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竜吞ウーガの闖入者②

「一体何のつもりです?」

「こっちのセリフなんだが、これは何の真似だ?」


 ウルはエシェルへと手を伸ばした天陽騎士の手を引っ掴んで尋ねる。

 ドローナを護衛していた天陽騎士は兜で顔を隠しており、表情は見えにくいが、ウルに掴まれた手を即座に払うと、強い視線をウルへと向けてきた。が、腰に据えた剣を引き抜かないあたりまだ理性は残っているらしい。


「また誤解があるようですが、これは親切心ですよ」


 だが、彼らの主であるドローナが正気である保証はなかった。

 いきなり主であるエシェルに害意を向けたにもかかわらずドローナの表情は自信に満ちあふれている。自分の暴挙に対して自信に満ちあふれているのが逆に恐怖だ。どういう神経をしているのだろうと言う気になる。


「仮にもグラドルの末端でありながら、自分たちの立場をまるで理解していないようでしたから、立場を教えてあげようと思ったのです」

「立場?」

「グラドルは、今や我々によって生かされているという事実です。で、あれば、このグラドルも当然自分たちのものである。そうではないですか?」


 と、彼女はそう言う。つい先日エンヴィー騎士団遊撃部隊からの主張は「ウーガは自分たちが管理すべきだ」と言ったものだったが、こっちはもっと直接的だ。「ウーガは自分たちのものだ」と言っているのだから。


「で、あるにもかかわらずコチラの要請を無視するなどと……ええ、コチラからも問いますが。正気ですか?」

「プラウディアが混乱したグラドルを助けたのは事実です。だけど、真にグラドルを助けたのは、ディズ……七天の勇者です」


 エシェルが反論する。


「勇者!!ほほ!あんな使い走りがなんだというのです!」

「なっ」

「アレは精霊に捧ぐ祈りの力を持ち合わせていない、七天の末席の威光に縋って官位だけついた半端物。その事実は、貴方の方がソレはよく知ってるので無くって?」


 エシェルは言葉を返せずに押し黙る。思い当たる節があったからだろう。

 ウルもエシェルがディズに対してかなり無礼な態度を取っていたことを忘れているわけではない。あれは、プラウディアそのものと敵対するグラドルの親兄弟を模倣した態度だとおもっていたが、どうやらプラウディアの内部でもディズの存在は強くはないようだ。

 実際、今日も彼女は居合わせていない。「顔を出すと確実に悪い方に転がるから」とディズは言っていたが、その意味がようやく実感できた。


 だが、言われたままでいるわけにもいかない。カルカラもそう思ったのだろう。エシェルの前に彼女は立った。


「だとしたら、早々にグラドルによびかけてウーガを貴方方に明け渡すよう、要請すれば良いのではないですか?」


 カルカラは無表情だ。だが、恐らく内心ではエシェルに害意を向けているドローナ一行に怒り狂っている。ウルは爆発しないことを祈った。


「【ウーガ】はあくまでもグラドル管理の移動要塞。どれだけ特殊でも今現在その事実に揺らぎは無い。グラドル本国の命令としての指示ならば従いますが、別の国、プラウディアの”ただの”神官の意見に従う義理はありません」


 ただの、という単語をやや強めに付け足すと、ドローナは少し表情を歪めるも、しかし未だに勢いを緩めたりはしなかった。


「私達が此処に招かれたという事実から察することも出来ないのかしら?ねえエシェルさん。貴方随分と察しと出来が悪い付き人を連れているわね」

「察しと出来が悪くて理解できないので教えていただけますか?何の意図があると」

「ウーガは、既に我々のものであるという事実を、よ!」


 彼女が手振りをすると同時に、彼女に付き従う天陽騎士や傭兵達、戦士達が一斉に剣を引き抜いた。カルカラとウルはエシェルを庇うように立つが、刃が突きつけられて動くことが出来なかった。

 この住居外でも騎士達はそうしている。彼女が連れた数十人の傭兵達の凶器と殺意が向けられ、空気は一気に剣呑となった。


「何の真似です。正気ですか?」

「不安なら、グラドルに確認を取ったらいかがですか?やめさせてくださいと助けを乞えば良いのですよ」


 ドローナはせせら笑う。

 出来はしないだろうというように。ただ、確かにソレは難しい。連絡したところで目の前の武力を物理的に退ける力はグラドルには無い。そもそも彼女たちを武力込みで招き入れることを苦渋の表情でも許可せざるをえなかったのは、ドローナの言葉が少なからず真実を突いていることを示している。


 だが、それを理解していたからこそ、コチラも準備はしてきたのだ。


「申し訳ありません。現在ウーガでは暴力行為は控えていただけますでしょうか」


 小鳥の囀りのような美しい声と共に、いつの間にやら姿を消していたシズクが再び姿を現した。ウルは彼女の準備が終わったことを理解した。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「自衛以外の理由で、他者に対して直接的な暴力、ないし間接的な脅迫行為を及ぶことはウーガ国内では禁じられています」


 白いローブを身に纏ったシズクは、家を取り囲む兵士達の包囲から抜け出して外に立っていた。住宅街の路地で、やや狭苦しそうに並ぶ戦士達を何処か嘲笑うように優雅にベンチに座り込んで、微笑みを浮かべていた。そしてかわいらしく両の手をあわせる。


「これはウーガの法です。申し訳ありません。どうか双方、武器を下ろしてくださいませんか」


 そう言うと、嘲笑う声がした。兵士達の間からドローナ達がせせら笑っているのだ。空気をまるで理解できていないかのように笑う少女を前に、ドローナは指を差す。


「分かっていないようだから教えてあげるわ。法なんてものは、力が無ければなんの効力も持たないのよ!」

「なるほど、確かに。では示しましょう」


 は?と聞き直したドローナに対して、シズクはかつんと靴で地面を鳴らした。


『カカカ』


 何かが何度も噛み合うような音がした。同時に彼方此方の住居の影から、ゆらりと鎧を身に纏った兵士が一人。姿を現した。無論、即座に護衛を行う戦士達が警戒するように剣を向ける。そこにはたった一人が迫ってきたところでどうにでもなる。という侮りがあった。

 しかし、次第に状況は変化する。


『カカカカ』『カカ』『カカカカカッカカカッカ』


 何かが鳴るような音が連続して響く。そしてその音と共に鎧を身に纏った兵士達が更に姿を見せる。何体も何体も、際限なく姿を見せるのだ。護衛者達は驚愕を露わにする。彼らとて愚鈍ではない。周りに敵が居ないことや、自分たちと対立するウル達の存在も十分に確認しながらウーガを進んでいた。

 だのにまるで突然、足下から沸いたような大量の戦士達の姿はあまりにも異様だった。


「もう一度言います。武器を下ろして貰えますか?」


 ドローナが言うところの、明確なまでの”力”を示しながらシズクは問うた。ドローナは目を見開き、とうとうその笑みを崩した。


「武器を下ろしていただけますか?」


 シズクはもう一度口にする。途端、数十人の護衛者を更に圧倒的な数で上回る謎の兵士達は剣を身がまえた。一瞬たりとも乱れず動くその姿は異様で恐ろしく、そしてこの場の何よりも威圧的だった。

 だが、護衛していた戦士の一人が大声をあげる。


「ハッ!読めたぞ魔術で操ってる操り人形か使い魔だな!!ハリボテだ!!」


 そして物は試し、というように目の前の兵士一人に斬りかかった。無論、ソレはこれまで以上の暴挙であるが、それを咎める者は誰も居なかった。だが、


『カカカ!!』


 その瞬間、その剣が跳ねた。護衛者に斬りかかられた兵士が即座に反撃し、武器を弾き飛ばしたのだ。護衛は驚愕に目を見開く。弾け飛んだ剣はくるくると宙を舞い、それをシズクは不意に手を伸ばすような仕草をすると動きは空中で止まり、そのままシズクの手元へ降りていった。

 彼女はそれをそのまま丁寧に、武器を失い呆然となっている護衛者に差し出して微笑む。


「続けますか?」

「貴様――――」


 そしてその丁寧な対応を侮辱と取ったのだろう。空いた手で、護衛者は目の前にきたシズクへと手を伸ばした。だが、彼女に指先が触れるよりも速く――――


「ガッ!?」

「おっと」

「手癖が悪ぃなオイ」


 ウルと、そしてジャインの手が、護衛者の腕を引っ掴んだ。


「ぎ、ぎやあああ……!!」


 銀級のジャインは言うまでも無く、修羅場を潜り続け、相応の魔力を吸収し続けたウルの力もまた、並大抵のものではなくなりつつあった。まして、都市の安全圏に住まう者達の護衛者程度では、相手にもならなかった。


「法は力が伴わなければ何の意味も持たない。って話だったよな。ジャイン」


 尋常ではない力で摑まれて、身悶える護衛者を尻目に、ウルはのんびりとした調子でジャインに尋ねた。


「ああ、言ってたな。そこの女が」


 ジャインもまた、同じようにそれに応じる。二人は悲鳴をあげる護衛を投げ捨てると、暴力を命じたドローナへと静かな視線を向けた。びくりと、ドローナと、その周囲の者達は怯えるようにたじろいだ。


「なら、力が伴っているなら、従わせても問題は無いんだよな」


 ウルは竜牙槍を抜いた。


「ああ、勿論、そう言う事だろうさ。何せ当人が言ってたんだからな。偉大なる神官様が嘘なんて言うわけが無い」


 ジャインは手斧を肩で担いだ。


 そして二人は行進する。一歩一歩。ドローナ達に近付いていく。無論、護衛の者達は二人に警戒を向けるが、怖じけているのが目に見えて分かった。そもそも周囲の兵士達にも気が散って、それどころではないらしい。


「あら、ウル様。ジャイン様。いけませんよそんな意地悪を言って」


 そしてその状況で、鈴のような声で語りかけるシズクは、天の助けのようにも見えたし、彼等の無様を嘲弄する幼子のようにも見えた。


「皆様、ちゃんと話せばわかってくださいますよ。そうですよね。皆様?」

『カカカッカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!』


 兵士達のカタカタカタという奇妙な合唱を背に、シズクは妖艶に微笑みかけた。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「…………で、逃げ帰るようにしてウーガから連中は出て行ったと……」


 その日の夜、仲間達と共に本日の結果の報告会議をウーガの自宅にて行った。

 武力による脅しは回避、というよりもゴリ押しで跳ね返す事が出来た訳だが、しかし中々に厄介な問題だったのは間違いなかった。しかも、根本的な解決には未だ至っていない。


「とりあえずシズクとロックはお疲れさん……しかし、まさか本当に使う羽目になるとは」

「ロック様の”分身の術”。上手くいきましたね」

『シズクの死霊術との合わせ技じゃったがの!カカカ!おもしろかったのう奴らの慌てるツラは!!』

「面白がんなよ骨爺」

『ええじゃろジャイン。お主だってノリノリじゃったろ!カカカ!』


 種としては、それほど難しいものでは無かった。

 予め、彼方此方にシズクが死霊術で扱える死霊兵達を形を崩した状態で仕込んでおき見せかけだけの鎧も同時に保管しておく(鎧の大半は殆どが以前ウーガを取り囲んだ天陽騎士達の鎧など、破損して使い物にならなくなったハリボテだった)。いざというとき彼らを一斉に起動させ、同時に一番正面にはロックを配備する。

 以上だ。詰まるところ、「ハッタリだ!」という兵士の指摘は正しかった。尻尾を巻いて逃げ出してくれて助かったと言ったところだ。


「全体に魔力を行き渡らせるの苦労したのだから私にも感謝しなさい」

「すまん。ありがとうリーネ」


 ちなみに、あの大量の骨の兵士に魔力を届けたのはリーネ主導によるウーガの魔力供給のたまものである。ウーガの機能の大半は封じられたものの、全てではなく、攻撃的な魔術でなければ操作は容易かったようだ。


「でも大丈夫なのその”お客様方”。滅茶苦茶怒ってたらしいけど」

「うん……」


 エシェルは頭を抱える。確かに彼女の言うとおり、正直言って大分滅茶苦茶な歓迎となってしまった。やむを得ないとはいえ、想定していた対処の中でも下から数えた方が早い最悪具合だ。

 しかし、空気が重くなる中、シズクは頬に手を当ててて応える。


「大丈夫だと思いますよ?」

「軽く言うなシズク……」

「というよりも、今回の威圧は絶対に必要なことでした」


 シズクがハッキリと言うと、エシェルも顔を上げる。


「ウーガが、ウーガそのものを封じられても尚、並ならぬ武力を有していると示さなければ、ああいう方々に直接的な暴力でなし崩しで取られてしまいます」

「でも、そんな無茶苦茶なこと、する……よなあ。今日の様子を見る限り」

「残念ながら、今のグラドルは立場として弱すぎます」


 流石に今日どうこうとするつもりは無かったかも知れないが、「強硬な手段を用いれば即座に制圧できる」という情報を彼らに与えれば、恐らく後々碌な事にはならない。ドローナが言っていたとおり、グラドルは今弱い。外部が無理を押しつけたとき、それに抗議するための力が無いなら、押し通される。

 つまりウーガ自身が示さなければならない。無理をすれば痛い目を見ると。


「それを今回示せただけでも上々の結果です」


 シズクがそう言いきると、本当にそんな気がしてくるから不思議だった。


「でも、プラウディア側から抗議とか飛んでこないか?」

「それはラクレツィア様に任せましょう」


 シズクは微笑む。ウル達はグラドルで胃を痛めるであろうラクレツィアに同情した。


「しかし、まあ、今回は上手くいったが――――」


 ウルは溜息をつきながら、天井を見上げ、言葉を漏らす。だが、続きの言葉が喉から零れる事は無かった。

 

「ウル?」

「……いや、なんでもない」


 不安そうにみてくるエシェルに対して首を横に振る。空気を切り替えるようにウルは自分の頬を叩いて、視線を戻した。


「今は目の前だな。陽喰らいに集中しよう」


 こうして、ウーガの闖入者への応対は一先ず、何事もなく終わった。


 ――――無理だな


 ウルの胸中に過った、ブラックの警句を、ウルは口にする事はしなかった。


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