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名も無き孤児院と不愛想な先代③


 先代、【七天の勇者・ザイン・グラン・グラスロウ】


 彼が【勇者】と成った経緯を知る者は少ない。

 ある日突然、その時代の天賢王に見出され、七天の末席である勇者の地位に据えられたのだ。都市民、どころか名無しだった男に。姓も官位も後から与えられたものだ。普通なら暴動ものだ。天賢王の直接の配下。この世界で最も偉大なる戦士の称号だ。特にプラウディアではその地位を多くの神官や魔術師、騎士達が狙い、求めている。

 勿論、そんな風に功名心で得られる地位では無いと分かっていてもだ。

 だからこそ、通常なら問題になるはずだった。

 何処の骨とも分からない、名無しの男が七天に選ばれるなどと。勿論、それが決定された時は騒ぎにもなったが、しかしその騒動はすぐに収まった。


 理由は二つ。

 一つは、その座が太陽神の加護の与えられない【勇者】であったこと。

 もう一つは、【()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 様々な権能でもって暴れ狂う竜の眷属達。他の七天すらも引き下がるような敵達を、彼は両断した。【魔断ちの剣】の黒い剣閃が閃くたび、竜の首は幾つも落ちた。【天剣】すらも嫉妬する絶技を彼は振るった。

 文句など、言いようが無かった。「名無しなんぞ」と口憚らない神官すらも、押し黙るほどの戦果を彼は単身で残し続けた。


 史上最強の勇者とは、紛れもなく彼のことだった。





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「……色々思うことはあるんだが、とりあえず一つ」

「なんだ」


 非常にざっくりとした【先代勇者ザイン】の話を聞いたウルはゆっくりと口を開く。元勇者、と言われてもウルには彼が昔世話になった偏屈な老人、以外の印象は無い。今更、彼に対する見方が変わることはないし、彼に対する敬意は揺らがない。

 だが、言いたいことが一つ出来た。


「元、とはいえ【七天】の1人だったら自由に出来る金はあるんだろ?」

「あるね。よほどの無茶でない限り、彼から要望があれば神殿は応じるよ」


 ディズが解答する。ウルは「だろうな」と頷いて、そして言った。


「じゃあこの孤児院直せよ…!」


 あちこちの壁がひび割れ、崩壊し、隙間風が寒いこの孤児院をもう少しマシにしたって、バチは当たらないだろう。

 だが、ザインは下らない、というようにウルを一睨みした。


「言っただろう。必要ないから使わないだけだと」

「孤児院と知っていた俺でも、見た瞬間の印象は廃墟か幽霊屋敷だったぞ」

《さんかいくずれそうよ?》

「必要に応じて子供らとともに補修している。都市の建築法にも反してはいない」

「法に問題があるだろ最早……」


 事故や悲惨な目にあって此処に流れ着いた子供がこの孤児院を目撃したら確実に自分の人生を絶望するだろう。インパクトが強すぎる。


「加工、補修の技術を子供らに学ばせる教材になる。子供は学習を嫌うが、自分の住処を良くするためなら必死にもなるからな」

「本当に、就職修行のための場所みたいですね?」


 そういえば、ウルは此処に居たときは年齢の問題で、工具類は触らせて貰えなかったが、ウルより少し年上の孤児達は、ぼろい工具と都市外から取ってきた木材を持って何度もこの孤児院を修繕していた気がする。腑に落ちた。


「加えて、この景観だからこそ、防げる悪意というものがある」

「……まあ、盗人も近づきはしないだろうけども」

「最も、最近は少々物騒になったがな。コレは護身用だ」


 そう言って彼は杖を見せる。護身、と言っても、初見の印象では枯れ木のような老人の握る杖にどれほどの価値があるのかは不明だ。元勇者と言っても、高齢に勝てるわけではなかろうに。


「だが、そもそも此処を誰が狙うっていうんだ?」

「闇ギルドの連中だ。この孤児院の土地を寄越せ、だそうだ。此処は確かに神殿から私が利用権を買い取った場所だがな」

「――――いや、なんでだよ」

《こんなとこになにしにくんのよ》


 嘘だぁというようにアカネが口を尖らせる。ウルも同意見だ。こんな金目の気配が一ミリたりとも存在しない場所の土地を強請りに、何故に違法ギルド集団が来るというのだ。

 先代勇者のザインを恨んだ奴が出たとか、そういうことなのだろうか。


「……」

「……ああ、なるほど」


 と、思っていたが、ディズは特に驚きもせず沈黙し、シズクは納得したというように手を叩いた。


「何か、思い当たるのか?」

「ウル様。この孤児院は何処にあるでしょう」

「何処って……プラウディアの端だが」


 大罪都市プラウディアの東端。高くそびえ立つ防壁が近くにあり、一日の内太陽の光が遮られる時間が多く、都市民からも好まれない場所。更に防壁の中でも最も守りの薄い都市外への出入り口が近くにあるため余計に嫌われている。

 名無しの冒険者の孤児達が多く集う【名も無き孤児院】の立てられている場所としてはこの上なく相応しく思える。そしてあえてこんな場所を狙おうなどと言う物好きは思いつかない。

 シズクはウルの指摘に頷いて、言葉を続けた。


「この世界の都市は、外からの交流が乏しく、脅威が多いからこそ、外に隣接する場所や出入り口の価値は低く見積もられているように思えます」

「【天陽結界】で外の脅威が極端に少ないプラウディアですら、そうだものね」


 シズクの言葉に、ディズは同意する。

 防壁と広大な結界、それでも尚、外との交流に積極的な都市民は少ない傾向にある。理由は、交流が必要ない造りに都市がなっているからだ。生産都市の食料供給を除けば、ヒトが生存するために必要な機能の多くをプラウディアに限らず多くの都市は自前で有している。

 例え、魔物に囲まれて、身動き一つ取れなくなろうとも生存するための特性である。故に、都市に住まう者達は都市の外への興味を引きにくく、警戒する。それが道理だった。


「ところが最近、外から大量の流通、交易が起こる可能性が出てきました」

「……………あー」


 ウルは、納得した。

 極めて安全に、かつ、大量の物資と人材の運搬を可能とする圧倒的に巨大な移動要塞。それが二ヶ月ほど前に、突如として出現したのだ。

 都市丸ごと移動する大いなる使い魔、【竜吞ウーガ】が。


「ウーガが本格的活用されるとなれば、一度の交易と、その時に動く物資と金は凄まじいことになるよね。で、そうなると、それに便乗したい輩は出てくる」

「最も手っ取り早く確実な方法は、交易の入り口である門周辺の空いている土地を確保することでしょうか」


 ウーガが本格的に稼働し、もしも交易が活性化すれば、プラウディアの出入りを行う東西南北の大正門とその周辺は大賑わいになるだろう。少数の名無しの金も持たない放浪者がぽろぽろと流れてくる頃とは段違いな筈だ。

 まだ土地の価値が高騰していない今の間に買い取りたいと思う者がいても不思議ではない。例え、今其処を利用している奴らを追い出しても、そうしたいと思う奴らは絶対にいる。あるいは、神殿の官位を持った神官の中にだってそうしようと目論む連中はいるはずである。


「実際、この周辺に商人ギルドの連中が蠢いている。何人か、この土地を持ってる連中から強引に買収していったのも見た」

「……で、じいさんは断ったと」

「だから、闇ギルドが動いている。表だって立ち退きを命じられないからこそ、非正規の手段をとっているのだ。下らん」


 ザインは一言で切って捨てた。自分の居る土地がとんでもない高騰を起こす可能性を秘めているという、真っ当な人物でも浮き足立つような話をそう断じるザインはやはり、相変わらずだった。

 ウルは感心するが、後ろめたくもなった。彼がそうなった理由は自分にもあるのだ。【竜吞ウーガ】誕生の責任の一端は自分にある。


「迷惑をかけてすまない」

《ごめんなー?》

「下らんと言ったぞ」


 その反応も案の定ではあった。

 まあ、ウーガという存在が引き起こした状況にいちいち責任を感じているなんてキリがないのも確かだった。ウーガと、それにまつわる問題で破滅した者も、成功した者も無数にいる。死人だって出ただろうし、なんならウルだって直接それを出した。

 そしてそれらに対してウルが一つ一つ償う気があるかといえば、否だ。全て自分のために、自分のエゴでやったことで、その行動の結果、出た被害は承知の上だ。顔も知らない何処かの誰かの破滅を背負う気は無い。

 とはいえ、育ての親、ザインの事となると完全に身内ごと、これを放置する気はウルにはないのだが、さて、どうするべきか。


「あら?」


 と、そんなことを思っているとシズクが不思議そうに、客間の扉を眺める。いち早く彼女が反応するのは、彼女が聴覚で異音を聞き取った場合だ。間もなくして、彼女が先んじて聞き取っていたであろう、どたばたとした足音が近付いてくるのが聞こえてきた。

 そして、扉が開かれる。現れたのは7つほどの小さな子供だ。彼は焦った顔で叫んだ。


「じいちゃん!!チンピラが襲ってきた」

「噂をしていれば、全くもって下らん」


 孤児であろう少年の言葉に、ウル達は驚き、そしてザインは大きく溜息をついて立ち上がるのだった。

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