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名も無き孤児院と不愛想な先代④


 大罪都市プラウディア郊外、林地帯


 通常の都市外、すなわち人類の生存圏外と比較し、プラウディアの周辺に魔物は出現しない。全ては【真なるバベル】からなる【天陽結界】の恩恵である。

 当然、この林地帯にも魔物は出ない。出るのは小さな獣や虫たちくらいだ。実に小規模な生態系の循環が行われている、その場所で


「おらぁぁあ!!ガキども、出てこいやあ!!!」


 チンピラ達の罵声が響いていた。

 彼らの狙いはあの崩壊寸前の幽霊屋敷のような場所に暮らす孤児達を誘拐し、孤児院の院長を脅してやることである。依頼主の目的は知らない。受け取った前金と、成功後の報酬のために彼らはやっている。

 チョロい仕事だと思った。何せ、攫う相手は大体が名無しの孤児達で、脅す相手は骨と皮しかないような老人である。しかも場所は結界の内とはいえ都市の外だ。騎士団の目も遠い。実に好都合、そう思った。


「くっそ!あのガキどもどこいきやがった!!」

「いたぞこっち……!!ってえ!?なんだ!?落とし穴」

「ふざけやがって!!なんでこんなもんあるんだ!!?」


 どうやら、様子が違うと気づいたのは、野草を集めてる子供達を捕まえようとナイフをちらつかせて脅そうとしたときだ。子供達は自分たちを見ると逃げ出した。いや、逃げ出す事は普通だ。だから彼らは子供らを囲うように動こうとした。のだが、


「散開!!!」


 という、騎士団が使うような号令とともに、子供達は一斉に、悲鳴一つあげずに逃げ出したのだ。まるでコチラを幻惑するように、全方角に散って。

 初動での捕縛に失敗したチンピラ達は子供達を追いかける。だが捕まらない。林の地形を熟知していた彼らは実に巧みにチンピラ達を翻弄していた。みつけたと思ったらその先に罠が仕掛けられ、追い詰めたと思ったら猿のように木を上っていく。まるで小馬鹿にされているかのようで、チンピラ達の苛立ちは募るばかりだった。


「くそっくそ!おい!話が違うぞてめえ!!」


 リーダー格の男は、顔を隠したフードの男を睨み付ける。小さな酒場で飲んだくれていた冒険者紛いの彼らを「楽で稼げる仕事がある」などという胡散臭い文句で誘ったのがこの男である。

 だが、実際に依頼を受けてみればこのざまだ。子供達の動きは、まるで特殊な訓練を仕込まれた兵隊のようだ。トラップも容赦なく、怪我人も出ている。どう考えても前金の端金で割に合う連中ではないと彼は確信した。


 そんな抗議に対してフードの漢は深々と溜息をつく。


「話が違うのはコチラのセリフだ。まさか”本命”が来る前の使いすらこなせないろくでなしとはな……」

「んだとこらぁ!!」

「事実だろう…!?不満に思うなら子供の一人でも捕まえろ!」


 徐々にフードの男のボルテージも上がっていく。表情は見えないが、彼も苛立っているらしかった。


「おい!!こっちだ!!一人追い詰めた!!!」


 そこに仲間からの声がかかる。チンピラ達が声の方へと向かうと、確かに小さな少女が一人、巨大な大木を背に追い詰められていた。罠も警戒したが、何かが仕掛けられている様子もなかった。


「……!」

「ックソガキが…てまかけさせやがって――」

「今だ!!!」


 チンピラ達が子供を攫おうと集まった瞬間、鋭い号令が再び響いた。ぎょっとチンピラ達が目を見開き周囲を見渡すと、そこには孤児の子供達が周囲の林の上空から、コチラを睨み、そして何かを振りかぶって、そして投げた。


「っぎゃ!?」

「石だ!石投げてきやがる!!クソが!!!」

「マジでふざけんじゃねえぞ!!!」


 石つぶての雨が降り注ぐ。子供の力で放られるそれは、精々ぶつかりどころが悪くても血が出るくらいのものだったが、痛いは痛い。冒険者として真面目に活動をしてこなかったチンピラ達が怯むに十分だった。

 しかも、気がつけば少女は姿を消していた。囮だったのだ。


「どうなってんだこのガキども――」

「まあ、それは俺も同意見だ」

「あ?!」


 そしてチンピラのリーダーは背後からやってきたチビに顔面を殴り飛ばされ、意識を失った。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「…………助け必要だったか?これ」


 チンピラ達を捕縛しながら、ウルは疑問に思った。此処に到着したとき、孤児の子供達を襲ったらしいチンピラ達は孤児達の罠に嵌められ、身動きできずにボコボコにされていた。ウルがしたことと言えば、最後のトドメをさしたくらいである。

 だが、ザインは首を横に振る。


「所詮、付け焼き刃だ。そもそも護身術以上のものを孤児院で子供に教える事は無い」

「護身術ってレベルか?コレ」

「都市の外で必要なレベルの、という注釈が付く。ともあれ良くやってくれた」

「……まあ、その言葉はありがたく受け取っておくよ」


 そう言いながら、ウルはチンピラ達を拘束していく。彼の隣ではシズク達も同様に、孤児達の襲撃犯を捕らえていた。


「一通り、石を投げられた方達は拘束完了しました」

《ぐーるぐる》

「冒険者、でもないか。指輪も持ってない。迷宮潜りのチンピラかな」


 ザインの言っていた闇ギルド、でもない。要は金で雇われて犯罪まがいをやらかすチンピラだったようだ。捕まえたところで、大した情報は得られそうに無かった。


「じーちゃーん!」


 と、孤児達が集まってきた。ザインは子供達を確認し頷く。全員、無事であるらしい。


「へへ!みたかよじーちゃん!俺たちの活躍を」

「幼いトトを逃がしたのは良いが後は攪乱と逃走で済ますべきだったな。判断力が足りん」


 誇らしげな孤児達の言葉に対してザインの反応は実に塩だった。ブーイングを起こす子供達に対してザインは何時も通りの仏頂面である。


「先代、子供相手なんだからもう少しお手柔らかにしなよ」

「十分に優しい。子供の頃のお前の修行と比べれば」

「私と比べちゃダメだよ絶対」


 などと会話している内に、チンピラ達の拘束は完了した。


「コイツラは騎士団に突き出すか?」

「コイツラも名無しだ。しかも名無しの孤児相手では、面倒がられるだけだ」

《それもねらい?》

「どうでしょう?当人に聞いてみましょうか?」


 シズクはそう言ってちらりと視線を林の奥に向ける。するとそこに、孤児達でもチンピラ達でも無い、全身をローブに覆い隠した男が姿を現した。あからさまに怪しい風体で、この襲撃の関係者、もしくは首謀者なのは間違いなかった。

 使っていた手下達が拘束された。状況としては追い詰められている筈の男が、そのまま逃走せずに姿を現す。それはつまり、まだ何かあると言うことだ。


 それを察してウル達も警戒は解かなかった。

 実際、フードの男は、怒りでも怯えでもなく、喜悦に口元を歪めていた。彼はそのまま興奮したように口を開く。


「は、はは!役立たずどもと思っていたが、まさか本命をつり出してくれるとは!」


 彼の視線は真っ直ぐに枯れ木のような老人であるザインへと向いていた。ザインは驚きもせず、微動だにせず男を睨む。


「孤児を攫って、私をおびき寄せるつもりだったか。随分雑なやり方だ」

「黙れ!!さるお方からの命令だ!」


 そう言って、フードの男は右手に備え付けられた腕輪を強く握る。腕輪は紫色の妖しげな光を放ち始めた。


「貴様らは高貴なるプラウディアには不要だとよ!貴様も孤児達も消えれば、あの小汚い孤児院を続ける理由もなくなるだろうさ!!!」


 彼はそう叫んだ瞬間、彼の背後の地面が盛り上がり、そして爆発した。中から現れたのは真っ黒な、人型の、石の塊。


『―――――OOOOOOOOOO』


 洞窟を吹き抜ける風のような音。ウルにとっては思い出も深い、人造の魔物、人形(ゴーレム)だ。しかも、【黒金】製の対魔物戦闘用の代物だった。


「孤児と老人相手に派手なもの持ってきたな……」


 とはいえ、流石に今のウルが焦る理由は無かった。人形との戦い方は熟知しているし、今更遅れをとるつもりも無かった。何より今のこの状況は、頼もしすぎる味方がいる。


「さるお方、とは誰のことでしょう?」

「多分、金に目が眩んだどこぞの神官だろうね。興味はわかないや。アカネ」

《あーい》


 この場には【勇者ディズ】がいる。彼女に頼り切るつもりはないが、彼女がいて人形如きに対してどうこうなるとは全く思えなかった。油断や侮りではなく、戦力比較をした際の純然たる事実だった。

 だから、懸念すべきは孤児達や、ザインに被害が及ばないようにする事であり、ウルやシズクはディズの邪魔をしないように動いた、つもりだった。が、


「丁度良い機会だ」


 と、当のザインが一人、ディズよりも前に出てしまった。


《じーちゃん!?》

「ディズ、貴様の【魔断ち】は完成しておらん。あまりにも未熟だ」


 アカネは悲鳴のような声をあげるが、ザインは杖をつきながらディズの前にも出た。ディズもぎょっとするが、彼はまるで気にせず、フードの男の前、人形の射程範囲にその身をさらした。


「――――やれええええ!!」

『OOOOOOOOOOOOOO』


 フードの男が狂喜し、人形に命令を出した。黒金の人形は腕を大きく振りかぶって、目の前の自分より遙かに小さな老人にむかってその拳をふり下ろさんとした。


「【魔断ち】を放つに魔術に頼る時点で論外だ。己が技量を研ぎ澄まし、極めれば――」


 瞬間、ザインの姿が消えた。ウルの目にも消えたようにしか見えなかった。彼は気がつけば人形の背後に回っていた。そして彼は古びた杖を握り、踏ん張りも利かない空中で、しかし一切姿勢を揺らがせず――――


「……………………は?」


 瞬間、黒い剣閃が黒金人形の胴を真っ二つに切り裂いた。


 フードの男は、眼前に起きた光景を全く理解できず、口を呆けさせた。気持ちは分かる。ウルも同じ気持ちで、多分同じようなツラになっていたからだ。


『――――    』


 切断された人形の胴体から、ころりと魔導核が転がり落ちる。それは先の一撃で同じく真っ二つに切り裂かれていた。己の心臓を一撃で切り裂かれた人形は、暴走状態になる事も無く機能を停止させ、崩壊した。


「このように、刃も無い棒きれでも【魔断ち】は放つことが出来る。精進しろ」

「…………いや、そうはならないでしょ」


 思わず漏れ出たディズの感想に、ザイン以外の全員が同意した。



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