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空の来訪者②


 大罪都市グラドル元従者、()()()()()()、グルフィン・グラン・スーサンの朝は早い。我らが太陽神が上ると共に身体を起こし、その日のうちに鍛錬を開始する。しなければならない。

 そしてそれがずっと続く。もう昼だ。天に太陽神は高々と上っていても彼は鍛錬し続けていた。


「な、何故、私が、こんな、ことを…!」


 大罪都市グラドルにいた頃のグルフィンの生活は、実に優雅で、自由で、堕落していた。スーサン家の四男として生まれた彼は、その恵まれた地位を満喫し、責任は全て兄たちに投げてしまっていた。

 彼は起きたい時に起きて、食べたいときに食べる。朝から酒を飲み、油のたっぷり染みこんだ肉を喰らって、昼寝して、また食べる。まさに暴飲暴食の極みだった。

 ほとほと実家でも扱いに難儀され、建設途中で人材不足だったウーガに神官補助の人材として体よく追い払われた後でもその生活は変わらなかった。困ったことに、グランとしての功績があった彼の実家は、彼の暴食を許すだけの力は合ったのだ。

 大量の食料を、わざわざグラドルから輸送するだけの無駄を、権力を振り回して成し遂げた。


 そう、彼は実家を追い出されようが、頑なに、自堕落を貫いていた、その筈だった。


「さっさと走ってください、脂肪の塊が」


 走り続けている最中に背後からの暴言が背中を打つ。いや、物理的に打ってくる。【岩石の精霊】の加護によって生み出された小さな小石が、怠けようとするたびにビシビシとぶつかってくる。


「ヒぃ……ヒぃ……カ、カルカラ…!やめんか!カルカラ!!」


 耐えきれず、汗だくの面構えで後ろを振り返る。が、そこにまっていたのは鬼の形相だった。


「は?今なんて言いました?」

「カ、カルカラ……()()!!!」


 彼の自堕落で幸せな生活は一変した。

 ウーガの変化、カーラーレイ一族の暴走、そして、ウーガ建設途中時から存在していた唯一の神官、カルカラ()()の手によって。




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 ウーガ騒動から暫くして、仮都市にいた従者の内、大半はグラドルに帰還した。

 本当は、従者の誰一人として、ウーガに残りたいと思った者はいなかっただろう。仮都市の生活は不便が多かったし、ウーガの動乱があってからは、従者達は心身共にボロボロだった。

 その上で、得体の知れない巨大な使い魔の上に暮らすなどという状況を、受け止められる者は多くなかった。


 では何故残った者がいたかと言えば、残った者達には帰る場所が無かったからだ。


 元々実家で忌み嫌われて、追い出されるようにウーガ建設の仕事に就いていた者

 ウーガ動乱の際、天陽騎士に傷つけられたトラウマで、グラドルに戻れなくなった者

 粘魔化の騒動で、そもそも帰るべき家を失った者


 と、様々だが、「ウーガにいたい」ではなく「グラドルに居られない」場合が殆どで、最終的にウーガには20人ほどの従者達が残る事になった。同じく先の騒動に巻き込まれ、身動き取れなくなった名無し達と一緒にウーガで保護することとなった。


 さてそんな彼らであるが、勿論生きている以上、何かを消費することになる。


 寝床だって勿論必要だ。残った従者達にとって、それは当然与えられるものであると認識している者も多かったが、いうまでもなく、資源も土地も有限だ。特にこの特殊なウーガという場所は。


 働かざる者喰うべからず。


 同じように保護した名無しの者達は「助けて貰った恩を返すぞ!」と、一生懸命働いているというのに、彼らは何もさせず、食っちゃ寝させた挙げ句、その食事にケチまで付けさせるなど、あまりに不健全だ。


 エシェルは彼らに労働を命じた。命じようとした。

 しかし、従者達に働かせるのは、これまた困難であった


 まず本来の役割である精霊への祈りの献上は、使い道が無い。ウーガ完成前は建設に利用したが、ウーガが完成した今は、従者の祈りによってブーストさせてまで精霊の力を用いてやる事が今のところ、無い。破損した建築物の修繕くらいなら、魔術か、神官であるカルカラ自身の祈りで事足りる。

 ならば、と、名無し達のように雑用を任せようともしたが、コチラは論外だった。グラドルからの物資の運搬、粘魔王との戦いで破損した都市部の修繕、清掃、食料の調理など、率先してやる者はまずいない。指示をしてもまともに動かない。すぐに音を上げる。名無し達の邪魔にしかならない。


 ――いくら特権階級の集まりとはいえコレは酷い


 とは、ラストの官位持ちだったリーネの言葉だった。

 ウーガ動乱時、口封じに消してなんら惜しくない人材だけを集められた、というのは事実なのだろう。従者達は大半が虚弱か、我が儘か、意志が弱かった。

 この厄介者達をどうするか、困り果てて、もう何でも良いから子供でもできる雑務でもやらせようかと思い詰めたエシェルに対して、シズクが一つ提案した。


 ――従者の方々は、神官にはなれないのでしょうか?


 従者としてできる仕事が無いなら、もっとできることを増やして貰う。

 短期的で簡易な仕事をやらせるのではなく、長期的な人材育成に舵を切る発想。

 悪い考えでは無かった。そもそも彼らはそれなりの官位を持った家柄出身者が殆どだ。つまり精霊との繋がりは深い。なのに何故彼らが神官とならず従者に甘んじているかと言えば、神官になる修行自体を拒否したか、修行に破れたか、周りに望まれなかったかだ。


 だが、素養はある。


 精霊の加護を授かれれば、住民の祈りが集まらなくとも、自身の祈りで最低限力が振るえる。今のところなんの役にも立っていない20人の従者達が全員神官になるなら、少なくとも今よりは大分マシになるはずだ。


 が、そうなると新たな問題が発生する。


 適性があるとは言え、神官になるための修行は、下手な労働より更に過酷だ。そんなものを、やる気の無い従者達の尻を引っぱたける教官が必要だった。そしてそこで白羽の矢が立ったのが、


 ――エシェル様がお望みであれば、私がやります


 カルカラだった。



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「さあ、走りなさい!自分の足で地面を蹴って、息を吸って吐いて、世界を感じなさい!」


 カルカラの指導は、恐ろしく、スパルタだった。

 家に引きこもっていた従者達を岩石の力でたたき出し、全員を追い回して兎に角走らせた。当然文句を言う者もいた、というよりも、従者の大半が彼女に罵詈雑言をなげかけたが、数秒後には全員神官の力で黙らされた。 

 上下関係を秒で分からされた従者達は、男女年齢問わず走りまくった。精霊の力、即ち世界を巡る力の循環を感じ取る近道であるとカルカラは事前に説明したが、怠けきっていた従者達には地獄の鍛錬であった。


 ――……冒険者の訓練所を思い出すな。神官と冒険者って対極の筈なんだが


 従者達とは別に、朝から鍛錬に出ていたウルは、汗と鼻水と涙で顔面がぐしゃぐしゃになった従者達を眺めて、そんなことをぼやいていたが、誰もそんな事を聞く余裕は無かった。


 走って走って走って、ぶっ倒れた後、その状態で神と精霊達への祈りを繰り返す。疲れ果てたタイミングで祈る事で、真に精霊との繋がりを体感できる、が、勿論最初はそんな余裕がある者はいなかった。カルカラに向かって抗議する者も居た――――が


 ――加護を授かることが出来ないならもう一周ですね。授かれるまでやります。


 間もなく、悲鳴と絶望と必死の祈りは、ウーガの風物詩となった。


 そんなこんなの地獄の訓練が今日まで続いている。

 従者達は今日も走っては祈りを繰り返す。離脱者はいなかった。離脱する者をカルカラは一切許さなかった。逃げようにも逃げる場所も彼らにはない。


「そ、そも、そも、き、きいたぞ、ウーガは、精霊の力を扱うには不向きと。意味が無いのでは、ないのか」

「都市民の信仰が薄れ、彼らからの祈りの受け渡しの効率が悪くなる恐れがある、と言うだけです。そもそも今のウーガに都市民なんていません」


 どこからその話を聞いたのか、グルフィンから抗議が飛んできたがカルカラはそれを一蹴する。カルカラもその件は後からエシェルに教えて貰ったが、グルフィン達を鍛えるという方針に変更は無い。


「神官当人が、心の底からの祈りを捧げれば、その祈りで力は振るえます。」


 天魔裁判の時に話されていたのは、あくまでも、都市民から魔力の譲渡と神殿での蓄積が困難になる事への指摘だ。神殿という名の魔力タンクから無尽蔵に魔力を取り出せるからこそ、神官達は圧倒的な力を振るえる。

 その力がウーガでは振るえない。確かにそれは問題だが、しかし神官当人らの祈りを燃料にして振るう分には何の問題も起こらないのだ。


「そもそも、その最低限の力すら振るえずなんの役にも立たない貴方達をなんとかモノにするための訓練なんですから早く祈りなさい。精霊の加護を授かりなさい。エシェル様の役に立ちなさいただ飯ぐらい」

「うぐう」


 パシンと飛んだ小石に額を弾かれ、グルフィンは沈黙する。


「というか貴方、官位は第三位(グラン)なんだからもう少し頑張ってください。精霊との近さは私の比じゃないのだから」

第三位(グラン)と思うなら私をもっと敬わんか!!」

「親の脛かじって暴食にふけってたら、親兄弟からも見捨てられた男に敬意???」

「ぐおへえああ!!」


 グルフィンは苦悶の声を上げて死んだ。


「カ、カルカラ様。グルフィン様、結構トラウマになってますので、ご慈悲を」


 地面に突っ伏して泣くグルフィンを、従者達の中でも最も若い少女が慰める。

 従者らの中で最も真面目で、不義の子として実家を追い出される形でコチラに流れてきた彼女の方がよっぽどに不憫で同情の余地があるというのに、その少女に慰められる大人というのはなんとも悲しい。

 好き放題やりたい放題やっていたこの男でも、家族から「死んで構わない」と、思われたことは流石に堪えたらしかった


「トラウマになるくらいに後悔があるのなら、ここから先を一歩ずつでも頑張りなさい。過去は変わりませんが、その先の人生の選択肢があなたにはまだあるのですから」


 その言葉は、彼女にしては珍しく、僅かに労りがあったのだが、彼がそれに気づくことは無かった。泣きながら、幼い少女に慰められ立ち上がる様はどっちが大人かわかったものでは無かった。


「神官様がた、今日もおつとめご苦労様です!」

「ああ、ダッカン。毎度すまないですね」


 従者達と同じく、ウーガに現在住み着いている建設の補助の為の労働を勤しんでいた名無しの土人、ダッカンがやってくる。彼の手には、カップと水差し。

 ここの所、従者達への彼からの差し入れが日課となっていた。


「何、いいんですよ。こんな所で住まわせて貰ってんです。こっちが感謝したいくれえです!」


 ダッカンは笑う。名無しの彼や、彼の仲間達にとって、滞在費も払わずに寝泊まりできる場所というのは破格の待遇だ。例えウーガそのものが得体の知れない、前代未聞の巨大な使い魔であっても、受け入れる者は多かった。

 現在ウーガを運営する上で必要な様々な雑務を彼らは担っている。料理の腕に覚えのある者は食堂を開き、従者含めたウーガの住民達に食事まで用意している。

 はぐれ者ばかりが集められた従者達に対して、名無し達が有能揃いなのは、彼らを集めたエシェルの運か慧眼か、ともあれ助かることは多い。


「コロコの花を煎じた冷水だ!少し甘くて良い香りでスッキリしますよ!」

「だ、誰が名無しの者の施しなど!」

「グルフィン様は要らないそうなので他の皆様どうぞ。ダッカンと、大地と精霊に感謝をしていただきましょう」

「まてまてまって!!!受け取ってやらんでも!!!」


 このやり取りも繰り返され、日常になりつつあった。


「…………………おや?」


 しかし、その日は様子が違った。

 従者達やダッカンがおかしいわけではない。


『――――――――――――――――――――――――――――――』


 何か、変な音がする。それも、周辺からでは無く――


『――――――――――……aaaaaaaaaAAAAAAA!!!!』


 真上から


「っな!?」

「ぬおお!?」

「ひっ!?!」


 気づいた瞬間、雲一つ無い蒼天から、黒紫色の蠢く土竜蛇が落ちてきた。


『GAAAABUGYAA!!!?』


 全長2メートル超、十数匹のそれらは、カルカラ達の居る場所よりも遥か高い場所に展開している結界に阻まれた。土竜蛇の一部は落下の衝撃で身体が弾けて結界上にばらまくものまでいる。地獄の光景だった。


「な、な、なああああああああああ!?」


 グルフィンの悲鳴が喧しかったが、カルカラにもその驚きは理解できた。

 ウーガは魔物からの隠蔽能力はあるが、完全な魔物からの隠蔽能力があるわけではない。魔物の襲撃が完全に防げるわけではない。だから結界まで展開している。


 しかし、流石に、流石に魔物が空から落下してくる事は想定していない。しかも、


「ま、まだきます!?」


 少女が悲鳴のような声を上げる。空からは無数の影が、先の土竜蛇に続くように見えている。あれらが全て魔物だとしたら恐ろしい。

 ウーガの結界は相応の強度を有しているが、遙か上空から大量に降ってくる魔物の衝撃を防ぐ、などという対策はとっていない。恐らく途中で結界に限界が来る。幾らかの魔物の落下と侵入を許すことになるだろう。


「に!にげるぞ!逃げるぞカルカラ!!はやく!!」


 グルフィンが必死に叫んでいる。確かに彼の言うことは正論だ。もしこの場にエシェルが居れば、カルカラは真っ先に彼女の避難に動いていただろう。しかし、


「――――丁度良いかもしれませんね」

「ほ?!」


 此処に居るのはエシェルではない。そしてこれは好機でもあった。


「精霊との縁を得る為の最もシンプルでスピーディな手段は決死さです。死に物狂いで、心の底から精霊との繋がりを求める事で、自身と親和性の高い精霊の力を卸すことが出来る」

「待て待て待て待て待て待て!!」

「どのみちこの様子ではウーガ全体が危険です。ならば、今こそ高貴な血の役割を果たすときではありませんか」

「いやいやいやいやいやいや!!」

「全員、5人ずつに分かれて距離を取り、円陣を組んで、死に物狂いで祈りなさい!今こそ、タダ飯ぐらいを脱却して、真の戦士となる時です!!」

「戦士になろうとした覚えないんだがああ!?」


 二度目の落下音と共に、結界が砕ける。

 まさに天災というべき魔物の襲撃が始まった。


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