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賞金首:宝石人形の傾向と対策②


 欲深き者の隠れ家にて


「店長、日替わりランチを二つ」

「お願い致します」

「今日はまた随分ぼっろぼろだな……埃はちゃんと店の外で払え」


 宝石人形との戦闘から無様に撤退したウル達は、そのまま既になじみとなった店に足を運んでいた。どれだけの失敗を重ねようが、どれだけ思い悩もうが、心身の健康が最低限保たれている限りにおいて腹は減るのだ。


「ま、メシが喰いてえならまだまだ心配はいらんか」

「心配はしてくれ。大分行き詰まってる」

「この店にも大なり小なり行き詰まってる奴はおるんでな。簡単に贔屓はできんな。肉は一枚増やしてやる」

「ありがとうございます。店主様」


 なんだかんだと良くしてもらっている事に感謝しながら、ウル達は疲弊しきった肉体にエネルギーを補給すべく、目の前の食事にがっついた。


「今日の日替わりは何だろう」

「赤耳鳥の照り焼きと目玉焼きだよ。【生産都市】から今日運搬されたから油の乗った良い肉だ。とっとと喰え」


 言われるまでも無く、ウルは目の前の肉にフォークを突きたてた。厚切りの肉から肉汁が流れ、皮の上に乗ったタレと混じる。ウルに赤耳鳥が高い肉のなのか安い肉なのかはよく分からない。だが肉は肉で美味しい肉だ。ウルはその旨みを口の中で噛みしめた。


「うまい」

「語彙がねえなあ」


 そう言いつつ、店主は嬉しそうだった。美味いものを腹一杯になるまで食べられるようになったのは、冒険者になってからの数少ないメリットの一つだった。


 アカネにも食べさせてやりたいなあ。彼女はジュースになるが。


 と、そんなことを思っていると、近づいてくる者達がいた。男の冒険者達が複数でぞろぞろと、彼らは眼の前においるウル――は、さっくりと無視して、その隣に座りウルと同じように肉をニコニコと食べるシズクへと近づいていった。そして、

 

「シズクさん!ご機嫌麗しゅう!今日もお美しいですね!!」

「ありがとうございます。ガイさんに褒められるとうれしいでございますね」

「シズク!君に似合う華を摘んできたんだ。どうか受け取ってくれないか!」

「まあ、ダンジさん。ありがとうございます。とっても素敵なお花ですね」

「シズクさん!今度俺達のパーティと一緒に潜りませんか?!」

「ごめんなさい」

「振られた!!」


 次々に男がシズクの前にやってきては、適当に彼女にあしらわれている。

 いつもの光景である。

 いつもの光景になってしまった。


 シズクは優秀な魔術師であるが。正確には極めて優秀な“素養”を持った魔術師だ。魔術の技能は素晴らしいが「初心者にしては」という注釈がつく。

 まだまだ彼女は白亜の冒険者である。今彼女に声をかけてる連中はだいたいが銅の指輪は既に保有している、そこそこに熟達した冒険者達ばかりだ。彼女を勧誘したところで、彼女をつれて迷宮探索には迎えないだろう。純粋に一行のバランスが悪くなるからだ。


 しかし彼女への勧誘を男達がやめないのは何故か。


 最初彼女の容姿につられて声をかけてきた男達を、彼女が片っ端から骨抜きにしたからである。


「皆さん優しくしてくださって、私はとっても幸運です」


 あまりに目立ちすぎるシズクの容姿にまず惹かれて彼らは声をかけ、そして彼女の冒険者らしからぬおしとやかな仕草と態度、誰に対しても分け隔て無く優しく接する態度に絆され、魅了される。店の男達はすっかり、彼女に夢中になっていた。


 しかしこんなだと女性に嫌われそうな気もするのだが……


「アハハ、またシズクがナンパされたの?ウフフアハハハ。ウルさびちいねえ~」


 と、今度はウルが絡まれる。鍛えられ整った身体を押し付けてくる彼女は兎の獣人ナナ、銅の二級の冒険者だった。


「真昼間からまた飲んでるのかナナ」

「だぁって、おちゃけがおいちいのだもの!」

「だきつかないでくれお酒臭い」

「あらぁ照れてるのウフフフフ?」

「いいや、この前思い切りゲロを吐きかけられた地獄絵を思い出している」

「大丈夫よ安心しら。きょうはあんましのんでらいもぉおうっぷ…」

「誰かこの酔っ払いを早く」


 ナナに絡まれ、助けを求めると彼女の仲間、この店では少数派の女性冒険者達が無理矢理彼女をウルからひっぺがした。


「ほらもーナナ、あんた悪酔いするんだから酒量減らせって言ったのに」

「シズクーあんたも男ども相手にするのは適当にしなよー!バカだから勘違いすんのよ!」

「ご忠告ありがとうございます。気をつけますね」


 女性冒険者の警告に、シズクは本当に嬉しそうに頭を下げる。その態度に彼女達はふっと笑った。どうやら彼女の魅力は女性にも通じているらしい。少なくともシズクがこの店でトラブルを起こしているという話は聞いたことがない。

 まあ、要は、現状、ウルがシズクに捨てられる可能性を除けば、問題は無いということだ。

 ウルは目の前の肉に集中した。


「おう、いいのかボウズ、お前の相棒、ナンパされてるぞ」

「俺にどうしろと言うんだ店主。肉がうまい」

「そんなんじゃかっさらわれるぞ?」

「俺に止める権利はない。肉がうまい」


 無論、彼女が本当に勧誘されては困るのはウルではある。一応既に組まれた一行(パーティ)を横から引き抜くのはあまりマナーとしてよろしくないし、おおっぴらにやると顔を顰められるし恨まれることもある。が、絶対禁止というわけではない。双方が同意すれば移籍も起こるだろう。

 そうなればウルに止める権利は無い。ウル自身それはとても手痛いが、仕方ないことではあるとも思っている。恋人でも家族でも無い。ただ行きずり、偶然出会い、そしてたまたま都合が良かったから互いに手を組んだだけの間がら。よりよい環境に移ろうというヒトは止められない。

 ウルだって彼女以上の優良な物件から「一緒に冒険しないか」と勧誘されたら移籍を考慮するだろう。現在のウルと実力が釣り合う彼女以上の素養を持った冒険者は、どれだけ上を見上げても見当たらないのだが。


 彼女の損失が自分の人生がかかっているというのに「仕方ない」で済まそうとしていること自体、グレンから言わせれば決断力が無い、ということになるのかもしれない。と、若干落ち込みそうになるウルだった。


「彼女をつなぎ止める良い方法を教えてやろうか?」


 そう言ってきたのは、先ほどまでシズクに対してなんども声をかけ、そして、


「誰も何も聞いてないぞ今さっきシズクにフラれたジャック」

「フラれてねえよ!ちょっと話がすれ違っただけだよ…!」


 そこに声をかけてきた冒険者のジャック(ウルと同時期に訓練所に通っていて、そして逃げ出した者の一人)は、ウルにむかってしたり顔を向けてきた。このツラの時は大抵ろくな事を言わない顔である。そしてウルが聞きに来てくれるのを待っている顔でもある。


「ちなみに具体的にどうすんだよ」


 このままなんかむかつく顔を目の前に吊り下げられるのもうっとうしかったので、ウルは諦めて質問した。すると彼はそれはな、といやらしい笑みを見せ、


「男が女をつなぎ止める方法といったらコレよ!!」


 腰を突き出し決め顔をするジャックを無視してウルはイモを突き刺しソースに絡めて喰った。美味かった。


「無視すんなコラ!!」

「そのやり方自体別に否定はしてねえよ、否定は」


 肉体的な繋がりというのは割とバカに出来たものじゃない。夫婦だって、元々は他人だったのだ。ヒトとヒトを結びつける手段の一つとして一定の価値はあるのだろう。多用しすぎて刃傷沙汰なんて例もあるが。


「しかし、それが通じる女なのか。アレ」

「なんでえビビってんのかよ!俺はとっくにシズクさんとデートしたんだぜ?」

「へえ」


 一行としてシズクと手を組んでいるウルだが四六時中一緒にいるわけではない。迷宮探索と訓練の日々だが、自由時間が全くないわけではないのだ。軽い買い物程度なら一緒にできるかもしれない。

 口先だけでなく、キッチリとやることをやってるジャックに素直に感心した、が、


「あ、デートなら俺もしたぞ」

「あ、俺も俺も」

「俺も、なんなら仲間内3人一緒にシズクちゃんとデートしたな」


 シズクをとりまく男達の主張を聞いて、ウルはジャックをみた。ジャックは机に突っ伏して泣いていた。


「シズクのガードが緩すぎてデートが日常になってしまっとる」

「違う!!俺はデートしたんだ!あれはデートだったんだ……!!」

「泣くなよ。別に否定してねえよ」


 適当にジャックを慰めながら、ウルは隣のシズクを見た。


「お肉、柔らかくてとっても美味しいですね」


 現在寄ってきた男達を適当にあしらいながら幸せそうにのほほんとお肉を口にしてふにゃふにゃに笑ってる彼女は、なんなら超チョロそうだった。実際、彼女の容姿目当ての男の誘いを彼女は特に拒むこともしない。このままだと実際取られてしまうのも時間の問題かもしれない。

 そうなる前に、ウルも積極的に彼女と仲良くなるべきなのかもしれないが……あまりその気にならない。不思議なことに何故か全く、彼女と“お近づき”になろう、という気にならない。何故だろう。

 少なくともシズクの容姿は自分好みであるはずなのだが。


「ウル様、どうかなさいましたか?」


 顔と胸を見すぎたのか、彼女が首を傾げた。ウルは黙って目をそらした。


「シズクともう少し仲良くなりたいなあと思っただけだよ」

「まあ、とっても嬉しいです」


 シズクはパァっと顔をほころばせて、笑った。男に限らず、女だって思わず心動かされるような満面の笑顔だった。ウルはよこしまな想いで彼女を見ていたことが恥ずかしくなった。


「……メシ喰うか」

「はい」

「シズクさん!俺も一緒に良いですか!」

「ええ、勿論。皆さん一緒に戴きましょう?」


 こんな風にシズクを中心に冒険者達が集うのもまた、いつもの光景となっていた。



              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




「ところでおい、ウルよう。お前訓練所まだ続いてるのか?」

「そうだが、それがどうしたジャック」

「マジか!嘘だろ!俺2週間に賭けたのに!!どうしてくれる!」

「ヒトを賭事にするな。というか自分が訓練所に残って賭けていればよかったものを」

「そんな余裕あるかあの地獄に!!」

「同意見だ」


 ジャックが訓練所に通っていた期間はおよそ5日、彼の“鼻っ柱”にグレンは最初から目をつけていたらしくコテンパンに顔面を思い切りぶん殴られ、そののちに折れ曲がった鼻を強引に治され治癒薬をぶちまけられるという粗暴極まる治療で限界を迎え逃げ出した。


「あれ、訓練っつーかただのリンチだよな……」

「アイツ、元黄金級のくせに指導下手くそすぎる」

「別のとこで銀級の指導受けたら丁寧でわかりやすくて俺泣いちゃったよ」


 此処に居る若い連中の多くはグレンにひどい目に遭わされた事があるらしい。グレンの思い出を語ると死んだ眼になって遠い所を見ようとする。ウルも今日の訓練を思い出せばこんな顔になるだろう。

 そして、それ故なのかどうかは分からないが、訓練所出身の冒険者達は仲間意識が高い。彼らはウル達を気にかけてくれている。ありがたいことではあった。


「そういえば今日は【赤鬼】という連中に会ったが、どういう奴らか知ってるか?」


 誰に向けるまでもなく問うと、ウル達の背後で据わっていた獣人達が応答した。橙色の毛並みと耳の獣耳は、赤鬼という名前に不快そうにゴロゴロと喉を鳴らした。


「ああ、アイツラか。何か嫌がらせでもされたかニャー?」

「いや別に。一緒に迷宮を出た後、少し絡まれたくらいだ」


 宝石人形との戦闘後、迷宮を出たシズクがほかの冒険者一行に誘われる、それ自体は割とよくある話だったのだが、今回は宝石人形との戦いの時遭遇し、シズクが助けた「赤鬼」だった。

 それだけの事なのだが、今回は少しばかり強引だった。シズク目当てと言っても、大抵は既に一行として組んでいるウルの存在は建前でも気にかける、が、今回は完全にウルの事は無視していた。どころか、


「鈍間はほっとけだの、一行(パーティ)はちゃんと選べだの、色々と楽しそうだった」


 鈍間であることは特に否定はしないのでウルは気にしなかったのだが、それを聞いた獣人はゲンナリ顔になって干し魚をカジカジと噛みちぎった。


「んな物言いして勧誘できると思ってんだからアイツラ本当にバカだニャ」


 他の冒険者たちも同意するように頷いた。割と有名な連中らしい。良い意味で、とは思えないが。


「上層の支配者、を気取ってるバカな連中さ」

「要はずっと銅級にくすぶり続けているってだけなんだがな」

「トラブルもよく起こしてる。ギルドに見咎められるとこでは手を引くから狡いんだよ」

「なまじ、ぐだついてる分、魔物殺して上層の中じゃ力だけはあるからにゃあ…」


 なるほどな、と、ウルは【赤鬼】の名前を要注意集団として記憶した。

 と、このように、この酒場は冒険と訓練に非常に忙しなく活動してるウルにとって非常に有用な情報収集源となっていた。知りたいこと、聞きたいことがあれば知っている誰かが、快く答えてくれる。“基本的には”。

 勿論、何もかも無条件で情報が集まるかと言えばそうではないが、


「――ところで、宝石人形について誰か知ってるか」


 特に、その情報が彼ら自身の損得に関わってくるのなら、なおのことだ。


 不意にウルがそれを口にした。瞬間、場の空気が少し変わった。

 迷宮、魔物、賞金首、即ち自分の生きる糧の話だ。その糧の規模が大きければ大きいほど、競争率は高くなるのはどんな界隈であっても同じで、冒険者達の中でも同様だった。この場にいる冒険者達は気の置けない同業者たちだが、同時に食い扶持を奪い合うライバルでもある。宝石人形に関しても当然、誰もかれもがそれを狙っている――はずだった。


「――賞金首なんざ誰もが狙ってるさ……と言いたいが」

「そうそううまい話でもないけどな。特に今回は」


 そう言って、彼らはどこか弛緩したような溜息を吐き出した。


「気が抜けてるな」

「そらそーダ。そもそも賞金首ってのは裏を返すまでもなく並みの冒険者じゃ太刀打ちできない証明だゼ?」


 魔物を倒せば、魔石が手に入る。魔物退治の報酬とは基本的にはこの魔石だ。賞金首とはつまるところ「魔石程度では割に合わない」という事を意味する。


「そして俺らニャ通い慣れて、要領を掴んだ大罪迷宮がある」

「ハイリスクハイリターンとローリスクミドルリターン。どっちが得かってぇーとね?」


 蜥蜴族、猫族の獣人と小人のトリオパーティがそう言って肩を竦める。その言葉に他の冒険者たちも頷く。ウルはなるほど、と頷いた。この考え方は多分この店の中だけでなく、恐らく大罪迷宮の冒険者達共通の認識であるように思えた。

 迷宮という莫大な魔石産出場、ありとあらゆる活用が可能なエネルギーを採掘できる迷宮に潜れば、一定の利益は保証される。むろん魔物と戦うリスクこそあるが、わざわざ強大な賞金首を倒そうとは、普通は思わない。


 “冒険”者、という言葉とは随分反しているが、その安定志向自体はウルはどちらかというと好意的な印象を覚えた。冒険、なんてもんは好き好んでする必要はないのだ。切羽詰まらない限りは。その切羽詰まっているのがウルではあるのだが。


「それに、だ。宝石人形ってやつはクソ面倒なのさ」


 そういう只人の男は魔銀(ミスリル)のハルバートを担いだ銅の壱級、ローガ。もうじき銀級、つまり一流の冒険者の仲間入りをしようという彼の


「兎にも角にも固い。尋常じゃないくらいに硬い。生半可な武器魔術は全然これっぽちも効きやしない。あいつが出現する中層では無視するのが基本だ。相手にしてたら全く割に合わねえから」

「銀級でも難しいのか?」

「倒せねえことはない……が、それでリスクに上乗せで消耗する武器防具、道具に費用とか考えりゃあなあ。防御を無視する方法もないではないが……そっちはそっちでなあ」


 グレンに聞いた通りか、とウルは事前に聞かされていた宝石人形の解説を思い出していた。




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人形(ゴーレム)を倒す手段は幾つか在る」


 銅の指輪獲得

 という結果を得るために掲げられた目標、宝石人形クリスタルゴーレムの撃破を成すために、グレンの訓練所における魔物の研修会は人形に絞られる事となった。


「1、真正面から人形の核の魔道核を破壊する。2、人形の頭部を破壊し、暴走を引き起こし自滅させる。3、目的を奪い機能停止させ破壊する」


 一つ目の正面から撃破するという手段は、そのままの意味なので言及する事は何も無い。人形、土塊や鉱物が魔物としての意思を持つための“心臓”、【魔道核】、それを破壊すれば人形は機能を停止する。迷宮から産まれる人形も同様、この核はある(何ゆえに技師の手で生み出される魔道核までまねられるのかは不明)。


 グレンは三つの手段を提示したが、そのどれも最終的にはこの【魔道核】を破壊する事に帰結する。破壊しなければ、人形の破壊には至らない。


 ただし、正攻法を宝石人形を相手にしようとするのは至難の業だ。


「宝石人形は通常の人形と比べてその耐久力は段違いだ。アホみてえに硬い。魔鉱物採取用の破砕ハンマーで殴ったらハンマーの方が砕けたって話もある」


 単純な話だが、攻撃が通らなければ、核を探すもなにも無い。本来の頑丈さを更に上回る宝石人形の強固さは多くの冒険者も手をこまねく。しかも核を発見し破壊できなければ、人形の肉体は時間と共に自動で回復していくのだ。キリがないとはこのことだ。

 通常の人形(ゴーレム)の強さの階級が12級、宝石人形は10級だ。これは【銅級】の上位、もしくは【銀級】の冒険者が対処すべき強さを示している。間違っても腕輪も持っていない冒険者が挑む相手ではない。


「特に魔道核が存在する胸部は一際に分厚い。よって、普通に考えりゃ1は除外だ。お前らにゃ無理。実力も装備も伴ってない」


 ウルも頷いた。成功率が限りなく低い討伐計画だが、その可能性がわざわざ0になる選択を取るのは論外だった。


「つまり残り二つ。一つは"暴走"、一つは"機能停止"だ」


 暴走は、人形にとってのもう一つの弱点を狙う事になる。それはウルの知識にもある。宝石人形対策を話し合う前から、グレンノ基礎講座で頭に拳とともに叩き込まれた。宝石人形もう一つの弱点、それは、


「頭」

「そうだ。基本的に、それは迷宮産の人形も含めて、人形ってのは頭に行動を命じる術式が刻み込まれている。人間でいうところの脳だな」


 しかし、人間にとっての脳であるこの部分を破壊しても、人形は死ぬことはない。そして魔道核が存在している状態で頭を失った人形は”停止”ではなく“暴走”を開始する。


 制限を失い、自壊も厭わずあたりをひたすらに破壊するようになる。


「危険なだけだと思うのだが、メリットがあるのか?」

「暴走というだけあって、この状態になると出力は上がるが脆くなるんだよ」


 暴走状態になると防御性能が落ちる。正確には不安定になる。必要のない部分に以上に体の素材を回したり、逆に自分の弱点の魔道核を露出させたりとだ。人形に備わっている最低限の自己保存能力すらも“狂う”。故に暴走。


「しかも頭は胴体と比べりゃ脆いからな。暴走は狙いやすい……が、オススメはしない」

「何故でしょう?正当な方法が難しいなら、選択としてはありでは?」

「あの巨体が巨体のまま暴れまわる事を想像してみろ。普段の5割増しの速度で」


 言われるまま、ウルは想像してみる。

 ウルよりも数倍はあろうあの硬質の巨人。莫大な重量を伴ってうごめくアレが、四方八方に対して無差別に破壊を繰り返しながら、此方を殺そうとするのだ。今までのようにのんびりゆったりとした鈍足の攻撃ではない。全身全霊、己が存在を狂わせてまでして。

 さて、そんな存在から逃げ回る。それが果たしてできるか?通常状態でもただ逃げるのに必死だったのに。


「死ぬ」

「相手が倒れるまでに、此方が10回以上死にそうですね」

「今のお前らの実力なら、まあそうなる。装備をもっと整えられたらやれるかもだが」

「金はない」


 そーだろーな、とグレンはつまらなそうに頭をかいた。そしてそうなると残る手段は、


「そんで三つ目だ」

「目的破壊というのは?」

「ある種の裏技だが、成功すりゃデカいぞ。要は“人形の目的を達成させる”んだ」


 人形は元は人が生み出した魔物。

 しかし人形は自分自身に意思があるわけではない。頭に刻まれた命令、それをひたすら実行するための、まさに生命をまねただけの人形に過ぎない。『この場所を守れ』『敵を攻撃しろ』その程度の単調な命令を人形は従順に、数百年たとうと守り続ける。

 そしてその命令対象を“失えば”、あるいは“達成すれば”、人形は機能を止める。行うべき役割がなくなるからだ。


 例えば守るべき場所が跡形もなくなれば、

 あるいは自分の周りに敵がいなくなれば、

 人形は機能を停止する。身動ぎ一つ取らなくなる。


「自分の身体を保つ機能すら落ちるから、もろくもなる」

「人間が作った者なら兎も角、迷宮産に決まった“命令”なんてものが定められているのか?」

「ある。が、その内容は創り主、即ち迷宮にしかわからん」


 “命令”自体は迷宮の人形であろうと必ず存在するらしい。迷宮に存在する一部屋を守れ(その部屋に何もない状況だろうと)だとか、あるいは外敵(冒険者のみならず近くに湧いた魔物に至るまで)排除しろだとか、まるで意味のないような命令がランダムに刻まれ、それに忠実に従って動く。


「ま、今回は普通に“侵入者を排除”しろってなもんだとは思うがね」


 突如として、本来の住処である中層から場違いな上層に上がってきた点を除けば、宝石人形の行動は実にシンプルだ。冒険者を見つければ片っ端から攻撃をしかけてくる。それだけだ。特別その動きに法則性は見えない。普段はうろうろと最上層を徘徊するばかりだ。


「その場合、目的を破壊するにはどうすればいい?」

「人類滅ぼすとか」

「アホかよ」


 ウルはあほらしそうに首を横に振った。全く現実的ではなかった。

 溜息を大きく吐いて、状況を整理する。正面からの正攻法の撃退は困難を極める。しかし裏技を使おうとしても、また別の困難として立ち塞がる。

 つまり八方ふさがりだった。


「そら、既に賞金首になってるんだ。そう簡単に倒し方なんて思いつく訳がない」


 グレンの指摘はごもっともだった。倒すのが極めて困難、という認識が出来てまずスタートラインだ。そんなことは誰だって分かってる。その上で、どうやってコイツを倒すかが問題なのだ。


「……暴走させたうえで、放置して力尽きるのを待つってのはどうだ?」


 ウルは思い浮かぶままに案を述べる。

 人形は生物とは違うが、それでも体力、魔力というものは無限ではないはずだ。まして暴走状態、通常よりもはるかに魔力を消費する駆動を続ければ限界が訪れるはずではないのか?

 しかしグレンは首を横に振る。


「外部の人形ならその手もありだったんだがな。奴がいるのは迷宮だ。無尽蔵に魔力の結晶である魔石を生み出し続ける魔力の宝物庫。エネルギーはそこかしこにある」


 ここ、迷宮にいる限り、体力は無尽蔵にあるというわけだ。厄介なことに、


「供給は止められないのか」

「放置する限りは自然と魔力は注がれるさ。そうでもなきゃ、他の魔物達だってそのうち餓死するはずだろ?一応生物なんだからなあいつらも」

「“少なくとも維持はされるだけの魔力”は供給されると。たとえ暴走状態であっても」

「外に誘い出すというのはどうでしょう?」


 次はシズクの提案だ。しかしグレンはまたしても首を横に振る。


「やむを得ない場合を除き、意図的に迷宮の外に魔物を連れ出すのは大連盟が定めた法に触れる。最悪人権はく奪されて奴隷行きだぞ」


 基本的に、迷宮の外に魔物を出さないために、こうした迷宮都市が生まれたのだ。その魔物を討つために外に連れ出しては本末転倒だ。

 それから次々に案を述べていくがその都度グレンに却下されてしまい、ウルはうなだれた。現在のウル達の“手札”の少なさが改めて浮き彫りになっていた。出来ることがあまりにも少なすぎる。


「せめて装備をもう少し……」

「生活費と、訓練所への手数料、消耗品の購入でカツカツですね」

「多少は装備の更新も出来たが、もう少しなあ……」


 ウルは【白亜の盾】を、シズクは【魔蓄のアクセサリー】を購入しているが、依然としてほかの装備は訓練所の借り物である。整備自体はちゃんとしているが、貧弱極まる。低層で魔物を狩る分にはまだなんとかなるが、賞金首相手には、不足だ。


 金か、あるいは実力か、せめてもう少し時間をかけて整えたい。ディズがもうけた時間ギリギリ一杯までは。


「……ライバルが少ないのだけが幸いか」


 賞金首は時として冒険者同士の奪い合いになるという。しかし、宝石人形の厄介さは散々語ったとおり。現状、積極的に狙おうという輩はいない。居ても全員返り討ちになっているのが現状だ。そっちの猶予はまだある、はずだ。

 と、ウルがそう思っていたのだが、


 グレンは自身の無精ひげを撫でながら、残念なものをみる顔でウルを見ているので、嫌な予感がした。


「……なんだよグレン」

「お前を哀れんでるだけだ」

「……俺の目論見が崩れると……何があるんだ?」


 こういうときのグレンの嫌な忠告は大抵的中する。嫌なことに。そしてそれ故に聞かないわけにはいかない。


「この世界において迷宮から採れる魔石採掘は重要だ。都市を守る結界、【太陽の結界】は神官達の祈りによって賄われているが、それ以外のインフラの維持の大半は魔石を活用されている」


「だから?」

「場違いの上層で弱小冒険者どもに嫌がらせする宝石人形は討伐されねえと都市としちゃ困るッツー事だ。賞金がかけられてそれなりの日数が経過したが、未だ宝石人形は討伐される様子も無い。国をまとめる神殿はバカじゃない。つまり」


 こんこん、と机に広げられた賞金首の張り紙、かかれた金貨10枚という額を指さす。


「そろそろ額がつり上がる。んで、【討伐祭】が発生する」



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「たぶんこの調子なら、【討伐祭】になんだろーしなあ」


 その言葉にウルはピクリと反応する。


「討伐祭……皆は参加するのか?」

「あー、そうかウルは初めてだったか。あたりめーだが」

「この都市特有だからニャー」


 討伐祭、小中規模の迷宮の発生が非常に活発で、それ故に厄介な魔物達の出現頻度も高い大罪都市グリード特有の催しだ。祭り、という単語がついているが、それ自体は別にソレほど特殊な事でも何でも無い。

 要は賞金首の値段のつり上がりである。本当にただそれだけのことなのだ。ただし、


「この都市、冒険者はメチャ多いから、賞金首が上がると一気に大騒ぎになるんだよなあ」

「装備買う奴とか、魔具買い占める奴とか、一気にゾロゾロ出てくるニャー」

「んで、ソレに便乗する商人達が出店開いたりなんだりしているウチに、いつの間にやらお祭りになったっつーのが事の経緯よ」


 季節ごとに神殿が催すような祭事とは別の、自然発生したお祭りであるらしい。

 要は冒険者達が馬鹿騒ぎし、ソレに乗じて都市民達が金儲けするっと、それだけの話だが、この都市はそれだけで一大事業となる。多くの金が飛び交い、都市が潤う。神殿もそれを咎める理由は無く、結果、半ば公認のお祭りと相成った。


 そして、祭りとなった以上、規則というか、ルールが存在する。


「1,緊急性を有する賞金首だった場合は討伐祭禁止、2,大罪都市グリード周囲及び迷宮低層に発生した賞金首に限る、3,討伐祭決定時以後は祭り開催までその賞金首の討伐を禁止する。4,賞金首の魔物の適正階級以上の冒険者の手出し禁止」

「ガチガチだなおい」

「都市の折角の儲け時だ。潰されても困るっつってどんどん付け足されていったのよ。俺が現役の時はここまでガッチリじゃなかったな」


 店主がしみじみと語る。この討伐祭はまだ年月としては若い方であるらしい。


「ちなみにコレ、討伐し損ねたらどうすんだ?」

「控えてる銀級あたりが始末する。賞金がより高額になるから神殿としちゃ若い連中に始末してほしいとこなんだろうけどなあ」

「なるほど……」


 ウルは相づちを打ちつつ、頭を整理した。グレンから聞いた情報では数日中にこの討伐祭の開催が告知され、その後1週間前後で開催されるらしい。


 つまり討伐祭開催までは宝石人形を誰も討伐出来なくなる。

 これは良い情報だ。

 しかしその後の祭りでは、ウル達以外のライバルが一斉に宝石人形を狙い始める。

 これは良くない。とっても良くない情報だ。


 敵が増える。ディズが提示した条件をクリアするには何が何でもウル達が宝石人形を撃破しなければならないのに。もし誰かに宝石人形撃破をかっ攫われれば、当然一ヶ月以内に指輪獲得の目標は不可能になるだろう。

 となると問題は、どれだけのライバルが出てくるか、だが。

 

「ま、俺は参加しねーけどな!祭りの熱狂で自分の力量を測り損ねるのはバカのすることだ!」


 と、聞いてもいないのに声をあげるのはジャックだった。ライバルが増えること自体はウルとしては全く嬉しくないので、彼の宣誓は黙って喜んでいた……が、彼の周囲ではその様子を見てハイハイ、と、趣深い表情になっていた。


「そういう奴ほど熱気にあてられて突っ込んでくんだよな……」

「いたな、そういうバカども、そのままあの世にまでいっちまったけど」

「やらねえよ。やらねえからな?聞いてる?」


 あまり、彼の宣誓に信用性はなさそうだった。


 要は、ライバルは増える。確実に多くなる。その認識で間違いはなさそうだった。畜生め、とウルは黙って毒づいた。あまり顔に出したつもりは無かったが、周りの熟練者達には既にその前の質問で察されていたのだろう。


「ってー結局おミャーやるのか?宝石人形」


 獣人が少し楽しげに尋ねてくる。ウルは溜息を深々とつき、しかし頷いた。


「……ああ、やる」

「死ぬぞ?お前冒険者になってひと月も経ってないんだろ?」

「俺も自分でそう思うよ。だがやる」


 なんだってそんな愚か者の真似をしなければならないのか、誰のせいだろうか。父親である。ウルは死んだ父親に再度呪いの言葉をぶちまけた。だがやる、やらねばならぬ。


「妹のためだ。退路はない」

「妹ってあれか?違法人身売買組織に売られたっていうアノ?」

「あん?生き別れた恋人を邪悪な悪徳貴族から買い戻すためって聞いたが?」

「病弱な妹を救うための神薬(エリクサー)を買う費用じゃねえの?」


「いろいろと全然違うが兎に角俺はやる」


 ウルは怖じける自分を奮い立たすようにして何度も宣言する。

 周りの冒険者たちの反応はジャックの時と同じだ。呆れたような、諦めたような眼でウルを見て、ため息をもらしつつも、止めようという声はそれほど上がらなかった。


 逃げ道がない。後が無い。


 そういう、ウルの事情を彼らはなんとなく察していた。そしてその進退窮まる状況はそこかしこに転がっているものだ。ウルは特別不憫というわけでもなく、故に止める事も無い。自己責任だからだ。

 彼らは良き隣人ではあるが、家族でも友人でもない。そこまでの肩入れはすべきでないと皆知っていた。せいぜい口にするのは忠告くらいだ。


「意気込むのはいいけどお、シズクちゃんを巻き込むのはやめとけよ」


 故にこのジャックの一言も、いわば善意(とわずかな嫉妬)の忠告に過ぎなかった。が、ソレを聞いたシズクはニッコリと笑って、おかわりしていたランチを口に運ぶ作業を止めた。


「あら、お気遣いありがたいですが、私も同行させていただきますよ?私の方からお願いしたいくらいですから」


 シズクは、冒険者たちの目線など気にするそぶりもみせず、立ち上がり宣言した。


「強大なる魔物を打倒すれば、強い力を得ることがかなうのでございましょう?」

「そりゃ、まあ、なあ。特にデカブツを倒した時得られる魔力は膨大だ」

「では、迷う理由はございません。そして指輪の獲得が叶えばより強い敵と戦える。ならば一石二鳥でございますね」


 そう言う彼女の姿に一切の怯えも、熱狂も無かった。淡々と、自らの成すべき事を確信して、“決断”した少女がそこにはいた。周囲の冒険者達は口を閉ざす。しかしそれはウルの時のような呆れ半分の諦観故ではない。

 ただただ、己が成すべき事を成さんとする少女のその姿に圧されたためだった。


「なあんだ、男達よりもよっぽど腹が据わってるじゃないか。シズク」


 僅かに膠着した空気を割ったのは、空気をまるで読む気のない酔っ払いであった。彼女は麦酒を呷るとケタケタとシズクに威圧されていた男達を指さし笑う。その姿に再び酒場は元の馬鹿騒ぎの空気に戻っていった。


「そう言うおめーはどうだよナナ」

「やーんない。私もうすぐ中層の烈火岩領域にアタックすんだもん。帰った時にゃ私は銀級だよ!!シズクー!どっちが先かしょーぶよー!」


 ナナの雄たけびに彼女の一行は呼応するように声を上げる。シズクは彼女の言葉に大きく微笑み「はい!」と頷いた。ソレに呼応してほかの冒険者達も雄叫びを上げる。討伐祭の開催を前にして、冒険者達は実に盛り上がっていた。

 ウルを除いて。


「おーおー若いっていいのう、お前はどうなんだ、ウル。燃えとるか」


 店主はケラケラと笑いながら目の前のカウンターで薄暗い顔でいるウルに問いかける。が、ウルのテンションは変わらず低かった。


「そんな、余裕、はない」

「若いっつーのに、今からつまらん事言ってたら、つまらん大人になっちまうぞ」

「ほっといてくれ」


 ふてくされたように言うウルに、店主は笑って、彼の頭に塩ゆでの豆が盛られた皿を乗せてきた。頼んだ覚えは無いという眼を向けると「サービスだ」と彼は手を振り、厨房へと姿を消した。


「…………シズクか」


 ウルは頭の上に乗った豆を一つまみとりだし齧りつつ、真横で絡み酒をかますナナと楽しく会話するシズクを眺め続けるのだった。


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