空の来訪者
【竜吞ウーガ】 司令塔外部廻廊
ウーガの中で最も高い司令塔、高所を苦手とする者にとっては足がすくむような絶景が待っていた。ウーガの背中に建設された都市を一望できる唯一の場所だ。
もしウーガが観光地のような開かれた場所になるのだとしたら、この司令塔はさぞ人気の場所の一つになる事だろう。
そんな廻廊に、3人の影があった。
「ウルって、さ、毎日こんなに、ウーガ中を、走り回ってるの?」
「鍛錬ついでの、見回り、だからな」
《にーたんまじめだからなー》
一人はウル、もう一人はエクスタイン、そして最後にウルの肩に乗る妖精姿のアカネ。
完全武装の鎧姿、しかも竜牙槍まで握って何をしているかと言えば、ウルの日々の鍛錬の一環である。
魔物を狩り、魔力を回収するだけでなく、何でも無い時に身体を動かし、肉体に吸収した魔力を馴染ませ、その動かし方を覚える重要な時間。グリードの訓練所から染みついた習慣だった。
「でも、鎧着た上で走らなくても…!」
「いや、最近改めて思い知った。武装状態で走れるって重要だわ。命に関わる」
《いっつもバケモノにおわれるからなー》
「なにがあったの…?」
廻廊を3周した辺りで、ウルは足を止めた。エクスタインは大きく息をついて座り込む。ウルはそのまま身体を伸びしてストレッチを開始した。
「これ、きっついね…!騎士団入隊時のしごきと変わんないや」
「慣れが大きいからな。別に無理に付き合う必要なかったんだぞ」
「いや、あの会議の後もどたばたして、二人とちゃんと話す機会が無かったからね…」
そう言ってエクスタインは汗を拭って立ち上がる。そしてウルとアカネに向かって笑みを浮かべた。
「改めて、だけど久しぶりだね。ウル。アカネ」
「本当に久しぶりだ。驚いたよ、エクス」
《ほんになー》
エクスタイン、大罪都市エンヴィーにウルが滞在していた折、親しい関係になった友人。放浪者のウルにとって、出会いは一期一会と思っているところがあるため、こうして友人と再会できるのは驚きだった。
しかもまさかあのような形で再会することになるとは思わなかった。
「とりあえずデコピンさせろや。虐めやがって」
「冒険者が万力を込めたデコピンとか脳みそ揺れてぶっ倒れるじゃないか。いやだよ」
《おうじょうしろやー》
アカネがぺしぺしエクスの頭を叩く、仕事なんだから勘弁してよ、と彼は笑った。子供の頃の印象と比べ、当たり前だが体躯は大きくなり、精神的にも少したくましくはなった気がする。
以前なら、仕事の上でとはいえウル達と敵対するなんてことになったら、死にそうな顔になっていたはずだった。昔の彼は心身共に、貧弱なイメージしかなかった。
「しかし驚いたがな。騎士団に入っていただなんて。てっきり魔導機の工場勤めにでもなると思ってたんだが」
「親戚達はそうしろって言ってきたけど……」
彼の住んでいた家は、エンヴィーでは多くある魔導機の工場の一つだった。ウルは、彼がよく工場の仕事を手伝わされているのを目撃していた。
「魔導機工房なんてエンヴィーじゃありふれてるから惹かれなかったんだよね。そもそも、子供の頃から手伝ってたけど、全然楽しくなかったし」
「危ないしな。お前からすりゃウンザリか」
エクスの両親は魔導機の作成中の事故で亡くなっている。らしい。エクス自身物心がつく前の事らしく、彼も他人事のように感じているようだ。
「で、あの狭い工房区画の端っこで生きてくのもウンザリしたから、思い切って騎士団に入ったんだよ」
「本当に思い切った事だな。昔は暴力ごと苦手だったろ」
《かっちょいーね》
「ありがとう、アカネ。似合うようになるまで苦労したよ」
エクスが腕を持ち上げる。確かに昔の彼は線が細くて、鎧などを身につければ、それごと潰れてしまうような印象しかなかった。騎士団の鍛錬で身体を作ったのだろう。
「しかも部隊の副長と来た。大出世じゃないか」
「それこそ君程じゃあないさ、僕こそビックリだよ!」
ぱっとエクスは顔を上げ、ウルの姿をジッと見る。まあ、確かに、今のウルの姿は彼と別れた頃と比べれば大幅に様変わりしているだろう。
「冒険者になんて絶対ならないとか言っていたのに、今や冒険者達以外からも噂に名高い銀級候補だ!何があったんだい?」
「一言ではとても言い表せない」
何があったかと問われれば、訳が分からない目にあったのだ。
思い返すと、話したところで冗談と取られそうな話とか、話すこと自体問題になる話ばっかりだ。正直何故ウルも今こんな所にいるのか理解できていないところがある。
「とりあえずアカネが売られてバラされそうになってる」
《バラされそうでーす》
「大分端折ったね?!」
「いや、むしろ一番初めだ。こっから色々あって、俺は今ウーガの上に乗ってる」
「困ったな…なにも分からない…」
「正直、俺もよくわからん」
大地を前進するウーガを眺めながら、ウルは憂鬱げに唸る。
本当に、どうしてこんなモノに乗って大罪都市プラウディアに向かい、挙げ句天賢王に謁見する羽目になっているのか、ウルにはサッパリ分からなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
先の【天魔裁判】から更に数日が経過した。
結果として、あの裁判の勝利者となったブラックに【審判の精霊】は執行力を、それ以外の者に強制力を与えた。ウル達はブラックの指示通り新たなる実績作りを強いられ、エンヴィーはそれまでグラドルへの一切の手出しを禁じられる。
結果、竜呑ウーガはグラドル領から西南西。
【大連盟】の盟主国。
イスラリア大陸の中心地。
【大罪都市プラウディア】に向かうこととなった。
「まさかプラウディア側からも許可出るとは…」
「多分、グレーレが許可出したんだと思う。あの人も今プラウディアにいるから」
「……やっかいなのに目えつけられたな、ウーガ……」
巨大なウーガが移動時に問題を起こさないよう、細かいルートの提示に停泊可能な土地の指定等至れり尽くせりで対応が行われた。
好待遇であるが故になにが待っているのか想像するのが恐ろしい。
――私はこれで。グラドルに戻り、本日の内容を神官達と検討致します
――ご足労ありがとうございました。ラクレツィア様
――当然のことですよ。貴方がたもどうか死なないでくださいね。死んでしまっては元の木阿弥です。
――俺達これからなにに巻き込まれるんですか???
グラドルのシンラ、ラクレツィアは裁判終了後、ウーガの移動前に、グラドルへ帰還した。慌ただしいものだったが、彼女も今回の裁判を踏まえてグラドル国内で取り決めなければならない事案が山ほど増えたのだろう。
実際、ウーガの管理委託の提案を「条件付きで可」としたのはあくまでも【審判の精霊・フィアー】の判断であって、それを本当に実行するのは自分たちである。乗り越えなければいけないハードルは山ほどあるだろう。
恐らく過労死してしまいそうなくらいの仕事がこの先ラクレツィアにも待ち受けているはずなのだが、その彼女に心底哀れまれたのが凄い気になった。
――【飛行要塞ガルーダ】と部隊の大半はエンヴィーに帰還します。エクスタイン含めた一部部隊は引き続きウーガに駐留するのでそのつもりで
――了解です。グローリア殿。エクスは知らない仲じゃない。仲良くしていきますよ
――精々、ヘマをやらかしてくださいね。天魔グレーレに献上する切っ掛けになります
――尽力します
エンヴィー騎士団、グローリアもまた、エクスタイン含めた一部の騎士をウーガに残して不機嫌そうな顔で帰還した。最後まで皮肉を忘れない、中々に強烈な森人だった。基本、森人は感情を大きく表に出さない種族と思っていたが、偏見だったようだ。
そんなわけで、現在ウーガに残っているのはグラドルから離脱し再び合流したディズ、エンヴィー騎士団から別れたエクスタイン、そしてもう一人――
「ウル様、そちらにいらっしゃいましたか」
「あーシズク…………とぉ…………ブラック、殿」
「おーウル坊、どうしたそんなひでえツラして。嫌なことでもあったか」
「今まさに」
今、シズクと共にやってきた男、ブラックが何故か勝手に滞在していた。
帰れや。と心底思ったのだが、「転移の巻物で此処に来たけど使い切っちゃった☆」ということでちゃっかり居座っている。恐ろしいことに案内する前から住む場所を決めており、どこから持ち込んだのか家財まで運び始めている。本当になんなんだこの男。
「こんな空き家があるんだからそりゃ使ってやらなきゃ可哀想だろ?家って奴は使ってやらないとすぐにダメになるんだ」
「まあ、そういう話はどっかで聞いたことがあるが」
「あと、今の間に家財持ち込んで住み着いてやりゃあ、土地分配本格的に決まる前に自分の土地って主張できるしな」
「完全に思考がマフィアとかそういう類いだね、この人……」
「相手に面倒くせえって思わせるのがコツだ」
会話の間にウルはアカネを懐に隠した。絶対にこの男の前にアカネは出せない。この男がアカネを見つけたら、何を言い出すか、やろうとするか想像つかないが、きっとろくな事にならないのは間違いなかった。
「言っておくが、今の勝手に住みついてる場所以外に手を出すなよ。此処は今のところグラドルのものだ」
「ウル坊よお、こういうチャンスは律儀に約束守ってちゃダメだぜ?アウトとセーフのラインをよーく見極めてから、冷静に踏み越えなきゃ」
「踏み越えてますよね?」
「興味があるならやり方教えてやるぜ。なんだったら今度ここに住んでる名無しや従者の連中と一緒に講習でもしてやろうか?」
「胡散臭い男が胡散臭いビジネス講習するとか地獄かよマジで止めろ」
これで適当にバカな話をするだけならいいが、そのカリスマと実力で国まで創ったのがこの男だ。最悪洗脳されかねない。この男には不用意に近付くべきでないと、今住んでる住民達に改めて呼びかけなければ危険だった。
「要らん仕事ばっか増える……シズクもこんな奴に同行するな」
「ブラック様とお話しするのはとても楽しいですよ?常に視線がお胸に向かって、手が出そうになるのが気にはなりますけれど」
シズクは楽しそうに微笑むが、ウルとエクスのブラックに向けられる視線は冷たくなった。
「胡散臭い上にセクハラ親父か……牢屋ってあったっけウーガ」
「いやまておい。このご立派は注視しないのは人生の損だろうが!!」
「開き直るな。指を指すな」
「いやあ、グローもかなりの一品に成長したもんだと思ってたが、それに匹敵する娘が同じ場所に居るとは、ジジイビックリしちゃったよ!」
「ヒトの上司引き合いにだすの止めてもらって良いですか?」
エクスは心底嫌な顔をした。この男、裁判の間ずっとこんなこと考えていたのかと思うと目眩がするし、そんな奴のせいで今振り回されるのかと思うと悲しくなってきた。
だが、どれだけこの男が胡散臭かろうが、悪どかろうが、あの裁判の勝者はこの男であり、今のウーガの行き先を決定しているのもこの男だった。
「……それで結局、【陽喰らいの儀】ってなんなんだよ」
「あれ?勇者から聞いてないのか?」
「アンタのせいでドタバタしてんだよ。到着する前には教えてくれるとは言ってたが」
「じゃ、俺も教えなーい。楽しみにしとけよ?すげえ祭りだからな!」
ブラックはニッカリと笑った。もうあと五発くらい顔面に拳を叩き込んでおいた方がよかったかもしれない。もう今から殴ってやろうか、などとウルが考え始めた頃だった。
「――――あ、ウル様」
「ん?どうしたシズク」
シズクが、不意にウルに声をかけた。シズクは、何やら少し困った顔をして、告げた。
「大変です」
ウルは即座に竜牙槍を握りしめて構えた。
「急にどうしたのウル!?」
あまりに急な臨戦態勢に驚愕したエクスを無視してウルは姿勢を低くして周囲を見る。特に変化は感じない。竜吞ウーガの平和な街並みだ。しかしウルは警戒を解くこと無く、そのままシズクに問いかけた。
「なにがどう大変?」
「ええ、あと、数十秒後だと思うのですが……」
シズク自身、解せないといった表情で空を見上げて、答えた。
「空から、魔物が降ってきます」
言葉の意味を飲み込むのに、少し時間が掛かった。飲み込んだ後、やっぱり言葉の意味が理解できず、ウルは空を見上げた。
「………………は?」
雲一つ無い青い青い空に、無数の、黒い影が見え始める。それは徐々に徐々に大きくなって――――落下してきた。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』
文字どおり、魔物が、降ってきた。
「おお、本当に大変だな」
ブラックの暢気な感想がムカついた。
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