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名も無き孤児院と不愛想な先代⑥


 それから、どれだけ時間が経っただろうか。

 時間の経過の感覚が全くない。それを唯一示すのは、彼女の身体から噴き出す汗だろうか。一度たりとも激しい運動はしていない。だが、それでも流れる大量の汗はいかに彼女が集中しているかを示していた。

 そして、その時間は不意に終わった。


「……………ふう」


 大きく溜息を吐いて、ディズが動きを止めた。剣がからんと手から零れる。同時に彼女の肉体の一部となっていた剣は、何処にでもある、古錆びた剣に戻った。


「さて……」


 ディズは、噴き出す汗を払い、大きく息を吐き出し、そして部屋に入ってきた闖入者に視線を向け、笑みを浮かべた。


「ウル、弁明はあるかい?」

「――――無い。ぶん殴れ」


 ウルは殴られた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「ほれ、水。浄化魔術もかけてる」


 頬にくっきり拳の跡を作ったウルは、外の井戸から酌んできた水をディズにさし出した。汗を拭き取りラフな格好に着替えたディズはそれを受け取り、おかしそうに笑う。


「ありがとう。うーん、のぞき魔が紳士的だ」

「全くもって言い訳の余地が無い。俺はのぞきだ」


 ウルは開き直った。本当に言い訳の余地は無い。ウルは彼女の全裸をガン見していた。ディズが騎士団に訴えたら普通に捕まるだろう。ウルの冒険はそこで終わる。あまりにも間抜けな最後である。

 が、ディズは笑ってそれを流した。


「ま、私もこんな所であんな格好で訓練してたのが悪い。見物料で殴ったけどね」

「これが見物料なら俺はかなり得したよ」

「良い物見れた?」

「ああ。最高だったよ」


 ウルは真顔で言い放った。ディズはウルを見て、少しだけ変な顔になった。


「ウルって割とそういう事言うけど、問題にならない?」

「問題とは……いやのぞきが問題なのは問題かもだが」

「いや、私もよく分からないんだけど……うーん……」


 ディズは頭をゆらしなにやら考えているようだったが、結局答えはでなかったのか肩を竦めた。どうやら、騎士団にウルを突き出すつもりは無いらしい。


「そういえば、いきなり泊まると決めたが、ジェナは大丈夫なのか?」

「結構前にジェナから連絡があったよ。ダールとスール達はちゃんと守るから安心してお休みくださいって」

「流石……」


 如才ない使用人だった。


「しかしなんで、こんな所で訓練をしてたんだ?」


 まあ、訓練をすること自体は彼女は何時ものことだ。陽が昇るよりも早くに身体を起こし、日が沈んでも尚ヒマがあれば身体を鍛える事をウルは知っている。だがわざわざこんな場所で、身体を晒してまで訓練に勤しむほど彼女は偏執的な鍛錬ジャンキーでは無い、筈だ。

 するとディズが少し恥ずかしそうにしてちらりと、視線をウルから外した。


「此処、珍しく鏡があったからさ」


 彼女が見るのは、この部屋にずっと放置されていたであろう全身が映るほどに大きな鏡だ。古ぼけていて、あまり綺麗に映るとは言いがたいが、確かに鏡だった。

 珍しいと言われると確かにそうだった。珍しくなってしまった理由をウルは知っている。


「私の立場だと、鏡が置いてある場所に巡り会う事ってあんまり無い。」

「ああ、なるほど。一応官位持ちだものな。ディズ」

「一応ね」


 神官であるが故に彼女の周りには鏡を、”太陽の盗人”を警戒する者は多い。鏡自体を嫌悪するものもいることだろう。あるいは気遣って、彼女の周りに鏡を置かないようにと配慮する場合もあるだろう。 


「まあ、融通できないことも無いんだけど、私もあちこち移動する立場だから、あまり大きな鏡なんて手に入れても、持ち運びに不便なんだよね」

「で、ここに丁度良い鏡があって、思わずストリップいたいたいたいごめへんて」


 両頬をひっぱられたウルは謝罪した。ディズはひとしきり、ウルの頬をひっぱって遊んで満足したのか手放すと、深々と溜息を吐き出した。


「ま、正直焦ってたのは認めるよ。あんなの見せられちゃねえ」


 彼女のような実力者をして「あんなの」と言うもので、思い当たるのは一つしか無い。


「じいさんの【魔断】か?」

「あの域は遠いなあ、って。【勇者】を胸張って名乗るのはまだ先になりそうだ」


 確かに、ザインが武器でもなんでもない杖から放った【魔断】は衝撃的だった。ウルからすれば一周回って現実味があまりにも無くて、焦りも嫉妬も抱きようが無かったのだが、なまじ近いところにいたディズにとってそれはそうでは無かったらしい。

 今もまだ表情はどこか暗い。よっぽど気にしているらしい。


「一つ良いか」

「ん、なに?」

「なんでそんな苦労してまで勇者なんてしてるんだ、お前は」


 彼女が常に命を張って戦っているのはもう散々に理解した。あらゆる局面、困難に対してディズは身体を張り、怪我を負い、苦痛に耐え忍んで戦い抜いている。

 何故に、そこまで努力をするのか、ウルには分からなかった。


「んー?それ、君が言う?ウル」

「俺は妹の命の為で、もっと言えばそれは自分のためだ。だから良いんだよ」

「私も同じ、自分のためだよ」

「自分の為ね……」


 と、彼女はそう言うが、やはりウルにはどうも納得が出来ず眉をひそめた。

 無論、彼女が言うように、ウルが他人の事をどうこうと言える程まともな感性と動機をしていないのは確かなのだが、だからこそ余計に気になる。こうまでして駆け抜ける彼女の動機はなんなんだろうか、と

 ディズは「そうだね…」と少し考える仕草をした後、自分の髪をかき上げる。金色の美しい髪の下から彼女の耳が姿を見せた。

 只人にしては長く、森人にしては短い耳を。


「直接説明はしなかったけど、私が()()()なのはもう知ってるよね。」

「ああ、流石にな」


 ディズが直接話す事はなかったが、別に彼女はその事や自分の特徴を隠す様子もなかったので察してはいた。混血児、別種族同士の子供である事実を。

 そして、別にそれ自体、ウルはなんの偏見も持っていない。例え、この世界の常識として、混血児が忌避される忌み子として扱われていようとも、だ。名無しでも混血児は少なかったが、見かけなかったわけではなかったのも一因だった。


「ま、混血児の歴史とか、差別については今は置いておこう、私の事情で、重要だったのは混血児の”体質”でね」

「体質?」 

「混血児は、種族ごとの特性が狂うんだ。上手く混じったりしない。()()()()()()


 身体的容姿や特徴、種族寿命、魔力容量、指先の器用不器用、感性、その他諸々。

 種族にはそれぞれの種族傾向というものが存在する。勿論、ここから個々人の個性という形で更なる分岐が発生するわけだが、違う種族の血が混じった場合、生まれる子供は”二つの種族のちょうど間”などという都合の良い結果になることは無い。

 要は、バランスが狂うのだ。


「そう言った事実から、別種族の結婚は忌避される傾向にあるわけだけど、まあ、歴史は置いておいて、例に漏れず私もバランスがおかしくなっている」

「耳もその一端?」

「そうだね。目立つところに異端の証があるものだから、どこにも馴染めなかった。全体的な容姿もくずれた”同胞”もいるから文句も言えないけどね」


 ピンと自分の耳を指先で弾く彼女の仕草は、少し忌々しげだった。

 更に彼女はつらつらと、自身の肉体のバランスの悪さを挙げ連ねていった。


 長命の特徴を受け継いでいない。只人のそれと同じ成長速度であると言う事

 魔力の放出量も歪であり昔は魔力の放出がうまくできずに死にかけた事。

 身体が普通よりも頑丈で、下手な怪我くらいならすぐ回復する事。


「で、この歪んだ体質に興味を持った連中がいた」


 その彼女の言葉に、思い当たる節はウルにはあった。だが、それを尋ねるのにはすこし、躊躇いがあった。癒えているかどうかもわからない彼女の傷を直接触れることになると分かっていたからだ。

 しかし、ここまできて尋ねないわけにも行かなかった。


「……誰だ」

「【陽喰らう竜】、で攫われた。何されたか聞く?」

「聞かない」

「賢明だね。私も話して楽しいことじゃないしね」


 聞けば、誰にもぶつけようのない怒りがわき上がってくるのは明白だった。何よりも痛めつけられた当人にそれを話させるつもりはウルには無かった。


「まあ、兎に角私はひどい目に遭った。それで死にそうになって、先代勇者に助けられた」


 【七天の勇者】によって見事アジトは壊滅した。ディズはその時には邪教徒に捕まって数年が経過していた。心身疲れ果て、衰弱していた彼女は勇者に背負われるようにして外に出た。

 そしてその時、彼女は思った。


「ああ、()()()()()()()()()()()()()()()

「……なんだって?」


 ウルは思わず聞き返した。

 彼女の身体の事を聞いてすぐに察した。彼女は本当に、沢山のひどい目に遭ってきたと。決して比べるものではないが、名無しの放浪者のウルよりもよっぽどその人生は過酷だったはずだ。

 しかも邪教徒に捕まって、もっとひどい目に遭って、ようやくそこから抜け出て思ったことが、「世界が綺麗」?


「うん、君の反応は正しいよ。私も自分で正直その感想はどうなんだって思った。邪教徒の洗脳かと疑ったよ」


 でも違った。ディズは当時の光景を思い出すように、目を細める。


「あそこは、大罪都市ラストから少し南の迷宮跡地を利用した場所でね。外に出たとき丁度、アーパス山脈に太陽が沈んで、手前のソーラ湖に夕暮れの光で輝いていた。周りの木々は紅色に染まって燃えるみたいで――――」


 その金色の瞳に刻まれた景観を語る彼女の声は、抑えきれないほどの深い感動が溢れていた。地獄のような境遇の中、更に深い闇の底に落ちて尚、彼女は心からその景観を尊く思ったのだ。


「たまらなかったよ。ムカつきもしたね。なんだって私はこんなひどい目に遭ったのに、感動的な気分にならなきゃならないんだって。でもダメだった」


 泣いて叫んで唸って、目を逸らしても世界が愛おしかった。自分の受けた痛みがどれだけのものだったかと叫んでも、その事実から逃れることが出来なかった。

 自分という存在は、慈しみを捨てることが出来ない。


「で、そんな私を、その時私を助けた先代が、勇者の後継者として育てて、今に至る。以上。だから私がこの世界を守る理由は、本当にそのままなんだよ」

「……この世界が、愛おしい?」

「うん」


 世界の守護者は微笑む。


「朝昇ってくる太陽の光で輝きだす草原が好き。天高く昇った陽光に照らされて働くヒトが好き。ゆっくりと沈む陽光を遠く眺める山々の獣たちの姿が好き。満点の星々の輝きの中煌めく都市が好き」

「道誤った強者を見ると悲しくなる、正しくあろうと懸命な弱者を見ると嬉しくなる」

「今日までを続けてくれた昨日も、今日から続く明日も愛おしい」


 世界の森羅万象を、彼女は愛している。故に。


「私の事を気遣って、ずっと辛そうな顔をしてくれてる君も愛おしいよ。ウル」


 ディズの手の平がウルの頬に触れる。

 頬から彼女の熱と愛情に触れ、ウルは身体の奥底から熱くなるのを感じた。無償の愛情、ウルにはあまり縁の無かった愛が、ウル自身の心の奥底に染みこんで熱くさせていた。彼女に心酔していった者達はきっと、彼女のこういう所に触れていったのだろう。

 だが、同時にウルは悲しくもなった。


「で、お前は、お前自身をちゃんと愛してるのかよ。ディズ」

「一応人並みに自分への愛情はあると思うよ?痛いのも辛いのも嫌だしね」


 ただ


「守りたいものがあるなら、がんばらないとね」


 シズクに似ている。ウルはそう思った。だが、決定的に違う点がある。


 シズクが、誰かの意志によって生まれた人工物ならば、彼女は天然だ。天然の聖女だ。


 シズクの価値観を誰が、なにが形作ったのかは分からない。だが、それが目指そうとした先にいるのがディズだ。生まれながらにしてそうだった聖女こそが彼女だ。何を言われるでも、強いられるでも、自分を蔑ろにするまでもなく、純粋に自分の周りの全てを愛しく思う金色の聖女。


 尤も、どちらがどうであれ、どちらも度し難いことには変わりは無い。

 なにが問題って、その二人に何度も命を救われて助けられている事実だ。


「まあ、よく分かったよ。」

「そう?それならいいけど――」

「それと、決めたことがある」


 ウルは、自身の頬に触れるディズの手を強く握り、彼女を強く睨んだ。


「お前にアカネを殺させたりしない」


 ディズは目を見開いた。

 その言葉の意味は、ディズの意向に徹底的に抗う敵対宣言だ。だがディズはそのままウルの手に更に手を重ねた。縋るような声で彼女は言う。


「ほんとう?」

「ああ、絶対だ」


 彼女は圧倒的に強いが、万能ではない。彼女との旅でそれは理解した。

 故にディズは必要であれば命を選ぶ。少数の犠牲を取って、多勢が救われるならそうする。最初、彼女とアカネの扱いの取引をしたとき、強い意志でアカネの分解(さつがい)を提示した理由はそれだ。それで得られる力で更に多くのヒトを救えるなら、彼女はそれを選ぶだろう。

 自らの手で愛しい存在を粉々にするという苦悩に喘ぎながら、命を数で計る傲慢さに吐き気を催しながらも、それでも彼女は絶対にそれを実行する。


 それほどまでに彼女の愛は重く深い。

 そんな真似をさせてたまるか。この、優しすぎる女に。


「アカネを絶対に守り抜いてみせる。何があろうと最後には絶対にお前から取り戻す」

「そっか……うん、そうかあ」


 ディズはそっとウルの頭を抱えるように抱きしめた。

 それは親が子を慈しむようであり、子が親に縋るようでもあった。


「ウル、どうか私に打ち勝ってね」

「ああ、安心して打ち破られてくれ。勇者」


 二人の敵対宣言は夜の地下室に静かに響いた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 翌日、朝


「飲め」

「朝から地獄だ」


 孤児院は阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。ザインが生み出したお茶を孤児達含め全員が飲む羽目になったからだ。子供達はなんとか逃れようとして、時にはそっと茶を捨てようとする子供もいたのだが、ザインの恐るべき洞察力によってそれは見破られ


「そんなに飲みたいのならもう一杯くれてやろう」


 と、二杯目が注がれ無事死亡した。

 最終的に全員が飲み干し、ぶっ倒れた所でウル達は孤児院をおいとますることとなった。孤児達は文字の読み書きや算数の勉学に励むらしい。ウル達の存在は明らかに邪魔だろう。


「まあ、世話になった。ザインじいさん」

「寝床を貸しただけだ。たいしたことなどしていない」

『じっちゃん。しぬなよ』

「貴様もな」


 孤児院の前で別れの挨拶を交わすが、ザインは何時も通りの無愛想な面構えだ。彼の年齢的に今生の別れかもしれないが応対が何も変わっていない。

 それを言い出すと、ウルとアカネもまた、あまり応対に変化はないのだが。放浪の民として、今生の別れというのは慣れていた。出会いと別れというのは繰り返しで、ふと思いもよらない形で再会するものだと知っているから、この場で仰々しくしたりはしない。また再会できる事を信じるために。


「先代、それではまた。次遭うときまでに精進します」

「ザイン様。お世話になりました」


 ウル以外の二人も頭を下げる。

 しかし、さて行くかとウル達が振り返る直前「待て」とザインから声がかかった。はて?と思っているとザインはまずディズへと何かを放った。ディズはそれを受け止める。


「【星剣】だ。修繕が完了した」


 それは鞘に収まった一本の剣だった。

 雑に放り投げられたそれを見た瞬間、ウルは少し息が詰まった。


「凄いな」

『かあっちょいい』


 実に語彙の少ない感想がウルとアカネから漏れた。もう少し巧みな表現ができれば良かったのだが、言葉で言い表す術がなかった。薄らと朝日に照らされて輝いて見える白く見える様な金色の剣。鞘に収まっていながらもその存在感は圧倒的だ。

 いままでウルが見てきた武具類の中でも、間違いなく頂点に位置する剣だった。


「神話クラスの逸品を放り投げないでよ……ありがとう、先代。これで準備は整った」


 ディズは呆れつつも、頭を下げる。彼女の腰に備わったそれは、そこに在るべくして在るように収まった。その姿にシズクも感嘆の声をあげた。


「頼もしいですね。ディズ様」

「お前にもある」

「あら?」


 シズクが不思議そうにすると、彼女にも別のものをザインは放った。シズクはそれを魔術で浮遊させ、受け止める。

 シズクに投げやったそれは、ディズのものと同じく武器だった。しかしその様式はディズの剣と異なる。鞘に収まったそれは曲剣にも見える反り返りを見せた細身の剣に見える。しかしウルはあまり見たことの無い形をしていた。


「”空涙の刀”という。使わずに置いていた武具の一つだ。くれてやる」

「私、魔術師ですよ?」

「魔導杖と同じ役割も果たせる。好きに使え。要らぬなら捨てろ」


 シズクはふむ、と頷き、刀を鞘から抜き、放る。物質操作の魔術により刀は宙に浮かび、ひゅるんと風に舞う葉っぱのように揺らめき、舞い、空を切る。鞘に収まって尚、引きつけるような力を放っていたディズの【星剣】に比べ、刀の放つ気配は静かだった。だが、決して見劣りはしない美しさがあった。

 間もなく、手に触れるまでもなくぱちりと鞘に収まる。シズクは微笑み、ザインに頭を下げた。


「とても良いものですね。ありがとうございます。ザイン様」

「精々励め」


 二人は揃って武器を収める。

 どの程度かは不明だが、二人の戦力強化はウルにとっても大変に好ましい事だ。これからのことを考えれば、仲間が強くなることに超したことはない。

 が、それはそれとして、


「で、俺らにはないのかよじいさん」

《ふたりだけずるーい》

「お前らにはコレだ」


 贔屓はずるい、と適当に強請ってみた。するとザインはウルに何かを押しつけてきた。しかしそれは武器でもなく、小さな手帳だ。はて?と中身を見ると、びっしりと何かが描き込まれている。


「……これは?」

「どの地域でも取れる魔草薬草毒草レシピ。毎日飲め」

「……わあ、ありがてえ」

《わたし、でぃずとしごとあるからなー……》

「ディズにも渡しておく。飲め」

「わあ…」

《うへえへーん……》


 アカネが情けのない悲鳴のような声をもらした。まあ、確かにありがたいと言えばありがたいが、二人に対して自分が与えられるのは劇物というのはあまりにもあんまりだった。


「それと」


 しかし、それだけでは終わらなかった。ザインはウルへと近付くと、杖でウルの右腕を指した。


「なんだよ」

「見せろ」


 言われるまま、右腕を彼の前に持ち上げる。勿論黒睡帯はつけたままだが、その下がどうなっているのか、ザインの鋭い視線の前では隠し通せる気がしなかった。だが、彼は指一つ触れぬまま、ただじっとウルの右腕を見つめ、そして


「わかった。もう良い。達者でな」


 といって、あっさりと視線をはずした。


「……いや、おいちょっとまてじいさん」

「なんだ」

「なんかアドバイスとか貰えるものだと思ったんだが。正直不安でいっぱいなんだよコレに関しては、俺」


 情けのない話であるが、本当に怖いのだ。この右腕についてはディズすらも頼れるかわからない。唯一なにか知ってそうなのは、あのブラックである。あの男に縋ったところで、絶対にろくな結果にならないのは目に見えているのでそれもできない。

 なにかザインが知っているというのなら助言が貰えるだけでもありがたいのだが、彼は首を横に振った。


「とくに言うことはない」

「泣きそう」

「何故不安がる」


 何故も何も、と言おうとしたが、ザインは真顔でそのまま続けた。


()()()()()()()()


 ザインのその言葉の意味を、ウルは疎かその場に居る全員、理解できなかった。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ザインは帰って行く4人を見送った。アカネなどは長いことフラフラと飛びながらずっとザインの方へと手を振っていた。ザインは応じはしなかったものの、彼女の姿が見えなくなる最後までその場を動くこともしなかった。


「死ぬなよ。子供らよ」


 4人の姿が見えなくなり、ザインの視線は上へと向く。

 太陽神が昇り始め、青く染まった空、その中に一つ大きな影が存在している。天空を浮遊する巨大な建造物。【真なるバベル】と隣接する巨大な影。この都市が大罪の名を冠する事になった全ての原因。


 【天空迷宮プラウディア】を、ザインは静かにただ見据えていた。



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