空の来訪者⑤
第六級 牛頭王
第九級の魔物、牛頭の突然変異体。しかしその性質が大きく変化しているわけでもなかった。多くの魔物の変異体のように、異質な身体機能の付与や、大幅な変容を成しているわけでも無い。至極シンプルな、身体の巨大化と凶暴化のみに留まっている。そして牛頭の特徴も損なうこと無く、強化している。
即ち、よく動き、よく暴れ、よく殺す。
単純極まる殺戮者。特に逃げ場のない狭い迷宮で暴れれば、熟練の銀級でも不覚を取る。明確な弱点も存在せず、しかも牛頭の変異個体は、そのシンプルさ故か出現し易く、そのたびに迷宮を潜る冒険者達を血祭りにあげて恐れられていた。
付いた渾名が迷宮王。多くの冒険者が恐れ慄き戦いを避けようとする怪物である。
「だが!ここは!迷宮じゃあ!!!ねえよなああ!!!」
『BUMOOOOOOOOOOOOOOO!?』
その出現した迷宮王の横っ面に、即座に蹴りを叩き込む銀級冒険者がいた。
「ジャイン様?!」
「やあっとストレス解消に丁度良いのが出てきたなあ、ええ?!」
シズク達の前に突如現れたジャインは、シャツにパンツとまさに休日の親父のリラックススタイルの姿で、しかし闘志だけはギンギンに滾らせていた。アンバランス極まる彼の後から、ウル(と、従者達がいる為、彼の中に隠れたアカネ)、ラビィンもやってくる。
「ウル様、ラビィン様」
「シズク、そっちは無事……でもねえな。牛頭王かえらいこっちゃ」
「ジャイン様はどうされてしまったのです?」
「農園ぐしゃぐしゃプッツンっす」
「なるほど」
実に端的にで分かりやすいラビィンの説明にシズクは納得した。見た目の粗暴さに反してどんな鉄火場でも冷静な彼があそこまで荒れ狂ってる理由がそれくらいしかない。
「おい!従者どもは下がらせろ!!戦える奴は大きく距離を取って囲え!牛頭王のリーチ見誤るんじゃねえぞ!!」
が、それでもそこは流石は一流の冒険者と言うべきか、怒りを漲らせながらも指示は驚くほど的確だった。
言われるまま、カルカラは従者達に指示を出して撤退させる。
残った戦士達は牛頭王周辺を取り囲むようにした。
『BUGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』
両手に斧を持った巨大なる牛頭。謎の落下時にダメージはあったはずだが、そうは全く見えないくらいの殺意の籠もった目で周囲を睨んでいた。
だが、ジャインは特に焦りも驚きもせず余裕たっぷりに、獰猛に笑った。
「第六級だろうが開けた場所で仲間も引き連れずにノコノコ出てきた牛頭王なんてえのは雑魚だ!!てめえらなぶり殺しにすんぞ!!!」
「アイサーキャプテン」
ウルは素直に返答する。冒険者としての戦いの年月、戦闘経験値、知識、全てが上の冒険者の指示に従わない道理は全くない。頼もしいことだった。
他の面々も同様だ。牛頭王の攻撃から大きく距離を取り、全方位に囲い込んだ。
「遠距離攻撃出来る手段を持つ奴らは方角を散らして撃ちまくれ!!近接手段しかねえ奴らはそいつらの護衛と陽動だ!!」
『おう、ジャインよ!ワシはどうする!』
「ロック爺は超近接だ!足を狙え足!!動けなくすりゃ勝ち確だ!!!」
『カカ!!ええの!!楽しそうじゃ!!』
こうしてジャイン指揮の下、戦闘が始まった。
否、正確に言えばまさしく蹂躙であった。
「【咆吼】」
「【【【氷よ唄え、貫け】】】」
「【魔よ来たれ、雷よ、閃光となりて我が敵を貫け】」
「【岩石よ】」
『BUGGOOOOOOOOOOO!!???』
4方向、ウル、シズク、カルカラ、そしてエクスタインは遠距離から魔術で攻撃する。牛頭王の攻撃範囲から外れたため、攻撃は一方的に通る。それでも牛頭王は流石の頑強さであるが、しかし完全な無傷では当然いられない。牛頭王は痛みに悶え、そして怒り狂った。
『GAAAAAAAAAAAAA!!!』
「はいはいこっちっすよ。」
「オラ死ねや!!」
振り下ろされる斧を遠距離攻撃役は避けて、伸びた腕をラビィンとジャインが切りつける。大木のように太い腕だが、刃が通らないわけでは無かった。傷が付き、血が噴き出す。そのたびに攻撃の頻度は落ちていく。
『カーカカカカカー!!!』
牛頭王の足下ではロックが暴れている。自らの身体で生み出した大剣を握り、足の指先や腱を情け容赦なく狙っていく。逃れるように地団駄を繰り返すが、そもそもが当たらない。当たったとしても即時再生していく不死身の戦士に、牛頭王は対処できなかった。
『BUGYOOOOOOOOOOOOO!!!』
「本当になぶり殺しだ。数の暴力だな」
「戦士の群れのど真ん中に自分から突っ込んできたこのバカが悪い。迷宮でもねえなら人員集め放題だ。オラ」
「うわ」
ジャインが顎でしゃくる方をウルが見ると、ジャインからの連絡があったのか、公園の向かいからぞろぞろと白の蟒蛇の戦士達がやってくる。各々武器を持って真っ直ぐに牛頭王に向かっていた。
「っつーかテメエは油断すんなウル、舐めてっと死ぬぞ」
「油断する気は無いが、こっから逆転の目があるのか?」
「賞金首ばっかり狩ってたなら覚えがあんだろ。でけえ魔物はしつけえんだよ」
ジャインの指摘は、当たっていた。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』
白の蟒蛇の増援を目撃した瞬間、牛頭王は、身じろぎ取れなくなるような凄まじい咆吼を上げ、周辺の攻撃を一時的に止めた。そしてその一瞬の隙を突いて、深く、低く、地面にへばりつくようにして、両手をついた。
「散れ!!」
ジャインの指示と同時に、牛頭王は一気に前へと飛び出した。20メートル超の巨人の突撃だ。無論、止める術もなく、包囲は砕けた。ジャインの警告にも納得がいく。あの突撃を正面から受けたら魔銀の鎧だろうと砕けて死んでいた。
『すまん!足を封じれんかったわ!』
「いや、動きは鈍くなった。遮蔽物の多い場所に逃げられる前にもう一度囲うぞ!」
「――いやまて、ジャイン!」
そこにウルが声をあげる。彼は自身の冒険者の指輪を耳に当て、ジャインに対して手を上げていた。少し苦い顔をしながら、
「少し、距離を取った方が良い」
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管理区画 中央通路
「さあ、行くわよ」
「な、なあなあ。これ、大丈夫なのか、これ。リーネ」
白王陣の使い手のリーネとウーガの主であるエシェルは二人並んで突っ立っていた。彼女らの足下には白王陣が敷かれ、向こうの通路からは巨大な魔物、牛頭王が接近していた。
「私まだ【鏡の加護】は練習中だし、こんなことやったことないのに……」
「安心なさい。エシェル」
リーネはエシェルに微笑みかける。その自信満々な態度にエシェルは少しだけ安心する。が、
「何事もやってみないと大丈夫かどうかなんてわからないものよ」
「何を安心しろって言うんだ!?」
「いいじゃない。思いついたんだもの。試したくなるのが人情ってものでしょ」
「人情じゃ無い!絶対違う!!狂魔術師の思考回路だ!!!」
やかましいわね。と、リーネはエシェルの抗議も聞かず、足下の【白王陣】を起動させた。魔術の中でも最も強力な光が迸り、終局の魔術が生まれようとしていた。
「【開門】、エシェル」
「どうなっても知らないからな!!【鏡よ!!】」
エシェルは空に手を翳す。すると空中に彼女の力の権限として、巨大な鏡が生まれる。美しく、全てを映しだすその鏡は、自らの真下にある【白王陣】をも映しだした。
「【映し返せ!!!】」
そして、あろうことか、鏡に映った白王陣も強烈な光を放ち始めた。
二重に輝く終局魔術は、此方に向かってくる牛頭王に狙いを定め、輝きを強める。
『GUMO!?』
その猛烈な圧力に、牛頭王は動きを止めた。何がコレから起こるのかを察知したらしい。しかし、時既に遅く――
「【天雷ノ裁キ・二重】」
二つの白王陣から放たれた灼熱の光が、合わさり、混ざり、一つの巨大な雷の塊と化す。そして放たれたそれは牛頭王の肉体を飲み込み、一瞬で焼失させたのだった。
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