑える」
「私達は防衛側ですね」
「そうなるね。当然ウーガも防衛になる。シンプルでしょ」
「七天の皆様の為の時間稼ぎの仕事って事になると」
『……タフな戦いになりそうじゃの』
書類を睨むロックが呟く。その声は珍しいくらいに重く鋭かった。
ディズもそれに頷く。
「キツイよ。場合によっては夜も明けるまで戦いは続く。太陽が上れば天賢王の加護も強くなるけど、それでも結局は七天達が原因を抑えるまで終わらない」
つまり、何時終わるかも分からない。七天達が迷宮を攻略してくれることだけを信じて戦い抜く必要があると、そういうことだ。確かにキツイだろう。単純な長期戦以上に、精神力が削られそうだった。
「そういえば、その間冒険者はプラウディアには入れないのです?」
「【天獄の階段】、転移術の調整ってことになってるね」
「その、余っている冒険者達に助けて貰えたりはしないのか?」
ウルの提案にディズは首を横に振る。
「誰も彼もこの戦いに引き入れるのは難しい。今皆に書いて貰ってる契約書も、準備大変だったんだよ?」
「あくまで大多数の住民には秘密と」
「都市民達に逃げられたら、信仰の基盤が揺らぐ。それに、有象無象を引き入れる問題はもう一つある」
「それは?」
問うと、ディズは少し意地の悪い顔で笑った。
「半端な戦力じゃ、なんの役にも立たない」
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【真なるバベル】空中庭園
「”壁”よおおおい!!!」
その号令と共に、前に出たのはプラウディア騎士団だ。プラウディア騎士団特有の真っ白な鎧を身に纏った彼らは、大盾を構え、庭園を外周から更に小さく円を取り、ぐるりと囲んでいた。
「限界まで引きつけよ!!!」
プラウディア騎士団、騎士団長ビクトールの声に、騎士達は応じる。
その間、プラウディアから溢れ出始めた魔物達の数は爆発的に増え始める。
場所が空中であるからか、魔鳥や悪霊系の類が多い。それ自体、それほど高位の魔物とも言いがたい。1体や2体、いや、この場にいる歴戦の戦士達であるならば、10体以上の群れに襲われたとて、問題なく対処できるだろう
ただし、それが100を越えるともなると、話が変わってくる。
「……冗談だろ?」
初めて此処に立つことを許された騎士の一人が小さく呟いた。
迷宮から溢れ出る魔物達はまるで山崩れのような勢いで、宮殿を模した迷宮から溢れ出始めていた。100や200でも最早利かない。津波のような勢いで魔物達が迫る。先ほどまで眼下に見えていたプラウディアの街並みの全てが、徐々に魔物達の”壁”で見えなくなりつつあった。
「事前にいくらか間引いてるんじゃなかったのか!」
「攻撃部隊用にはな」
「っつかどう考えても迷宮にあんなに魔物一度にでやしねえだろ!こんなの【氾濫】だ!」
「プラウディアだってバカじゃねえんだ。城攻めの戦力は温存してるに決まってる」
「迷宮が兵站を考えてたってか!?」
「そーだよ、その程度で驚いてたら身が持たねえぞ、新人。そろそろ来るぞ」
同僚の宣告の通り、魔物の壁は間もなく迫った。
その未知の状況、圧倒的な物量を前に、新人がそれでも一歩も引き下がらなかったのは、周りで一歩も動かずにいる同僚達への意地と、彼自身の胆力によるものだった。
「発動せよ!!!」
ビクトール騎士団長の号令と共に、騎士団の大盾から【壁】が起動した。
刻まれた守りの術式に魔力を注ぐことでなる壁。単体で迷宮の通路を塞ぎ魔物達を堰き止めるためのその技を、騎士達が一斉に発動させ、球体の防壁を生み出す。
全方位を完全に塞いだ壁が完成した。と、同時に
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』
その壁に、魔物達が一斉突撃を開始した。
「っぐうう!!!?」
魔物達が突撃した瞬間、塔全体が揺れるような轟音が響いた。守りの術式は強力であっても、それを支えるのは騎士達自身である。圧倒的な数の暴力は、歴戦の彼らでもってしても限度はある。故に、
「遠距離部隊!!迎撃開始!!!」
支えられなくなるまでに、魔物達の群れを削らなければならない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
騎士団の防壁は外から内への攻撃は通さず、内から外への攻撃は通す。
合図と共に、事前、分けられていた遠隔攻撃部隊は、壁にへばりついた魔物の群れへの攻撃を開始した。
「【咆吼】」
「【【【炎よ 唄え】】】」
その中にはウルやシズクもいた。
手持ちの武器や魔術によって担当となったエリアの魔物達を片っ端から攻撃していく。魔物達は面白いくらいの勢いで削り取られていく。破壊の閃光が直撃するたび、ごっそりと魔物の壁に穴が空くのは奇妙な快感すらあった。
『カカ、こりゃどこ狙っても当たるの?』
「ああ、技術も要らなくて助かるよ……だが」
だが、削った側から魔物の穴は埋まっていく。騎士団の【防壁】に繰り返し突撃し、その身体を砕きながら押し込もうとしている。自壊し魔石をこぼしながらもそれでも激突を続ける目的はただ一つ。
「【――――】」
バベルの中央に座し、プラウディアの落下を未だ止め続けている【天賢王】の殺害に他ならない。この数百、数千の魔物の群れに対しても尚、微動だにせず迷宮を支え続ける天賢王の姿は神々しくもあった。
そして、その隣のもう一人の七天も――
「【火の精霊】【風の精霊】」
【天祈のスーア】が響く声で呟く。途端。遠方からの攻撃を繰り返していた戦士達が動きを止める。【天祈】の周りには無数の【天陽騎士】が立ち並び、スーアへと両手を重ね跪く。従者達が神官に祈力を捧げているのと同じ事であるとウルは気づいた。
そして、防壁の中心から二つの”ヒト型”が姿を顕した。
「おお……!」
四元の1つ【火】四元の1つ【風】
二つの精霊の顕現はスーアの前で触れ合い、混じり、そして一つになる。入り交じった火と風は、一瞬小さな球体となったかと思うと、次の瞬間爆散した。
「うおっ!!?」
ウルは咄嗟に身体を庇うが、凄まじい熱と風を感じながらも、それはウルの身体を撫でるだけで傷一つ負わすことは無かった。そして防壁に阻まれた魔物達の全てを一瞬にして焼き払う。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!??』
一瞬、防壁にへばりついていた魔物の壁が一瞬、消え去った。完全な消失である。
「交代!!!第二防壁部隊前へ!!」
その瞬間、防壁を担う騎士達が次の仲間達と入れ替わる。一瞬防壁が解けて消え、だが次の瞬間には新たな防壁が発生する。その壁に、更なる魔物達が突撃を開始する。
「第一防壁部隊は補給を受けろ!1回目は慣らしの為早めの交代をしたが、以降は長丁場になるぞ!!気を引き締めろ!!」
「応!!!」
【天祈】天陽騎士、騎士団達の見事な連係と言える。
ウルは感心しながらも、再び攻撃に戻った。この、防壁を支える遠距離攻撃部隊は冒険者達が主に務める。しかし、先ほどの精霊達の強大な攻撃や騎士団の一斉の連係を思えばいささか散発的が過ぎる気がしないでもなかった。
「飛ばしすぎるなよ。遠距離専門にある程度は任せておけ」
と、そんな不安をまるで読んだかのように、不意に背後から声をかけられる。
「あら、イカザさん?」
シズクが少し驚いたように声を上げる。冒険者ギルド長のイカザがウル達に笑みを向けていた。絶賛戦闘状態の今の状態でも、ほっとした気分になるのは、彼女の実力の一端を既に知っているからだろうか。
「冒険者組は、天陽騎士や、騎士団の連中と比べて装備も戦い方も統一されていない。下手に張り切りすぎてあいつらの連係を崩したら、邪魔にしかならん」
「そう言われると、ますます此処に居る意味が無い気がするのだが」
騎士団の防壁、そして【天祈】と天陽騎士たちの精霊の力、この二つは今のところ完璧な連係であるように思える。ウル達がやっているのはその連係の繋ぎの補助であるが、それをするなら別に冒険者でなくても、騎士団達の魔術師を増量した方が良いのでは無いのか?
などと余計なことを考える。それを察したのか、彼女はこんこんと、ウルの頭を小突く。
「アイツらだけで全ての事が済むならそれでもいい。我々は苦せずして、報酬を手に入れるというだけの話だ」
そう言って、しかし彼女は前を見据える。魔物の壁のその先にあるプラウディアを睨み付ける。
「だが、統一された組織では培えない、突出した戦闘力も求められるのだ。この戦いは」
彼女がそう言うと同時に、地響きが響いた。この戦いが始まってから大きな揺れや振動、衝撃は最早慣れっこだったが、この揺れ方はいままでのそれともまた違った。そしてウルには覚えのある揺れ方でもあった。
周辺の状況を常に確認している観測魔術師が叫ぶ。
「中、大型の魔物が庭園の外周に出現しました!!!二十体!!!」
その言葉にイカザはウルを見る。「そらな?」と告げるその目に、ウルは苦々しい顔で頷いた。確かに、この戦いで楽など決してさせて貰えそうに無いらしい。
イカザはバチリと閃光が弾ける音と共に剣を引き抜き、掲げる。
「C隊はそのまま遠距離攻撃を続け、天陽騎士の繋ぎに務めろ!!A,B部隊は私に続け!!スーア様の手を煩わせる間抜けは晒すなよ!!!」
そう言い、そして剣を振り抜く。同時に放たれる雷光の一閃は眼前の防壁の奥の魔物達を根こそぎに焼き払う。その一点に深く、大きな大穴が生まれた。
「突撃ぃ!!!!」
彼女の言葉と共に、冒険者部隊はイカザと共にその大穴へと行軍する。
ウル達もまた、彼女に続く。
『カカカ!戦じゃ戦!愉しみじゃの!!』
「元気だなあ骨ジジイ」
「元気すぎる時はウル様のお茶を浸けた魔石をたべて貰いましょうか?」
『やめろぉ!!』
「鎮静薬みたいな扱い止めてくれるか?」
何時も通りの間の抜けた会話を交わしながら、3人は地獄へと突入した。
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