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空の来訪者⑥


 巨大な爆弾でも炸裂したのかという様な轟音がウーガ全体に響いた。

 同時に、ウーガの中心地で暴れていた牛頭王の肉体が、跡形も無く焼失した。


「……えっげつねえ」

「オーバーキルだろありゃ」


 その結果にウルは怯え、ジャインは呆れた。

 白王陣の魔術である、というのはウルもわかったが、いままでのとそれと比べても範囲も威力も数段上回っていた。

 ジャインがオーバーキルと評したように、あまりに高火力すぎて、使い勝手も悪そうである。が、第六級を()()()()()なんて真似ができるのは本当にすさまじい。

 そして、それを生み出した二人はというと。


「もっかいやろう。もっかいやろう」

「もうやんない!もうやんないからな!!!」


 一方がせがんで、もう一方が拒否していた。


「何してんだお前ら」

「ウル!!」


 尋ねると、エシェルがウルに飛びついて、彼の背中に即座に回り込んだ。するとリーネが亡者のようにウルへと手を伸ばす。


「その女を寄越しなさいウル」

「何する気じゃお前は」

「さっきの再現」

「エシェル。向こうにカルカラいるからそっち行ってこい」


 エシェルは駆け足でカルカラのいる方へと駆けていった。


「どうして邪魔するのよ。まだちゃんと実験出来ていないのに」

「せめてウーガ停止後に外でやれあんなもん」

「2連射になると思ったけど、まさか合体するなんて思わなかったのよ。面白いわ」

「面白がるな」


 灼熱の光が奔った後、地面が砕け割れて、全てが焼き焦げている。しかもまだ熱を保っていて近づくこともできない。修繕が大変だし、そもそも事故になりかねない。


「というかまだ魔物の雨が終わったのかも分からん。気を抜いている場合じゃないぞ」

「――――いえ、ウル様」


 シズクがそういって、すっと空を指さす。その先には再び黒く小さな影が落ちてくるのが見えた。また、魔物の襲撃かと、その場の一同は身構える。

 が、徐々に大きくなるその影はそれまでの魔物達以上に、様子がおかしい。落下し、結界に落ちるよりも前から何故か血塗れだ。そして何より、その魔物の上に立っているのは。


「ディズ」


 そして間もなく謎の魔物とディズが落下した。衝撃は大きくは無かったので、おそらく魔術で落下速度を緩和したのだろう。ディズは血塗れだったが、それは全て返り血であるらしい。怪我は無いようだった。


「や、ウル。そっちは終わったね」

「ああ……で、そりゃなんだ、ディズ」

「今回の騒動の原因の魔物」

「それが……?」


 ディズが落としてきたその魔物の死体は、それほどの大きさでは無かった。精々が2メートル程の大きさしかない。だが()()()姿()をしていた。

 最も近しい姿を当てはめるとするなら、生まれたばかりの只人の赤子だろうか。ツルツルとした皮膚、発達しきっていない指先、毛髪の生えていない頭。開いていない瞼。まさに赤子だ。それがそのまま大きくなっていて、本来なら愛嬌を覚えるはずの姿が不気味に思えた。

 そして赤子とは違う特徴は、その背中に、真っ白な翼が生えている事だ。白鳥のような真っ白な翼。太陽神の信仰にて語られる、神に仕える眷属達の姿に似ている。


 だが、ウルはその翼の形状に見覚えがあった。

 鳥というよりも、その翼の形は――


「これ、竜か?」

「【大罪竜プラウディア】の眷属さ。といっても殆ど力を分けられてない、末端も末端」


 その言葉に、ざわめきが走った。

 その間にも徐々に、赤子の姿をした竜は溶けて消えていく。ディズは言葉を続けた。


「プラウディアの竜は厄介な特性を持っていてね。その場の空間を好きに塗り替えるんだ」

「塗り替え…?」

「違うものに変えてしまう。空を海に。雪原を火山地帯に。昼を夜に」


 ディズの説明は、ウルにはあまりピンと来なかった。ウルだけではないだろう。その場にいる全員、いままでの魔物との戦いとは違う次元の話に理解が出来ていなかった。


「眷属達の力は条件もあるし、範囲は限られる。だから大抵は空にいる。干渉する者が少ない無色のキャンパスだ。好きに書き換えられる」

「……で、そんなわけわからん力でどうやって魔物を?」


 うん、とディズは空を見上げ、言う。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………………………」


 ウルは空を見上げた。真っ青な、雲一つ無い青空だ。一目では何も変化は見えないし、実際、この眷属の竜が死んだ今は、普段通りの空なのだろう。だが、つい先ほど、魔物が降り注いでいる間、この空は、迷宮だったのだと彼女は言う。


「ウーガの居る範囲全体を覆うような形かな。その空間が迷宮に塗り変わった。だから魔物が出現するわけだけど、地面が無いから落下するでしょ?」

「すまんちょっと待ってくれ」


 ウルはディズの言葉を遮った。理解するのに時間が必要だった。


「……………は?」


 時間をかけても理解できなかった。

 デタラメだ。という他ない。

 ウルがわかったのは、プラウディアの竜がまるで理解できないようなとてつもなく恐ろしい力を秘めているという事実だけだ。そして、そんな力を持った竜が居る【大罪都市プラウディア】で、何やら恐ろしい戦いに自分達がまきこまれるのだと思うと、酷く憂鬱だった。


「ところでウル、ブラックは見なかった?」

「え?いや、見ていないが。司令塔で別れたっきりだ」

「そう……」


 ディズが少し考え込む。ウルも、今回一切戦闘に関わらずにいたあの男の事が気にならないと言えば嘘にはなる。あの男なら、こうした祭りは一目散に突入しそうな印象があったのだが。

 とはいえ、この場にいない相手のことを考えても仕方が無い。

 今は目の前の混乱を解決しなければならなかった。


「ディズ、また竜が来たら、今みたいに魔物が降ってくるのか?警戒が必要か?」

「書き換えの力を持った眷属竜はそうそう襲っては来ないけど、警戒をするなら、ウーガの結界の出力を上げた方がいいかな。リーネ」


 リーネは頷く。


「移動速度を少し落として、結界の出力を上げましょう。魔物達が突き破っては来れないようにします」


 その場にいる全員にハッキリと聞こえるように宣言する。まだ全員の表情に不安や警戒の色はあるものの、ひとまずは納得したようだった。


「魔物の死体の大半は既に霧散しているでしょうが、破損している場所が多いはずです。急ぎ、清掃と補修を行いましょう。魔術に心得のある皆様は協力をお願いします」


 シズクも併せて宣言する。

 そうして、空からの天災、奇妙なウーガ襲撃事件はひとまずの解決となったのだった。







 そして、そこから距離を取ってエクスタインはその様子を観察していた。


「地の利、数の利があったとはいえ、第六級の魔物を一蹴。コチラが想定しているよりもずっと、ウーガの中の連帯は強い」


 当初、エンヴィー騎士団が調査していたウーガの内情は、混沌の一言に尽きる。彼らの多くは場当たり的に集っただけの烏合の衆。協力関係が築けている訳がない。

 と、これがエンヴィー騎士団遊撃部隊の推測だった。

 名無し、神官と従者、亡王族の生き残り、冒険者集団、別国の神官に七天。ウーガの住民の種類があまりにまとまりが無かったのもその推測に拍車をかけた。


 ところが、危機に対して彼らは驚くほど一丸となって戦い、そして見事に撃退せしめた。


「エクスタイン副長、念のため確認を行いましたが、今回の被害者は――」

「ゼロだろ?わかっている。僕も見て確認した。皆はシズクさん達を手伝いに行って」


 部下に指示を出して下がらせる。そしてエクスタインは引き続きウル達を遠くから眺め続けた。その表情はウル達の前で見せるような爽やかな好青年の笑みではない。冷たく、薄暗かった。

 

「エンヴィーの連中はコレを聞いても止まらないだろうけど……頑張ってね。ウル」


 彼の呟きを、友人のウルが聞くことは無かった。




              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 司令塔 上空


「さてさてさーて、なんだってプラウディアはこんなもん寄越してきたのかねえ?」


 ブラックはウーガより()()()()()()()()()()

 無論、彼に翼は無いが、その両足は、土の上でそうしているように自然と、空の上を踏みしめていた。それが魔術であるか、別の力であるか、それを見極められる者はいない。


 この場には彼と、物言わなくなったプラウディアの眷属竜の死体があるだけだ。


「わざわざ迷宮から離れたところに無理矢理眷属やって、殴りかかるたあ随分と不細工なやり口じゃあねえか、プラウディア」


 プラウディアの眷属竜は、その全身がズタズタに砕け、そして()()()()いた。奇妙な傷口だった。焼き焦げ、炭化しているわけではない。にもかかわらず歪な赤子のような姿をした眷族竜は、その身体の一部が()()()()()その部分に一切の力を感じられなかった。

 微かに風に吹かれるだけで散っていく死体をブラックは放り捨てる。間もなく空中で砕けて消えた。


「色欲や強欲と違って、ビビリで矮小な性格なのは確かなんだが……ちょーっと流石にビビリ過ぎだなあ。」


 そう言って彼は足下を見る。この場所からは豆粒のようにしか見えない巨大な移動都市、ウーガが見える。


「あんな玩具にビビってたら大罪竜の笑われものだ。と、なると、だ」


 彼はその金色の目でウーガを注視する。

 彼の視界にはウーガの内部、住民達の姿が映しだされる。

 それは彼の瞳の、魔眼の力()()()()。彼の眼にエクスタインのような視界強化の能力は無い。これはただ彼にとって視力が良い程度の、ありふれた身体能力の一部だった。

 彼はジッと住民達を観察する。彼らは当然、ブラックがコチラを見つめていることに気づいていない。

 【勇者】などは彼女以外に空の上でプラウディアの眷属を討った者が居たことには気づいていただろう。あるいはその時コチラを感知したかも知れない。が、今のブラックの位置は察していない。多方面に秀でた彼女だが、当然全知全能ではないのだ。探そうとしなければ見つけることも出来ないだろう。


 影としてすら映さない上空のブラックを察せる者はいない――――その筈だった。


「――――――――」


 目が合った。銀色の女と


「――――――ハッ」


 彼は笑った。


 誰も聞く者のいない天空で、大きく、楽しそうに、凶暴に笑った。


 そして彼は、不意に落下する。落ちていく最中、彼は空の上に視線をやった。


「これから楽しくなりそうだぜ。アル」


 ブラックの視線の先にある陽光は、眼下で起きた小さな騒乱も混乱も気にすること無く、ただ地表の全てを燦々と照らし続けていた。


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